サキュバス・アンド・ワルキューレ 作:暗い部屋の管理人
西暦2099年6月7日・日曜日
亜科崎優・19歳
性別女性・種族人間
07時12分・X県警本部庁舎
中隊長から命令を受けた私は、ただちに非番の隊員に召集命令を出し大型バスに乗って現地に急行した。
命令の内容は現地の県警本部長の指揮下に入り、事件を起こした
想定通り、現地に着くと刑事部長執務室に案内された。
その部屋の主は酷く痩せた初老の男性だった。
彼の両眼がぎょろりと私に向く。
「お初にお目にかかります。警視庁
「ここの刑事部長を務める伊永だ。エースの亜科崎君を送ってくるとは警視庁も今回の事件を重く受け止めてくれているようで重畳だな」
少しこちらを軽んじるような態度をとる伊永刑事部長に苛立ちを覚えるが、決して顔には出さない。無駄な不興を買って迷惑を被るのは私だけで済まないのだから。
それに、実績や階級に拘わらず、あまりにも年若い
或いは、どうせ遠くないうちに、次々に殉職していく者たちに敬意を払うことは無駄だと考えているのかもしれない。
ならばせめて、大人たちの悪意に部下の子たちが晒されないようにしなければ。
「暴走状態の
「捜査資料は捜査一課長に請求したまえ。遺体についてはすでに荼毘に付した」
「はい?」
「聞こえなかったか?遺体については全て荼毘に付した。遺体の状態について知りたければ検視官のレポートを読みたまえ。外傷はなく、毒物も検出されなかった。これはもう、
「遺体の状況だけを見て、
「図の乗るなよ、小娘が!私の階級は警視正で、おまえは警部補だ。部下が上官の指示に従わなければ警察組織の秩序が乱れる!おまえたちは黙って
「……了解しました。失礼します」
これ以上、会話を続けても有益だとは思えなかったため、最低限の礼をして退室する。
重厚な扉を閉めて、廊下側を振り返ると伊永刑事部長とは別の初老の男性が申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「……なにか私に御用でしょうか」
「……私はここの生活安全部長を務める八馬という者だ。君が有名な
「どこに行っても同じような対応を受けますのでお気になさらず」
偶然廊下を通りかかったなど嘘だと思った。八馬氏は初めから私に話しかけるつもりで部屋の前に待機していたに違いない。彼の目的はわからないがX県警の上層部の一人として有益な情報をもたらしてくれる可能性もある。対応は慎重にせねば。
「お詫びといっては何だが、私が直接、君たちの部隊の臨時拠点まで案内しよう。現場近くの商店街の空き店舗二階を借り上げることができたんだ。君の部隊は先に私の部下の案内で、すでに到着している頃だろう」
「そうですか。いつも出張の時はだいたい現地の署の武道場に応援に駆け付けた男性警察官たちと共に雑魚寝させられるので、異性の目が届かない拠点が用意されていれば私の部下たちも喜ぶでしょう」
何気ない雑談を交わしつつ、運転手付きの公用車後部座席に八馬氏と共に乗りこむ。
移動中の八馬氏をひそかに観察すると、何度か私に話かけようとする仕草が見られたが、その度に躊躇って結局、重要な情報を伝えてくれることはなかった。
一連の八馬氏の行動から推測するに、彼が私に伝えたかった情報は、それを私に告げると八馬氏あるいは彼の家族の安全が脅かされる事態になりかねないものなのだろう。
だが、その危険を冒してでも私に伝えたいほど八馬氏は良心の呵責に苛まれているということか?
ならば、無理に聞き出すわけにはいかない。
彼が自身の意思で話すまで少し待とう。
「到着した。ここの店舗二階が君たちの部隊の臨時拠点だ。遠慮なく自由に使ってくれ」
「……八馬さん。私はどんな情報を伝えられても決して貴方が喋ったなどと口外しませんよ。なるべく早く決心がつくようお願いします」
「っ!」
公用車を降りながら八馬氏に言葉を投げかけると彼は驚きと後悔をかき混ぜたような表情を浮かべた。これ以上私からできることなどない。そのまま、車のドアを閉め用意された臨時拠点に向かって階段を上がる。
二階のドアには鍵かかっており、すんなりと入ることはできなかった。
軽くドアにノックをする。
「誰だ」
「隊長の亜科崎だ」
ドアの向こうから小隊副長の七上巡査部長の誰何する声が聞こえたので応答する。
すると、古びた鍵が解除される音と共にドアが開いた。
「お疲れさまです、隊長」
「ああ、ここからは部隊の指揮は私が引き継ぐ。現状の報告を」
「はい、既に二人一組の班を複数、現場周辺に巡回させており地理の把握、廃墟等のマッピングを開始しています。巡回中は全員、
「わかった。報告ありがとう」
室内に用意されていたソファーに座りながら今後の方針について考える。
今回の事件が
理性ある
私は、無線機を全隊員につなげた。
「
『
『
『
『
「笹替の奴め、いつまで隊長に舐めた態度をとるつもりだ!」
仕方がない部分もある。
選択肢が初めからなく
……私も初めはそうだったから。
気持ちは理解できるが、他の部下の前で見逃す訳にもいかない。
「
『……
笹替巡査長の渋々とした返事を聞き、それからすっかり冷めてしまった配達弁当でかなり遅めの朝食をとった。
行儀は悪いが端末で捜査資料を眺めながらだ。
いつ、出動になるかわからないため時間はできる限り節約したい。
悲劇の無線はこちらの準備が整っていなくとも、突然やってくる。
巡回中の班の一つが郊外の廃ホテルで
いや、考えている暇はない!
「七上、救援にむかうぞ!」
「了解です!」
ところが、事態はさらに複雑化した。
少し遅れて別の班が無線に応答しなくなったからだ。
この市には
救援が必要な班が二つに増えてしまった。
どう指示すべきだ?
「七上は班を半分率いて反応がロストした班の救援に向かえ!私は廃ホテルの方に向かう!」
「は、はい!」
戦力の分散は悪手だが、どうしようもない。
片方を速やかに私が討伐してせめて
「
『認証開始。……正規ユーザー、亜科崎優警部補の使用を確認。
愛機が全身に装着されたことを確認に私は店舗二階の窓から空へ飛び出す。
現場に急行しながら、ふと思う。
敬意も表してくれない男性たちの命を守るため、私の部下たちが命を落とすのは正しいことなのだろうかと。