真・スマホ太郎   作:黒野農地

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4話 魔法、そしてバッテリー。

 前の世界における僕の命日から、三日が経った。生活習慣は一度死んだぐらいでは治らないと証明するように、僕は部屋に閉じこもってスマホと見つめ合う生活を送っている。

 

 変わったことがあるとすれば、動画や小説を見る傍ら、スマホに施された仕様変更を確認するという作業が増えたことだろう。

 

 スマホに標準搭載されているアプリの内いくつかは、地図アプリ同様に勝手なアップデートを受けていた。例えば、翻訳アプリからは日本語以外の見覚えのある言語がなくなり、代わりに聞いたこともない言語に対応するようになっている。英和翻訳ができないことは海外のサイトを読む上で完全に改悪なのだが、それ以上にこの世界の言語を解することは大きな利点だった。

 

 妙なことに、僕はこの世界で文字が読めないのだ。日本語が通じたはずのベルファスト国内で、見かける文章の表記ルールが見えてこない。この翻訳アプリがなければ、飲食店でメニューを読むことすらできなかっただろう。

 

「冬夜、今いい?」

 

 少女の声がして、扉が続けて三回叩かれる。

 

 変わったことはもう一つあった。僕が見つけた宿屋「銀月」でともに宿泊している双子と、日に数回は話すようになったのだ。

 

 世話焼きな姉のエルゼに何かと構われているうち、気付けば妹のリンゼとも打ち解けてしまった。物静かで口数の少ないリンゼだが、最近は話しかけてくることも多い。

 

 流石に、姉のように部屋を訪ねてくることはなかったが。

 

「仕事ならそのうち見つけるよ」

「そうじゃなくて」

 

 ドアの向こうで、エルゼが苦笑する。

 

「リンゼが準備できたって。裏庭まで降りてきて」

「あ、そうだった。了解」

 

 スマホをスリープ状態にして、寝間着のままコートを羽織った。少しふらつく。目は冴えているが、体は眠ったままだ。

 

 ドアを開くと、いつかと同じ白いブラウス姿のエルゼが立っていた。僕の格好を見て、瞳のエメラルドが細められる。

 

「まさか、今起きたの?」

「起きてたよ」

「お昼ご飯は?」

「食べたって」

 

 徐々に友人の距離感に近づいてきたリンゼに対して、最初から友人のようだったエルゼの言動は、この三日間で引きこもり気味な子供を叱る母親に近づいていた。

 

「それより、今日はギルドに用事じゃなかった?」

「もう行った。この前の依頼の報酬も受け取って来たわ」

「早いね」

「何時だと思ってるのよ」

 

 部屋を借りている二階から階段を降りて、受付に会釈をする。裏庭に続く廊下は、装飾品の調和がなく落ち着かない。あまり人が通らないので、使わないものが回されているのだろう。

 

 キョロキョロと見回しながら歩く僕が緊張して見えたのか、エルゼが勇気付けるように微笑んだ。

 

「大丈夫。リンゼは優しいし、頭が良くて教えるのも上手だから、いい先生になると思うわ」

 

 初めて見る裏庭は想像していたよりも広かったが、使われなくなったテーブルと椅子が一組放置されている以外には何もなく、石畳と合わせて殺風景だった。

 

 リンゼはその椅子に座って、机を見つめていた。どう見ても、緊張しているのは彼女の方だ。

 

「リンゼ、連れて来たわよ」

「あ、はい」

「悪いね。早い時間に」

「だから……もういいわ」

 

 リンゼの正面に僕が、隣にはエルゼが座った。リンゼは息を吸って、準備していたであろう言葉を吐き出す。

 

「じゃあ、知っていることもあるとは思いますが、順番に……。まず、魔法は、魔力を媒介に、呪文によって誘起する現象のことです。これは更に、火、水、土、風、光、闇、無の七属性に分類されます。そして、七属性それぞれに独立した適正があり、適性がない属性の魔法は、どんな努力をしても使えるようにはなりません」

 

 一度言葉を切って、僕に確認するような視線を送る。

 

「冬夜さんは、使っている魔法の属性が分からないんですよね……。まずは、候補を絞るためにも、七属性のどれに適性があるのかを調べようと思います」

「適性って、簡単に判定できるものなのか」

「もちろんよ。任せておいて」

 

 隣で見ているだけのエルゼが、なぜか自信あり気に口を挟んだ。僕も「よろしく頼むよ、先生」と便乗すると、何が琴線に触れたのか、リンゼは大いに照れて俯いてしまう。彼女には頼りにされた経験がよほど少ないのだろうか。戸惑いながらも、僕は年若い先生が咳払いをして復帰するのを待った。

 

「それで……ええと、魔法の発動には、複数の要素が関わります。呪文の他に必要なものは、魔力を制御する明確なイメージと、それを実現できるだけの魔力量でしょうか」

 

 スマホの充電魔法は、充電ケーブルを思い描いて実現したものだ。実物に触れたこともあるので、かなり明確なイメージと言って良さそうである。

 

「でも、イメージも魔力量も適性があった上での話……。今回見たいのは適正の有無だけです」

 

 そこまで言われて、僕はようやく話の内容に察しが付いた。

 

「なるほど。呪文を唱えて魔法が発動しなかったとしても、原因が適性の欠如にあるのか、イメージや魔力量の不足にあるのか、判別が付かないというわけだ」

「はい。そこで、道具の力を借ります」

 

 リンゼが目を落とした先にあったのは、細長く切り出された色とりどりの石だった。

 

「これは魔石と言って、魔力を増幅、蓄積、放出する性質を持ちます。増幅と蓄積によって魔力量を補い、閾値を超えた魔力を魔法として放出します」

 

 リンゼは青い魔石を指で挟んで、僕の前に突き出した。

 

「つまり……ごく初歩的な魔法であれば、如何に技量が未熟であっても、適正と呪文だけで発動できるのです」

 

 そこで、少女はすっと脱力した。僕にも魔石にも焦点が合わなくなった目は、遠くに記された文章を読み解いているように穏やかだった。

 

「――水よ来たれ」

 

 途端、鮮やかに光を放ち始めた石の下端から、勢い良く水が放出された。水道の蛇口から流れ出るように、量は一定で淀みがない。素早く目を走らせたが、リンゼの袖口に何かが仕込まれている様子はなかった。

 

 初めて目の当たりにした異世界らしい光景に、興奮のままにスマホカメラを向けた。撮影中の画面に映ったリンゼは、大きく取り乱した僕に呆れていたが、その表情には人間らしさが戻っていた。ほどなくして、水の放出が止まる。

 

「私には水属性魔法の適性があったみたいですね」

 

 微笑んで細められた目が、液晶を通して僕を見ていた。

 

 恐る恐る、魔石からまだ滴っている水へと手を伸ばした。水滴が指で跳ねて、冷たい感触が広がる。

 

「水だ……」

 

 魔力という得体の知れないものが、慣れ親しんだ物質に変わっている。不可思議な現象を受け入れられなかった僕は、やはり仕掛けがあるのではと、受け取った魔石を手の中で回転させた。

 

「そんなに驚くもの?」

 

 割り込んだエルゼの声には、「お前も使うのだろう」という指摘が含まれていた。右手に持った端末に目を落とす。確かに、僕も魔力を電力に変換して利用している。

 

「冬夜さんもやってみてください。それぞれの石を持って、対応した属性に、来たれと呼びかけるだけです」

 

 目の前に七つの石か並べられた。僕は意を決すると立ち上がり、ひとつを選んで持ち上げて、世界に才能の有無を問いかける。

 

「水よ来たれ!」

 

 そう言った瞬間に、ダムが決壊するような勢いで水が溢れ出す――そのイメージは出来ていた。しかし、現実はそう上手くはいかないらしい。場の静寂が、僕に水属性への適性がないことを如実に表していた。もちろん、僕もそれだけで挫けはしない。すぐに次の石を手に取って、判定を再開した。

 

「火よ来たれ!」

 

 赤色の魔石から、燃え盛る炎が現れることはない。

 

「土よ来たれ!」

 

 茶色の魔石から、大量の砂粒が降り注ぐことはない。

 

「風よ来たれ!」

 

 緑色の魔石を中心に、風が吹き荒れることはない。

 

「光よ来たれ!」

 

 黄色の魔石が、目が眩むような閃光を放つことはない。

 

「闇よ来たれ!」

 

 紫色の魔石の周囲を、暗い影が渦巻くことはない。

 

 続けざまに六つの才能を否定されて、僕は消沈した。しかし、考えてみれば当たり前のことなのかもしれない。僕はこの世界の産まれではないのだ。生命体としての構造が異なれば、彼らの尺度で才能が測れるはずもなかった。

 

 だとすれば、僕が使ったという力は、果たして魔法に含まれるものなのだろうか。僕は、この世界の摂理に反する存在であることが看破される恐怖を覚えながら、残る透明の魔石を手に取った。

 

「冬夜さん、それ……!」

 

 僕が持っている魔石に視線を合わせて、リンゼが驚きの表情を浮かべた。見ると、透明の魔石がぼんやりと光を灯している。

 

「まだ呪文も唱えてないのに……」

「元々発動していたんじゃない?」

「そうなる、よね」

 

 二人の中ではあっさりと結論が出たようだったが、当事者であるはずの僕には理解できない部分が多かった。

 

「どうして魔法が発動したって分かるんだ? 水が出てきたときのような魔法の放出はないし、魔石が少し光っただけじゃないか」

 

 議論に置いていかれることが我慢できずに口を挟むと、リンゼが困ったように眉を顰めた。

 

「さっきは説明を省きましたが……。魔石は、対応する魔法に反応して光る性質も持っているんです。光っただけでも、その属性の魔法が使われたことは、間違いありません」

「そもそも、無属性魔法に基礎はないから、魔石には決まった放出の形が組み込まれてないの。だから、適正も魔石の反応を見て判断する他にないってわけ」

「分からないな。基礎がないって?」

「それは……例えば水属性は水を象った魔法だけど、無属性には象るものが無いからよ」

 

 要領を得ない姉の説明に、リンゼが苦笑した。

 

「他の六属性とは違って、無属性魔法は体系立っていないんです。呪文も必要ありませんし、個人魔法とも呼ばれるぐらい、同じ魔法を使える人がいない属性ですから」

「そうそう。個人個人が急に発現する魔法属性に、適正だけで使える簡単な魔法は無いの」

 

 双子から得た情報は断片的だったが、意図はぼんやりと伝わった。おそらく、六属性の魔法は修練によって少しずつ身に着ける学問体系だ。対して無属性魔法は、神に授けられた異能に近いのだろう。僕の場合は言葉通りといったところだが。

 

「無属性魔法って、例えばどんな魔法なんだ」

「書物を瞬時に書き写す“コピー”や、遠くに移動できる“ゲート”……。それから、お姉ちゃんの使う身体強化が“ブースト”です」

「他にも色々あるわよ。世に知られていない変わり種も多いとは思うけど、冬夜のもかなり特殊みたいね」

 

 ややあって、リンゼが頷く。

 

「魔石を持つ前から今まで……魔法がずっと発動してる」

 

 僕は少しも意味が分からなかった。その困惑をすぐにエルゼが察して、補足してくれる。

 

「いい? 例えば、さっきリンゼが見せた水を生み出す魔法。あれは、水を生み出すことに魔法が使われていたけど、生み出した水を維持するための魔法は必要ないわ。つまり、冬夜がその石を光らせ続けているってことは、水を生み出し続けているってことなのよ」

「水を生み出し続けていると……?」

「そのうち洪水になるかもね」

 

 たとえ話上の結論ではあったが、僕は寒気がする思いだった。

 

 僕が発動させている魔法とは、言うまでもなくスマホの充電魔法だ。つまり、僕は随分前から電力を送り続けている。その結果として起こる洪水とは、スマホバッテリーの過充電だった。

 

 本来、スマートフォンの充電において過充電は起こり得ない。これは、スマホが現在のバッテリー残量に応じて、充電器に要求する電力量を変えるためである。残量が百パーセントに達していれば、スマホは電力を要求しなくなるのだ。しかし、仮に壊れた充電器が、要求に従わず強引に電気を送り続けていたならばどうか。

 

 手元を確認すると、スマホは既に充電完了の緑ランプを灯していた。少量とは言え、三日間ここに電気を送り続けていたのだから、バッテリーに悪影響があって然るべきだ。

 

 僕は慌てて充電を止め、それに対応して充電器との接続を示すランプが消えた。同時に、魔石の光も消える。

 

「消えたわね。これは冬夜の意思?」

「ああ。発動させ続けていた魔法を切ったんだ」

「切ることもできるけど継続的っていうと、物を浮かせ続ける魔法とか?」

「あとは……契約対象を望む場所に浮上させ続ける召喚魔法もそうだけど、冬夜さんは闇属性に適性がないから……」

 

 リンゼがずい、と僕に近づいた。スマートフォンを指さす。

 

「これ……ですよね?」

 

 好奇心を抑えきれないという表情のリンゼに、そうだろうな、と思う。あれだけ堂々と操作していて、今まで聞かれなかったことが不思議なぐらいだ。

 

 僕は即座に頭を回した。何を話せば今後過ごしやすく、何を隠せば優位性が保てるか。物を考えるために必要不可欠であるスマホの操作を行いながら、不審に思われないように口も動かした。

 

「魔法名はスマホ、とでもしておこうか。とは言っても、この端末自体は僕の魔法じゃない。僕の協力者として、端末を設計した人と、魔法を籠めた人が他にいて、そこに僕の魔法があってやっと使えるんだ。彼らとの約束があるから、詳しくは話せないけどね」

 

 まったくの嘘ではなかった。神と販売元を通して、このスマホが僕の手の中にある。

 

 ふうんと唸ったリンゼはしばらくの間、怪訝な表情で僕を見つめていたが、諦めたというように一歩引いて見せた。

 

「そのタンマツを、すごく大切にしてるんですね」

 

 彼女の探りに、僕は自信を持って答えた。

 

「ああ、命よりも大事だよ」

 

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