ルリ子の職場は、本郷と同室の壁際にある。
簡素な机と椅子。
それに調整用の機械。
ルリ子の業務は、仮面の製作・改造のようだ。
脳神経や脳波と密接に関わるため
常に仮面を手放すことなく改良に勤しんでいる。
本郷にとっては、その調整音が耳障りなのだが
「業務ですから」の一言で一蹴されてしまった。
本郷は人には寛容だった。
そういった性格と、ルリ子の意外ともいえる細やかな気遣いにより
本郷の精神は安定していた。
つまるところ、二人の業務、仮面の接続状況は順調だった。
実際、ルリ子はとにかく世話をしてくれる。
あれから一週間
すでに本郷は日常生活に支障はなかった。
しかし、
側頭部からの「
ルリ子はただのメンテナンスと言っているが
実施後は明らかに感覚が違う。
まるで自分が自分でないように。
それに段々とこの環境、この施設に疑惑を持つようになっている。
俺はこんなに猜疑心が強い人間だったのか?
今日は緑川博士立ち合いのもと、検査がある。
検査後は、次の施設に移動するという話だった。
計画は順調で、移動になれば、ステップが大きく進むらしい。
そこはどのような場所なのか。
俺はより良い改造人間になれるのだろうか?
そのことを考えると、意識下に「
緑川が検査団を引き連れ 到着したのは、
まさにその時だった。
ーーーーー
「ずいぶんとご無沙汰してしまったね。
やっと私のことを思い出した、と聞いたよ」
と、少しからかうように、緑川は目くばせしてくる。
「ええ、以前博士の助手をさせていただいておりました。
恩を忘れてしまうなんて、少し戸惑いますね。」
予測された回答。予測された会話のラリー。
とはいえ、俺は会話を楽しんでいる。
以前の感覚を、本郷は取り戻していた。
そんな和やかな雰囲気のなか、
大型機械が搬入されてきた。
いわゆる、ゲームセンターにあるバイクゲームだ。
しかし、バイク本体のクオリティは高い。
博士は少し自慢そうに言う。
「本日は、体外装置との接続確認が2件。
1件は以前見たことあるだろう、ベルトだ。
そして、もう一つは、
・・・
今回"初"お披露目。
君のマシンだ。」
「マシン?
博士、あれはバイクですよ。」
「おお、私は生体工学の権威ではあるが、
機械は苦手でね。
まぁ、バイクもマシンの一つなんだろう?
間違ってやせんよ。」
本郷はそうですね。とうなづきつつも
博士の強情な性格に、ふと、
世の中は、自己の意見を曲げない者が権威を握るものか
、と斜に考えてみたりした。
「それに、確かにバイクではあるが、
本日、君が試乗するのは、やはりマシンだ。
体感マシンとでも言うか、転ばない、台座つきのものさ
これならマシンだろう?」
「しかし、まるで本物です。」
「そう、まさしく本物を使っておる。
ま、本気の本番は、別施設にあるバイクに乗ってもらうが、
まずはこの試乗マシンで慣れてほしい。
加速のG、マシンの変形に。」
「変形?
バイクが?
バカな」
本郷は思わず笑ってしまった。
「これは生体マシンなのだよ。
君と共に、唯一といっていい"私の作品"だ。
ま、君の体と似たもの同士なんだ。
すぐ慣れるさ
開発者も同じだしな。」
ルリ子からそっと仮面を渡される。
「すでに仮面との接続確認は済んであるわ。
安心して♪」
本郷は仮面をかぶりマシンにまたがると
疑似スクリーンに外の風景が広がった。
ーーーー
15分。
操作は学習するまでもなかった。
「博士、これで終了のようですが。。
検定が必要ですか?」
本郷は余裕しゃくしゃくとバイクを降りようとしたが
ルリ子が後部シートにひょいっとまたがってきた。
「まだ変形が残ってるわ。
そして、負荷試験も必要ね。
荷台の重量と、
そして
このスイッチ。」
ルリ子は仮面の側頭部にあるスイッチを入れた。
仮面の暗視装置が解除され、起動シーケンスが実行される!
同時に、バイクの排気音がひときわ高く轟く!
ズドドド、、、、ガォーン!
爆音の中、緑川博士が叫んでいる。
「本郷君、
先ほどのご指摘の通り
それは紛れもなくバイクじゃ。」
異常を察した警備兵が
部屋になだれ込む!
緑川の叫びは爆音に霞んでいく。
「本郷 猛!
君を共同研究者として誇りに思う!
失敗した初号被験体として
君には1号被験体として贅を尽くしたつもりだ!
ルリ子を頼んだ!
後 を よ ろ し く !
緑川の腹部が割れ、
中からいくつもの細手が伸び
囲む警備兵の武装を、砕き、貫き、無効化する!
そのシルエットは異形!
室内は白煙と轟音の戦場と化した。
圧倒的な緑川を見ながら本郷は意識に流れ込む指示に集中する。
指示者はルリ子だった。
「仮面の暗視センサーで壁を見て
そう、反応がある。
そこを突破できるわ!
行くわよ!
」
台座とバイクの接続箇所が、バシン!と切り離された。
と同時に本郷は次の行動を取っていた。
前輪のブレーキをかけながら
アクセルを開け、後輪をスライドさせる!
アクセルターン!
バイクを壁にまっすぐ向けた時、
警備兵の第2波が突入、発砲する!
放たれたショットガンの弾を
数発くらいながらも壁に向かって一気にアクセル全開!
ギャリ!
床を削り、沈み込んだサスペンションが反発!
車体が宙に放たれるその時!
まさしく瞬間だった!
ライト、カウル、エンジン、そしてリアが
さらに驚愕!
ジェットエンジンのように迸る排気を
可動マフラーが後方下部へと噴出する!
それを受け止めるカタパルト!
台座も変形し、発艦カタパルトとなっていた!
!!!!!!!!!!!!!!
! !
! ガ オ ー ン !
! !
!!!!!!!!!!!!!!
常識では、バイクは音速を超えるはずはない。
しかし、本郷達はソニックウェーブに包み込まれた!
ウェーブの衝撃で壁はもろくも崩れ、
そのまま一気に
二人は
虚空へと
消え去っていく。
後には何事もなかったように
ただ青い空が広がっていた・・・・
ーーーーー
・・・すでに夕方の山道。
バイクを従えて、二人は緑川のアジトへ歩を進めていた。
無言の二人。
本郷は会話の糸口のため、頭を巡らす。
黄昏(たそがれ)、
語源は
確かに隣のルリ子でさえも顔が良く見えない。
不安を抱えていないだろうか?
「ルリ子、施設の壁はぶ厚かった。
なぜあそこだけ突破できたんだ?」
「・・・
状況は揃っているのに
まだ気づいてなかったの?
バカね。
・・・
結局強さって、内部の鉄筋なのよね。
それさえ崩せれば
そうすれば、ただの固い板じゃない?
人間の骨格とお-んなじ。
内部を崩せればいいの。」
本郷は今更ながら気づいた。
あの調整音。
あれは壁を破壊するためだったのか
「そうか、君は
あの調整音波で
内部構造を、破壊していたのか。」
「そうよ。
すべて計画通り。
準備いいでしょ?」
ちょうどアジトの入り口だった。
ルリ子の振り返った顔。疲れた目に作り笑顔。
その顔を本郷は無言で抱きしめるのだった。