月影の魔法使い〜The magic seeker of the moonlight shadow〜 作:よしだひろ
その道とは一体どの様なものなのか。
バオホはいつ現れるのか?
部屋の椅子に座るなりシュタインはミカに話しかけた。
「道とは何のことだい?」
「はい。どうやら遥か昔ドワーフ達が作ったトンネルがあるらしいんです」
ドワーフは山や地下を主なねぐらにしている背の低い亜人だ。彫刻を作ったり細工物を作ったりする事が好きな種族だ。
「当時人々はドワーフコリドーと呼んでいたようです。小さ目のトンネルで町からも入口が見えていたようです」
「どの辺りにあったんだい?」
「フェネッケン採掘場より少し南に行った辺りの雪割り山脈の中腹のようです」
今は町からもそのようなトンネルは見えないし、採掘場からも見えると言う事は無いのだろう。もしそのトンネルが今でも見えるならその事は軍事的にも伝わるはずだ。
「かなり昔にポーレシア側の入口が崩落して、その後使われなくなったと言うんです」
「するとエングラント側はどうなっているんだ?」
「文献に記述はありませんでした。ただ、その崩落自体、ドワーフがわざとやったものだと考えられると書かれていました」
(わざと?)
トンネルは何のために作られたのか。いや、それは単純な理由だろう。では何故わざと崩落させたのだろう?
「ドワーフコリドーか。聞いた事はないな。或いはバオホは知っているのか……」
シュタインは徐ろに立ち上がり、腰の剣を取り出した。それをミカに渡した。
「ミカ。君は何かあったら町長の屋敷に行くんだ。その剣で町長を守ってやってくれ」
ミカは困惑して言った。
「しかし師匠。私剣術は鍛錬しておりませんが」
「大丈夫。ちゃんと言い聞かせてあるから」
ミカはどう言う意味か分からなかった。
「言い聞かす? それは一体……」
その時屋敷の中に兵士が駆け込んできた。
「伝令! 西の方角に敵軍確認! 詳細は不明なれどその数およそ千!」
シュタインは立ち上がった。そしてミカに言った、
「ミカは町長の屋敷へ行ってくれ」
そう言うとシュタインは部屋を飛び出した。
さっき入ってきた城門まですぐに戻ると城壁に登った。
「魔法使い様。あちらです」
見張りの兵士はシュタインがさっきまでウロウロしていた荒地の更に奥を指差して言った。雪割り山脈の麓辺りに土煙が見えた。横に広がっている。
「横に展開しているな。これでは不利か」
そこにネーエンがやってきた。
「どうやって西から現れたんだ。採掘場に伝令を出し挟み撃ちにするか?」
「いや、伝令は北西の主力部隊に送った方が良さそうです」
「主力部隊? 今はそちらは……」
と、バオホの軍勢は二手に分かれた。
「採掘場とここを同時にやるつもりらしい」
シュタインはその数を見積もった。
「採掘場へ向かった方の部隊の数が多いな。およそ八百は行ったぞ」
「残り二百などあっという間に片付けて、八百を後ろから挟み撃ちにしてくれる。伝令! 北西の部隊に連絡して採掘場の応援に行かせろ!」
シュタインはそれを聞いてなお言った。
「ネーエン殿。あなたも残りの兵も採掘場へ応援に行ってください」
「なんだと? 迫りくる敵はどうするのだ?」
「僕が食い止めます」
ネーエンに取ってそれは出来ない相談だった。シュタインの力がどれほどのものか分からないからだ。
「そんな事出来ん!」
「防衛の全権は僕が持ってるんですよ」
「くっ」
ネーエンは悩んだ。いくらシュタインが強力な魔法使いだとしても一人で二百の数をやれるのか?
「逆に味方は戦場にいない方がやりやすい」
基本的に魔法は敵味方の区別なく効果を発揮する。リートが使った光の矢のような魔法なら対象を一つと決められるが、炎の玉のように爆発するような魔法は、その範囲内の敵味方全てにダメージを与える。戦場に味方が入り混じっていては強力な魔法を出せないと言う意味だ。
「では、精鋭を残して残りを採掘場へ向かわせて下さい。早くしないとそろそろ敵が来る」
そう言うとシュタインは城壁から走り去って敵部隊の迫る西の方角へ向かって行った。
ネーエンは仕方なくシュタインの言う通りにした。
「私の部隊の一班を残して残りは直ちに採掘場へ向かえ。一班は私と共にシュタインを追う」
シュタインに遅れてネーエンとその精鋭達は門から出てきて西に向かった。
所がシュタインはまだ敵と遭遇していないのにいきなり荒地の手前で立ち止まった。後から追いついたネーエンが馬上からシュタインを見下ろして聞いた。
「なんで止まる?」
「ここで迎え撃つのが吉だ」
「隊長! どうしたんですか?」
兵士達も戸惑っている。
「なるべく城壁には近付けない方がいいに決まっている」
ネーエンは馬を進めようとしたのだが、シュタインはそれを制した。
「ネーエン殿は残党だけを叩いてくだされば良い」
「残党?」
こちらへ向かってくる二百名程の敵兵の事を言っているのか?
「何の事を言っているのだ! ここは戦場だぞ。うかうかしていたら命を落とす!」
しかしシュタインは左手を水平に出し皆を制した。何かのタイミングを計っているように見える。
もう敵兵がすぐ近くに迫っている。
「先頭が入った……」
シュタインは誰に言うでもなく呟いた。
「何がだ?」
敵兵はみるみる近づいて来た。
ネーエンは焦れて弓兵に命令した。
「弓兵構え!」
「まだ撃つな!」
シュタインはそれを制すると同時に魔法の詠唱に入った。
「クラブナリアル インラナペリアル ジュマーニ トード 防げ剣、壊せ盾 サウビージュ!」
すると敵兵のいる辺りの地面が一瞬光った。そして地面から霧のようなものが発生したかと思うとあちこちに水柱が壁のように立ち上った。
敵兵の足が止まった。
こちらの兵士達も何が起きてるのか唖然として見ている。弓兵達は一度張った弓を緩めていた。
すると今度はその水の壁が下からみるみる凍って行った。それは一瞬の出来事でその辺りにいた敵兵は皆氷に飲み込まれて固まった。
「こ、これは一体……」
「攻撃型防衛魔法陣です。周囲にいた敵兵はほぼ氷漬けです」
「これが……魔法……」
ネーエンは初めて見る魔法の攻撃(実際には防御だが)を見て、ただただ驚く事しかできなかった。
「ネーエン殿。氷から逃れた敵兵を叩いて下さい」
ネーエンは驚きが収まらないまま令を出した。
「の、残った敵兵を根絶やしにしろ!」
氷の壁から逃れた敵兵はザッと二十程度。これならここを任せても大丈夫だろうとシュタインは思った。
「敵兵が引いても深追いはせぬように!」
それだけ言い残してシュタインは街へ戻った。ネーエンは街へ戻るシュタインを不思議に思った。
「何故奴は採掘場へ向かわないのだ?」
*
ミカはシュタインに言われるままに町長の屋敷の正門の前を右へ行ったり左へ行ったりしていた。
「こんな剣を渡されても私には扱えないのに」
シュタインは剣術に全く触れていないミカに剣を渡し、町長の警護を頼んで行った。何を考えているのだろう。
何度も行ったり来たりを繰り返すミカを見て門番が言った。
「ミカ殿が出てこずとも我々二人がいれば、敵を追い払うのは無理としても町長を逃す事は出来ます。安心して下さい」
その時、正門の上、何もない空中が稲妻でも走ったかのようにピカッと光り、ビリビリと音がした。
「何事だ?」
三人は上を見たが、そこはいつもと変わらないのどかな空が広がっていた。
そして今度は正門の前から声がした。
「やはり結界で守られているか」
見るとそこには老人のような男が立っていた。ミカは一度会っている。
「バオホ……」
ミカがそう呟くと門番二人は驚いて剣を抜いた。
「可愛らしいお嬢さん。私の事を覚えていたか。だが、ここを守るには三人では足りなすぎだな」
バオホも腰の剣をゆっくりと抜いた。するとそれに呼応するかのようにミカが持つ剣がうっすらと一回ボーッと光ったのだが、それには誰も、バオホも気付かなかった。
「この剣はローエ・ロートと言う魔剣だよ。お前達に話しても分からないだろうが、そこら辺の剣など比べられない強さを持つんだ」
「だからどうした。我々に去れと言うのか?」
「出来ればそうして頂きたいが……」
不意にバオホは剣を振り上げ門番に切り掛かった。
ミカは自分の意思とは関係なく右手が勝手に剣を抜き、バオホの振り下ろした剣の間合いまで引っ張られるのを感じた。
剣に引かれるようにバオホと門番の間に割って入りバオホの剣を受け止めた。
「ん? お嬢さん。腕に自信があるのかな?」
ミカはその出来事に驚き、気が動転していた。
「わ、私……」
バオホは一歩下がった。そしてミカの剣に刃こぼれがない事を見て驚いて言った。
「この剣を受けて刃こぼれ無しか。確かにいい腕を持っているようだ」
そして今度は下からすくい上げるように剣を振り上げて来た。ミカは再び自分の意思とは関係なく後ろに飛び退いた。そしてすぐさま剣をバオホに突き刺すように飛び出した。
バオホは体を捻りミカの剣をやり過ごす。そのままくるりと一回転して上段から再びミカへ剣を振り下ろした。
今度はミカが体を捻る番だ。バオホの剣はミカの背中スレスレを落ちて行った。
ミカはその捻りで体勢が崩れ左足から落ち片膝をついた。しかしミカの剣はその体勢のまま後ろにいるバオホめがけて横に薙いだ。
バオホは身を引きローエ・ロートでそれを受けた。
二人はそこで動きが止まる。
「は、速い。バオホの速さもさる事ながら、それについて行っているミカ殿も中々の達人だ」
先ほどまでオロオロしていたミカが信じられない。
「確かにこのローエ・ロートについてこれるとは流石と言っておこう」
バオホはそう言ったものの、どうにも違和感を感じていた。まるでミカは操り人形のような動きをしていたからだ。
徐ろにバオホはミカの剣を弾いた。ミカは片膝の体勢から地面に投げ出された。
ミカはどうにかうつ伏せになる事は避けたが地面に仰向けで転がってしまった。
「ササラマース キガロノース ミヤチル 赤き大河より来たれ炎の闇……」
バオホは突然に魔法の呪文を唱え始めた。と同時にローエ・ロートを天高く掲げた。
「このローエ・ロートは魔剣ゆえ、こんな事も出来るのだよ」
しかしその言葉を遮るように辺りに突風が舞起こった。ミカや門番はその風がバオホの魔法だと思った。しかしバオホは言った。
「現れたか、シュタイン」
見るとシュタインがこちらに向かって走って来ていた。
「ミカ! 横に転れ!」
シュタインは叫んだ。バオホも同時に呪文を唱え終えた。
「ギルギス!」
同時にバオホは振り上げた剣をミカに向けて振り下ろして来た。刀身からは炎が波のように溢れ流れていた。
ミカはゾッとして慌てて体を転がした。
バオホの剣はそれまでミカがいた地面に食い込んだ。土が溶けて煙が出た。
そこへシュタインが到達してミカに手を貸してミカを起き上がらせた。
「やはりここに現れたな、バオホ」
「手っ取り早く戦いを終わらせたかったものでね。それには町長を討ってしまうのが一番近い」
二人は相変わらず敵意のない平穏な話口調で話していた。
「やはりって、師匠は最初からバオホがここに来る事を予測していたのですか?」
「まあそんな事だろうとは思っていた」
「なら何故私をここの警備に⁉︎」
「済まないがミカをここの警備に置いたんじゃないんだ」
そう言うとシュタインはミカの手から預けた剣を再び自分の手に取った。
「警備を任せたのはこの魔剣シュネーバルにさ」
やりとりをただポカンと見ていた門番の一人がやっと声を出した。
「魔剣シュネーバル?」
「そうだ。氷の魔剣だよ。この剣に宿っている精霊の名前でもある」
「精霊?」
精霊は基本的には精霊界に住んでいる。精霊界は霊力の差により人間の住む物質界からは見えない。
遊び好きな精霊は時折物質界に実体化して人々をからかって遊んだりする。
しかし人間と契約を結びその力を行使するものや、逆に人間に精神を乗っ取られて行使させられるものなどもいる。
氷の精霊シュネーバルのように、何かに宿って生きているものもいて、その精霊が何らかの形でその所有者を認めると、その力を貸すことがある。
バオホは少し後ずさった。
「そこのお嬢さんと門番の二人なれば何とか突破したのだが」
バオホは次の行動を考えているようだった。
「街に向かわせた約二百の部隊は今頃散り散りに逃げ惑っている頃だろうね」
「シュタインよ、お前がここにいるのだからそうなのだろうな。だがお前を倒しさえすればここを抜け町長をやる事ができるんだよ」
「僕はさっさとお前を追い払って採掘場へ行きたいんだがね」
いつの間にか二人はお互いの間合いを計りつつジリジリと円を描くように動いていた。
「ミカとそこの二人! 十分離れていろ」
と同時にバオホが呪文の詠唱に入る。
「アラルラ マドマド ジ」
遅れてシュタインも呪文を唱えた。
「ブンブード ラリマヤ ソラナオ」
しかしバオホの詠唱の方が早く終わった。
「ジグオフ!」
バオホは呪文を唱えると剣の切っ先をシュタインに向けた。すると剣の切っ先から炎の柱が飛び出してシュタインに向けて伸びて行った。
「氷の盾を持て守れ ランラーサ!」
炎がシュタインに迫る直前、シュタインは呪文を唱え終わった。
ミカは思わず叫んだ。
「師匠! 危ない!」
しかし氷の魔剣シュネーバルが炎を受けようと持ち上がった。そしてその周りに半透明の円型の盾が現れた。氷の盾だ。
炎は氷の盾に阻まれて四散した。
「私の魔法を先読みして氷の盾か……」
しかしバオホは素早く間合いを詰めてローエ・ロートを右から左へ薙いだ。シュタインは堪らず後ずさる。
しかしバオホの攻撃は単なる威嚇で、その動作のままバオホはローエ・ロートを鞘に納めた。納めつつ呪文の詠唱に入る。
「レンダード マ ヤ」
バオホは指輪をシュタインに向けた。
「光よ溢れろ。ブライエン」
バオホの指輪から強い光が放たれた。
「目眩しだ! 皆目を閉じよ!」
シュタインは叫んだ。ミカと二人の兵士は何が何だか分からなかった。次の瞬間バオホとシュタインが同時に呪文の詠唱に入った。
「ペリグル ミンダラ スニヤラニ……」
「ザガンドラ ジングボラ マニマニ……」
しかしバオホの呪文が先に唱え終わった。
「時空よ、我が手に。ステポール」
ほんの一瞬置いてシュタインが呪文を唱え終わった。
「来れ静寂 ムンガム」
辺りは光に包まれて何も見えなかった。ミカは目の前に両手を掲げて光を遮ろうとした。
師匠!
そう叫けんだつもりだったが声が出なかった。暫くして光が収まってきた。
シュタインは空中を見つめ何かを考えていた。バオホの姿はもうそこには無かった。
ミカはシュタインに駆け寄って再び声を掛けたのだが、やはり声が出なかった。
シュタインはミカの気配に気付き振り向いた。そして口をパクパクさせた。どうやらシュタインも声が出ないようだ。
シュタインはミカと二人の兵士を手招きして町長の屋敷から遠ざけるように導いた。
「ここまで来れば声が聞こえるだろう」
「あ! 聞こえる。あ! 喋れる!」
バオホが光の魔法を使った時、シュタインはバオホがテレポートで逃げるつもりだと直感した。
「誘惑の岩でも奴は目眩しをしてテレポートを使ったからね。今回も同じく逃げると思ったのさ。現にテレポートの呪文を唱え始めた。だから沈黙の魔法を咄嗟に唱えたんだが……」
沈黙の魔法は指定した地点を中心に半径数十メートルの空間で音を出せなくする。人間が魔法を使うには呪文の詠唱が必要な為、沈黙の魔法で音を止められた空間では魔法を唱える事は出来ない。
「呪文を唱えられなくした上でバオホを取り押さえられればと思ったんだが、一足遅かったよ」
ある程度魔法の勉強をしているミカは、何となく師匠がやろうとした事を理解したが、二人の兵士は全く言っている意味が分からなかった。
「すると師匠。バオホはどこかに逃げたんですか?」
「そういう事だね」
「一体何処に……」
その時門の方からネーエンが何人かの兵士を連れてやってきた。
「シュタイン殿。こちらにいらしたか。残党どもは蹴散らしてきた」
「こっちは失敗です」
「失敗? 失敗とは?」
ネーエンはチラリと町長の邸宅を見た。
「まさか、町長のミルファージ様の身に何か⁉︎」
「いやいや、ミルファージ様には何もないのです。ただバオホを取り逃しただけです」
そう言うとシュタインは町長の屋敷に何やら呪文を唱えた。
「沈黙の魔法と結界は解除したよ。中に入ろう」
バオホは現れたのは西からだった。
そして自らの部隊を囮に町長の前に現れた。
シュタインの魔法によりバオホの軍団の半数は打ち破った。
そして町長の前に現れたバオホもシュタインを前にして撤退して行った。
【主な登場人物】
●ミカ
シュタインの弟子。シュタインに言われるまま街の防衛に関わっている。自分では何をして良いのか分かってない。
●シュタイン
魔法探究者(魔法使い)。バオホからフェネッケンの街を守っている。周りからは懐疑的に見られていたが魔法を使ってみた結果まわりからの評価が変わる。
●ネーエン
フェネッケンの街の防衛部隊の部隊長。初めて見る魔法に驚愕している。
●バオホ
シュタインの旧友でもある魔法探究者。エングラント大公国に頼まれてフェネッケンを制圧しに来た。
●シュネーバル
氷の精霊。今は剣の姿になってシュタインを主人としている。