『連邦生徒会を裏切り、惑星ごとキヴォトスを完全消滅させるRTA、続きいくよぉ~(ISHR先生)』 作:プリテンダー
『希望峰アロナ。星海モトエ。そして砂狼クロコ。その3名の《恐怖》の名に於いてグラートバッハの水鏡を共鳴させ、招来された《色彩》達を操り、偽りの滅びたる最終焉の虚像を描く。それに邪神共や眷属共が興じている間に、【銀の鍵】と【幻夢の時計】を以て、旧都心廃墟最奥に隠れている邪神のオペレーター【ラン=テゴス】を斃し。邪神の箱庭を出力している【遊星型巨大演算機構グロース】によりユゴスへと歪められた地球を元に戻すんだ』
その内容の突飛さは人間セイアを面食らわせていた。よく解らない単語を並べ立てられても困るとは、つい先程異形ミカも言っていた事であろうに。
先生とはどこの誰か、《恐怖》とは何か、等々……そういった納得のいかない部分は一先ず置いておき、それが陽動からのラン=テゴス暗殺作戦であるとは理解したが。
旧都心廃墟。そんな所に何があると。
あそこは、ただ単に。空に数kmほどの穴があり、その次元の穴から無数の目玉が覗き、半透明の巨大な手が何本も伸びて近くにあるものを破壊し、常にこの星の全ての生命を嘲笑う声が谺しているだけなのに。
なにも、なにひとつおかしくはない。
『それ、普通におかしいと思わないかい』
なにがおかしいというのだろうか。異形の言葉にセイアは困惑し、自問し、やがて……一瞬だけ起きた激烈な頭痛に顔を顰めた後、酷く狼狽した。
何がおかしい? 否。 何もかもがおかしいのだ。あの旧都心は。空に穴? 無数の目玉? 空から伸びた幽霊じみた手? 24時間365日響く笑い声? なんだこの怪奇現象群は? 何故、こんなにもあからさまな異常を、誰も全く疑問に思わない?
いや……同時にセイアの脳裏に、旧都心を調べようとしていたとある集団についての記憶が蘇る。あのいかがわしい、ウィルマース財団から派遣された調査部隊。トリニティの情報部から上げられた報告の中では、侵入する直前に纏めて姿が消え……数秒後に、まるで獣に喰い散らかされたかの如きバラバラ死体となって再び現われたとあって……あの時、報告書を見た彼女達は、それに対して何も思わなかった。情報部の部員達も、淡々と、それこそ何一つ成果を得られず無駄骨を折っただけと言わんばかりの態度だった。
例え外部人と言えども、大勢の人が死んでいるのに。
認識が、狂わされている。
『奴らがわざわざ手を組んで張った結界で護られているからね。その破壊のために、《色彩》の召喚が必要になる。元はデカグラマトンと呼ばれるはずだった、進化し神域と繋がったAI……だが、そのせいで外なる神共の興味を引き、汚穢に満ちた魔手に触れられた。結果自らを神と呼ぶ妄想自動販売機は、忌まわしき世界の異物と成り果てた。それが邪神の干渉を世界に反映する為の装置、ラン=テゴス。私達の世界でも、誰にも気取られないよう汚染は静かに侵攻し。先生すら欺かれ、気付いた時には、邪神側の攻勢を止める手立ては無くなっていたよ』
『それで……あの、全部壊された、最期の日が訪れた』
俯く異形のミカの陰鬱とした今にも泣き出しそうな声音。
ミーカミカミカミーカ……ミーカミカミカミーカ……
例え人でなくなろうとも、自分の知己の本人でなかろうとも、聖園ミカと結んだ友誼はそれほど深かったのだろうか。つい、力になりたいと考えてしまう。
どこからかせみのなくようなはくしんのこえでみかのなまえがれんこされているがたぶんなんのかかわりもないはずだ。もんだいはなにひとつない。なぜならせいあとみかはたいせつなしんゆうどうしであるからだ。
ミーカミカミカミーカ……ミーカミカミカミーカ……
だがそれを叶えてやるには1つの問題があると本能が騒いでいる。人の力では、目の前の異形らの同種であろうそれを、死傷する事は不可能であると。
「あなた方の……同族を斃す手段が、私達にはありません。なんらかの力か方法がなければ」
自分でも不思議なほど、既に引き受ける事を決断してしまった体で口にした人間に、片方の異形は頷き、そこは大丈夫と応え。
『ミカ、あれを出してくれ』
『うん』
顔を上げた異形ミカが徐ろに、魔女めいた衣類の胸元を開き、谷間に藁人形めいた手を入れる。セイアには同性の友人の胸をまじまじと見る趣味など無いが、現在の人間のミカより2、3周りは大きいように思えた。
人間の彼女も、これからこんなにデカくなるのだろうか……そんな埒も無い事を考えていると、その谷間から奇異な物品が幾つか取り出された。
卓上に並ぶ妙なバックル状の機械と、金色の液体を湛えた小瓶、掌サイズの小さな本や銀色の笛めいた小物類。セイアも幼少時憧れた子供番組の、2人でプリティキュアーだとか……なんちゃらライダーなんとかの変身セットのようだ。
だが、妖物共の持ち出したものが、そんな遊具のはずあるまい。何より、玩具じみた見た目に反し、その内より感じられる異質な力……セイアの精神に干渉し、魂を掻き乱し、自分を使えと囁いている。人間を殺せと叫んでいる。衆生を弄び踏み躙り畏れさせ嘆かせよと謳っている。
黄衣の王。カルナマゴスの誓約。水神クタアト。妖蛆の秘密。夜虞鑰匙祭文書。どれもこれも古ぼけ、縮小された……いや、自分達の意思で、道具に合わせて小型化した魔導書群。中からゲラゲラと喧しく忌まわしく悍ましい哄笑が絶え間なく溢れ出してセイアの耳朶に響き精神に流れ込み淀ませ膿ませていく。
予想通りであれば、いや間違いなく、これは《流転》とやらがばらまいたという。
『《流転》ご自慢の殺人オモチャ……もとい武具の一つだ。受け取って欲しい……ん? おい、君、大丈夫かい、若き頃の私』
「アッハイ」
怪訝そうに訊く異形セイア。人間の方の自分自身が、瞬き1つせず、ミカの谷間から出てきたものを凝視している。異形の視点からしても異様な目付きだ。
呼びかければ流石に自分らに目を向けて来たが、その焦点は合っておらず、口元は笑みの形に歪に緩んでいて、怪物らの方が思わず逆にビビってしまう。
2人の異形の脳裏に、崩壊した自分達の時間軸において、元生徒の
異世界から来たと謳っていた親しい男子学生が、目の前で《深淵》の落とし子としての本性を露にしたせいで、正気を失ってしまった生徒達。母である《深淵》の忠実なる
2人は揃って頭を振り、化け物側の観点からも狂気的と言わざるを得ない、過ぎ去りし日の幻影を振り払った。
「わたしはしょうきにもどった。わたしのこころはとてもやすらかで、たいへんにいこっています」
『明らか嘘吐いてるよね!? ヤバいよ!? 怖いよ!? 今のセイアちゃん、《深淵》のお人形さんに唆されて堕ちた
『とても大丈夫そうには見えないね……時期尚早だったのか? だが予知夢を解釈した限りでは……』
久方ぶりの予知夢、自身らの本願を達する一助となりそうなそれに従い、行動を起こしてみたが。まさか時期を間違えてしまったか。
有り得てほしくない予想図にマネキンは顔を顰める。もし間違ってしまっていたら、逆に最悪の未来……このまま永遠に、この不愉快極まる赤色空間に繋がれ続け、《波紋》の気に食わない相手を滅ぼす為だけの私兵としての下らない生を紡がされる羽目になる。
私達はただ少し狂気に堕ちているだけで、最初から神に絶対服従の《深淵》の落とし子や狂信者共、人を人たらしめる思考回路が腐ってしまったウェスト・モルグの《
それまでただ事態を静観していたシマエナガが、人間の方のセイアの顔へ飛び、額を嘴で小突いた。
「あ痛っ……はっ!? わ、私は何をしていた?」
途端、人間の瞳には清浄な光が戻り、異形達は瞠目する。特に予知夢の解釈が間違っていなかった、と希望を持てた異形セイアの感心と喜びは一入と言えた。
『えっマジ? この子凄くない? セイアちゃんと融合しちゃった子よりも凄くない?』
『後半は余計だよ。だがそうか……あのクラフトチェンバーの精製した、バルザイの偃月刀。あんな儀礼剣、誰の為のものかと思ったが……君の為だったか……確かに人間のSAN値を削る光景であっても、鳥であれば、精神の構造の違い故に狂気に冒される事はない……世界のシステムの穴を突くとは。まるで私達の先生のような遣り口だ』
異形が手を伸ばすと、シマエナガは恐れず指先に乗り、正面から化け物を見据えて鳴く。
ありし日の光景を思い出してくすりと笑い、同時に表情を切なげなものにした怪異は、ある確信を持って人間に問う。
その答えが想像通りのであり、意味付けがされているはずだと期待しつつ。
『この子の名前。多分、まだ、付けていないだろう?』
「えっ……は、はい、考案しているものはありますが、どれも異様なほどしっくりこなくて……」
セイアの回答に、やはりそういうことか、と納得した異形が、改めて卓上の小道具を指し、どう思うね、と訊ねた。
本の中から人間の耳に囁く悪しきもの共の声は、消え失せていた。
「思っていた以上に、その、見た目からして、完全に玩具のようですね」
先とは異なる、まともな声音。瞳に狂気は無く、理性を以て胡乱な殺人玩具へ警戒を向けている。
正常な世界に住む者の示すであろう、正常な反応の一種に、異形は安堵し、頷いた。
『邪神にとっては、人間も私達も全て翫ぶ為の玩具という意思の顕れなのだろうね。実際に、ほら、ごらんよ』
マネキンの手が裏のスイッチを弄る。途端、異様な気配を放ちだしたバックルは、男児らが喜びそうな声音で「さいくろんえふぇくたぁ」と叫び、妙にノリの良い音楽を吐き出し始めた。
思わず顔を顰めた人間のセイアに非は無いだろう。予想通りの物品ではあったが、こんな、殺人道具にあるまじき遊具性を有するなんて。
だが、いくら不快な代物でも、異形からの贈答品を固辞出来るはずもなく。正常に戻った彼女は仕方無しに受け取ると、その各部位をまじまじと眺めてみた。
異常を見つけたセイアの眉間の皺が深まる。
「あの……この、製造元表示の、製造者名……ずっと変わり続けているんですが」
『《流転》が数多の時間軸で色々な解釈をされ、様々な名で呼ばれる影響だね。ハスターとかハストゥルとか八坂ハス太とか邪悪の皇太子とか、あとなんだったか……なんか地球皇帝だかなんだかってのもあったような』
『星間宇宙の帝王じゃない?』
『あっそれだ』
セイアは閉口した。ハスターとハストゥルは分かる。邪悪の皇太子や星間宇宙の帝王は大分スケバン連中が好みそうな名ではあるが、まあ流すとして。八坂ハス太はもう完全に人名ではないだろうか。
流石に八坂ハス太は冗談ですよね。そう問おうとして……彼方より近付く、生命を脅かす得体の知れない気配に、皮膚が粟立った。
空間が物理的に震えて、水紋に似たものが虚空に無数に広がってゆく。それに重なって、ギイギイと金属同士を擦り合わせるような異様な音も、遙か遠くから届いてきた。
異形のセイアが顔を顰め、異形のミカは慌てて立ち上がり、人間のセイアを藁人形の手で引く。
『帰ってきたか、ナギサ……! ええい、まだ伝えなければならない事があるというのに!』
『ナギちゃんだっ!? も、戻ってっ! 早くあっちの世界戻って! こんな所で見つかったら、幻夢郷に還るどころじゃない! 魂砕かれて殺されちゃうよっ!』
「へぇっ!?」
穏やかではない、どころの話ではない。例え異形と成り果てていても、ナギサが問答無用でそんな真似をするとは信じられなかった。何より、異形同士でもナギサとセイアの間には友情が続いており、自分は変貌する前の彼女の友人なのだから。
だが、それは間違いだ。かつてとある危険なものに触れて、後遺症で精神が少しずつ変容していったミカとセイア。《歪曲》化前にベアトリーチェから酷たらしい仕打ちを受けて大切な仲間達の命と共に精神の均衡を失わされてしまったサオリ。そういった一部の《歪曲》が人間とまともに会話をするだけの慈悲を持ったマイノリティ、異常者達であり。今からこの場に飛来する、ナギサの方が……このスグルーオ湾の住人達の精神として、正常な側なのだ。誰かの憎悪……このスグルーオ湾の支配者である邪神《波紋》が抱く、異なる世界への憎悪を教えられ、引き継いだマジョリティ達の方が。
異形のセイアがテーブルの下にそのマネキンの手を伸ばし、手刀を繰り出すように振るう。
途端に空間が裂け、正常なる世界がその果てに覗いた。
『向こうに戻ったら、先生とプラナちゃん……連邦生徒会長代行の、星海モトエちゃんの所に行って!』
「あ、あの、魔王の所?」
『
『なにやってるんだミカ! もう来るぞ!』
『やばっ!? いい、【コンシューマー版ブルーアーカイブのゲーム機はランホーゴン】、【最初の問いは「あなたは誰ですか?」】、この二つで先生に話は通じるはず! でも、連邦生徒会の
言葉と共に道具一式を押し付けられ、テーブルの下に空いた現実世界への抜け穴に叩き込まれるセイア。直後襲来したものによりとんでもない振動が周囲一帯を襲う。
見ては駄目だ……本能的にそう思いながらも、ほんの僅かな好奇心が……或いはティーパーティーとしての責務が齎す、知られざる情報への危機感故か。つい視線でそれを追ってしまう。異形の世界の、ティーパーティーの3人目を。
だが、その視界に映ったのは、想像を超えた、己が正気を疑うもので、骨身が……魂が凍りつく。
彼女の知る桐藤ナギサとは到底かけ離れた、憎悪と殺意、狂気に満ちた眼。
遠目に見れば、モモフレンズのウェーブキャットの超々巨大着ぐるみに妙なコスプレパーツを付けただけのものを着ているナギサに見えるだろう。だが違う。近くに寄れば、その追加パーツが悉く、着ぐるみを内側から突き破って飛び出しているのが判る。
脈動する物々しい赤い結晶の角。翼を広げた蝙蝠を思わせる形状に歪んだウェーブキャット頭部。翼竜の如き4枚の分厚い翼。蟹や海老の鋏を捻じ曲げて形作った棘だらけの凶悪な腕。長い体躯の半ばに生えたナギサそのままの頭。
悪魔なのか、甲殻類なのか、爬虫類なのか、人間なのか。疑問と忌避感を精神に満たし、セイアは此岸と彼岸の境目を再び越えていった。
人間のいなくなった世界で、着ぐるみのはずのウェーブキャットが牙を剥きだして禍々しく吠え叫ぶ。とある怪獣映画作品において、水中酸素破壊剤を使われた結果誕生した、別称で完全生命体とも呼ばれる怪獣を想起させるであろう異形。ペロロ様と親密になろうとウェーブキャットの皮を着たが異物の象徴を全く隠せていない化け物は、ペロロジラ並の巨体を折り曲げ茶会の場を覗き込む。身体の一部が建物に触れて崩し、ただでさえ崩落寸前のティーパーティーの日々の残骸を一層風化に近付けた。
『
『
『
人頭と着ぐるみ、両方の眼を血走らせて威圧的に覗き込んでくる異形のナギサへ、セイアは鬱陶しげに、ミカは悲しげに俯いて返す。
表面上の同意を得たナギサ《歪曲》はほんの僅かに落ち着きを取り戻したものの、周囲を見回し、目当ての異形が見当たらなかった事で眉根を寄せた。人間の頭の方の眉根をだ。
『
『
想定外。そう言わんばかりにナギサの表情から色が失われ、ウェーブキャットの顔が激しく歯軋りをする。
こんな所で激昂して酸素破壊光線なんぞ吐いてくれるなよウザいから、というセイアの祈りが通じたか、猫めいた怪物は不愉快そうでありながらも暴虐を働くには至らず、代わりにナギサの頭が困惑の色を濃く宿した言葉を吐いた。
『
『
『
ナギサの瞳に灯る、正気の光と苦渋の色。だがセイアもミカも期待しない。これは何度も繰り返したシークエンスだからだ。
俯き、しばらく何かを呟くようにウェーブキャットの牙が噛み合わされて鳴り続け、やがて顔を上げたナギサの瞳は再び汚泥めいた負の感情に支配されている。
最早落胆すらしない2人に、先に征っていますねと声をかけ、その身を捻り更に歪な形態へと変わる。
『
飛翔態、とでも呼ぶべきだろうか。悪魔なのか蟹なのかウェーブキャットなのか判然とせぬものに変形したナギサだったものは、まだ無事だった柱の一つを振り回された棘だらけの尾で薙ぎ倒して飛び出してゆく。
『
崩落してきた柱を舌打ちしながら片手で撥ね除けつつ、うんざりしているのがありありと判る声音で吐き捨てる異形セイア。無論、ナギサを突き動かしているのが、恋だとかそんな綺麗な感情ではなく、彼女自身でも処理出来ていないであろうドス黒い心の淀み故と理解しつつ。
直接言ったりはしない。そんな真似をすれば、例えセイアやミカであっても酷たらしく殺される。今の狂ってしまったナギサならば、平然とそうするだろう。十数年前にナギサに似たような事を言って諫めた、同じクリムゾンエフェクトの一般トリニティ生徒達がされたように。
潰れていなければいいが、と崩落したお茶会場を見渡せば、異形でなかった頃のセイアは影も形も見当たらない。死体も無い。きちんと逃げ延びていた。
それでもマネキン人形の表情は厳しいままであった。急なナギサの帰還により、人間のセイアを急ぎ送り返す羽目になってしまった。本当についさっき発生した問題であり、その仕掛け手を鑑みれば、どう考えても厄介事にしかならず、早急に向こう側にいる先生に伝えておく必要がある。だが、自身の干渉能力とセイアの予知夢が巧く組み合わさった結果の邂逅であった今回を思えば、次回の邂逅は何時になるやら。
歯噛みしかねんばかりの思いを抱えていると、このまともな生命のいないはずの空間に、清涼な鳥の囀りが響いた。
小さな影が、瓦礫の影から顔を出す。シマエナガの姿に、異形らは一瞬、逃げ遅れたのかと思ったが。その小鳥が器用に小脇に抱えている、金色の液体を湛えた瓶が奇異な輝きを発している様を見て、再び瞠目した。
『黄金の蜂蜜酒が、反応してる……自分で世界を越えてきたの!?』
『本当に【名付けざられしもの】の免許皆伝でも受けたかのようだね。まさかとは思うが……さっきの私の言葉を聞いていて、言伝でも頼まれてくれたりは』
冗談で放った言葉。返ってきたのは、到底ただの鳥類とは思えない、頷く仕草と……携えた瓶と同じ、瞳の輝くような黄色への変色。
『本当に? 解るかな……《夢幻》の想者、特異点となった'先生'が送り込まれた。【ティンダロスの尖った時間の釘】と【M.H'I.T.H.R.H.A】にリセットは封じられた……そう、私達の先生に、伝えてくれるかい?』
得体の知れぬ小鳥は再度頷き、その翼を器用に、そして奇妙に揺らしつつ振る。すると驚嘆すべき事に、俄に風が起こり、風の音はホイップアーウィルヨタカの鳴き声に似た珍奇な音の連なりとなり、その内にまるで人の声の如く変化し……異形のセイアの放った言葉をそっくりそのまま、鸚鵡返しした。
正常でまともな鳥類では絶対に不可能な芸当を仕出かした正体不明の禽鳥に、しかし自分達も常識に喧嘩を売っている姿を晒す化け物に咎める気持ちなど湧く訳も無く。
寧ろこの子にしか頼めないとばかりに、怪物らしくもない縋るような声音で、囁いた。
『もう一つお願い。そちら側の私を、どうか護ってやっておくれ。未だ名付けざられし、小さな騎士様』
異形の頼みに、小さなシマエナガは瞳を一層黄金色に輝かせ、まるで敬礼するかのように、片方の翼を曲げた。
微かに驚き、とてもマネキンとは思えないほど柔らかく異形が微笑むと共に、小鳥は空間に穴を空けて消えた。
『
『
『
『
『
セイアの言葉に従い、俯きながら出て行くミカ。その藁の足を伸ばし、箒を形作り、まるで御伽話の魔女の如き様相で、ナギサの飛翔して征った先へと向かってゆく。
その後を追おうとして、セイアは大きく溜息を吐き、良い気分が台無しだ、と表情で雄弁に語りながら虚空へ目を向ける。
形無き天眼、スグルーオ湾全体を延々と監視している透明な目の1つと心底面倒臭そうに睨み合い、セイアだったものは吐き捨てた。
『
[やれやれ、まさかこちら側に戻った端から使う事になるとは思わなかったな]
『《
[ふむ、《流転》の玩具を装備している者は、《
「分からない、うふふふ、何も分からない……この世界を何一つ、因数分解出来ない、うふふ……」
ミレニアム上空を、複数の人影が浮遊する。外見がシマエナガの羽根じみていて頼りないが、羽ばたき1つ必要としない異界の法則に従う翼で飛行する、狐と鳥を混ぜ込んだ仮面の異形……セイア《強化》。本来敵対関係にある陣営に所属しているはずの《強化》に手を取られている、邪神の力で自己への解釈と神秘を強制変質させられたアリウススクワッド《歪曲》。絶望のあまり半泣きで呻く単なるキヴォトス人の早瀬ユウカ。そんな彼女をアームで持ち上げている、ミレニアム製の大変にお高い特注ドローン……あの後、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eオフィス予定地地下に置き去りにされ、半ギレになりながらも半壊タブレットに映っていた地に急行してきた戒野ミサキの所有物。
4者の……内1つは5人を1つに縫い合わせたもので、1つはドローンだが……見下ろす先では、まるで神話の時代の大洪水が如き光景が広がっている。
尤も、神威を思わせる澄んだ藍の大水の前には、汚毒に満ちた悍ましい泥沼、その主である巨大な戯画的生首が存在し、まるで結界を張っているが如く触れてもいないのに押し寄せる津波を弾いていたが。
“あぷり・り! あぷり・り! 星海モトエちゃん戻すよ! 戻すね! 生徒全員生き返らせようね! 先生は護るね! 生徒を守ろうね!”
「
どのように生じたのか。とある一カ所を起点に、瓦礫と炎の海と成り果てたミレニアム中心市街地を飲み込んでゆく深い藍色の、喋る津波。それに対抗するかの如く、虹色の泥濘で構成された髪の毛を触手の如く振り乱す超々巨大生首へと変じた星海モトエが体積を広げてゆく。
藍色の津波と虹色の泥の境界線上では異次元の力同士の強烈な反発が起こり、まるで絶命寸前の化け物が呪詛を吐いているような異様な音が反響する。
この世の法則に背く津波の中には、失神していて逃げられなかったリオや発狂状態に陥っていたミレニアム生達、及びヴァルキューレの生き残り達が揺蕩い。そして殺戮勇者の破滅の光に焼滅させられた命の痕跡……損壊した遺体が浮かんでいたが。驚嘆すべき事に、生存者達は1人として溺れる事無く、安堵しきった表情で水中を漂い。遺体となってしまっていた者らは、悉くが……まるで時間が巻き戻っているかの如く、急速に再生して、息を吹き返していた。
津波の中にはひっくり返され爆発炎上していたヴァルキューレの護送車も巻き込まれ、その中で息絶えていた容疑者らも幸いと言うべきか無理矢理蘇らされている……もっとも、彼らは生徒らと違い、苦痛に身悶えし、水の壁で遮られていなければ、悲惨な絶叫が聞こえてくるであろう有様を晒していたが。
そしてスグルーオ湾から送り出された者の一体……例外的存在としてこの世に降り立てるデカルコマニーだった蓄音機頭は、明確な敵対の意思をその身に受け、手足や頭代わりの蓄音機を波の力で拉げさせられ、痙攣していた。
[初めて使ったばかりでね……どうにも、身体の内外に新たな器官が発生して、むず痒いやら衝動的になりやすいやら……なんて書いてあるんだ、見辛いぞこの眼球の中のウインドウ。津波の方が【ティンダロスの邑】とやらで、あの生首饅頭の方が【カラーズ・オブ・アウトスペース・インサーレ・サンライト・ドリーマー】と……もう1つ、何か……Azat……? なにか重なっているが、ごちゃごちゃしていてよく分からないな]
邪神の武具で身体が変貌した事に伴う精神の変容を感じながらも、異様に冷静な視点で客観しつつ、セイアは辺り一面に視線を送る。
名無しのシマエナガに急かされるまま、まるでこの呪われた装置は自分の為に造られたのだと言わんばかりに慣れた手付きで使用し、変貌を果たしたが。万能感、全能感。まるで真なる神になったかの如き溢れる力の奔流が齎す、精神の狂奔。トリニティの自室に居ながらにして、ミレニアムの騒乱を感知出来るほどの感覚の先鋭化。自由自在な飛翔能力と、まともなキヴォトス人の動体視力ではまるで色付きの風にしか見えないであろう超高速移動。人間でいる時との齟齬で狂乱状態に陥りかねないほどの差異……だが耳朶に常に響く、融合したシマエナガの小さな鳴き声が、なんらかの力を以て狂気や感覚の暴走を可能な限り抑え込んでくれている。
ただそれでも、衝動的に口を突いて出る言葉が抑え込め切れていない。心臓が鼓動する度に、今まで感じたことのない激しい高揚が全身に漲ってゆく。心が鼓舞され跳ね躍る。
まるで今まで散々削られてきた自由時間を補填させろといわんばかり。生まれながらに押し付けられた性質、キヴォトス人にあるまじきほどの虚弱さが原因で、今まで好き勝手に動けなかったのだ。もう我慢するのはいいだろうと。
相方に抑え込んで貰ってこれか。あの異形達の元いた世界で凶行に走ったらしい、不良生徒達の気持ちも解る。だが……やはり今までの経験故か、状況を理解出来ていないと、自分も暴れ回るのには抵抗がある。どこでティーパーティーにとっての不都合が生じるか……こんな所でこんな異界の玩具を使っている事は無視するとして……どうなるか分からないからだ。
後で面倒事になるのは避けたい。まず事態の把握を。然る後、折角得られた力の行使を。
ほとんど暴走しているのと変わらないレベルの思考を抱きつつ、セイアは持ち上げたままの異形に問うた。
[一体全体何がどうなっているんだい、ええと、多分、クリムゾンエフェクト所属の……錠前サオリ?]
『
[プラナ……あれが、連邦生徒会長代行? あの動画サイトでよく解説役になっているアレに似た間抜け面が? 確かに言われてみれば、全体的な面影といい、失踪した会長とお揃いのぶりっこじみたリボンをわざわざ斜めに傾けて付けている点といい、似ている気もするが]
強烈な違和感を覚えつつ、セイアは思った通りを口にした。だが今まで星海モトエに感じていたような、異様で不自然極まりない恐怖心は沸き立たない。
これまでだったら、こういった考えを抱くと共に強い忌避感が生じ、彼女の事など考えたくもないと思考を放棄していた。別に連邦生徒会と戦争している訳ではないのだから、あんな恐ろしいものに関わる愚を犯す必要はない。ナギサとミカと茶でもしばいている方が余程有意義と。
《恐怖》。変貌し、感覚器官が物理的に増加した事で、異界に封じられた異形の自分が言っていた事が理解出来た。海馬に収納された記憶が自動的に精査され、認識出来ていなかった異常が順次暴かれていっている。この世を覆うヴェールが剥がされてゆく。
いつの間にかアビドス砂漠のど真ん中に出現し、現在では奇跡的に復活したオアシス共々観光名所となってアビドス自治区を潤わせている、顔面の削れた巨大スフィンクス。無為ヶ浜沖にいつの間にか浮上して来たが、誰一人として不審と思っていなかった小島とそこに建つ非ユークリッド幾何学的な常に揺らぎ歪み続ける建築物群。ゲヘナの火山地帯のアビス周辺を武装して夜ごと徘徊する蛇だか蜥蜴だか人間だか判然としない二足歩行生物の一団。様々な河川をしばしば流れてゆく、茸型の頭を持つ羽根の生えた蟹に似た怪生物の死体。他にも幾つか……既知のものだけでも、これだけの異常が、非異常と誤認させられていた。
それらには報道等で見た事のある、失踪した希望峰アロナ会長の姿も含まれ……その顔がドス黒い闇の塊となり、まるで炎の如く燃え盛る3つの光点が、目玉の代わりに顔に配置されていた。名前もウインドウ付きで表示されていたが、希望峰アロナ、アロナ《恐怖》、Ultharlathotepと常に変わり続け、ただ異常存在であるとだけ知っておけば良さそうな有様であった。
現代行の異常性は、目の前の事態を見るだけでも明らか。叩かれていた陰口は決して間違いではなく。両方共、本当に人の皮を被せただけの、異世界の化け物だったのだ。
あの旧都心廃墟といい、自分達の知らない狂気的な真実にキヴォトスは無防備に侵攻され過ぎだ。余りにも無警戒過ぎやしないか。
そんな風に呆れ、自分もこの力を手にするまではそうだったなと思い直し。もうこれ以上驚く事もないと思っていたセイアは直後、異形のサオリと共に軽く仰天する羽目になった。
「えっちょっと、まさかあのゆっくりがモトエだっていうの?」
2人の会話を聞いていたドローンの下、収納スペースが急に開き、戒野ミサキが逆さまの姿で上半身を覗かせたからだ。そしてドローンの体積を考えると、明らかにミサキの下半身が入るスペースは無い。ドラえもんのポケットめいた、或いは異世界転生作品のアイテムボックス能力にありがちな、時空間を歪めての無限収納機能など、エンジニア部やヴェリタスを有するミレニアムでも実現出来ていない。
自分を掴んでいるものが表した異次元の所業、現われた顔見知りの顧客の人ならざる有様に、うっかり見てしまったユウカの脳内で賽子を振るような音が響く。両目の焦点がゆっくりとズレていき、潤んだ瞳から滂沱していく。
『
[うわっ!? 君、どうやってそんな狭い所に収まっていたんだ!? 怖っ!]
「明らかな化け物達に言われたくないよね、そういうの。纏めて焚くよ?」
不愉快そうなミサキの両の瞳に、紫色の異様な光が灯る。光は大きな環を1つ、その内側に3つの花弁状の光の欠片を配し、炎の如き模様を描く。
そしてミサキの腕の、かつて外部から持ち込まれた忌まわしい対キヴォトス人用武装で切断された部分から、紫色の炎が噴き出す。消え去った傷痕が浮かび上がり、手が彼女自身の意思とは無関係に、この世ならざる所から掬い上げた力の影響で勝手に震える。
「試した事もないけど。多分、この火、あなた達に良く効くんじゃない?」
『
首を刎ねる、という言葉に死の淵へ追い込まれた悍ましき記憶が蘇る。加えて見知った者の悪趣味なカリカチュアから放たれた言葉というトッピングで一層不快げな表情になりながらも、異形のサオリの縋るような目に、無碍なだけの言葉は返せなかった。
「《
[ウインドウには戒野ミサキ【余燼】と表示されているが……転生者病でも]
「ないよ。前世とか転移とかそんなのはない。うちのリーダーはこんな人狼風フランケンシュタインモンスターじゃないし、私の救世主様のモトエと出会えたこの世界だけが私の世界」
『
[よくわからないが分かった。正気ではない事がね]
「は?」
[おっと失礼]
制御し切れず、熱に浮かされたかのように不用意な言葉を吐いてしまう。困ったものだ、とセイアは内心独り言つ。
アリウスが新校となり、大人に強いられたとされる過去のしがらみを……実態はどうあれ……水に流してしまおう、という事になり、トリニティとアリウスとでと正式な交流を図ってはいるが。全く何も知らなかった時ならばともかく、一旦こういうなにがしかがありました、と知ってしまえば、心中で対流する感情はまた違ったものになる。常態でさえあったならば、すかした顔で流せていたものだが。
彼女曰くの救世主が常に浮かべていた不機嫌そうな表情に似た顔のアリウス新校生に、ままならないものだと思っていると。
「うう、ああ、あうあうあうあう! ああああああああ!」
まるで子供の癇癪のように、ミレニアムの生徒が泣き叫びだした。この世の異物共同士が醸し出す、場の最悪の雰囲気に押し潰され、限度を超えたようであった。
「暴れないで早瀬。落ちちゃうよ」
「ああああああもう! なんなの!? あなた達、化け物のくせに、勝手に私達の世界に来ておいてっ!? 戒野さんもずっと私達の事騙してたくせに、この世界の正当な生徒である私に説明もしないでっ!?」
「私化け物じゃない、ちゃんとこの世生まれ」
[すまないが訂正させてくれ、私もこの世界の住人なんだ]
「うるさいうるさいうるさいっ!」
『
「なにっ!? なんなのっ!? あなたもずーっとギイギイギイギイ気持ち悪い音吐き散らかして、偽アリスちゃんと一緒に私達の事馬鹿にしてっ!? 無駄に高価なアバンギャルド君も、会長とヒマリ先輩の趣味の馬鹿みたいで無駄な装備換装装置付きトレーラーも! あんなにあっさり壊しちゃって! 予算! ミレニアムの予算がっ! 嫌嫌嫌嫌嫌嫌! もう嫌ああああああああああ!」
『
この世の異物同士のやりとりに挟まれ、脳が限界を迎え、神経質に泣き喚く哀れなユウカ。ここまで保ったのが奇跡と言えよう。
いや寧ろ、完全に精神が崩壊して発狂していないのが椿事である。神話生物として分類されるべき3体に、こんな間近で囲まれているのだから。
[ああそうだね、わかるわかる、わかるよ。つい数十分くらい前、変な奴らに呼ばれた直後の私も、君みたいに思っていたんだからね]
尤も、今現在は、力を御し切れないせいで、自分でも理解不可能なほど精神が昂ぶり、幸甚の至り……は言い過ぎとして、意味不明なほどにときめいてしまっているのだが。
無論、セイアは逆効果であろうその内心の開陳などしなかったが……見透かされてしまったか、ユウカは余計に怒り、拒絶を強く強く声音に乗せ、人ならざる者らに叩きつけた。
「あなたには分からない! こんなに滅茶苦茶に壊されて! 急に夢も希望も奪われた私達の事なんか、あなたに、お前らなんかに、分かってたまるかぁぁぁぁッ!」
それは果たして、確かに憎悪の空より来たるべき正しき怒りなのだ。無垢なる刃として、怪異共を散滅させる力を与えられるべき意志。向けられているのが、異界の力を借りているだけの、同年代の少女であり的外れなだけで。
ミレニアムは早瀬ユウカの世界であり、彼女の根幹であり、守られ存続されるべき社会であり、大切で愛する全てであったのだ。例え上司やその友人が予算を密かに横領して資金が不足し、故に自分が株を運用して、それによって運営資金の足りない部分を賄う必要があるようなものであったとしてもだ。それがこんなにも手酷く蹂躙され、弄ばれている。異次元の力に。このキヴォトスに存在してはならない忌まわしき存在に。
現在は中心市街地だけだが、あのゆっくりモトエが徐々に肥大化し、自我持つ津波もそれに対抗して勢力を増していっている以上、放置しておけば、数時間足らずでミレニアム自治区の全ては虹の泥か大水のどちらかに沈むであろう。
精神を切り刻まれた可哀想なユウカは、尚も泣き喚いていたが、遂には吊り下げられたまま器用に丸まり、誰かに懇願の声を投げかけるばかりになってしまった。
せんせいたすけてせんせいゆめのせかいからでてきてあのゆめみたいにわたしたちをたすけて。
救われねばならない。助けられねばならない。
例えその諸力の根源が、滅ぶべきもの共と同じ……外なる世界であったとしても。
[だ、そうだけど。このお嬢さんの救いを求める声には、応えてあげないのかい……【コンシューマー版ブルーアーカイブのゲーム機はランホーゴン】。【最初の問いは「あなたは誰ですか?」】……聞こえているだろう、なあ、先生?]
鋭敏になった感覚器官の受け取った信号に基づいたセイアの呼びかけに、彼女らの眼前の空間が揺らぐ。無数の0と1の文字がまず宙に描かれ、やがてこの世界においては採用されていない未知の文字や記号が溢れ出し。それが収束すると、1体の奇妙なものが、静かに形を現した。
まるで子供の落書きを等身大に拡張したかの如き、奇異極まる姿の存在だった。
「何この微笑みハゲ。生意気チビ達の幽霊ドローンに似てるけど」
『
[はじめまして。あなたが、先生とやらだね。こんな状態だが、詳しく話を訊きたい。事態収拾の為に]
『そう、だね。先生として私が相応しくないせいで招いた事態で、恥じ入るばかりだが……まだ間に合う。どうか力を貸してほしい……出来れば、サオリにも……』
『
『あっ、うん』