『連邦生徒会を裏切り、惑星ごとキヴォトスを完全消滅させるRTA、続きいくよぉ~(ISHR先生)』 作:プリテンダー
街だか郊外の廃墟だか区別が付かない有様になってしまったミレニアム中心街で、星海モトエだったものが肥大化してゆく。ゆっくりしていってね。ゆっくりしていってね。人間の耳ではまともに聞き取れない魔界の音程で、幾度となく繰り返しながら。まるでこれまでの、操られ急かされた生に反旗を翻すように。のたうつ髪の触手は虹の汚泥を振り撒き、藍の津波と競り合いつつこの世への汚辱領域を広げゆく。
対抗する異常な大水もまた、助けようね助けようねと狂った叫びを上げながら汚泥沼の主を洗浄すべく、澎湃たる波濤を荒れ狂わせる。
その上空、丸くなりスンスンと鼻を鳴らす可哀想なユウカを囲み、この世を冒涜する法則の遣い手4名が言葉を交わしていた。眼下の奴原を鎮め、今日の滅びを迎えんとしているミレニアムに明日を齎すべく。
[邪神類やその眷属への抗体が一斉に暴走した事による《色彩》因子の反発と肥大化……なんで邪神の抗体や《色彩》因子なんて代物が代行殿の体内にあるのかは一先ず置いておくが。それで、あの喋る津波……異世界の’先生’の方に……クトゥグア? とやらの同一存在であり逆の立ち位置存在でもある邪神の極限冷気を、対して生首饅頭殿の方にはそのクトゥグアを元素的に主軸の関係に置いて、正の関係にありつつ同時に無関係の……なんか違うらしい炎系の邪神を利用した過剰な熱量を叩き込みつつ、互いをぶつからせる事で、双方の暴走信号を抑え込んで鎮める……と]
『
『うん。それでモトエもあの’先生’も元に戻せる。寧ろ、現状の取り得る手段で’先生’の中にいる生徒達を無傷で救出するには、それしかない』
[うん、オカルト過ぎて説明の一切が良く解らない。が、この際仕方ない]
言いつつ微笑みハゲ先生、セイア《強化》、サオリ……アリウススクワッド《歪曲》はミサキを見やる。
人一人が到底収まるはずのない、ドローンの狭い収納スペースから逆さまに身体を覗かせた不可思議な姿のまま、自分でも説明不可能で不可解な紫の炎を操れる余燼なるものになっていた少女は困ったように眉根を寄せた。
「無茶言わないでよ。火の方は……いや、そっちもあんなの焼き潰せるくらいの規模なんて出せないけど。冷気なんて操れない」
『大丈夫。召喚は私が、そして出力は両方ともミサキ自身じゃなくて、呼び出した奴らにやってもらうから。ヤマンソと
「邪神2体の使役って、私が悪魔召喚士にでも見えてるの? やれる事考えたら、寧ろそういう奴らに従う悪魔側だけど?」
当然の文句である。過去の異様な経験から妙な力を得てしまった彼女だが、それ以外は普通の女学生なのだから。
ミレニアムの特異現象捜査部は完全な特務組織であるが、純然なオカルト研究の部活自体は様々な学校にある。少々邪鬼眼を拗らせたような生徒達が築いたものだ。非科学的な話はキヴォトスでもある程度の人気はあり、恋のおまじないや嫌いな奴を呪殺してやりたいという面白半分の似非黒魔術もそこそこ広まってはいる。アリウス新校にも極めて少人数の研究会はある。
だが、忌むべき邪神の使役。そんな気の狂った魔道士めいたものは、キヴォトス広しといえども皆無に等しかろう。精々が、壊滅したゲマトリアの研究施設跡地か、無名の司祭を継ぐ者の同様の施設跡地の残骸の中に存在を仄めかされる程度。
[しかし、余燼とかいう存在かつ熱操作の特殊能力において一日の長がある君しか出来ないらしいから、やるしかないだろう。私と彼女でアレらの気を引くから、その隙に頼む]
『
「えぇ……?」
先生と長い付き合いらしき異世界のリーダーの無遠慮な言葉を受けてもなお疑わしげなミサキ。そもそもこんな、自分や仲間らの死体型の悪趣味オブジェと全身を縫い合わせあっているような姿の時点で、色々大失敗しているのは明らか。大体、異世界のサオリは、本人は何故か既に手を貸してくれるつもりである様子だが、話を聞いている限りこの世界とは敵対関係にあるはずで……しかし、他に選択肢も無く。
しばらく瞑目し、溜息と共に目を開くと。
「やってはみるけど。じゃなきゃモトエ元に戻せないし。でも変に期待しないでよね」
『ありがとう。全力でサポートするよ』
平坦で機械的な声であるのに、ミサキからの承諾に安堵している事がきちんと感じ取れる。先生と呼ばれるものの1人の、奇妙な声。
反して、ミサキの胸中は全く穏やかでない。
命の恩人の中で、彼女の身体を操り、 自分達の命を救ってくれはしたものの手を汚させ、そして……世界の外側の悪しき意思共から隠していた人、先生。
自称
正体はどうでもいい。だが彼がこの世界で、それ以前の時間軸でしてきた行動。それはともすると、命を賭して自分達を救い、人生に光を灯してくれた恩人たるモトエ本人の方は、本心から自分やアリウスの仲間を助けてくれた訳ではなかったかもしれない。自分を、死の淵に一度は追いやった厄介者だと疎んでいるやも。そんな恐ろしい考えすら湧き立ってしまって。
『モトエは、私の事を邪魔者で、追い出してやりたいとずっと考えていたけど。あの日ミサキ達を、アリウスの子達を無事に助けられた事に関しては、感謝してやってもいいって思ってくれているよ』
「そう」
妙な機械音声の癖に、落ち着かせようという意思が籠もった言葉。内心を見抜かれた事には驚いたが、不快ではない。そして多分、この言葉に嘘はない。そう思うのは、それが先生という特殊な存在だからか、想っている人からの寵愛を自分が願うが故か……はたまた先生が、モトエの手を汚させてしまった事や目的を果たす為に彼女に嘘を吐いているという、自身の信用に対して不利になる情報まで開陳してきた、愚かしくもきっと真摯であってほしい者だからか。
だが、それ故に、見ず知らずの相手には基本的に情けの薄いミサキを以てしても、彼の見ず知らずの者まで含めて可能な限り助けたいという無茶な願いに応えてやりたいと感じて始めていた。
[そろそろいいかい……頭の上でお喋りされて、代行殿がご立腹のようだ]
「
上目遣いで怪異らを眺めるゆっくりモトエ。その髪触手が勢い良く伸び、神話生物と化したセイアをサオリ諸共に貫き……大気に2人の影が溶け消える。高速移動に拠る残像。
伸びきった触手は、行き掛けの駄賃とばかりにミサキとユウカの方に倒れゆくが、ごめんモトエ、と呟きながら放たれた紫色の炎で焼き消される。
未だ無事な者達を標的にしたのは巨大生首饅頭だけではない。津波の方も、その水面に不可解な影を無数に作り出すと、下僕と思わしき不気味な姿の怪物達を送り出した。
“助けようね! 助けようね! 助けようね!”
それらは、身長4mはあろうかという、筋骨隆々で、ミツクリザメのような頭をした、奇怪な半魚人共。
一部はゆっくりの作る虹の泥沼に飛び込んで汚染され死亡し、身を犠牲にして泥沼の領域拡大を押さえ込み。また別の一部は虹沼の主に敵と認識されたか髪触手に囚われ八つ裂きにされ、また別の個体群は宙に浮くセイアへ、ミサキへ、サオリへ、ユウカへと異常な情念の感じ取れる視線を向け、穢らしい粘液を口から零しつつ、蛙めいて跳ねながら手を伸ばす。
「なにあいつら。ブラックマーケットの奥地の……キャバクラだっけ。そこに通ってるって吹聴してる外部人のおっさんみたいな、厭らしい目してる気がするんだけど」
『
「
[死体に……気持ち悪い奴らだな。そうなるとその……早瀬さんだったか、彼女を下手に下ろせないぞ。大人しく誰かが自然死するのを待つような行儀の良い連中には到底見えない]
セイアとサオリの2人が現在異形となっている事を無視すれば、この4人の少女はただでさえ美しい女性だらけのキヴォトス全体を見渡しても、稀に見るレベルの美少女達。恐らく変種でなく通常の深きもの共が刺客として遣わされていたとしても、瓦礫の山に登ったりビルの残骸にへばりついたりして必死こいて手を伸ばしている変種共と全く同じ行動をしたであろう。人体内に侵入すると、体液や細胞と結合して卵を形成する生殖液。にやつく口からぼたぼたとそれを吐き垂らし、諦め悪く、どうにか天に御座す麗しき乙女らを冥府に誘い、狂気的かつ一方的な異種婚姻譚を実現させんと這い回る。
そんな奴らを使役する’先生’を罵倒しながらも途中から妙にどもる先生の姿に、こいつもしかして元ゲームAIとか言っておいて生徒の誰かと深い関係になりたいのか、先生もどきってまさかそういう方面の意味じゃなかろうな、と感心から一転し若干白眼視しかけるミサキとセイア。全く察しておらずただ眼下の敵の厄介さに舌を打つサオリ。啜り泣き続けるユウカ。
生徒達が異形共に肉欲を向けられているにも関わらず、真面目に聞く者とてない言い訳を続ける先生に、選択間違ったかな、と思いかけつつ、ミサキが発破をかけた。
「あんたやアレが淫行教師だとかどうでもいいから、さっさとやろう。道具の準備も必要なんでしょ。早瀬も下ろせなくなっちゃったんだし、このままだと間に合わなくなるよ先生」
『アッハイ……ええと、まず、飛行と超加速でルート短縮出来るセイアにお願いしたいんだけど。D.U.の郊外地区にある、エンジェル24の隣の空きオフィスビル。その地下に放置してある、鎖を取ってきてほしいんだ。アフォーゴモンの鎖っていう』
[サラッと私の正体をバラさないでくれるかい]
「鎖? もしかしてこれ?」
しがらみのある相手の名をあえて聞き逃しつつ、自分で促した進行をミサキが遮る。ドローンの収納スペースから、呪力に満ちた白い鎖……アフォーゴモンの鎖を取り出して。
『えっ……な、なんで持ってきてるんですかねえ……? これ、持ち物じゃなくて装備判定になると呪い装備で外せない上、ありとあらゆる存在からの好感度が下がり続けるんですが……大変危険……』
「いきなりモトエが消えて置いてかれた後、あの彫刻型3Dプリンター……クラフトチェンバーとかいうやつ? あの中から声がしたの。アロナさんの声で、持っていって、って。変な剣も一緒に」
『ファッ!? アロ……っ』
困惑する先生の前で更に取り出される、青銅のシミター……儀式剣、バルザイの偃月刀。
アロナの声がした。その言葉で異様に動揺する先生に構わず、セイアはサオリを抱えたまま、引き寄せられるようにミサキに……いや、偃月刀に近寄った。
これは自分の相棒たる名無しのシマエナガのものだ。何とはなしにその思考が浮かび、セイアもまた困惑する。抵抗しないサオリを片手で抱え直し、抜き身の剣へ手を差し出し、ミサキもまた導かれるようにセイアに手渡した。
[なんで、こんな風に感じるんだ? これが……私と融合している、相棒の所有物であると。この姿になったからか?]
『
「で、道具はあるけど。これでどうするの先生」
やべえよやべえよもしかして間抜けとか言ったのアロナに聞かれてたかな、などと恐れながらブツブツ呟いていた先生は、生徒らの声にどうにか気を取り直す。
この世界の陣営所属の生徒らは、なんとなく、恐妻家という単語を思い出した。
『えー……では、ミサキに、危ないですがそこからちょっと出てもろて、一先ずドローンのアームに掴まっててもらうか浮かんでてもらって……スグルーオ湾の所属者となった事でアイテム所持欄が特別な処理を受けているサオ……アリウススクワッドに、次の手順をお願いします。アフォーゴモンの鎖を受け取り、ドローンの収納スペースの右上に当てて下さい。その後、Lボタンと三回言いながら、鎖を放す。そして増えた鎖を両方取り出して下さい』
『
訳が解らない。言っている事も意味不明だし、鎖が増えるというのが本当だとしても理屈が解らない。
勝手知ったる謎儀式を躊躇いなく実行する1人を除き、疑問を色濃く表情に……セイアの方は仮面状に変異している為、ポーカーフェイスというのも生温いが……表情に出しながらも、生徒らは行動に移る。
「別に掴まってる必要無ければ、自分で飛ぶよ。邪魔になるし」
そう言って収納スペースから、紫色の炎と白煙と人体が混合した下半身を抜き取り、これまたどうやってその狭いドローン内にしまい込んでいたのか解らない彼女専用の特別仕様ロケットランチャー【セイントプレデター】を手にしてふわりと宙に浮いた余燼少女に、セイアだけ面食らわされながら。
[君、自力でそんな事出来るなら、そこに入って移動する必要……いや、そんな人体発火現象みたいな有様を街中で晒していたらおかしいんだよな、うん]
「速く移動出来る訳でもないからね」
[確かに素早く隠れて、見間違いと思わせる事も出来ないなら……駄目だ、一般人に怪奇な姿を見つかる事自体がまずいんだ]
もしかしたら変貌の影響で精神が削れ、自分の中の常識が崩れてきているかもしれない。戦々恐々としつつ、セイアは鎖を手にしたサオリをドローンの下に運ぶ。視界の端に自分達を映したユウカが、ビクリと身体を跳ねさせたのを、見ないふりして。
『
訳の解らない儀式。放される鎖。レトロゲーム機の発するビープ音めいたものが空間から鳴り響き、取り出されるは、2本に増えたそれ。
この世の法則に喧嘩を売るその手法に、呆れを通り越して逆に感心しながら、生徒らは先生の次の言葉を待つ。
『次に、増えた2本の内、1本をアイテム変化バグで【アトラク=ナクアの夢の
「先にそういう事言わないでくれる? プレッシャーかかるんだけど」
『あっ、も、申し訳無い。ついモトエの中にいる時と同じ調子で』
「じゃあいいや。続けて」
[代行に関係していればそれでいいのか……まるで狂信者……いや、救世主様呼びの時点で大概だったな……]
「そういうのもいいから」
[すまない、どうしても勝手に口を突いて出てしまうんだ]
衝動的な茶々入れに不機嫌そうな半眼になりつつも鎖の1本を受け取ると、次の手順を催促し。
放たれた言葉に耳を疑った。
『まず最初にアフォーゴモンの鎖を装備しない、と宣言しましょう。次いで【ひだりて】と【みぎて】の装備を入れ替える、と宣言し、4回ロケットランチャーと鎖を左手と右手で持ち替える。4回ですよ4回。3回や5回だと変化は起きず、6回やるとアイテムアドレスがずれて夢の縄梯子になってしまうので気を付けて。最後に鎖を、下に居る適当なもの……瓦礫の山でも深きもの変種でもいいですが、投げつけて下さい』
「は? アフォーゴモンの鎖を、装備しない? それから……ひだりてとみぎての装備を入れ替える……4回……最後に投げる。なにこれ」
疑念に呻りながらも言葉に従い、左右の手で滑稽なアイテム交換を行う。1回ごとに、どこからともなくザリザリという通信障害でも起こっているような、薄気味悪い砂嵐の音と、途切れ途切れの謎の声が重複して聞こえ始めたのを流しつつ。
そうして4回の持ち替えを終え、失敗してても知らないからね、と呟きながらミツクリザメめく半魚人の生き残りの一匹に鎖を投げつけた。
変化は劇的だった。一瞬にして白き無情なる鎖はドス黒い糸束と化し、ミサキの左手に片端をへばりつかせたまま空を切り伸長、直撃した半魚人の全身をネギトロめいたものに成り果てさせた。
砂嵐の音と、その向こう側で途切れ途切れにネクソン、ヨースター、ブルーアーカイブ、トゥールスチャの手を離れた炎、緑を拒みしユールの火、存在と虚無の地平で泡立つ影に寄り添う紫煙……と謎の呪文を唱え、それらに重ねて戒野ミサキの名を呼ぶ得体の知れない声の群れは、鎖が糸に変じた瞬間に止まっていた。
「うわ、本当に変わっちゃったよ……気持ち悪っ」
同時に起きた怪奇現象もそうだが、この変異自体も気色が悪い。同様のオカルト行為を他人がしている分には物見遊山気分でもいられたが、この世を冒涜する所業を、自分の手で成してしまった事に薄ら寒くなる。例え既に純粋なる人間に非ずともだ。怪物を死に至らしめた妖糸が勝手に短くなり、しかも血の一滴も付いていないのが余計に悍ましい。
だが、これで準備は整った。丁度ゆっくりモトエの気を引いていた半魚人共も殺し尽くされ、その空虚な眼が再び宙に浮かぶ者達に向けられる。間の抜けた半開きの口から吐き出される、ゆっくり死て逝ってね、の言葉の対象が、再び生徒達に向けられる。
『よしっ(適当)どうにか間に合いましたね! ではこれより、特別昇華術式【渦動破壊神の右の義手】及び【黙示録の獣の左の鉤爪】による、モトエと’先生’の制圧を行います! イクゾー! デッデッデデデデ! (カーン)デデデデ!』