『連邦生徒会を裏切り、惑星ごとキヴォトスを完全消滅させるRTA、続きいくよぉ~(ISHR先生)』   作:プリテンダー

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⑬ 魔地は崑央に非ず(A&Kside)

「ひいいいい! 煙が……ゲッホゴホッ! む、咽せるっ、うえっ、げほゲフンっ!」

 

「何この煙!? 発煙弾ってレベルじゃねーぞ、ごふっ、ゲホッ」

 

「すごくすごい匂いしてる!? 外部の、確かインドとかいう国のお菓子みたいな、甘い、ゴホッ……歯が痛くなりそうな、ゲホッ」

 

 

 

 要塞都市もどきの一角、炸裂音と共に激しく煙が立ち籠める。場に不釣り合いな、香辛料じみた甘ったるい匂い。

 ゲーム開発部の咳き込む音に重なる、ノイズ混じりの咳き込み。同時に煙の向こうから挙動が不安定で溜めも不十分な光の弾が飛び、目標であろう狼耳の美女の傍を通り過ぎて明後日の方向にあるハリボテに着弾、拳大の小さな穴を開けて消えた。

 当たることは無いと解っていたのか、盾を構える様子もなくただ静かに見据えている砂狼クロコの前、煙中からアリス《歪曲》が現われる。まるで酩酊しているかの如く、酷くふらついて。

 

 

 

ゲホッ、うおええ……(繧イ繝帙ャ縲√≧縺翫∴縺遺?ヲ窶ヲ)頭、クラクラします……(鬆ュ縲√け繝ゥ繧ッ繝ゥ縺励∪縺吮?ヲ窶ヲ)か、身体も、痺れて……(縺九?∬コォ菴薙b縲∫亮繧後※窶ヲ窶ヲ)こんな、下衆な……(縺薙s縺ェ縲∽ク玖。?↑窶ヲ窶ヲ)毒ガスなんて、(豈偵ぎ繧ケ縺ェ繧薙※縲)卑怯ですよクロコ……(蜊第?ッ縺ァ縺吶h繧ッ繝ュ繧ウ窶ヲ窶ヲ)

 

 

 

 雑音を発しながら更に一歩進み出た妖物は、バランスを崩して思いっきりその場にすっころび、下着も露なあられもない姿を晒す。両目の焦点が合わずぐるぐると回り、金属じみた体表から大量に発汗までしていて、さながらブラックマーケット奥地で明け方の路上に倒れているのを時折見かけられる泥酔者のようだ。

 クロコが使用した、特殊な煙幕……ズカウバの薫香やイブン=グハジの粉薬を含む複数種の霊薬を混ぜ込んだ、対神話生物用の発煙弾。それぞれ単体では見えない物をほんの僅かな時間だけ垣間見えるようにするなどの効果しかないが、組み合わせる事で神話生物の神経細胞に干渉し、麻痺や酩酊の効果を発揮する。神経細胞の構造や構成するものの関係により、尋常な生物にとっては異様に甘ったるいだけの香水としかならない。

 無力な人類が、どうにか妖異の魔手を退ける為に造り出した、知恵の結晶。

 アリス《歪曲》は尚も活動を続けようとしていたが、薬が回ったせいでどうやっても力が入らないらしく、やがて恨めしげに呻り続けるだけになった。

 

 

 

「ん……邪神ハンターに卑怯も何もない。そもそも身体能力でそっち側が全面的に有利過ぎる。モンスターハントゲームだって、凶悪なモンスターを狩る為に罠や道具を駆使する。アリスがやってたゲームのように」

 

それは、(縺昴l縺ッ縲)そうですけど……(縺昴≧縺ァ縺吶¢縺ゥ窶ヲ窶ヲ)

 

 

 

 《恐怖》化した直後よりも時を経て成長し、《恐怖》化により発生した特異な服でなければ内側から張り裂けていそうなほどに豊かな胸を張るクロコ。

 その冷静なようでいてどことなく得意気に見える表情に、ミレニアム生徒らは戦慄する。

 

 

 

「す、凄い……あの状況から平然と搦め手を使うなんて」

 

「普通ガチで戦うと思うじゃん……タイマンで真っ正面からドンパチすると思わせておいて、まさか初っ端からこんな卑怯卑劣な手を……」

 

「これが……大人のやり方……!」

 

「ん。それ普通は褒め言葉にはならない。私以外の人にはしないように」

 

「アッハイ」

 

 

 

 最初から褒め言葉ではない。それを飲み込み、ゲーム開発部高等部組はその妖艶な女をまじまじと眺める。

 謎めく犬耳の美女。いや美魔女と呼ぶべき年齢だろうか。少なくとも、高校生達の視点から見て、僅か数年後に自分達がこんな姿になるとは思えないくらいの時の経過を感じられる姿。

 名前も判らない相手……或いはアリスめいたロボットは言っていたのかもしれないが、人間の耳ではギイギイという不快な金属を擦り合わせるような音にしか聞こえない。

 羽織ったトレンチコートにある2つの校章……片方は3人も知っている。オアシスの復活や不思議な顔無しスフィンクス、砂祭りといった観光資源で奇跡の再興を遂げたというアビドス高等学校のものだ。だがもう片方は……一切判らない。そもそも、このキヴォトスにUniversity……大学などというものは、存在しない。高校を卒業したら、どこかの企業に就職するのが通例。尤も極一部が就職活動に失敗し、ブラックマーケットを日がな一日彷徨う日雇い労働者、もしくは無職になる事もあるが……どちらにせよ、大学なんてものはない。

 ミスカトニック大学? まさか外部人? でもヘイローがあるのに?

 空間に孔を開けて突然現われた胡乱な大人、しかし自分達を助けてくれた。異形も完全討伐された訳ではなく、まだ若干の警戒はしているものの、心を許しかけて。

 モモイとミドリの腕の中から放たれた言葉と、その主たる2人の童女の異変に、戸惑う事となった。

 

 

 

「うー……アリス、なんだかあたまがぼわぼわします……」

 

「キイも……あたまがぐにゃーってしてぐわんぐわんってしてますよ……」

 

 

 

 ぼわぼわ。ぐにゃー。ぐわんぐわん。

 そのオノマトペ通りと表現するべき異常が、《歪曲》同様に酩酊したような有様を晒す天童姉妹の髪の毛に起こっていた。

 派手な音こそしていないが、著しく伸びて急速に増量し、まるで触手か何かめいて自由気ままに蠢動している。モモイやミドリの身体に緩く巻き付いてしがみつく髪触手。強い力ではなく、すぐ振り解けそうな程度ではあるが、触手の中には少し離れた所に居るユズ目掛けて伸びていこうとしているものまであった。

 まさかあの変な発煙弾のせいか。見抜いた高等部生達の表情が引き攣る。

 

 

 

「あ、あの……この子達、大丈夫でしょうか? 明らかに様子がおかしいんですが……」

 

「《歪曲》用のはこっちを……ん? ん……これはいわゆる、コラテラル・ダメージというものに過ぎない。軍事目的のための、致し方ない犠牲」

 

「え、えぇ……?」

 

「マジかこの人……」

 

 

 

 トレンチコートの内ポケットから小箱……全面にびっしりとどこかの国の文字が書き込まれ、着用しているトレンチコートにも鏤められている妙な五芒星を刻まれたものを取り出し、ガシャガシャと弄っていたクロコが放ったのは、無責任極まる言葉であった。

 初等部を巻き込んでおいて仕方ない犠牲とは。やっぱり危険な外部人の類なのか。

 そう思い直して再び警戒心を強める3人、そしてまるで双方を取りなそうとしているが如く妙なジェスチャーをする幽霊じみた天童姉妹のしもべ達を、言葉が足りなかった、と制し。

 

 

 

「命に別状は無い。本質が一時的に露になりかけてるだけ。一応人間として生まれているけど、父親が大邪神だから。ケイ……この子達のお母さんも、旧都心地下施設まで使って頑張ったみたいだけど、どうしても限界はある。でも薬が抜ければ大丈夫、また元通りのただの人間だから」

 

 

 

 一応人間。父親が大邪神。不穏で、理解不能な言葉。

 まるで蛇のように畝りながら、遂に囁き声に似た謎の音を発し始めた天童姉妹の髪の毛を見ながら、ユズが覚悟を決めたようにクロコに問う。

 正体不明な存在ではあるが、少なくとも自分達よりは天童姉妹の、更には2人から離れていった父母の事についてまで、詳しく知っているだろうから。

 

 

 

「く、詳しく、せ、説明とか」

 

「駄目。聞かないで。この子達の為にも、適切な距離を保った、ただの知り合いでいて」

 

 

 

 覚悟に返ってきたのは、苦々しい表情と無碍な言葉。ただ、決してこの3人を単なるキヴォトス人と侮っての発言ではない事は感じ取れて、面倒だから遇らうというような不誠実な態度ではないと理解出来た。

 もしかしたらそれは、まるで彼女に向けて何か頼み込むように手を合わせ、頭を下げている白ハゲドローン達の意を汲んだが故だろうか。先程の逃走劇の中で、僅かな間だけユズと波長を合わせ、指示の声を届けた彼らの意向に因るものやも。

 

 

 

「わ、私達……どんな話を聞かされても、妙な偏見持ったりしません! この子達の友達だから!」

 

「そ、そうだよ! もう巻き込まれてるんだし、詳しく知らなきゃ多分逆に危険でしょ! ホラーゲームとかホラー映画みたいに、知ってるだけで死んじゃうとかじゃないだろうし!」

 

 

 

 その説得の言葉は、クロコのみに向けられたものではなかった。主達すら正体を理解していない、謎めく白き幽体達にも向けられた宣言。

 まさか自分達にまでそれが向けられると思っていなかった様子の幽霊ドローン達は顔を見合わせたが。

 

 

 

「やめた方がいい。あなた達がこの2人の狂信者になっちゃわない保証が無いから」

 

「きょっ……」

 

 

 

 やはり制止するクロコの過激な発言に、少女らは絶句した。ともすれば、自身らの正気を疑い侮辱していると思いかねない台詞だ。

 ネット掲示板の罵り合いで偶に見かける言葉故、モモイなどは慣れかけてしまっているが。少なくとも、現実で口にするのは危険な言葉であった。

 

 

 

「この子達の父親は、それだけの力がある。それで、2人はそれをきっちり受け継いでしまってる……少しだけ見えていたけど、あなた達はこの平行世界のアリスから、2人を命懸けで庇った。それはどうして?」

 

「えっ……だ、だって、友達だから」

 

「とても素敵で、綺麗な覚悟だと思う。でも、キヴォトスの大多数の生徒は、殺されると確信した状態で、共倒れすると理解しながらただの友達の為にその身を投げ出すなんて出来ない。普通の状態なら」

 

 

 

 やり切れない思いを感じさせる表情でクロコが俯く。まるで友達に見捨てられ、見捨てた相手を呪いながら死んでいった生徒達を数多見てきたような、陰鬱の感情が表出していた。

 ユズ達もまた、顔を暗く陰気に淀ませる。確かに、あれは自分達の性根と頭の出来に由来する向こう見ずな選択だとは思っていたが、深く真面目に考えてしまえば疑わしくなる。血縁でもなければ、普通はそんなにも簡単に命を投げ出すなんて事は出来ないはず。それは決して否定出来ない意見であって。しかし、それでも、この小さな友人達を危機から救いたいという思いが、一時的な狂気の産物であったとは思いたくなくて。

 だが、場を満たす陰々滅々とした空気は、想定外の雑音によって掻き乱された。

 

 

 

皆なら、きっと(逧?↑繧峨?√″縺」縺ィ)狂信者なんかに(迢ゆソ。閠?↑繧薙°縺ォ)なりませんよ(縺ェ繧翫∪縺帙s繧)

 

「アリス……敵じゃないの?」

 

そうですけど、でも……(縺昴≧縺ァ縺吶¢縺ゥ縲√〒繧や?ヲ窶ヲ)ユズも、(繝ヲ繧コ繧ゅ?)モモイも、(繝「繝「繧、繧ゅ?)ミドリも……(繝溘ラ繝ェ繧や?ヲ窶ヲ)あっちの時間軸で、(縺ゅ▲縺。縺ョ譎る俣霆ク縺ァ縲)皆最期まで(逧?怙譛溘∪縺ァ)アリスを庇って(繧「繝ェ繧ケ繧貞コ?▲縺ヲ)くれました……(縺上l縺セ縺励◆窶ヲ窶ヲ)だから……(縺?縺九i窶ヲ窶ヲ)

 

 

 

 チューニングされていないスグルーオ湾の住人の発声故、なんと喋っているかはクロコにしか解らない。だがなんとなく……これまでのやりとりから、脳が内容を勝手に補完した思い込みという可能性も極めて高いが……平行世界から自分達を殺しに来たはずの異形が、自分達を擁護しているのが伝わってきた。

 こんな歪んだ姿に変わり果ててしまったのに、その上自分達は別の存在なのに。それだけ絆を重ねた間柄だったのに、先の逃走劇の中で聞かされた言葉を加味すれば、自分達3人はこのアリスを置いて死んでしまった……或いは誰かに殺されてしまったのだ。

 ゲーム開発部の悲しげな視線を集めている事に気付いた異形のアリスは顔を背けようとするが、対神話生物用の薬の効果がまだ続いている為に首も碌に動かせず、目を逸らす事しか出来ない。大切な人達の最期を思い出してしまっているのか、今にも再び泣き出しそうな表情を浮かべて。

 完全に狂っているはずの相手からの、予想すらしていなかった取り成しに黙考するクロコ。俄に視線を送った手の中の謎めく小箱は、外部からではよく解らない機構により、側面に刻まれた五芒星を下から少しずつ赤色に変色させていっている。

 なんとなく、あれが五芒星を完全に赤色に染めきった時が、この異世界アリスとの永久の別れであるのだと感覚で理解し。それでも何を言えばいいのか解らない少女達も黙り込んでしまった。

 やがて考え込んでいたクロコが、ゲーム開発部に向けて口を開いた、直後。

 まるで一斉に数十発ほど巡航ミサイルをぶち込んだが如き音がエリドゥ(未完成)全域を揺らし、物理的な振動で彼女らを蹌踉めかせた。

 唐突な異変に怪物も含めて動揺する中、上空十数mほどの位置で空間が大きく割れた。

 

 

 

「アハハハハハハハ! ペロロサマ! ペロ、ペロペロペロペロサマママママママァァァァ!」

 

ヒフミさん! (繝偵ヵ繝溘&繧難シ縲?)私のヒフミさん! (遘√?繝偵ヵ繝溘&繧難シ縲?)私の私だけのヒフミさぁぁん!(遘√?遘√□縺代?繝偵ヵ繝溘&縺√=繧難シ)」』

 

 

 

 その向こうに垣間見えたのは、異常な世界。赤い光と緑色の光が交互に一面を照らし合い、真紫色の霧が溢れ返る寒々しい霊園。ただし墓石はまるで爆弾でも投げ込まれたように根刮ぎ薙ぎ倒され、或いは粉砕されている。

 しかしそれは爆弾を投げ込まれたなんて生易しい原因ではなく。そこで暴れる、2体の巨大怪獣共の仕業であった。

 所々が内出血でも起こしたように緑や紫に変色しているペロロジラ、だがその両目は抜け落ち、代用品として不気味な緑色の巨大人魂が嵌め込まれている。背中には背鰭の如く何本も巨大鉄パイプが縦一文字に並べて突き刺され、その先から緑色の靄を勢い良く噴き上げている。そして一番の特徴が、ペロロジラの口から覗く、巨大な、巨大な、阿慈谷ヒフミの、生気の欠片も無い顔。

 それに対峙している、モモフレンズのウェーブキャットを悪意を以て歪めたとしか思えない怪物。脈動する物々しい赤い結晶の角。翼を広げた蝙蝠を思わせる形状に歪んだウェーブキャット頭部。翼竜の如き4枚の分厚い翼。蟹や海老の鋏を捻じ曲げて形作った棘だらけの凶悪な腕。長い体躯の半ばに生えたナギサそのままの頭。

 それはヒフミ《虚無》とナギサ《歪曲》の、げに悍ましく恐ろしき、約20年に渡るじゃれ合いの一幕であった。

 

 

 

「ヒフミとナギサ……アリス、あいつらこんな所で何してるの?」

 

アリスに聞かないで(繧「繝ェ繧ケ縺ォ閨槭°縺ェ縺?〒)下さい……(荳九&縺??ヲ窶ヲ)いつも通りの(縺?▽繧る?壹j縺ョ)ヒフミ狂いだと(繝偵ヵ繝溽汲縺?□縺ィ)思いますよ(諤昴>縺セ縺吶h)

 

「ひいいいい!? わけがわからないぃ!?」

 

「な、なんだおっ!? ぺ、ペロロジラと……えっと、確か、高値が付いてたレアぬいぐるみの……キャットロイア!」

 

「怪獣ってD.U.の港しか襲わないんじゃなかったのっ!?」

 

「うわあ……なんですか、あのバケモノ共……」

 

「コスプレのために、じぶんのからだまで大きくするなんて……どをこえた、変態コスプレイヤーどもです……」

 

 

 

 厄介なものを見たとばかりに顔を顰めるクロコの問いに、一転して呆れ顔で答える異世界アリス。D.U.の港湾施設しか襲わないはずの怪獣がこんな所に現われて恐怖するゲーム開発部高等部組と、薬が抜けてきたのかぼんやりしながらも馬鹿げたものを見る視線を送る初等部組。

 

 

 

「ん……でも、ナギサは赤歪石の、強化されたヒフミは紫穢石の制約があるから、どっちもこっち側の世界にはまだ出てこられないはず……っ!?」

 

「ペロ、ペロ、ペロ、ペロ、ナギササマペロペロサマ、ナギササマペロペロスルペロォォォォォォォッ!」

 

強い愛を感じますよ(蠑キ縺??繧呈─縺倥∪縺吶h)ヒフミさんっ! (繝偵ヵ繝溘&繧薙▲?縲?)私からの愛も(遘√°繧峨?諢帙b)どうか受け取って下さいっ!(縺ゥ縺?°蜿励¢蜿悶▲縺ヲ荳九&縺?▲?)

 

 

 

 双方の狂気的な叫び。それと共に、ヒフミとナギサの口が同時に膨らみ、双方の口内から爆発的なエネルギーが放出される。

 ヒフミ《虚無》の放射能火炎、ナギサ《歪曲》の酸素破壊光線。相殺し、凶悪なまでの熱量を謎の墓地空間全体にばら撒き、焼き尽くし、崩壊させ……空間の裂け目自体が破壊されて閉じた。

 一体なんだったのか……ゲーム開発部の者達は理解仕切れず、ただ突飛な路上パフォーマンスでも無理矢理見せつけられたような困惑しか覚えていなかったが、この世界の外側に属する者達は違っていた。

 五芒星がほぼ赤く染まりきりかけていた小箱を懐にしまい、再び盾を、そして懸架していた黒いアサルトライフルを手にするクロコ。どうにか立とうとするも、未だ麻痺が治らず歯噛みする異形アリス。

 その理由……空間の裂け目が閉じる前に、穢らわしき霊園の内からこっそりと逃げ延びた紫の霧。地に堕ち、広がっていっている。まるで人食いバクテリアに、人体が秒単位で壊死させられていっているかの如き様相で。

 異常に気付いたミドリらは怯えた呻きを上げる。まるでそれに喜んだように、紫の霧の侵攻は早まり、更なる異常を引き起こす。

 霧中より吐き出される、真緑の炎で作られた羽を持つ無数の蝿に似たなにか共。飛び回るそれらの羽音はおかしなほどに統制が取れており、まるで人の声のように聞こえる。ばにたす、ばにたぁたむ、と。間延びした声で放たれた呪詛としか思えない。

 蝿もどき共に次ぎ、奥からは謎の菫色の光が差し込み、やがて……怪光の中から、呻き声が聞こえてきた。

 その声は3人分あり、いずれもアリスの名を呼んでいた。

 

 

 

「アレを見ないで!」

 

 

 

 クロコの禁ずる声も虚しく、呻き声の主、霧の向こうから現われた実体をゲーム開発部の3人がうっかり目にする。途端、3人の体内から、ばちり、と強烈なスパーク音が響く。同時にユズが、モモイが、ミドリがびくりと身体を跳ねさせ、くるりと白目を剥き、意識を失い昏倒する。

 パラドックスの原理により同一人物が同じ時間軸に存在する事で発生する存在障害を、既に死体である事で生存している方にだけ押し付ける、外法のグリッチ。

 

 

 

ユズ……(繝ヲ繧コ窶ヲ窶ヲ)モモイ……(繝「繝「繧、窶ヲ窶ヲ)ミドリ……(繝溘ラ繝ェ窶ヲ窶ヲ)

 

 

 

 霧から出現したのは、正にその3人だった。アリス《歪曲》と同じ時間軸で過ごし、友誼を交わし、ずっと一緒にいられると信じて……その未来を、邪神のお遊びで踏み躙られ、命ごと奪われた、被害者達本人。異なる時間軸のゲーム開発部達の、望まざる最悪の再会。

 名も無き神々の王女とその一味だから、キヴォトスを襲っている異変の数々の黒幕に違いない……かの時間軸で邪神の化身にそう唆された大衆に襲われ、ミレニアムの出した弁明も虚しく分断され、先生からの助け船さえ妨害され、迫害の果てに命を落とした、アリス《歪曲》の絶望の塊。

 ヒフミ《虚無》や《歪曲》連中ほどに狂った外見になってしまえば、まだマシだったかもしれない。だがこの3人は、《虚無》としての強化、普通の生徒でいう所の神秘解放をまだされていない。アリスの手が届かず、殺されてしまった時の姿と、ほぼ変わらない有様を晒している。変化と言えば精々、両眼球が消滅し、眼窩に代用品として蛍光緑色の火が灯っている点と。背中に謎の鉄パイプが突き刺さり、そこから発光する緑色の靄を噴き出している点くらい。

 

 

 

「あ、り、しゅ」

 

「ありぃぃぃぃぃすぅぅぅぅぅ」

 

「あでぃすぢゃぁぁぁぁ」

 

嫌……嫌です……(雖娯?ヲ窶ヲ雖後〒縺吮?ヲ窶ヲ)ああ……皆ぁ……(縺ゅ≠窶ヲ窶ヲ逧?=窶ヲ窶ヲ)

 

 

 

 動く屍達は、アリスの名を呼びながら、しかしその視線の先に別のものを捕らえている。この時間軸における……まだ生きている、命の温もりに満ちた、自分達の姿。

 無表情のそれらは涎を垂らし、ぎこちない動きながらも同位体に着実に近付いていく。辿り着いた時、何が起きるのか……世にも悍ましい、涜神的な事であるのは、間違いない。

 舌打ちと共に駆け出したクロコが盾を鈍器として3体を弾き飛ばして転ばせるが、死体らはその奇異な動きとは裏腹にすぐさま立ち上がり、再び生きている自分達へ、憧憬を抱いているかの如く手を伸ばして歩み寄ってゆく。

 苦々しげにそれを見やりながらも、アサルトライフルで容赦無く撃ち抜いてゆく。だが着弾はするものの、弾丸は全て動く死体らの体内に沈み込み、異次元の法則に基づいてダメージは無効化された。

 対神話生物用発煙弾は使えない。意味が無い。あれは生きているモノを相手取る為の道具だからだ。

 

 

 

「どうしてわざわざゲーム開発部の《虚無(ヴォイド)》なんか……!」

 

「文句なら、あのしつこい桐藤ナギサに言ってくれるかしらぁ?」

 

 

 

 聞こえてきた男の声……そう、口調に反した男のバリトン声の方角を、剥き出しの嫌悪と共にクロコが睨み付ける。

 それは首の無い女の胴体だった。生前はゲマトリアという組織に所属し、アリウス分校で生徒会長をしていた外道……ベアトリーチェの、首無し死体。この世界において、余計な発言をしてアロナの逆鱗に触れ、首を切断されて殺害された女の残骸。荼毘に付す前に消失したが、上からの叱責を恐れた馬鹿共に奪取された事を隠蔽された遺骸。その背面にはゲーム開発部のゾンビらと同じ鉄パイプが何本も突き刺さり、そこから緑色の靄を立ち上らせている。

 途端、辺りに満ちる甘苦い腐敗臭。ベアトリーチェの身体は真紫色になり、切断面には時間の経過で水分を失った血液のようなドス黒い粘液がこびりついている。両手は腐敗により溶けかけ、何故か抱えている継ぎ接ぎだらけのマネキンの首と癒着している。

 そしてニューハーフじみた口調の男の声は、手にしたマネキンの首……別の時間軸でシロコテラーに破損させられ、そのまま打ち捨てられていた方のマエストロの首から放たれていた。

 

 

 

「お久しぶり、アヌビスちゃぁん?」

 

「サージョン……!」

 

 

 

 外なる邪神が一柱、死と腐敗と退廃を愛する《煙塵(トゥールスチャ)》の支配する領域、ウェスト・モルグからの使者。宇宙の最奥、窮極の混沌の中心に建つ邪神総帥の宮殿内に存在する、死者共蠢く魔宴祭場から送り込まれた、総社の為の葬者。【サージョン・ハーバル・モーアランド】。

 その身体を支配する魂は、ベアトリーチェのものでもなく、はたまたマエストロのものでもない。そして邪神の化身でもなく、魂の数が1つでもない。

 悪しき大人に食い物にされて実験動物として死んだ者達。ユスティナ聖徒会に虐げられ死んだ者達。アリウス分校で反抗的な態度を見せたが故に見せしめに殺された者達。偶然の事故や上層部の誰かの都合により退学処分を受けてドロップアウトを強いられ野垂れ死んだ者達……キヴォトスそのものに対する憎悪、怨恨を抱いたまま息絶え、しかしその身に秘めた神秘のせいで昇天もならず悪霊と化した者達の集合怨霊(レギオン)

 

 

 

「逃げついでに生きてる方の開発部のガキ共、強化材料にしておこうと思ったんだけど……丁度良い所で会えたじゃない。《煙塵》様の思し召しね。今日こそあんたを生きたまま腐らせて、蝿とゴキブリの苗床にしてあげる」

 

「黙れ。その気持ち悪い事しか思いつかない腐り果てた頭、今日こそ木っ端微塵にしてやる」

 

 

 

 死という安らかな眠りを冒涜する、忌むべき邪神の眷属を睨み据える死の神。その嫌悪の視線を鼻で嗤いながら、葬者は鉄パイプより勢い良く緑の靄を大量に噴き出す。

 その靄は風の流れに背き、形と色を整え。やがて得体の知れない文字の並んだウインドウと、黒いリボンの付いた数多の一般生徒達の画像……遺影群を空中に描き出す。その遺影写真に写る一切のモブ生徒は、固く目を閉じたまま。

 その悍ましい儀式を妨害すべく黒きアサルトライフルが火を噴くが、その弾丸の全てが靄に飛び込むと同時に汚染され、常温の金属であるというのに泥状に溶けて地に弾けた。

 ウインドウに水紋が走る。まるで誰かがマウスをクリックしているかのようなカチカチという音が鳴り、遺影群が片っ端から選択されているかの如く奇妙な黒枠を周辺に生じさせる。そして固く目を閉じた生徒達の遺影が、続々と目を開き。やがてウインドウの前方に別のウインドウが現われ、【通知】【選択したアイテムを購入してもよろしいですか?】【キャンセル】【OK】の文字、そして保有している莫大なクレジット……前の、そのまた前の、その更に前の時間軸、その全てで死亡した全ての生命達から毟り取った六文銭の合計値、それに対して雀の涙というのも悲しくなるほどの僅かな購入金額が表示され。

 【OK】の文字の辺りからカチリと音がすると同時に、紫の煙の中から使い捨てのアイテム(モブ生徒のゾンビ達)が、わらわらと溢れ出してきた。

 

 

 

「たすけて」

 

「いたいいたい」

 

「しなせて」

 

「ころして」

 

「もうねむらせて」

 

 

 

 サージョンの背後、要塞都市(未完成)の路上を埋め尽くす、100を越える数のモブ生徒ゾンビ達。

 その悉くが、緑色の人魂を嵌め込んだ眼窩より真緑の液体を涙の如く流し、死語の安寧を希求する言葉を涎と共に吐きながら、その腐敗した身体に強烈な負担をかけて崩壊を助長させながら、この場で生きている者達目掛けて一直線に走ってきた。

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