『連邦生徒会を裏切り、惑星ごとキヴォトスを完全消滅させるRTA、続きいくよぉ~(ISHR先生)』 作:プリテンダー
鮮血色の世界。実体を得た言葉の雨。大地と水面が混同され、立つことすらおぼつかないはずの所に置かれた豪奢な椅子に座している事が齎す、感覚の跛行。
異形共の住処。単なる波形に過ぎぬ音と、原子で形作られる物質が境無く存在出来る異常空間。忌まわしき外なる神性が一柱《波紋》の支配領域。
スグルーオ湾と呼ばれる狂った世界で座礁した箱船の残骸たる【難破船キヴォトス】、そこにまともな形で遺る数少ない建造物。
まともな姿形をした、未だ滅びていない方の時間軸から夢を通じて誘い込まれた百合園セイアは、その中の一つ……このキヴォトスが滅ぶ前はトリニティ総合学園と呼ばれていた地で、狂気に満ちた姿に変じた元生徒らと邂逅を果たしていた。時間軸を股に掛けた、楽しい楽しいお茶の席である。
尤も、2体の異形を前に、何の変哲もない……寧ろ脆弱な方のキヴォトス人たるセイアの表情は恐怖で強張り、およそ楽しいお茶会などとは呼べない、苦行を強いられていたが。
戯画的に表現された御伽話の魔女めく服装の怪異。手足は草を束ねて形作られ藁人形のようで、頭には魔女帽子とバケツめいた騎士兜を溶け合わせた珍妙な被り物をしている。兜の隙間からは、眼を持たない代わりに桃色の毛髪が生えた桃色の蛇が大量に飛び出し、その身を畝らせ。そして全身に、火炙りにでもされたが如く焼け焦げた痕があった。人身供犠のウィッカーマンを連想するであろう姿。
蛇共は、聖園ミカが変じた異形……魔女が手に持つティーカップにその身を這わせ、紅茶と思しき液体に頭を突っ込み啜っていたが、やがて一部の蛇はカップに囓りつき、蛇の構造的にあるまじき事に、バリバリと音を立てて噛み砕き喰らっていった。
傍らにいるもう一体の異形が、それを見てクスクスと笑う……古の時代の奴隷が足に繋いでいたものと同じ、鎖と鉄球で地上に囚われた全高1.5mほどの小さな偵察衛星に頼りないシマエナガの羽根をたった一対だけ生やした奇妙なオブジェから、百合園セイアに似せたマネキンの上半身を生やしたものが。
正常な生き物の方のセイアは頬を引き攣らせた。
『非常に繊細で、非常に香ばしい! 茶葉は……えっと、あの、あれ……ダージリンのものを使用しているのかなぁ?』
「いやヌワラエリヤ……なん、ですが……」
『あっ、そ、そうなんだ……』
『
『ちょっ……笑わないでよぉ! じゃ、じゃあセイアちゃん、ちゃんと紅茶の味とか覚えてるの!?』
『覚えているわけないじゃないか。世界が滅んで、私達がこうなって。最後に飲食してから……もう20年近く経つんだから』
全く笑えない状況に、人間の方のセイアは冷や汗を垂らす。生きた心地がしない。緊張は限度を超え、魂のみで誘われていなければ、とうに急性ストレス障害でも起こして失神していたろう。彼女と共に呼び込まれたシマエナガはといえば、別段何も感じていなさそうな様子でテーブルの上から異形共を見回すばかり。動物としての本能はどうしたと訊きたくなるくらいである。
何者の意図の結実か、人間世界で茶会をする時と同じティーセットや菓子を手にした状態で呼び込まれ、目を持たないにも関わらず目敏く見つけた異形のミカに求められるまま茶会を開いたが、ごらんの有様だよ。
マネキンの手が急に伸び、ぎょっとしたセイアの眼前を横切りチョコレート菓子を摘まみ上げる。そのままティーパーティーメンバーにあるまじき無作法さで、カタカタと音を立てて開いた口に放り込む。
もごもごと咀嚼し、確かにマネキンの表情は美味であると表現しているが……やがて感想として吐露されたのは、諦念に満ちた、どこか投げやりな声。
『例えば、これがバンホーテンのココアをたっぷり使ったブラウニーであっても、単なる泥団子であっても』
「これはガトーショ……コ、ラ……で、す」
『……ああ、うん』
『
『……20年近く見ていないから、菓子というものが、もうどれがどれだか見分けが付かないんだよ。どうでもいいだろう、話を戻すよ。もう私達には、菓子と泥団子の違いが判らない。今私は、生地がしっとりとしていてそれでいてベタつかない、すっきりした甘さと一応感じてはいるが……実はこれが作るのに失敗していてとんでもなく塩辛くなっていようとも、脳が記憶の中から、この見た目のものはこんな感じの味だったはずだと勝手に判断し、甘いと錯覚させている可能性を否定出来ない』
『マネキンだからでしょ』
『未だ生身のつもりだよ私は』
『アラフォーになって味覚衰えた?』
『ティーカップなんか食べておいて言えた口かい?』
『えっ、ああっ!? さっきのなんだかガリガリしてたの、もしかしてカップ!? 言ってよぉ!?』
『飲み物でガリガリするって時点でおかしかろう』
『そういうものだって事、忘れてたんだもんっ! セイアちゃんと同じだよ! しょうがないじゃんっ!』
蠢きながら喚く蛇達。マネキンが肩を竦めて人工衛星が小さな羽根を羽ばたかせる。
虚弱貧弱な人の子は、ひやひやしながらそのやりとりを注視する。それは果たして、友としてじゃれあっているだけなのか。人間の視点では解らない心の機微があり、急に地雷でも踏んで暴れ出したりしないだろうか。
実際、先程つい口を突いて紅茶と菓子が挙げたものと違っていると指摘をしてしまったが、その際も余計な事をしてしまったと脊柱が凍らんばかりの後悔を味わっており、人間の少女は現在も戦慄し縮こまっていた。
『ああ、すまない、若き日の私。こちらから呼びつけておいて。久々のお客様にミカが興奮するものだから』
『セイアちゃんだってはしゃいでるじゃん。いっつも溜め息ばっかのくせに』
「あ、の」
人ならざるものからの辛うじての気遣いに、現実世界にある心臓まで潰れそうなほどの恐怖を堪え、声を振り絞る。
否定したい呼びかけに、しかし自分とあの人工衛星型怪異に連続性があるならば、そう安々と命ごと踏み躙られたりはしないだろうと期待しつつ。
「あなた、方は……私達の未来の姿……なのですか?」
有り得てほしくはない未来、肯定の言葉しか無いはずなのに、どうか違いますようにと祈ってしまう。
予知夢で何度か見た、最低最悪の世界。異形に変じ、殺戮を繰り広げる生徒達。
目の前のものらもその出演者であり、そこではアリウス分校……いや、今は新校の、生徒らの死体を固めて造られた全長数十mほどの巨大な蚯蚓の怪獣……誰かがチャコタと呼んでいたものと殺し合っていた覚えがある。
問いを投げた人間の顔を、魔女の兜の奥にある眼球が興味深げにじっと覗く。反射的に呻いたセイアに、宿主たる魔女の意思を反映した蛇共が苦笑した。
『畏まるセイアちゃんってなんか新鮮だね』
『茶化さないでくれミカ。私達が君達の未来かと言えば、まあ、当たらずとも遠からずというべきかな。少なくとも今のところ、私と君がこうして同じ世界にいても何の不都合も生じない程度には、別人として解釈されるが。このまま先生とプラナ任せでいれば、早晩二人は敗北し、君達の時間軸も我々と似た結末を迎えるだろう』
『そうかなぁ。《波紋》はずーっと【根源の青】じゃないのにブルーアーカイブって名乗る偽物は全部壊せ、神秘分散率を乱して余計な仕事を作る幻夢郷からの不法滞在生徒は存分に苦しめてから皆殺しにしろって叫んでるし、クリムゾンエフェクトにはしないでしょ。《泡沫》が生き残りを持っていってお嫁さんにしたり、《煙塵》が死人全員持ってってウェスト・モルグのゾンビにするとは思うけど』
『人間のままではいられないと言いたいんだよ私は』
「はもん? くりむぞん……? うたかた? えんじん……?」
ティーパーティーの一員であるセイアは、ブルーアーカイブという単語は知っている。だが詳しくは解らないし、決して良い意味ではないと思っている。とある原因不明の病気の罹患者達が放つ言葉だからだ。
原発性精神乖離型身体変貌症。進行すると危険極まりない発作が起こると知らない市井の者らから、転生者病と揶揄われている病気だ。最初期はただ自分が異世界からブルーアーカイブという世界に転生したと思い込み、同時に超常の力を振るえるようになる。それが進行すると薬物依存症患者の禁断症状めいた固有の妄想や幻覚に襲われるようになり。最後には深海生物系統の半魚人じみた生き物や、頭部が消滅し両掌に口が開いた全長3mほどの病的に白い巨漢、赤い目玉だらけの蜘蛛、笛のような音で喧しく鳴き続ける表現しがたい不定形生物といった怪物に成り果てる。暴君だの魔王だのと陰口を叩かれる現在の連邦生徒会長代行が数年前、報道カメラの前で殺した元外部人の怪物共と酷く似通っている奴原に。
連邦生徒会から病院や研究機関に重篤症状の箝口令が敷かれた為に、重篤化して矯正局に封じられた一部を除く自称転生者の時限爆弾達は排斥されずに街を闊歩してしまっている。キヴォトス外部から入り込んだとある財団が、その発症を抑える薬を都合良く開発していたので、今の所の死傷者はごく僅かに収まっているが。
少なくともティーパーティーの立場としては、その財団は……アリウス新校云々絡みの色眼鏡を抜きにしても……胡乱の極みであるし、常に強権的で傍若無人な連邦生徒会がそいつらをどこか放置気味の点を加味し、つるんで碌でもない事をしているのではないかと疑ってすらいる。カートゥーンじみた細菌兵器とそのワクチンの開発によるマッチポンプとか。冗談ではなく。
そんな奇怪な裏事情のあるブルーアーカイブ以外にも、邪鬼眼じみた理解不能で得体の知れない単語が羅列され、ひたすら戸惑わざるを得ない。
困惑も露なセイアに、歪み果てた異形ミカがくすりと笑う。
『ほらぁ、セイアちゃんだって、意味分かんない事ばっか並べ立てられたら困るでしょー? そっちの私の気持ち、ちょっとは分かったー?』
「アッハイ、す……みません」
『ミカのは真面目に話を聞く気が無いだけじゃないのかい』
マネキンは半眼を魔女に向けつつ、一つ、また一つと、その名を発声する事すら厭わしい、傍若無人な邪悪の権化共を連ねてゆく。
『《夢幻》、《流転》、《混沌》、《煙塵》、《泡沫》、《深淵》、《波紋》。このスグルーオ湾にいるクリムゾンエフェクト同士でもあれらが何かについて多少解釈の違いはあるだろうけど、語弊を恐れず言えば、邪神だよ』
「邪神……」
『そう。キヴォトスや私達にいろんな理由で手出ししてくる、本当に酷い身勝手な奴ら。クトゥルフ? とかトルネンブラ? とかトゥールスチャ? とか。いろんな世界で怖がられて変な名前付けられていい気になっててさ。そのくせ馬鹿みたいな事ばっかしてるの。《混沌》の化身達のお遊戯会のせいで、私達のキヴォトスは滅茶苦茶に壊されて。《深淵》のばらまいた人もどきはいきなりオバケになって暴れ出すし、《流転》のばらまいたオモチャを暴徒が見つけていっぱい人が殺されて、《煙塵》が死んだ人を片っ端からゾンビにしたせいで生きてることも死んでることも意味が無くなって。それでも必死に生きようとしたら《波紋》にこんな身体にされちゃうし、そんな状況なのに《夢幻》は創るだけ創っておいて、無責任に新しいブルーアーカイブ作りに行っちゃうし』
「……《泡沫》は?」
『向こうの時間軸が壊れて消える前に、一人ぼっちで残されてたケイちゃん……【無名の司祭】が造ったAIの女の子を持っていって、お嫁さんの一人にしてたよ』
「えっ何それは? お、お嫁さんって……邪神……えぇ……?」
『ケイはそちらの世界に転移しているのが観測されたから、最初は皆、先生が連れて行ったものだと思っていたがね。まさか邪神とAIで子供を拵えているとは予想だにしなかったよ……皆は子供ではなく、単なる有機物製の端末だと思っているようだが』
この場でただ一人の人間は顔を顰める。異次元の妖異共の発言を丸呑みに信じる訳ではないが、その雰囲気は無為自然と思えるものであり、セイアを騙して弄んでやろうだのという剣呑な意図は感じられなかった。
邪神とAIの子供。しかも既に滅びたとはいえ、あの危険なテロリスト【無名の司祭を継ぐ者】に関連するであろうAI。先の発言にしても、邪神ではなく好色親父か何かの類としか思えない。この脳までおかしくなっていそうな異形共は何を言っているんだと言いたくなるが、流石にそんな蛮勇は持ち合わせておらず口を噤む。
『そちらの時間軸のミレニアムには、初等部があったね。そこに所属する、天童姉妹がそれだよ。多分、名前は知っているだろう?』
異形の自身の言葉通り、セイアはその2人の名を見た事がある。無論、ストーカー系統の歪な好意や野卑な好奇心ではなく、トリニティの首脳陣としての責務故にだ。
出自故に、失踪した連邦生徒会長、現代行、主席行政官というキヴォトスの現首脳陣との繋がりを持ち、更に【無名の司祭を継ぐ者】の人体実験の被害者になりながらも全快した者達。未だ退院した者は指で数えられる数しかおらず、それも心的外傷に苦しみ続けているのに、2人だけは平然と暮らしている。
邪神の子供ならば、人間に多少甚振られた所で回復するのも容易なのでは。それが真実ならば、子供に手を出した【無名の司祭を継ぐ者】がいつの間にか壊滅させられていた事にも説明がつく。テロリスト共を潰す算段をしている最中に、件の敵対者共が皆殺しにされた状態で発見されたと報告を受けた希望峰アロナと星海モトエ、あの人の形をしているだけの化け物と呼ぶべき2人が出し抜かれ、揃って酷く困惑していたというのも間違いではなかったという事になる。
勿論、それらは全て……未だ呼びつけた目的すら明かさぬ、怪物らの言葉を鵜呑みにしてしまえばの話だが。
「まだ、訊いていませんでしたが。私を、此処に呼んだ理由は」
『先生達と協力して、君らの生きる星……邪神共が干渉する為のポートとされている【惑星ユゴス】を星ごと再構成、再定義し、【地球】に戻してほしい。それによってあの唾棄すべき邪神共が、いや、数多の次元の悪しきもの共が、二度と全てのブルーアーカイブに手出し出来ないようにしてほしい。この願いを伝える為だ』
人が犬を真似た歪な遠吠えと恐怖の叫びが響く中、それに割り込みクラクションが鳴る。
乱入者らが来た方角から走り来た、ミレニアム最新鋭の技術を用いた自動操縦式貨物輸送用トレーラー。尤も、その極めて頑丈なはずのコンテナは、滅茶苦茶に引き裂かれて屑鉄同然の有様を晒している。あれにアバンギャルド君とやらが収められていて、搬送途中で偽錠前に襲撃されたのだろう。
「かいちょ……っ! れ、連邦生徒会長代行……」
瓦礫に走行を邪魔され、中途半端な位置で停車したそれから、息せき切って駆けてくるセミナーの早瀬……調月を抱えているのが私だと気付いた途端、その歩みは亀の如く鈍足になってしまったが。まあ、無理からぬ事だ。
状況的に見て、調月に随伴していたらしいが、敵として看做されていたのはアバンギャルド君と調月だけで、早瀬は放置されていたようだ。なにがしかの理由でもあるのか、はたまた速度でこの悪趣味な人狼もどきに到底追いつけないからと侮られていたのか。まあ現状での理由はどうでもいい。
怒っているのか悲しんでいるのか、震えて吠え続けるアリウススクワッド《歪曲》から視線を逸らさず早瀬に近付く。調月を引き渡す為に。周囲に預けられる者がいないからだ。
それは決して、C&Cや他の者達に非がある訳ではない。
『アリウススクワッド《歪曲》が背中に背負っている、アツコ型のオブジェの付けているマスク。あれは大変に厄介です。元は黒服からベアおばに提供された技術に依るものであり、ヘイロー破壊爆弾プロトタイプに匹敵するヘイロー破壊爆弾(イベント戦闘仕様)の爆発すら無効化する代物ですが、サオリが《歪曲》化した事によりその機能を激烈に変化させています』
『具体的には、ただ装着者を保護するだけだったものが悪意を以て拡大解釈され、攻撃も最大の防御と言わんばかりの能力を発生させているのです。ヒフミ《
『それはほもちゃんの《恐怖》としての固有能力に似た、敵対者の精神に強く干渉するものであり、肉体的に損害を与えるものではありません。しかしこれは健全で正常な精神をしたキヴォトス人にとって、最悪の部類の攻撃手段に当たります』
『すぐ傍でバステの一種である発狂に冒され、ヤバい事になっている皆を見れば、一発でご理解頂けるでしょう』
「や、やだ、あのひと、やだ……! はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
「あ、あたしは、怯えてなんかいねぇ……! てめぇなんかにゃハジキも必要ねえ! だ、誰がっ……誰がてめぇなんかっ!? てめぇなんか怖かねぇ! 野郎ぶっ殺してやらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
頭を抱えて丸くなり、瞬き一つせず涙目で偽錠前を凝視し続ける一ノ瀬。銃を投げ捨て、居もしない幻覚と殴り合いを繰り広げる美甘。
負傷した為に下がって治療を受けていたが戻ってきた室笠、飛鳥馬もまた影響を受けながらの移動だったらしく、到着するや否や幻覚との対話を繰り広げている。
「ご主人様。ご主人様、先生? ご先生様? どこに、どこにいかれていたのですか? どうしてお亡くなりになってしまわれたのですか? 先生?」
「ぴょんぴょんぴょんぴょん。先生のご注文はこの時間軸ではまだ着た事の無いバニーガールの私ですか? ウサギは寂しがりです。この世界では私達を置いて死んでしまったりしませんね?」
酷い有様だ。美甘達がこの状態になってからも、数発遠距離からの狙撃がアリウススクワッド《歪曲》に撃ち込まれていたが、もう一発も飛んでこない。ヴァルキューレの生徒達も影響を受けるだけの範囲攻撃である以上、角楯も巻き込まれてしまったのであろう。
だが、背中のアレのマスクが問題ならば、引き剥がせばいいだけではないのか。
『マスクは引き剥がす事が不可能です。意図せぬ攻撃として流れ弾が当たっても外れてくれません』
『理由は単純明快、マスクに対する一切の干渉が攻撃と看做される為』
『ダメージを与えなければ、盗むなどの特殊コマンドで判定をすり抜けられる、なんて芸当も不可能です』
『なんぜ、自傷する意図すらないサオリ自身が、アツコの顔を見たいとどれだけ足掻いても、外せないくらいですから』
難儀な話だ。敵対者である以上、哀れみはしないが。向こうとしても、ブルーアーカイブ云々の意味不明な理由で敵対している我々からのそんな感情など、真っ平御免だろう。
アリウススクワッド《歪曲》を注視しつつ下がっている途中、ようやく確認を終えたのか、アバンギャルド君がやっと瓦礫の山から現われ、その手に持つ武器類を偽錠前に向けた。
遠吠えは止む。異形のどろりと濁った瞳が、まるで銃口の如き冷たさと凶悪さを孕んで金属の人形に向く。
『
言い切るより前に動き出す。色の付いた風と化した人狼もどきは、困惑したかの如く動きを止めて探るように頭部を回す機械人形の背後に瞬時に回り込み、その両側の死体……偽槌永と偽戒野の両足を鞭の如く振るい、一撃でアームを叩き砕いてしまう。
生き物が痛みに震えるように、アバンギャルド君が痙攣を起こしながら遺ったアームを振り回すが、それは偽錠前自身の手で掴まれ、到底人型をしているとは思えない握力で……私も可能であろう事は無視するとして……握り潰されてしまう。
最早抵抗する手段を持たないアバンギャルド君はそれでも体当たりでもしようとしているのか、キャタピラを懸命に動かしていたが……軽々とひっくり返されて、そのまま暴虐の餌食となり、粉砕されてしまった。
「あ、アバンギャルド君が……高級品が……こんなあっさり格安でしか売れないジャンクに……」
だんだんと歩速を緩め、遂には立ち止まってしまった早瀬。声が届いたか、機械人形の残骸を睥睨していた偽錠前の視線が早瀬の方を向き、しかしそれ以上は動かない。まるで哀れむような視線のまま。
異形に凝視され、顔面蒼白となっている早瀬に近付き、抱えていた調月を抱き渡す。奴からの視線を、遮る位置に陣取りながら。
感じている恐怖を露わに、私と奴の両方に向けながらも彼女はおずおずと彼女の会長を受け取ると、脱兎の如く下がってゆく。その直前、なんでこの状況でお姫様抱っこなんかしてたのかしら、と呟かれたので、偶然なっただけだ、と返した。その更なる返答は、あっはい、という気の無いものだったが。
まるで待っていたかのように……いや、実際待っていたのだろう。私が調月を引き渡し、早瀬が下がったのを見届けて、偽錠前は改めてこちらに向き直った。
お待ち頂き、心から感謝申し上げる。お気遣い痛み入るよ、無防備な生徒達を殺さずにいてくれて。偽アリスに比べて、随分とお優しい事だな?
『
『
瞳に迷いと憂いを満たし、悩ましげに内心を吐露してきた偽錠前に、偽アリスが茶々をいれる。
腹と右腕に空けてやった穴は少しずつ再生を進めていて、もうすぐ全快してしまいそうだ。
『
『
『やめてくれアリス。その術は私に効く』
お前らの言っている事は意味が解らん。話半分に聞きたくなるくらいにな。
ソウシャといい、原発性精神乖離性身体変貌症患者といい、お前らといい。ブルーアーカイブ、ブルーアーカイブと。
きちんと説明しろ。そもそもブルーアーカイブというものが何であり、どういう理屈で罪深い事になるんだ。
「なんで化け物と会話出来てるの……? あの人おかしい……」
『
『
何が不法滞在だ。どこにその幻夢郷とやらの出入国在留管理庁がある? キヴォトス人全てがその幻夢郷とやらの住人であったと何を証拠に言っているんだ? そもそも世紀単位でキヴォトスの存在を見落としておいて今更か? 戯言をほざくのも大概にしろ。
『
そうか。ならばもう、対話の余地は無い。
丁度良いタイミングだ。グラートバッハの水鏡とやらも、大分熱を持ってきてしまっているようだからな。これがどんなものかまだ手に入れたばかりで良く解らんが、どうやらあの現実改変以外にも《恐怖》としての特殊能力も補助してくれるらしい。自分の意思でした事ではないが、意図しての洗脳能力が普段よりも指向性を持たせやすかった気がする。恐怖心の吸収率も、ほんの僅かだが上昇したようだ。
結果として対話は決裂したが、短い時間とはいえ無駄話に付き合ってくれて感謝する。特に偽アリスは先程あんなにも命の危機を与えて怖がらせたのに、よく何事も無かったかのように、まるでお友達のように私と話してくれたものだ。
『
試せた事もそうだが……《歪曲》とやらにも《恐怖》としての洗脳能力が、軽減はされても効くようで、重ねて喜ばしい。偽錠前は恐怖を抱いていなかった為か、それとも背中のアレの仮面の能力故か、効かなかったが……まあいいだろう。
ああ、ついでにもう一つだけ頼まれてくれ。アリス。なに、簡単な事だ。
『大人しく撃たれろ。』
言いつつ射撃を意識すると、即座に私の身体は動き、《恐怖》を収束した弾丸を偽アリスの首へと撃ち出した。
同時に凄まじい速度で動いた偽錠前が偽アリスを突き飛ばした事で、偽アリスの左腕がもぎ取れる程度に被害は抑え込まれ。
倒れ込んだ偽アリスへの追撃は、突如として割り込んできた、大音量の異常な音で封じられた。
身体が、動かない。いや、それだけではない。リンに刺されて以来、久々に味わう痛みだ。
この音を聞いていると、胸を悪くする不快感と共に、頭が酷く痛む。なんだ……これは。
『
『
苦痛を堪え、呆れたような偽錠前の声にどうにか視線を上げると……なんだ、あの、頭が大昔の蓄音機に置き換わった、異常な男は。しかもあの胴体、見覚えがある。まるでゲマトリアの、デカルコマニーのようだ。
『えぇ……(困惑)デカルコマニーなんかを奏者にしてまで……どんだけキレてるんですかね《波紋》は……被害者であるキヴォトスにちょっかいかける前に、《夢幻》とか他の邪神共をぶん殴って、どうぞ』
訳の分からない言葉と共に身体が再び動き出す。だが……奇妙だ。感覚と動きが、異様にずれている。まるで処理落ちしたかのように。
しかも五感が途切れ途切れで安定しないので良く分からないが、全身をかなり強い衝撃が幾度となく襲っている。そして微かに聞こえる、雑音混じりの声音……プラナとアロナだけは、有機物のまま死んで貰わねばならない、という言葉。
恐らく、偽錠前が攻撃を開始したのだろう。しかし、こんな状態では、相手を斃す所か、生徒達が襲われていても守れないぞ……どう対応すればいいんだ。
『カスが効かねえんだよ(無敵)そこら辺にいる一般プレイヤー兄貴達ではやはりヤバい(確信)と言いそうな状況下ですが、《神秘》強化とレベリング並びに《恐怖》化によりガチガチになったほもちゃんの防御力、そして走者である私を舐めて貰っては困りますねえ!』
『アリスとサオリは忘れているかもしれませんが……時間軸を移動し、反動はリセットされている! そう、今こそ再び【大人のカード】の使い時! これならあの厄介な矛盾マスク相手でも機能を相殺し、ダメージを与えられるのです! 同時に奏者のキチレコによる操作ラグも解消可能!』
『こういう追い詰められた時こそ、冷静に物事に対処し、チャンスをものに……ン何だお前ら?!(驚愕)』
大人のカードの効力により五感のズレは本復したが、直後ソウシャの慌てた声と共に、頭痛が一段と増し。何かが……なんだ、これは……っ!?
何かが、私の精神の中に、強引に押し入ってきやがった……っ!?
『
『何すんだおまっ……流行らせコレ!(ステマ)』
『
『ん何だコイツら?!(驚愕) なんでゴルコンダとデカルコマニーが、しかもデカルコマニー2人もいる……ドロヘドロ!(名作) や~めろお前! チッ!(舌打ち) コラドケコラ!』
『
『馬鹿野郎お前私は勝つぞお前!!(天下無双) どけお前! コラ!』
くそ、なんだ……精神の中に、何かが入ってくるなんて……!
キチガイレコードの音のイカレぶりは時間の経過と共に弥増し……なんて穢らしい音だ! 音量は多少喧しい程度のはずなのに、今にも頭が割れそうだ!
しかもソウシャは私の中に入り込んだ、元ゲマトリア幹部共に抑え込まれたのかなんなのか、私の身体の操作を放棄していやがる!
『
『
不服そうな偽アリスの異形の右腕から航空機じみた翼が生え、射撃をジェット推進代わりにして飛翔してゆく。とんでもない速度で、この世の法則に従う存在であれば、一瞬でバラバラに砕けているであろうほどだ。
生贄……グラートバッハの水鏡の機能でここに飛ばされる前、ソウシャが言っていた言葉……アリスとキイを、神名のカケラとやらに変えて……奴らを、クリムゾンエフェクトとやらを更に呼ぶ為の贄にしに行ったのか。
巫山戯るな。そんな真似、許せる訳がない。
だが、2人はどこにいる。分からなければ助けにも行けない。それ以上に……現状で、偽錠前が追いかけることを許すはずもない。
「と……飛んだ……? アレは、逃げた、の?」
絶望的な表情を浮かべながらも、しかしどういうわけかC&Cやヴァルキューレ生徒らとは違い、正気を保っているらしい早瀬が呆然とする。
違う。アレは……アリスとキイを……殺しに行ったんだ。2人を助けねば。
かろうじて発した私の言葉が届いたか、一瞬にして青褪めた早瀬が無線通信を繋ぐ。もしや、2人がどこにいるか、ミレニアムでは把握出来ているのか?
僅かに視線を逸らした瞬間、偽錠前にボールの如く蹴り飛ばされ、早瀬の間近にある、どうにか形を保っていた程度の瓦礫の塔へ突っ込み、崩落した残骸の海に沈まされる。
「逃げてっ!! アレがそちらに行ってしまったっ! 全員そこから退避……きゃっ!?」
通信の向こうから僅かに聞こえるゲーム開発部の声が……2人と共に部活動をしてくれている者らの怯えた声がする。早瀬の言葉からするに、ゲーム開発部が保護してくれているようだ……安心は、出来ない。
相手がこの世ならざる異形であるし、直接の面識は無いが、あの3名は決して優れた戦闘能力を持っていた訳ではなかったはずだ。そもそも極めて優れている美甘ですら、反則的な攻撃無効化によってあの有様だったのだから。
歯噛みし、思わず舌打ちが漏れる……どうやら、ソウシャが抑え込まれているので、事務仕事の時のように、ほんの僅かに身体が自由になるらしい……強烈な頭痛も加えると、状況的に、逆に不愉快の極みだ。
ソウシャがどうにか奴らを撥ね除けたのか、やっと身体が動き、どうにか石の海から脱出したものの、直後にスピーカー頭が放つ音が変調すると再びソウシャにゲマトリアの変態野郎共が絡みついたらしく、喚き声と共に身体が動かなくなり、勝手にその場に蹲ってしまう。
『
馬鹿を言うな……最低最悪の状況だ。ソウシャは未だゲマトリアのクソ共と乱闘を繰り広げていてまともに動けそうもなく、あの元デカルコマニーであるらしい人間スピーカーの騒音は悍ましいまでの激痛を齎してくる。正気の、或いは意識を失っていない生徒は早瀬しかいない。何をどうしたら勝ちの目が見える?
グラートバッハの水鏡とやらもこんな状況は想定していないらしく、先程の熱量が嘘のように氷じみて冷たく成り果ててしまっている。
現実はカートゥーンの如く都合良くいきはしない、それは事実だろうが……ものには限度があるだろう。どこまで現実という名の悪意を押し付けてくれば気が済むんだ、この世界は。
くそ。どうにかしなければならないんだ。アロナお姉ちゃんが戻ってくるまでは私が、生徒を守らなければならないんだ。
私が。
わたしが。
あろなおねえちゃんのかわりに。
わたしが。
ほかのせかいみたいにはぜったいにさせない。
かみさまも、そのげぼくどもも、うちゅうじんどもも、いせかいじんどもも、ぜんぶ、わたしが。
わたしがおれがぼくがあたしがじぶんがわたしが
「ひいいいいっ!? な、なにっ!? あ、あの人っ!? なんなの!? あれどうなってるのっ!?」
『
『ちょっ!? 待ったっ!? だ、駄目だっ! モトエっ! 戻れなくなるっ!』
『
“あぷり・り! あぷり・り! 生徒救う! みんなすくうよ! あぷりりりりりりりりりぃぃぃぃ!!!”
「ああああああ!? 嫌アアアアア!? なんでっ! 津波起きてるのっ、なんでぇぇっ!?」
『
「M.H'I.T.H.R.H.A!」
『譛牙ョウ繝??繧ソ逕溷多菴薙?∵凾遨コ髢鍋官鄂ェ閠???が逾槫所縺ウ縺昴?逵キ螻槫?遶九■蜈・繧顔ヲ∵ュ「』
「M.H'I.T.H.R.H.A?」
『譛牙ョウ繝??繧ソ逕溷多菴薙?∵凾遨コ髢鍋官鄂ェ閠???が逾槫所縺ウ縺昴?逵キ螻槫?遶九■蜈・繧顔ヲ∵ュ「』
「M.H'I.T.H.R.H.A……」
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「M.H'I.T.H.R.H.A!」