多摩川の橋の下にある土手に座りながら、持っている竿に模した棒を上下運動させる。
土曜日の夕方ということからか、賑やかなBGMを背に色々と思考を広げ、まとめ、深めるていく。
釣りをしているのは、それをするための手段に過ぎない。
「色々と面倒くさくなってきたな」
武士道プランに梁山泊といった数多くの問題ごとが増えてきたことから、今後の立ち回りをどうするか。多くの考えを出してはまとめていくが、深めることができない。
錘のついた糸が、水流で重みを帯びていることから、指に抵抗の力が加わる。
「あ、目次洛じゃん」
「先輩をつけなさい。後輩の公孫勝くんや」
「面倒くさい」
手首で棒を上下させながら、声の方へと向く。
そこにはだらけ部の後輩である公孫勝と、同じく梁山泊の一人である史進もいた。
「おい、まさる。学園に知り合いが出来てるってどうした?」
「俺はお前のクラスメイトだけど」
さも俺のことは知らないと言いたげな史進に、突っ込みを入れる。
まぁクラスの席は一番後ろの窓際で、かつコミュニケーションを取っていないから仕方がないことだが。
「それで、まさるとはどういう関係よ」
「あ、パッドが話をそらせた」
「部活の先輩と後輩」
「ニートが部活って何の部活だ?」
パッドという言葉に反応したのだろう。史進は、公孫勝の頬を掴みながらも聞いてくる。あの部屋での行動は普段と変わりないのだろう。あだ名がニートと言うのは、しっくりと来る感じがする。
そう考えながら、俺は彼女の質問に答えるべく、非公認ながらも部活名を言う。
「だらけ部」
「は?」
「第2茶道室でダラダラと過ごす部活動」
「頭大丈夫か?」
「かわいそうな奴を見る目で、こっちを見るんじゃねぇよ」
ジト目で見てくる史進だが、どうやら思考も停止したのかつねっていた手を緩めた。そのチャンスを逃さない公孫勝は、魔の手(?)から逃れるように俺のところへと逃げてくると、まるで小動物が威嚇をしているような顔を、史進へと向けている。
虎の威を借る狐が如くとはこのことを言うのか。
「それにしても、まさるがよく懐いてるな」
「ポテチとコーラが犠牲になってます」
「餌付けされてるじゃんか」
あれから毎日のようにだらけ部に入り浸っている公孫勝だが、彼女が来る回数と減るペースに矛盾が生じている事から、授業中も何度か利用してると察した俺は、それらの入荷速度を速めるようにした。
本来ならばこういうことはしないのだが、こいつの末っ子の気質がこうしているのだろう。
俺はロリコンではない。そう信じている。
「あははボウズじゃん。目次先輩」
「うるせぇ後輩だな」
横にあるバケツに、魚が入っていないことに気付いて煽ってくる公孫勝に、ぺちんとデコピンをかましてやる。
「まさるが餌付けされてニートになるのはいつものことだからいいか。なぁ、ここらで強いやつしらね?」
「川神院……ああ、確か川神関連は武松ってやつが担当してるって言ってたな」
「そうそう。わっちの担当じゃないんよなぁ」
「梅屋の豚丼ととろろを用意できるなら、強いやつ紹介出来るぞ」
「まじか。どのくらい強いやつかわかるか?」
史進はうれしそうに聞いてくる。どのくらいの強さ……か。
「少なくとも川神市では屈指の実力者じゃないかな」
「すぐに買ってくるわ」
そういうと、駅に向かって走っていく史進。豚丼ととろろをテイクアウトしてきたの、はその数分後だった。
食欲をそそる香りを醸し出す袋を受け取った俺は、やつをおびき寄せるべくメールを送る。しばらくすると、その罠にかかった猛獣が姿を現した。
「へへへ。豚丼にとろろをタダでもらえるなんてな」
「タダじゃねーぞ。ぷーたろーの釈迦堂のおっさん」
「なんだよ。こちとら腹を空かせて来てんだよ」
「手合わせだとよ。梁山泊の九紋龍、史進が相手してくれと」
「梁山泊だぁ? その嬢ちゃんがか?」
川神院の師範代をしていたおっさんのことだ。梁山泊という集団のことを理解しているのだろう。戦闘狂であるおっさんはこれから始まるであろう娯楽に笑みを浮かべる。
「まぁ待てって。飯食えるってので空腹なんだわ」
おっさんはそういいながら、がさごそと置かれた袋から豚丼を取り出すと、別に分けられてあるとろろをその上にかける。
そして美味しそうに豚丼を一気にかっ込んでいく。
「お前知ってるぜ。川神院元師範代で元政府諜報員の釈迦堂刑部だろ?」
「俺もお前のことは知ってるぜ。異能殺しの史進だったか?」
師範代をしていたことは知っていたが、元諜報員だったことは知らなかった。うれしくないおっさんの情報を得ることが出来た。
豚丼のとろろかけを美味しそうに食したおっさんは、極小のブラックホールを作るとその中にゴミの容器を放り投げる。
「手合わせだったか? ここじゃ目立つからな、あっちの裏でやろうや」
「川神院と九鬼の関係者と相手出来なかったからな。元師範代とやれるなんてラッキーだ」
史進は嬉しそうにおっさんの案内についていく。
「ついていかなくてもいいの?」
「どうせすぐ決着つくからな」
強いとは言っても壁の前に立つくらいの腕前だ。
努力をすることなく壁を越えているおっさんは、最近努力をしているためかその先である超人へと足を踏み入れている。わざわざ見に行く必要すらない。
そう思いながらも、一応気を確かめながらも釣りの行為を続ける。
全力の一撃を振るう棒が届く前に、おっさんの拳が史進をとらえた。
「素質と殺気はたいしたもんだったわ」
「史進は?」
「あっちのほうでのびてるぜ。それで……その釣る気のない棒をいつまで握ってんだよ」
「考えがまとまらないからしょうがないだろ」
「ジジイかよ。まぁ俺は帰るわ。嬢ちゃんの介抱しとけよ」
「めんどうくせぇなぁ」
帰路につくおっさんをよそに、錘しかついていない釣糸を回収すると、眠たそうにしている公孫勝の手をつなぎながら彼女のもとへと向かう。
おっさんが連れて行った人目に付きづらい橋の下には、満足そうな顔をしている史進が倒れていた。
「パッド。負けてやんの」
「いつつ……、情報以上に強いじゃんか」
ふらふらになりながらも立ち上がる史進は、さすが最強の傭兵集団の一員といえる。足取りはおぼつかないが、見事なクロスカウンターが入って飛んだ直後とは思えない。まぁ心配するほどでもないだろう。
俺も帰路につこうとする。
「ほら見世物じゃねぇんだから、早く帰りな」
が、
「んなふらふらな状態であいつら倒せるのか?」
「気づいてたのか、やるじゃんか。でもこれは、わっちらとあいつらの問題さ」
遠くにいる表の者ではない雰囲気を醸し出す輩たち。
梁山泊の五星が出張るほどということは、曹一族だろう。
史進が帰させる理由は、任務を妨害されない限りの無関係な人間を巻き込まない遵守している掟があるからだろう。
しかしその任務を妨害した場合は、周囲の関係者を狙って攻撃を仕掛けてくる。
仲間内で決められた信号のようなものがあるのだろうか、公孫勝は眠りこけているし、この会話をするということは会話を聞かれてはいないのだろう。
「なあ史進、回復までどれぐらいかかる?」
「5分くらいありゃ十分さ」
「じゃあ5分後、俺と手合わせしないか?」
「お前なにを──。その闘気……いいぜ」
お人よしここに極まり。俺の言葉に戸惑っている史進を黙らせるために、肘に鍼を刺す。それによって、普段抑えている膨大な気が解放される。
おっさんの相手をした後に手合わせを予約していたとすれば、どうにかなるだろう。
☆
「武器はどうすんだ?」
「これを使う予定」
「釣りに使ってた棒かよ」
「風魔式棒っていってな。ここをくるっと回せば」
洛はそう言いながら、両手を使って中心の部分をひねる。するとカシュッと音を鳴らしながら、2倍の長さの棒へと様変わりだ。
風魔の里で作られているその棒は実用性があり、耐久力も一本の棒のそれとほぼ変わらないことから、護身用として九鬼の従者にも愛用されている品物だ。
くるくると重心にゆがみがないのを確認した洛は、構えを取る。
「5分経ったが、回復したか?」
「十分だ」
洛の質問に答えを返すかのように、史進は棒を構える。
両者の構えは瓜二つで、まるで鏡を見ているかのようだ。
(楊志と同じ模倣の異能……じゃねぇな。わっちの異能に反応がない)
彼女と同じ梁山泊の楊志の異能は、見たものをコピーする模倣だ。構えが同一ということで警戒するが、史進の持っている異能である、相手の能力を打ち消す消去が反応しないことから、そうでないと確信する。
「考える隙は与えねぇぞ」
「うおっと!」
出方をうかがっている史進に向かって、洛は上段打ちを行う。
周辺の空気が激しく動揺する勢いで振り下ろされた棒は、史進の棒で受け止められる。そしてお返しと言わんばかりに、彼女は回し打ちのカウンターを叩きこんだ。
そのカウンターを察知したことで、半身後ろに下がる。その鋭い振り下ろしは洛をとらえることはなく、空を切った。
「わっち自身を相手にしてる感じで嫌になるぜ」
「厳密には違うだろ」
「そうな。わっちがノコギリ波だとしたら、お前は正弦波ってとこか?」
史進を荒々しい波に例えるなら、洛の棒術は一粒の水滴が落ちて広がる静かな波といえる。
彼の技は、時には点で受け止め、時には面で受け流す。その洗練された技術は、簡単に出来るものではない。
「ほら、突きの勝負としようか!」
「上等だ!」
回転を加えて繰り出される突きのラッシュに、史進も対抗する。
洛の回転させている方向を見極め、対となるように捻りを入れる突きの応戦で双方の尖端が激突する。
無呼吸でひたすら行われるその突きのラッシュは、花火を散らすかのようだ。
史進と洛が交互に打ち出す稲妻のような突きに、洛は少し小細工をした。
(くそっ……こいつ突きの回転を衝突と同時に変えやがった!)
何度も同じような突きを出していたためか、最後まで回転を見なくなった史進に対して、突きの衝突した瞬間に逆の回転を入れたのだ。
棒と棒がこすれ合う独特な音を鳴らしながら、洛は体を回しながら棒を薙ぎ払う。
大きく踏み込んで繰り出される必殺級の薙ぎ払いは、史進の脇腹をとらえようとした。
「梁山泊玄武陣!」
しかしその棒は、史進の脇腹をとらえることはなかった。
梁山泊の防御技の一つである玄武陣は、当たる瞬間の一瞬だけ自身の肉体を鋼のような堅さにすることが出来る。
まるで大地に根付いている巨木を叩いたかのような反動が、洛の手や腕へと襲い掛かる。
「構えは一緒のようだけどなぁ、この技は知らなかったようだな!」
大地からエネルギーを吸うかのように足を踏み込んだ史進は、棒を抱え込みながら洛の胸へと掌底を打ち込んだ。
洛はそれを上腕の裏で受け止める。
「掌底の気の練りが不十分だぞ」
「てめぇっ……同じ中国拳法か!」
腰を落とし、息を吐き出しながら繰り出される貼山靠は史進を吹き飛ばすが、洛も同様に練りが甘かったためか、史進へ対したダメージを与えることは出来なかった。
両者にらみ合うように棒を構え直すが、洛はその構えを解いた。
「おいおい、ようやく熱くなってきたってのに」
「武器にヒビがはいったからな。言われた通り帰るわ」
「わかったよ」
洛はすねたかのように口を尖らせる史進に、ヒビの入っている棒を見せる。
手合わせを申し込まれた流れから、自分の仲間が来るまでの時間稼ぎだろうと、理解していたのだろう。周囲にいた自身の敵の気配が消えたことを確認した史進は、残念そうに自分の武器を下した。
「次は最後までやろうぜ」
「気が向いたらな。ちなみに出来れば俺のことは──」
「秘密ってことだろ? 助けてもらったからな。でも多分メンバーにはバレると思うぜ?」
「そんときはそんときだ。じゃあな」
そういうと、収納をすることが出来なくなった棒を片手に、自宅へと帰っていった。
主人公の正体は一体……!?
評価のほうありがとうございます。とても励みになります。