ストグリ世界を全力で楽しむ   作:ストグリメンバーその0

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5 特訓

 クラン本部の2階。そこには広々としたスペースを持ち、ラウンジという名前が付けられている場所がある。クランに所属するパーティーが全員入る広さ。壁際にバーカウンターもあり、飲食も可能。なんなら無料で提供されたりする。

 普段なら数パーティーは利用していて賑わっているのだが、今日は珍しく一人しかいない。

 

 

「お、いた。ティノー」

 

「アルトお兄さま。おはようございます」

 

 

 読んでいた本を置いて挨拶を返してくれるティノ。言葉だけ聞くとどこぞのご令嬢を思わせる気もするが、彼女は普通の町娘出身である。

 

 

「おはよう。珍しく誰もいないな」

 

「どのパーティーも依頼や探索をしてるみたいで、偶然誰もいないんです」

 

 

 うちのクランは大手と言われる通り、パーティー数もそこそこある。その全てが外に出ているなんて、相当低確率じゃないだろうか。

 

 

「ほんとに珍しいな……さてティノ。ここで問題を出そう」

 

「問題、ですか?」

 

 

 きょとんとした顔でこちらを見るティノ。うちに来てから随分とあざとくなってしまった。大体あいつの影響ではあるが……可愛いからセーフ。

 

 

「今から姿を消すから、その場から動かずにどこにいるか当ててね。3秒経った後、居ると思う所にこの短剣投げて」

 

 

 そう言ってティノに短剣を渡す。ティノが普段使っている短剣を模したごく普通の短剣だ。適当に買ったものを調整したもので、特殊な効果は無い。

 

 

「わ、わかりました。昨日のやつの特訓ですね」

 

「そう。んじゃ、早速」

 

 

 ティノの前から姿を消す。透明化だ。方法は秘密だ。まずは普通に歩いて移動する。足音やらなんやらを消していないので、クライでも気づくんじゃないだろうか。

 

 

「……そこです」

 

「正解」

 

 

 ティノが投げてきた短剣を掴む。速度は中々。認定レベル5でも油断していれば直撃させることが出来るかもしれない。流石に問題無かったようだ。

 

 

「じゃあレベル上げていくぞ」

 

「はい!」

 

 

 

§

 

 

 

 アルト兄さまと特訓を始めてから少し経った。

 

 昨日のアルト兄さまの隠密に全く気づかなかったから、特訓してもらっている。ますたぁの前で情けない姿を見せてしまった私にチャンスをくれている。

 

 

「……っ、そこ」

 

「正解。そろそろキツいか?」

 

「いえ、大丈夫です。次お願いします!」

 

「わかった。次」

 

 

 アルト兄さまの特訓は、言ってしまえばかなり楽だ。お姉さまのように限界まで稽古という訳では無いし、シトリーお姉さまのようによく分からない薬を使う訳では無い。勿論、ますたぁのように命ギリギリの試練でもない。それなのに、アルト兄さまの特訓は負荷が凄い。

 間違いなく楽なのに、体力や気力をごっそり持っていかれる。どうやったらそんな特訓をさせられるのか、私にはまだ理解出来ない。

 

 

「……」

 

 

 アルトお兄さまが目の前から消えて3秒経った。全神経を集中させて索敵する。途中から足音は完全に消えたし、服の擦れや空気の動き、移動の時に起こり得る音はどんどん消えていった。

 そして今回、移動した痕跡がほぼ無くなった。移動する時に踏んだ場所は本来、足跡や、それに類する何かが変化するのに、全く変化しない。

 今の私の視覚と聴覚ではほとんど分からない。それでも勘を働かせて、逆算して、ようやく見つけ出していた。半分は運と言っても過言では無い。

 

 次。大体10回ずつ大きく変化していたから今回も変わるとは思っていたけれど、想像以上に変化した。

 気配が空気と完全に同一化しているし、微弱に揺らいでいた魔力が空気中と同化したように思う。要は勘すら働かない。

 

 

「……焦っちゃダメ。深呼吸して、もう一回」

 

 

 少し焦っていたのを深呼吸で落ち着かせる。幸いにも時間制限は設けられていない。譲歩されているだけであっても、今は存分に使わせてもらう。少しでも追いつくために。

 焦り過ぎたら視野が狭まる。とにかく、一から索敵し直す。冷静に。

 

 そうして気を落ち着けて集中し直した時。ラウンジに少しだけ風が吹いた。

 

 

「! そこっ!」

 

「……正解。お疲れ様、ティノ。これで終わりだ」

 

 

 短剣を投げた方向にはアルトお兄さまがいた。短剣が空中で止まり、姿が現れていく。さっきまでとは打って変わって存在が認識できる。

 

 

「はぁ……はぁ……ありがとうございました」

 

「よし、飲み物取ってくるから少し休んでな」

 

「はい……」

 

 

 そう言ってラウンジに併設されているバーカウンターの方に行ったアルトお兄さま。お言葉に甘えて身体を休める。

 

 さっきは風が吹いてくれたから気付けた。つまり、偶然に救われたことになる。アルトお兄さまが居る場所だけ風の流れが違ったのだ。

 逆に言えば、それが無ければ気付けなかっただろう。まだまだ未熟。もっと精進しないといけない。いつか、ますたぁ達のパーティーに入るために。

 

 

 

§

 

 

 

 ティノへの臨時特訓は成功に終わった。今のティノの素の索敵力は多く見積ってレベル5の上位に乗れるかどうかだと思われる。

 風が吹いたとはいえ、あのレベルで気づけるならこの辺りの宝物殿は凡そ苦労しないだろう。

 もちろん今回ので分かる索敵の面だけだし、あまりに適正レベルを外れれば話は別だが。

 

 バーカウンターで作った特製の飲み物、強化版スポーツドリンクをティノに渡すと、すごい勢いで飲み始めた。相当気力を使ったのだろう。

 

 

「前から気になってたんですが、アルトお兄さまはどうやって相手に負荷をかけているんですか?」

 

「ん?」

 

 

 ティノから疑問がとんでくる。どうやって負荷をかけているのか。目に見えて何かをしているわけじゃないのに異常に疲れるから気になったのか。

 

 

「説明が難しいが……威圧の応用みたいなもんだな。かけ方を変えて出所を分からなくして、空間にプレッシャーをかけてるんだよ」

 

 

 流石に宝物殿の環境を再現するほどに気合を入れてやってる訳では無いが、自身と同等以上の力を持つ敵がいるという()()は起こしている。

 本来なら出処が分かるそれをなだらかにすることで、気付かぬうちに緊張し、通常以上に体力や気力を消耗させる。

 これは、高レベルのハンターなら大体出来る技を応用したものだ。こんなのを鍛えてもあんまり役に立たないから誰もやらないだけで、やろうと思えば誰でも出来るだろう。ここまで違和感なくやるのは難しいと思うが。

 

 

「それは……私にはまだよく分かりませんが凄いです、アルトお兄さま」

 

「うーむ……」

 

 

 とてもキラキラした目で見てくる。出来るかはともかく、割と単純じゃなかった? ティノって実はアホの子?

 思わず首を傾げて唸っていると、ラウンジ入口の方から声がかけられた。

 

 

「あれ? ティノとアルトだけ?」

 

「! ますたぁ、おはようございます!」

 

「そうだぞ」

 

 

 どうやら結構時間が経ったらしい。クライが探協から帰ってきて、ラウンジまで来た。そんな感じだろう。珍しげにラウンジを見渡しながら、ティノと『転換の人面』が壊れたという話をしている。

 転換の人面は宝具である。しかも希少な上、法的にはグレーな物であるため、当たり前のように使っていたクライだが、内心ヒヤヒヤしていた時もあった。顔に出ていた。顔を変えてるのに。

 

 

「そういえば、ますたぁ。これ、ゲットしました」

 

「うぐッ……」

 

「ああ、昨日の」

 

 

 見せびらかせるように手に持っていたそれは、昨日の弾指である。ティノがギルベルトに特攻をかまして初手で奪い取ったあれである。

 あの後の大乱闘も勝ち残ったのだろう。成長が早い。教えている身としては嬉しくもあり、悲しくもあり、だ。

 

 

「見えない所に、価値がある。面白い催しだったとあの似非イケメンも言っていました」

 

「ほんとどこでそんな言葉を……」

 

「アークね、アーク」

 

 

 クライがやんわり咎める。咎める? 咎められていない。やはり丁寧な言葉遣いを別で教えた方が……だがそれ一辺倒ではティノの良さが無くなってしまう。

 

 

「ますたぁ……これは、本当に私にくれるのですか?」

 

「嘘はつかないよ。あげるあげる、そんなので申し訳ないけど」

 

「やったぁ」

 

 

 それはもう嬉しそうに飛び跳ねたティノ。満面の笑みだ。俺もなにかあげてみるか? だがしかし。

 

 

「ティノ……俺は今猛烈に迷っている。このままリィズに任せたままでいいのかどうか。場合によっては俺が引き取って師匠に──」

 

 

 やはり俺が師匠になるべきだったか。才能は盗賊寄りだからリィズでもいいかと思っていたが、これなら俺で良かったんじゃないか? 修行自体は他から見たら厳しいだけで、なんの問題も無いんだがな……いややっぱ問題しかないわ。あんな血塗れ肉躍りかける空間があってたまるか。

 

 

「アルトお兄さま!?」

 

「アルトってたまに暴走するよね。命の危険はないからいいけど」

 

 

 散々言われた気がするが、まあいい。クライが来たってことは用事があるはずなのだ。知っている通りなら分かっていたことではあるが、そうでないならば非常に嫌である。

 

 

「それでクライ。何か用があったんじゃないか?」

 

「ああ、そうだった。ティノって今暇?」

 

 

 そういえばと思い出したようにティノに話を振るクライ。ティノは少し驚いたように目を見開くと、勢いよく返事をした。

 

 

「暇です! 多分、人生で一番暇な瞬間です!」

 

「あーあ」

 

 

 思わず声に出してしまったが、2人には聞こえていないようだった。クライの『暇?』は確実に何か押し付けられるか、誘われる。そして大半がろくでもないことになるのである。

 ティノはソロのハンターであるため、時間はほぼほぼ自由に使える。暇であるというより、暇に出来るのだ。クライからの声が無ければ宝物殿に挑むか、探協の依頼、もしくは修行でもしていたんじゃないだろうか。

 

 ティノはこれまで何度もその毒牙にかかっているが、 普通にスイーツ食べに行くこともあるので疑っても疑いきれず、信用しきれずという中途半端になってしまっている。

 最近は変な事も無かったため、信用に傾いている。良くない傾向だったかもしれない。

 

 結果、ティノは嬉しそうだが、クライの一言の後。一転して目も顔も死ぬことになるだろう。

 

 

「丁度良かった。探協から仕事が来てたんだよ。任せようかな」

 

「…………え」

 

 

 ティノが間の抜けた顔をした後、みるみるうちに全身のやる気が失われていった。ついでに目も死んでいる。残念ながら、街へお出掛けの誘いでは無かったのである。

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