彼らは天下の回りもの ~目指せ億万長者!守銭奴商人と御者の冒険~ 作:庭鳥
勝負は決した。その瞬間、女王は悲鳴を上げることもなく無言で屋敷の方に飛び去った。切断された左腕から血がしたたり落ちるのも構わず、わき目も振らずに飛んでいく。未だ空中で落下中のチェロはそれを見て焦ったような表情を見せた。
「なっ!逃げた!妖精たちに助けを求める気かっ!」
チェロは思う。あの方向には確か長老とかいう妖精もいた。相棒たるフルートがまさか負けたとは思っていないが、しかしまだ勝負はついていないかもしれない。そうなれば二対一。それは不味いことだ。彼はそのように思うと、地面に着くや否や大急ぎで女王を追いかけ始めた。
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(剣を失った……まさか私が。いやまだ負けてなどいない。油断してて傷を負っただけだ。そうだ、さっきから銃声がしない。きっと長老があの女を片付けたのだろう。二人でなら……。)
そこまで考え広場に出た時、一発の銃弾が女王の羽を打ち抜いた。バランスを崩した彼女は地面に向かって落ちていく。軽いからだとすさまじい身のこなしのため、傷は追わなかったが最早飛ぶのも不可能だろう。女王の元に、一人の小柄な女の足音が迫った。
「フィロア嬢~?おやおや重症ではありませんか。どうしました、その左腕?……勝負はついたようだなぁ。」
「フルート……!」
銃を構えた女が煽るようにして声をかけた。その瞬間、女王は悟った。長老は敗北したのだ。銃声に反応して妖精達が目をむく。先ほどまで厄介だった飛行ゴーレムがなくなり、彼らはようやく攻撃を再開したところであった。女王が、人間の前に倒れている!異常事態を察した彼らは急いでかけつけようとした。
「じょ、女王陛下ッ!」
「黙ってろ、お前ら!こっちに近づくなよ!」
フルートは怒声をあげながら女王の頭に銃を突き付けて叫ぶ。それを見て妖精達は一瞬びくっと体を震わせると、空中に停止した。フルートは女王を盾にするように後ろに回り、そこから妖精を睨みながら女王に銃を突きつける。諦めたように息を吐いた女王がその口を開いた。
「はあ、長老はどうしたのかしら?」
「死んだよ。中々強い奴だった。」
「そう……貴方がやったのね。」
「……。」
フルートは一瞬黙るが、返答の代わりと言わんばかりに女王の頭に銃口をぐりぐりと押し付ける。冷たい鉄の感触を感じた女王もまた黙った。口を開いたのは飛んでいた妖精の一人、リーダー格の妖精だ。
「や、やい!人間!女王陛下を離せ!」
「離したらどうなる?私に矢が刺さってハリネズミになる。出来ないね、そんな事は。」
「な、何が望みだ!」
「離れてろ。それが私の望みだ。」
フルートはそう呟くと屋敷を見て、森を見て、妖精を見て、最後に手元の銃を見た。そして彼女は少しずつ話始めた。
「言っておくが私に慈悲を期待するなよ。チェロとは違う。だがやるべきだと思ったから聞く。言い残すことを言え。マナスには伝えよう。」
「……!」
「勘違いするなよ。これはマナスのためだ。奴は何も知らぬまま恋人を失う。最後の言葉くらいは伝えてやるべきだろうからな。」
「ふふ、ふふふ。長老を倒したといったからどんな人かと思ったら、全く蜂蜜を塗りたくった果実の様な甘ちゃんっぷりね。」
女王はそのように嘲った。フルートは女王を睨むが少しも怯みはしない。そして衝撃の一言を言い放った。
「
「は?」
「私達妖精は降参する。森に帰り、二度とこの場所には来ない。それが良いたいことよ。」
明らかに遺言ではない命乞いである。そしてその内容も……。フルートは怒りを滲ませながら口を開いた。
「いまさらそんな事を信じろと言うのか。降参、降参だと!?勝手に攻めてきておいて、劣勢になれば命乞いか!!ふざけるな!!」
「……信じていただくほかないわ。私たちは降参し、二度とこの村には来ない。他の妖精にもそう言いましょう。それに他にどうするっていうの?妖精を皆殺しにするの?」
「……!」
「私が命じれば妖精は二度来ませんよ。さあ、どうします?」
女王はそのように問いかける。撃つべきだ、そのようにフルートの心の内では警鐘を鳴らしていたがすぐには引き金を引けなかった。この女が素直に引き下がることなど信頼できるはずもなかった。しかしリカルド氏や、フィロア嬢の恋人たるマナスの事も考えればその引き金はまるで癒着したように重かった。フルートの額に汗が浮かぶ。その様子を見ながら、こそこそと話を進める者がいた。空を飛んでいた妖精達のうちの一人、リーダー格の妖精だ。
(おい、お前ら。……静かに話せよ。提案がある。)
(て、提案?でも何かしたら女王の命は……。それに女王を盾にされているんだぞ!)
(いいや十中八九交渉は決裂する。そうなったらどのみち女王は殺される。俺たちが救い出すしかない。俺たちの王だぞ!救わなければならないんだ!)
(お、俺たちの王。そうだよな、俺たちの女王様だ。)
彼らはそのように話を纏めると、覚悟を決めたように表情を引き締める。だがまだ行動を起こすわけにはいかない。弓を引く、そんな動作をしたらあの敵の女は女王をそのまま撃ってしまうだろう。隙が必要だ。そのように考えたためだ。そして思っていたよりも早く隙は現れた。遠くの方から怪我をした男が、その重症っぷりが嘘のような速度で走り寄って来るのが見えた。
「フルート!こっちの方に女王が……!」
「ああ、チェロ!こっちで捕えている!お前も無事だったか……。」
(今だ!)
一瞬であった。フルートはチェロの声がした一瞬だけその声の方を向いた。通常であれば見たとも言えない短い間であったが、妖精の弓術には十分な時間である。その一瞬の間に三人の妖精は弓を引ききり、さらに放った。さらにその狙いは極めて精密である。体の大部分を女王の影に隠したフルートの頭部へ一直線に向かって行った。
「むっ!せえやああ!」
しかし、チェロの気合の一言ともに発せられた斬撃に二つの矢は弾かれた。残る一本の矢をチェロは剣を持っていない手でつかみ取ると、ぐるりと回って空を飛ぶ妖精に向かって投げつけた。飛び去った矢が妖精の顔面……その横を掠めていき頬に血を垂らした。チェロが「むっ。」と短く唸るような声を発した。
「別に外そうと思ったわけでは無いのですが……やはり飛び道具は性に合いません。しかし今度は外しませんよ。よろしいですか?」
「……。」
呼びかけられた妖精達が黙る。それを見たフルートは少し息を吐くと、チェロに向かって言った。
「助かったよ。チェロ、君がいてくれてよかった。私は君を金貨を何枚でだって……いや千枚でだって売りやしないだろう。」
「……その言い方だと金貨を五千枚も積まれれば売りそうじゃないですか。ま、良いですよ。貴方も生きててよかった。」
そして二人は短く笑いあう。しかしすぐに真面目な顔に戻り、女王の方に向き直った。そしてフルートはその口をゆっくり開く。もう既に迷いは消え、考えはまとまっているようであった。彼女は屋敷を見て、森を見て、妖精を見て、最後に手元の銃を見た。そして彼女は少しずつ話始めた。
「実は私もずっと考えていた。この戦いの落としどころはどこなのか。」
「あら、ようやく答えてくれる気になったのかしら。」
「考えていたんだ。貴様ら妖精を皆殺しにするべきなのか。女王と長老だけ殺せばいいのか。それで貴様ら、下っ端の妖精はもうこの村を襲ったりしないのか。」
フルートは屋敷の方を見ながら話を続ける。その様をチェロも、妖精達も黙って聞いていた。
「多分、妥協点なんだろうな。フィロア嬢、アンタは妖精でもあり人間でもある。長老は死んだ。村人も被害を受けた。ここは痛み分けとし、友好の道を探る道を選ぶべきだろう。」
「それじゃあ……!」
「
銃口が女王の頭に押し付けられる。その冷たい感触を感じながら、女王は動揺したようにその口を開いた。
「な、何で?貴方さっき妥協点だって……。」
「勘、だ。フィロア嬢、アンタは信用できない。アンタは間違いなく、もう一度兵を率いて攻め込んでくる。友好の道などありえない。」
「そ、そんな……。」
フィロア嬢が地面を向いてすすり泣く。その様子を見ながら、二人はそれを少しだけ気の毒そうに見下ろしていた。チェロは思う。先ほどまで強者だった女が、剣を失っただけでこうも弱気になるものなのか?彼の目には女王が先ほどとは人が変わったように見えた。女王が下を向いたまま、ぽつりぽつりと話始める。それはさながらギロチンの落ちるのを待つ死刑囚のようにも見えた。
「最後に……マナスに伝えてくれないかしら?」
「いいだろう。」
「実はいつでもあなたを殺せたのよ。」
「は?それが伝える内容か?」
「でもどうせなら、私の左腕を落としてくれたニンゲンも一緒に、ね?」
その瞬間、何かを弾くような音が聞こえた気がした。その音が聞こえた方向は、女王が跪づいていた方向である。彼女の腕を動かすのを許すような愚行はしていなかったはずだ。なら一体何が……?チェロの目にいつぞやの銀球が映った。月の光に照らされたそれが鈍く不気味に光を反射しながら空に踊る。にやりと笑った女王が口を開く。その目は閉じられていた。
「いつでもあなたを殺せたのだけど……でもどうせなら二人とも消したいでしょう?」
「撃つんです!フルートォォォオ!!」
「しまっ……!」
閃光が辺り一面を覆いつくし、フルートは声を漏らしながら銃を撃とうとする。しかし既に手の内に女王はいなかった。既に脱出していたのだ。片腕が切断されていたというのに、驚くべき運動能力である。血液もほとんど流れ落ちていなかったところを見ると、妖精としての特性なのであろう。そして光ったのは女王が盗み出したフルートの銀球、その最後の一個である。自慢の一品たるそれは、所有者にもその相棒にも牙をむき、視力を明確に奪った。白い閃光の中に女王の姿は消え二人はその存在を完全に見失った。フルートは手探りで周りを探し回りながら、相棒に向かって叫んだ。
「私の商品を……!チェロ、逃げられた!女王の位置が分からない!」
「お、音の魔術でポケットから銀球を弾いたのか!み、見えない!」
「ご名答。さて目が見えなくてもスイカくらい割れるでしょうけど、果たして私に刃は当たるかしら?」
そのような女王の声だけがどこからか聞こえた。チェロは女王の言葉を聞きながら、音でどこに何があるかを判断しようとする。しかし駄目だ。そこら中から軽そうな足音が聞こえて方向も絞れない。恐らく女王がダミーの足音を発生させているのだろう。それに近くにフルートがいる以上剣を振り回すことは出来なかった。フルートの方もチェロがいるため、闇雲に銃を放てなかった。右往左往している彼らの元に、どこからか女王の声がだけが響いた。
「フルートさん、正解よ。私は友好など望まない。でもその結論に至るのが遅かったわね。私なら敵を生かしておいたりしないもの。」
「くっ!チェロ!こっちに来い!」
「え、ええ。」
チェロはよろよろと声のした方に駆けよる。すると突然華奢な女の体に顔を押し付けられた。その女は体を手で探っていたが肩を見つけると、その肩に手を乗せて引き寄せた。二人は支えあうような恰好を取ると、フルートはもう片方の手で銃を保持した。
「これで銃を撃てる!女王!いやフィロア嬢!勝手に私の『商品』を使っておいてその代金を払わずに逃れられると思うなよッ!」
「あらあら、目も見えないのに的当て?どうやって私に弾を当てるって言うのかしら。」
女王の声が二人の右斜め上方から聞こえた。目は見えない、しかし音は聞こえる。十分だ。音が聞こえれば十分だ!
「フルート!!
「分かってる!!」
「……え?」
フルートが連続で銃を前方に向かって乱射させ、けたたましい銃声が六回響いた。遅れてぽたりぽたりと血の滴り落ちる音が聞こえる。どうやら銃弾は命中したようであった。チェロは思った。
(話し声を女王はわざと響かせた。声だけで撃たれてもおかしくなかったのに。あれは偽装、足跡と同様に声の場所も誤魔化していたんだ。そして女王は剣を失っている。そうなれば妖精を使って攻撃してこようとするはず。)
二人は血の滴る音を聞き、戦いの終幕を思った。しかしそれを否定する声が聞こえた。
「当たり、でも外れよ。」
「じょ、女王陛下……。」
女王の前を立っていた、いや立たされていた妖精が倒れる。女王は妖精を盾にして銃撃を躱していた。さらに彼女は妖精の手から矢だけを奪い、残った右腕で構えた。そして二人の人間を見下ろしながら言う。
「これから貴方達に矢を投げる。でもただの矢じゃないわ。『妖精の歌声』を乗せて投げる。貴方達の体は破壊される。」
「くっ、くそっ!ここまで来て!」
「女王!女王ォ!!卑怯なり!!正々堂々、僕と戦え!!!」
チェロの怒声が響く。それを聞いて女王はせせら笑った。そして手に魔力をこめながら、二人に狙いをつけた。狙うは肩を組んだ二人の人間のちょうど中間、二つの頭部を破壊する。彼女はそのように思った。
「卑怯?卑怯で結構。これは戦争ですもの。……戦いは貴方の勝ちでいいわ。私は負け、貴方は勝った。しかし生き残るのは私だけ。」
「くっ!」
「友好なんてありえない。犠牲も出た。引き下がれるわけないしそのつもりもない。そして、その必要もない。」
女王の勝ち誇った声が響く。しかし万策尽きた彼らに打つ手はない。戦いの敗者には神に祈る暇も、死の恐怖に浸る暇も与えられない。疾く、疾く死は来る。暗く冷たき死が、敗者には来るのだ。
妖精の王の美しき声が、夜の広場に木霊した。
「やはり最後は私の勝ちだったわね!」
敗者には死が訪れる。それが理なのである。女王が叫び、矢を投げ放とうとした瞬間……どこからか矢が飛んできて女王の細い首を貫いた。女王は一瞬何が起こったかわからないような表情をしたが、一瞬遅れて血を吐いた。矢の飛んできた方を見た彼女は驚愕と絶望が入り混じった表情をした。
「マ、マナ……ス?なん、で?」
「フィロア……僕は君のことを何もわかっていなかった。君が妖精の姫君だという事も、君の苦悩も。……『暗い夜』に『光』なんて出すから、君の場所がわかってしまった。」
マナス、フィロア嬢の婚約者たる男は屋敷のエントランスに立ちながら声を上げていた。その手には矢のつがえられていない弓が握られていた。フィロア嬢の赤い瞳が彼を見つめる。マナスもまたフィロアの方を向いて真っ直ぐ見つめ返す。
「そして君も僕を分かっていなかった。君は僕を殺そうとはしなかった。でも僕は駄目だ。……君と共に行けない。僕は人間を選ぶ。」
「そ、う……なのね。」
少しだけ笑ったような女王の声が漏れる。恐らくそのか細い声はマナスの元まで届いてはいないだろう。しかしそれが敗者の常である。彼らは恋人だった。彼らは仇敵だった。つまりはそれだけの話である。フィロア嬢が、女王が地面に倒れ伏した。その体からは赤き血液が漏れ、美しかったその瞳は最早何も映さない。恋人に別れの言葉すら残せない。人間の裏切り者には相応しい最後であった。
「じょ、女王ォォォォオ!!!な、何故!!」
「……!」
妖精達の咆哮が響き、彼らが倒れた女王に近寄ろうとする。フルートはそれを見ると、一発だけリロードして空に向かって銃を撃った。この夜に何回目であろう火薬の音が響き、妖精達の体が止まる。視力を取り戻し始めたフルートは彼らに向かって、ゆっくりと口を開いた。
「我々の勝ちだ!!見逃してやる、森へ帰れ!!そして二度と現れるな!!」
「くっ、うおおおおおおおお!!?」
妖精達は半狂乱になりながら森の中へと戻っていった。戦いは終わった。こうして長き三日月の夜も終わる。村民は生存と勝利を雄叫びを上げて喜び、勝利の立役者たるリカルドとマナスに駆け寄った。しかし彼らは喜ぶこともなく、ただ涙をこらえるばかりであったという。後に王国に提出される記録にはこのように記されている。死者、村民五名、妖精二十三匹、うち一匹騒動の首謀と思しき妖精。そして領主の娘、フィロア嬢戦いに巻き込まれ死亡。