彼らは天下の回りもの ~目指せ億万長者!守銭奴商人と御者の冒険~ 作:庭鳥
本話で一旦このお話は終了です。ここまで読んでいただきありがとうございました!
妖精達との騒乱が終わり、その後二日ほどたった後の事である。チェロとフルート、彼らはリカルド氏の屋敷に招かれていた。椅子に座った二人の前には茶が出されているがリカルド氏はその部屋にはまだいなかった。チェロは包帯で巻かれた胴体と右腕を庇いながら、左腕で持ちづらそうに茶を啜った。チェロの怪我は誰もが閉口するほどであったが、どういうわけか彼は命に別状は何もなかった。彼の隣ではフルートが窓の外を眺めながら黄昏ていた。あの戦いが終わってから彼女はずっとこのような感じであった。
「あー、フルート?どうしたんです。そろそろリカルドさんが来ると思いますが。」
「ん、ああ別に。君の方はどうだ?怪我は痛むか。」
「まあ痛みますね。」
「そうかい。ま、そうだろうね。」
そう言うとフルートはもう一度黙った。彼女が何を考えているのかチェロはわからなかった。しかし恐らく報酬の話でも考えているのではないかと結論付けた。戦いとか治療とかで有耶無耶になってはいたが、元々これはリカルド氏の娘を助けて欲しいという依頼から始まった話であった。しかしそのフィロア嬢が結果的に墓の下にいるのだから、依頼失敗ととらえられてもおかしくはないのだが……。しかし金にうるさいこの商人の女が忘れているはずもない、そのように彼は考えていた。
そこまで考えた時、扉が開く。そこからリカルド氏とマナスが連れ立って入ってくる。リカルド氏もマナスもどこか影のある表情をしていたが、リカルド氏はにこりと笑うとマナスに椅子をすすめ、自身も腰かけた。そしてその名君はゆっくり話始めた。
「さて、お二方。貴方がたが居なければ妖精達の手により、リャードの村は滅びていたでしょう。まずはお礼を言わせていただきたい。ありがとうございました。」
「お礼は受け取っておきましょう。しかしこれからどうするんです。妖精達は大勢逃げ延びましたが。」
「王国の軍隊を寄越してくれるという話になりました。しかし……その、どうするかというのはまだ考えております。」
「どうする、というのは?」
フルートがそのように聞き返すとリカルド氏は困ったような表情をする。そしてちらりと横のマナスを見る。マナスはずっと一点を見つめていたが、その視線に気づくと口を開く。その顔つきは数日前に出会った時よりも随分鋭くなっていた。
「つまりは森狩りをするか、それとも妖精と和平を結ぶか。そういう話です。我々には選択肢があります。」
「和平……結ぶんですか?というか結べるんですか?」
チェロがそのように口を挟む。妖精達の一方的な(人間たちの視点から見れば)侵攻によって始まったあの一夜は、まだ記憶に新しい。和平を結ぼうというのはあり得る試みだが、村民も王国も納得するかは疑問であった。特に王国の方は妖精が国の乗っ取りまで企てていた事を聞き及んでいるだろうから、妖精族そのものを危険視しているはずだ。上手くいくかはわからなかった。だがマナスは落ち着いた様子で返答をした。
「難しいでしょう。しかしこれは妖精の方から申し出のあったことです。彼らの残党は王も指導者も失い、このままでは王国の軍に滅ぼされるのを待つだけですからね。」
「奴ら……舌の根も乾かぬうちに。しかし……あー、マナスさん。アンタは妖精を恨んでいないのか?」
フルートは聞きづらそうにそのような事を言った。マナスは過程がどうであれ、恋人たる女を撃ち殺した。その結果に差異はなく、またその原因が妖精達にあることは否めないだろう。それなのに和平を結ぼうとするなど矛盾しているように思えた。彼はそれを聞くと、少し口元を緩めてから視線を下に落とした。そして少しだけ黙ったが、下を向いたまま話始めた。
「ボクは……戦いの熱気の中に浮かされたわけでもなく、突発的な意志でもなく、自分の意思でフィロアを撃ちました。彼女が妖精の女王だったからです。恨んではいませんし、後悔もしてはいません。恨むとするならフィロア、そして自分です。」
「マナス君……。」
「彼女は僕と生きようとした。僕は故郷を守ろうとした。それだけの話なのです。些細なすれ違い、些細な優先順位の違いなのです。……そうであるならば僕もできることをするべきだと思ったのです。」
マナスはそのように言って笑った。心からの笑みではないだろう。その表情の下にどんな色の感情が渦巻いているのかは見え透いていた。様々な色の絵の具をぶちまけ、それを適当に混ぜ合わせたような歪んだ虹色。きっと彼は泣くことすら許せぬのだろう。
「ふうん、そうかい。まあ村の判断を部外者の我々がとやかく言う事はない。上手く話がまとまるといいな。」
「ええ、ありがとうございます。」
マナスがそう答えた時、扉が遠慮がちにノックされそこからメイドが現れた。彼女はそろりと体を半分見せて口を開いた。
「マナスさん、新しく妖精のまとめ役になったという方が来られています。一人で来たようで武装もしていません。」
「わかりました、僕が対応しましょう。……チェロさん、フルートさん、本当に有難う御座いました。」
そう言ってマナスは足を引きずりながら扉から出て行った。彼の姿を見送ったリカルド氏は「立派だ。」と言った。それを聞いた二人はリカルド氏の方を向く。彼は立ち上がると庭を向いた。そこには小さな墓があった。村人から隠れるように屋敷の裏手に建てられた墓、その下には彼の愛娘が眠っている。その愛がひどく一方通行なものだとしても、彼は娘を愛していたのだ。
「彼は立派だ。あんなにも……堂々としている。私はまだ正直受け入れられていないというのに。」
「それが言えるならあなたも十分立派でしょう。貴方は領主としての責任を果たした。」
「いいや果たしちゃあいません。私が彼の立場だったら、決して撃てやしなかったでしょう。」
「……貴方はもしかしてマナスを憎んでいるのか?」
「フルート!なんてこと言うんですか!」
「いや、いいんです。」
チェロがフルートを嗜めるが、それをリカルド氏は手で制した。彼は少しだけ作り笑いを浮かべるとどっかりと背もたれに体を預ける。そしてゆっくりと話し始めた。
「憎んじゃあいません。そうするべきだったのです。フィロアは、人間ではなく妖精として生きることを選び人の敵となりました。……こうなるべきだったのです。」
「ふうん。」
フルートはそんな風に気のないように返す。そして彼女は冷静に、そして少しだけ笑うとその口を開いた。
「ま、それじゃあ村の話はこの辺にして報酬の話をしましょう。」
「……。」
その変わり身の早さと守銭奴っぷりにチェロは閉口した。
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夜空の下、一つの馬車が駆けていく。その御者台には未だ怪我の治りきらぬ男が座り馬を走らせていた。辺りには呼び寄せられた人魂が飛び、行く先の夜道を照らしている。どうにか発見した人魂ランタンの効果である。御者の男、チェロが真っすぐを向いたまま客室に座った女に向けて口を開いた。
「フルート、良かったんですか?黄金樹の森を貰わなくて。あんなに欲しがってたのに。」
「いいんだよ。あんな危険な森、要るもんかい。」
開け放たれた馬車の窓からそのような声が響いた。珍しくその窓からは煙が漏れている。どうやら普段は喫煙などしないくせに、彼女はパイプをふかしているようである。彼女は言葉をつづけた。
「それに金貨はたっぷりもらったし、新しい商品も手に入れた。まあ赤字ではないだろう。」
「新しい商品?そんなのありましたっけ?」
「これだよ。『妖精姫の刺突剣』。」
そう言って彼女は窓から奇妙な剣を出す。確かフィロア嬢の持っていた穴だらけの奇妙な刺突剣だったはずである。今でもその剣は風を受けて美しい音色を歌っている。チェロとの戦いの後、森の中に落とされたものを彼女は回収していたらしい。それを見たチェロは納得したように声を漏らす。
「ああ、それですか。しかしまた勝手に名前を付けて。そもそも妖精の姫じゃなく女王じゃないですか?」
「良いんだよ。姫の方が通りがいい。あと、ちゃんと前を向いて運転しろ。……いや、やっぱりそこで止めてくれ。」
馬車は山道の途中で停車した。その横には見晴らしの良い丘があり、リャードの村と黄金樹の森を遠くに見つけることが出来た。扉が開く音を聞いたチェロもまた御者台を降りた。二人は歩みを進めて崖の上に立ち、随分と遠くに来てしまったあの場所を見つめていた。二人はしばらく黙っているだけであったが、チェロがぽつりと世間話を切り出した。
「喫煙なんて体に毒ですよ。よしたらどうです。」
「うるさい。吸いたい気分なんだよ。」
フルートがそんな風に乱暴に返答する。チェロはそれを見て(一体どうしたのかな。)と思う。彼女は一体何を考えているのだろう。金も手に入った。死に目に会ったが、結果から見れば万々歳だ。少なくとも守銭奴たる彼女にとっては。一体何を気にしているというのだろう。チェロはそのように思ったが、乱暴に煙を吐き出す彼女を見るとどうしてもそれを聞けなかった。甘い煙の臭いが、彼の鼻をついた。
「なあ、チェロ。君ならどうした。」
「何がです?」
「愛する人が人類の敵だったら、君はそいつを斬れるか。」
「……!」
チェロは驚いた。彼女がこのようなことを気にするのは珍しかった。彼にとってこの女とは、金と自分の命、あるいは自分に役立つものにしか興味を示さぬものだと思っていた。しかし今の彼女は……黄昏るこの女は、商人ではなく一人の人間の顔をしていた。チェロは一瞬面食らったが、息を吸ってから答えた。自分の中で答えは既に決まっていた。
「僕は……斬れます。敵なら斬る、味方なら斬らない。そこを決めておかないと戦場で迷います。迷えば死にます。」
「そうか、君は強いな。」
「フルート?」
「私は……多分駄目だろう。」
彼女はそのような事を言う。彼女の手に持ったパイプから煙が漏れ、夜空に昇っていく。煙に目をつられ、チェロが空を向くと美しい星空が広がっている。遠くに見える黄金樹の森は、あんなことがあった後だというのに相変わらず静かに美しいままであった。突然チェロの肩に手を回された。小柄な女の背丈に引き寄せられたため、彼は少し膝を曲げねばならなかった。フルートが遠くを見たまま、口をゆっくりと開く。
「なあ、チェロ。君は私を裏切るなよ。」
「……裏切りやしませんよ。」
チェロがそのように声を返す。遠く視線の先に、黄金樹の森が広がっている。フルートが腰に吊り下げた『妖精姫の刺突剣』をかざすと、美しき旋律が風と共に鳴り音を運んでいく。フルートはその音を聞きながら呟くように言った。
「綺麗な音じゃないか……。」
辺りに悲しき旋律が響く。かつてその音色と共に聞こえていた、妖精の羽音がそれに返答することはない。永遠に、これからずっと聞こえることはないのだ。
これで妖精の森編終了となります。書き終わってるのはここまでなので、更新されるとしても随分先になるでしょう。さて、改めてここまで読んでいただきありがとうございました。