彼らは天下の回りもの ~目指せ億万長者!守銭奴商人と御者の冒険~ 作:庭鳥
リカルド氏の邸宅の一室では何人かの人間がそろって座っていた。少しの装飾が付いただけの貴族にしては質素な執務室。その窓際にはどこかソワソワとした様子でリカルド氏が座り、俯いて何かをブツブツ震えながら呟いている。その反対側に血まみれの服を着替えたチェロとフルートが座っていた。いつまでたってもリカルド氏が何も切り出さないので、業を煮やしたフルートが口を開いた。
「それで……貴方は彼が何に襲われたのか知っているようでしたけど。」
「……知らん。」
リカルド氏が唸る様に俯いたまま声を上げた。顔を上げると、げっそりとした表情で噂に聞いた名君とは遠い印象である。どうにもずいぶん参ってしまっているらしい。予想とは異なる反応に、フルートは怪訝な顔をする。
「……だが予想はついている。ああ、全くなんということだ!山賊や獣のせいじゃない!」
「何にやられたのです。」
「……いやだが私には信じられん。お客さん方、申し訳ないが順番に話してもよろしいか。」
リカルド氏は自分に言い聞かせるかのように、どこか浮ついた様子で言った。彼らが首を振るよりも前に、リカルド氏は次の言葉をつづけた。もとより彼らの様子を見ている余裕などなかったのかもしれない。
「今日の朝方、いつもは使用人よりも早く起きる娘が珍しく起きてこなかった。メイドに起こしに行かせると、部屋に娘の姿はなかった。娘の部屋は二階で窓が開いていた。私は焦った。娘が誘拐されたのだと。賊が窓から入って、そのまま娘を攫って行ったのだと思った。」
「思ったって……違うんですか。」
「違わないさ。だが……ああ、私は見た!賊ではない!無数の羽音とともに連れ去られる人影を……!娘を攫ったのは賊などではない!『妖精』だ!」
「妖精に……娘さんが攫われた?」
チェロは思わず声を漏らした。妖精が人間を攫って言ったなどとは聞いたことがない。享楽的な妖精が、貴族の娘を誘拐するなんて計画的な行動をとるというのも信じられなかった。
「そりゃあ、どうも何かおかしな話ですな。いえ、疑うわけでは無くですね。そもそも妖精が娘さんを攫うメリットがない。」
「どういうことだ。」
「誘拐ってのは大抵、身代金目的ですが、妖精に貨幣制度があるなんて話は聞いたことがない。彼らが攫って行ったて言うのなら何か妙な風ですよ。」
「しかし、実際に私は見た。追いかけたが森の中では奴らの方が圧倒的に速い。すぐに見失ってしまった。マナス君が後を追って森に入ったが……あの通りだ。」
リカルド氏が顔を伏せる。どうやらあの血まみれの男の事を気にしているようであった。
「ふうむ。」
チェロは唸る。彼がそう言うならば事実であるのだろう。目の前の彼は明らかに気が滅入っており、嘘をついているようには見えなかった。まあ、交渉については彼の分野ではない。チェロはちらりと横を向く。彼の相棒はどう考えているのだろうか。フルートはじっと黙ったまま、口に手を当ていたが口を開いた。その最中にちらりとチェロは見た。彼女の口元に笑みが浮かんでいるのを。どうやらまた良からぬことを企んでいるのだろうと思った。
「成程、大体事情は把握しました。部外者の我々にお話しいただきありがとうございます。つまり纏めると、妖精と思しき影が貴方の娘さんを攫って行った。そして、それを追跡したあの血まみれの彼も傷ついて出てきた。その犯人も貴方は妖精と予測している。そういうことでいいですか。」
「……その通り。」
「あの男は何者です。たしか攫われた娘さんの婚約者だとか。」
「そうだ、マナス君は娘の婚約者だ。狩りが得意で森にも慣れていたはずだ。ああ、だがしかし娘だけでなく彼まで……止めるべきだった!」
「いやいや、死んじゃあいないんです。彼の事は知りませんが、婚約者を知らぬうちに取られて、黙っていられるものなどおりますまい。貴方が気に病むことではないでしょう。」
フルートは笑みを浮かべながらそんな風にリカルド氏に言った。チェロはその様子が何かに似ているのを知っていた。この妙に愛想のいい表情は、普段は傍若無人なフルートにとっては珍しい。すなわち営業スマイルだ。彼女はどうもこの話の中にもうけ話を見つけたらしい。
「領主代行殿の娘が誘拐されたのです。おそらく国の兵隊は動かぬでしょうが、貴方の親族ならば役立つ者を何人か寄越してくださるんじゃないですか。」
「既に早馬を使いに出しましたよ。」
「いえいえ、馬では時間がかかりすぎる!私共は珍しい品物を扱っておりましてね。良い物をご紹介しましょう。」
フルートは持ってきた鞄をゴソゴソと漁って何か小さいものを引っ張り出した。それは手紙の様であるが、奇妙であるのは気まぐれな様子で身じろぎしているさまだ。彼女が手を離すと、羽を生やしてパタパタと遊ぶように辺りを飛び回った。そして数秒飛ぶと満足したのか、テーブルの上に乗ったまま大人しくなった。
「羽手紙です。これをあなたに差し上げましょう。」
「羽手紙……?」
「ええ、見ての通り魔法が掛けられていて、時速四十キロほどで飛びます。」
「馬の方が早いじゃないか。」
「いえいえ、こいつには山も林も関係ないですからね。直線距離で飛べば馬よりもずっと早いです。それにこれは言うなれば紹介状なのです。近くの街に『飛行ゴーレム』という空飛ぶ石像を作ってる魔術師が居ましてね。そいつは馬どころか、鳥よりもずっと早い。少々値は張りますが、そいつのとこまで手紙を送れば、いつでも王国の何処にでも荷物を運んでくれる話になってます。」
「……成程。」
「娘さんが誘拐された以上、必要なのはスピードです。迅速に森狩りをできるだけの兵隊を集める必要がある。そうでしょう。」
「金なら払う。それを売ってくれ。」
リカルド氏が手を伸ばしたのを、フルートはさっと手紙を取って躱す。そのままにこやかに笑顔を浮かべたままなのを見て、彼は怒りを顔ににじませながら口を開いた。
「失礼した。『言い値』で買う。さっきマナス君に使って頂いた回復薬も相場の二倍を出す。だから、それを売ってくれ!アンタも迅速な行動が必要だと言っていただろう!」
「フフフ。」
フルートはそれを聞いてもなお、羽手紙を渡そうとはしなかった。その横でチェロは心配そうに彼らを見つめていた。一触即発の空気だ。もしリカルド氏が殴り掛かろうものなら、彼はフルートを守らねばならない。しかし気持ち的にはこの守銭奴よりもリカルド氏の味方をしてあげたいし……ああ、どうしたものか。チェロはそんな風に思っていた。
「何が目的だ!このエセ商人めが!?」
「目的というのなら、貴方の方が先ですよ。リカルドさん。」
「は……?何を言っている。」
リカルド氏は目を丸くした。それを見てフルートは一層その猫のような目を細める。いつの間にか、会話の主導権はこの女が握ってしまっていた。
「だからですねぇ、貴方はこんな話をする必要もないんです。実のところあなたがしなければならないのは、村の連中に声をかけて、森狩りの準備をすることでしょう。しかし、貴方は我々にこの話をした。貴方は我々が娘を救ってくれるんじゃないかと期待したんだ。」
「……。」
リカルド氏は少し黙った。そして一呼吸おいてから口を開いた。
「そうだ。だが期待外れだった。」
「いいえ、期待外れじゃありません。私たちが娘さんを救出してあげましょう。」
「なんだとっ!?」
リカルド氏は机から身を乗り出す。そしてハッとしてから元の位置に戻る。どうやら予想外の申し出だったようだ。
「私どもが森に入り、賊の正体を探り、娘さんを取り返してあげようと言っているんです。どうです。」
「……何が目的だ。」
フルートは怪しく笑った。そして手を組んで、机に載せるとついに話始めた。
「単刀直入に言いましょう。私はこの街の利権が欲しい。この美しい観光地は金になりますからねぇ。『黄金樹の森』を私に下さい。」
「……ハッ!」
リカルド氏はそんな風に吐き捨てる様に言った。しかし、唇を噛んで揺れ動いているようにも見える。しかし少したってから項垂れるようにしていった。
「できん。もとより私は領主代行。この土地に住む民草のために管理を預かった身。このリャードの村がやっていけるのは古くからスラバの森のおかげだ。たとえ娘に危険が及ぼうと、見知らぬ者に勝手にくれてやることなど出来ん。……というかそんな権限はない。土地は民草の物であり、それを管理しているのも本来は領主の兄上だ。」
「むっ、そうですか。」
フルートは当てが外れたように落胆した。そしてどうしたものか、考え始める。あーでもないこーでもない。しかし、横でずっと黙っていたチェロが、遂に我慢ならなくなったかのように横から口を挟んだ。
「フルート、もういい加減酷いじゃあないですか!娘さんが誘拐されたっていうのに、それに付け込むような真似をして!大金を払ってくれるっていうんですから、素直に売ったらいいじゃないですか!」
「君は黙ってろ。交渉は私の担当だろ。」
フルートはそう言って相棒の男を黙らせる。相変わらず、彼は商人をやるには人が出来ていていけない。もとより金を稼ぐというのは、そんな綺麗なことではないのを分かっていないのだろう。彼女はそんなことを思うと、軽くイライラしながらも、次の言葉をつづけようとした。しかしそれをチェロが再び遮った。
「要は森に逃げた賊から娘さんを取り返せばいいんでしょう。私が行きますよ!これでも昔は騎士団にいたんで、腕っぷしには自信があるんですよ!」
「おいこら、勝手なこと言うな!」
「いえ、言います。僕はどうも我慢ならない。人命がかかっているなら猶更だ。人の弱みに付け込むのが商売の一側面とは言え、人の命を金に換える気なんかありません。」
「~~~~~!?」
声にならない叫びをフルートは言う。やはりこいつを連れてくるべきではなかった。この騎士育ちは基本的に献身、無償の奉仕とかいう商売とはかけ離れたものを好む性質があった。
「ほ、本当ですか。チェロさん……いやチェロ殿!!」
「ええ、本当です。交渉は決裂したようですので、口を挟ませていただきました。不肖の身ながら尽力させてもらいま……。」
「ま、待て!!わかった、わかったよ!売る!もう良いよ!普通の値段で売ってやるから!」
フルートはしょうがなくそう叫んだ。そうでもなければ、チェロのおかげでこの話はすっかり立ち消えになったことだろう。その前に多少金貨を稼いでいた方がいい。フルートはため息を吐きながら、どこか自分に言い聞かせるように言った。
「しょうがない。確かに交渉が決裂したんだししょうがない。リカルドさん。金の話は後にしましょう。どうやらこいつはすっかり行く気満々のようなので、森の中に様子は見に行きます。しかし、はっきり言って黄金樹の森が手に入るくらいじゃないと、私は命を懸けるつもりじゃなかった。様子を見に行くだけです。しかしどうか報酬は弾んでくださいよ。」
「フルートさん……いやフルート殿。」
リカルド氏はいつの間にか目に涙をためていた。この商売女の態度が軟化したので気が抜けたのだろうか。いいや、もとより朝からずっと張り詰めっぱなしだった彼の精神に、一つの救いの糸が垂れてきたようなものだ。彼は少し前の事もあえて忘れて二人に感謝した。
「感謝します……。面目ない、面目ない……。」
「いえ良いですよ、もう。こちらこそ申し訳なかったです。」
フルートはどこかつまらなそうにそう言った。チェロは落胆した様子の彼女を見て心の底で、こう思った。
(なんだ、初めから娘さんを助けに行くつもりだったんじゃないか。どこまでも素直じゃない。)
そして彼女に向かってほほ笑む。やはりこの女は自身の相棒だと。覗き込んだフルートの顔は、落胆した、酷く落胆した表情であった。……どうやら金儲けも本気ではあったようだ。
「……。」
チェロはさっそく評価を改めた。ともあれ、彼らはこうして黄金樹の森に足を運ぶことになったのである。
『羽手紙』:
普通の手紙から羽が生えたような見た目の魔道具。これ自体は少々速いスピードで飛行するだけの手紙だが、これは紹介状代わりになっていてフルートの知り合いのゴーレム職人の元に手紙を届けてくれる。そこからどんな場所にでも、いつでも飛行ゴーレムが運んでくれるらしい。もっとも、その怪しい言葉が信頼されるかは商人の話術にかかっていることだろう。