彼らは天下の回りもの ~目指せ億万長者!守銭奴商人と御者の冒険~   作:庭鳥

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妖精あらわる

 

 

 黄金樹の森は遠くで見ると黄金色の葉が揺れる美しい森ではあるが、近くに来てみるとその印象は変わる。森の中は人の手の入っていない未開の地で、観光地としては眺めるだけで歩くことは考えられていないのだろう。中は薄暗く、少し先を見通すことも難しい。ましてやこの中を歩きまわるなど、慣れていないものであればどんなに大変だろう。植物と獣、そして聞くところによると妖精が支配するという領域。それが黄金樹の森こと『スラバの森』である。

 

 

 森の外から中を伺っていたフルートは胸元から手のひらサイズの黒いものを取り出した。小さなそれは、機械仕掛けの筒と持ち手で出来ていて、内部にはごく小さな鉄塊を入れるスペースがある。旧時代の遺跡から発掘されたという火を噴く弓矢だ。彼女はこの強力な武器、『銃』を好んだ。弾代は高いが、効果は絶大だ。一、二……六。彼女は弾が全弾装填されていることを確かめると、口を開いた。

 

「さて、言わなくても分かると思うが武器の準備は良いか?」

 

「まあ、そりゃあ持ってきてますよ。妖精が犯人かは知りませんが、誘拐ってんなら荒事になるでしょうし。」

 

 そう言ってチェロは腰もとの剣を叩く。銃以外にも何かを隠している様子のフルートとは対照的に、彼の装備は剣以外には見当たらない。しかし騎士団で育った彼にとって信頼すべきものは、まずは己と剣なのだろう。敵と向かい合ったとき、わが手に剣が無ければ死ぬだろう。剣があれば死ぬのは敵だ。それが彼が育った騎士団の教えであった。

 

「いや、荒事はできれば避ける。もし娘を発見しても戦闘は出来る限り避けて撤退する。そうだろ。」

 

「むっ、そうですね。もし僕たちがやられれば娘さんも助かりませんからね。」

 

「いや……まあそうだな。」

 

 フルートはそう唸りながら言った。彼女としては、リカルド氏に宣言した通り無理をするつもりなどなかったのである。そりゃあ、一人の人間として助けられるのなら助けたいが、その前に自分の身が可愛い。他人のために死ぬのなんて、彼女はまっぴらごめんであった。

 

「話を纏めよう。我々の最終目的は妖精にさらわれたとかいう『リカルド氏の娘、フィロア嬢の救出』だ。」

 

「ええ、しかしそれは全てが上手くいったときの話。『何か痕跡を見つける』、あるいは『賊の正体を探る』、『監禁されている場所を見つける』だけでも上出来です。リカルド氏も報酬を払ってくれるでしょう。」

 

「そうだ、よろしい。」

 

 そう言うと、フルートは再び森の中に目を向ける。まだ日が落ちるには遠いというのに、中は茂った葉に遮られて薄暗い。また藪がうっそうと茂っており、歩く隙間も見当たらない。山歩きなど慣れていない彼女は、どうしたものかと頭を悩ませていた。すると、チェロが前に進んで言った。

 

「まあ、ここは僕に任せてください。こういう森には獣が歩く道があるんですよ。そこは色んな獣が踏みつけるんで植物が育ちにくいんです。……ほら、あそこ。あの男が出てきたところの奥にも獣道が見えます。そこまで藪を切り開いていきましょう。」

 

「ほう。やるじゃないか。」

 

 チェロが剣でバッサバッサと藪をなぎ倒して進んでいくのを、フルートは後ろから感嘆しながらついていった。しかし、刃物が一本しかないから仕方ないとはいえ、剣で切るとは……。その辺に彼の大雑把な性格が見えていた。

 

「ふう、うん。やはり森の奥までつながってそうです。これを辿っていきましょう。」

 

「成程、しかし獣の通り道なら、道中で猛獣に出くわすかもなぁ。この辺には何がいるんだ。」

 

「さあ、馬車で来るとき鹿なら見ましたが……。ま、十分気を付けていきましょう。」

 

「いや待て。暗いからな。良い物を持ってきた。」

 

 そう言うとフルートはまたポケットを漁り始めた。彼女は不思議な品物を数多く扱っている。チェロもその全てを知るわけでは無いが、きっと今回も役立ちそうな商品を持ってきたのだろう。はて、ランタンだろうか。はたまた魔法の火の灯る蝋燭だろうか。果たして出てきたのは、小さなハンドベルだった。

 

「……なんです、それ?明かりじゃいんですか?」

 

「『人魂ランタン』~~~~ッ!!」

 

 デッテレーとでも音が鳴りそうなほどのどや顔でフルートはそれを見せた。チェロはそれに微妙な表情をしたので、彼女は少し咳払いをしてから口を開いた。

 

「これは人魂ランタン!人魂を呼び寄せる死霊術師の魔道具だ!まあ、見た方が早いだろう。それっ!」

 

 彼女がカラァンカラァンと死霊術にしては小気味のいい音を鳴らすと、途端にどこからか青い火の塊が集まってくる。一、二……いやもう全然数えきれない程である。その火はチェロの近くをもふよふよ飛んでいたが、火の癖にむしろ冷たく、生命を失った者の空白を感じさせた。それらの人魂は自由に飛び回り辺りを照らす。先ほどまで暗かった森が満月の光に照らされたように明るくなった。

 

「ま、こんな感じだ。人魂は冷たいから、木に火が燃え移る心配もない。こいつらを照明代わりに使っていこう。」

 

「はー、これは便利だ。しかしこんな死者を利用するなんて、罰当たりじゃないんですかぁ?」

 

「後で祈りでもささげてやればいいさ。元々こいつらは成仏できない霊魂なんだ。いつまでも現世をさまようよりも、私たちに使われて彼岸に渡るほうがいいだろう。」

 

「うーん、確かにそうかもしれません。」

 

 チェロが無事言いくるめられたところで、彼らは共に歩きはじめる。冷たく湿った土には、微妙に人間の靴跡が残っているのが見える。恐らくあのマナスとかいう狩人の物だろう。彼は血まみれで息を切らして現れた。つまり走って逃げてきたのだ。この足跡は、彼が何に襲われたのかの手掛かりにはなるだろう。二人は少しの緊張を抱えて、足跡を辿って森の奥へと進んで行った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 足跡をを何気なく辿っていく二人であったが、森の奥のある地点で状況は変わる。地面には木々の厚い根が張り巡らされ、足跡は完全に見えなくなった。フルートはそれを見て、何処かに足跡の続きはないかと探すが無駄だったようだ。その横でチェロは眉をひそめながら、キョロキョロと周囲を見回していた。

 

「おいおい、足跡が消えたぞ。何に襲われたのか分かると思ったのだが……。獣道には植物が生えにくいんじゃなかったのか。」

 

「そりゃあ全然生えないわけじゃあありませんよ。ここまで大きい根になると、動物が歩いたくらいじゃ折れませんからね。それより此処見てください。何か妙ですよ。」

 

 チェロが指を指したのは、一本のスラバの木、その幹である。指を指した部分は表皮が剥がれて、軽い虫食いのような穴になっている。フルートはそれを見ても何が何だが分からない。ただの年老いた木ではないかと思った。

 

「それがどうした?珍しい虫の巣か何かか?」

 

「『矢を抜いた跡』です。」

 

 チェロの言葉に、彼女は眼を鋭くする。矢を抜いた痕跡。それが本当だとしたら、何者かがこの場所で矢を射かけられたことになる。どうやらこの場所は当たりの様だ。彼らは敵の正体に近づき始めているらしい。

 

「確かなのか。」

 

「穴の周囲に幾つかの細い線があります。ナイフで矢じりを抉り出すとこんな形になります。思ったよりも矢が深く刺さったのを、非力なものが抜こうとしたんでしょう。……しかも一つだけじゃありませんよ。」

 

 彼らがあたりを見渡すと、確かに同じような傷が幾つかの木についている。それは四方八方に散らばり、見えるだけでも十数か所は見えた。さらに異様なのは、その矢傷が地面に生えた木の根に下向きにも幾つかついていることである。

 

「これも矢傷か?だとすれば射手は相当高い位置から撃ったことになるが……ふむ、そんな地点はないな。」

 

「そうなると木の上か上空ですか。」

 

 チェロは思わず上を見上げる。有難いことに木々は人魂の青く暗い光が照らしてくれていたため、様子はよく分かった。枝の位置は高く、登るのも降りるのも難しそうだ。射手は木の上に上り、どこかの丈夫な枝の上でバランスを取りながら撃った。あるいは何らかの手段で上空を飛行し、そのまま撃った。どちらにせよ尋常な相手ではない。

 

「いよいよ妖精説が濃厚になって来たな。しかし、そうとなるとマナスとかいう狩人はここで襲撃され、命からがら逃げてきたというわけか。」

 

「しかし彼の体に合ったのは矢傷ではありません。刀傷です。彼は何かに斬りつけられて負傷したのです。」

 

「ふむ。矢を大量に射かけられて、しかも熟練の狩人を斬りつけて追い回すだけのことが出来る。間違いないね。敵は集団だ。しかも想定したよりも大規模な、ね。もしかすると誘拐グループってのは組織のほんの一部分かもしれないよ。」

 

「な、そんな大人数には流石に敵いませんよ。」

 

「同感だ。……ん?」

 

 フルートは耳に微かに枝葉のこすれる音を聞いた。そして次の瞬間、急に地面を蹴りつける音がしたかと思うと、彼女の横から巨大な猪が現れた。牙は鋭く、それだけで彼女の腰ほども大きい。猪は首元の何か銀色の物を揺らしながら、他の者には目もむけず、フルートにまっすぐと向かって猛然と突進してきていた。

 

「フルート!!」

 

「ん。」

 

 フルートの短い言葉には、暗に任せろと言う言葉がこもっているようだった。彼女は何のためらいもなく銃を構えると、銃口を猪の眉間に向ける。

 

 

バキューン!

 

 

 銃が火を噴き、猪は悲鳴を上げてよろめいた。フルートが身をかわすと、猪はそのまま木に転げる様に突撃していき激突した。足をモガモガと動かしていたが、少したってから足をピンと伸ばして動かなくなる。油断なくもう一発ぶち込んでやろうかと銃を構えていたフルートであったが、息絶えたのを見ると短く息を吐く。彼女は辺りを見渡して他に猪はいないかを探した。どうやらこの一匹だけだったらしい。

 

「お見事!一撃ですな!」

 

「ふんっ、やはり獣が出たな。用意しておいてよかったが、しかし音が響いてしまったよ。何か面倒にならなければいいが……ん?コイツは?」

 

 そう言ってフルートは猪に近づいていく。途端、何かを見つけたように彼女の目の色が変わった。跪いて猪の頭の辺りを何やら調べ始めた。汚れるのを嫌う彼女が獣に触ろうとするのは珍しい。一体何を調べようとしているのだろう。チェロが後ろから覗き込もうとしたとき、急に彼の後ろの方からから声が響いた。より正確に言えば彼の後方、さらにそこから四十五度程上の方から声が響いた。

 

「おいっ何だ貴様ら!さっきの馬鹿でかい音はなんだ!?」

 

「なっ、こいつらは!?」

 

 チェロは思わず剣を構える。そこに居たのは小さな生物だった。身長は人間の腰ほどもないが背中には昆虫を思わせる羽が生えており、それが残像が見える程素早く動き、身体を空中に留めている。また全身を覆う革の外套と帽子を被り、両手には弓を保持し、それをこちらに向けている。さらに腰元にには鞘に収められた長剣も見える。(人間から見れば小さなナイフ程度であるが、彼らから見れば長剣だろう。)……そして一人ではない。見えるだけで五人ほどがこちらに弓を向けて、既に弦を引いている。飛行する羽音はヒュンヒュンと風切り音を鳴らし、それが重なって奇妙な笛の旋律にも聞こえる。彼らこそがこの黄金樹の森に古くから住まう森の王、『妖精族』である。

 

 

 フルートは猪に跪いたまま、ゆっくりと動く。敵意がないのを示そうとしているのだろうか。それを逆に警戒したのか、さらに弦の引かれる音を聞きながら彼女は口を開いた。

 

()()()です。驚かせてしまったなら申し訳ない。この獣に襲われたもので致し方なく、ね。」

 

「ハッポウ……?ええい、なんだか知らぬが何しに来た!貴様らは何者だ!」

 

 一人の妖精が猪にチラリと目を向けながらそう聞いた。その妖精は少し額に汗を浮かべながら、ギリギリと緊張のあまり歯を食いしばっている。そして緊張しているのはチェロも同じである。同時に五本も矢を射られたら、防ぎきれないかもしれない。いや自分一人ならばいい。しかしフルートも守るのは無理だ。それに他に隠れ潜んでいる者たちもいるかもしれない。そう考え、彼の額には汗が浮かぶ。この中で唯一落ち着いているのはフルートだけであった。

 

「私たちは『ゴーストハンター』です。もともとは観光で来たのですが、この森に異常発生した人魂を目撃したもので森に入ってきてしまいました。貴方がたの邪魔をするつもりはなかったんですよ。」

 

 フルートは抜け抜けと嘘を吐いた。その様子にチェロはごくりとつばを飲んだ。

 

「ふん、成程。ゴーストハンターか。この冷たい火の玉は『人魂』というのだな。確かに我々もこんな不気味なものには手を焼いていたところだ。」

 

 先頭の妖精がそう言うと、後ろの妖精たちの緊張もほぐれたように見えた。そして少しの沈黙の後、その妖精は小さな体に見合わない大音量で叫んだ。

 

「だが、ここから先は我らの領域だ!人間が立ち入ることは許されない!分かったらさっさと帰るんだ!」

 

「あなた方も人魂に手を焼いているらしいじゃありませんか。我々ならなんとか出来るかもしれないですよ。」

 

「調子に乗るな、人間!そんな事は我々で解決できる!撃ち殺されないだけ有難いと思え!この大事な時期に……。」

 

「余計な事を言うな!」

 

 後ろの妖精がそんな事を言ったのを、リーダー格らしい妖精は黙らせた。そして二人をじろりと睨むと再び弦を大きく引き始めた。今度はギリギリと弦が軋む音さえ聞こえる。

 

「貴様らの選択は二つに一つだ!撃ち殺されるか、黙って帰るかだ!いいか、これ以上何か余計な事を言ってみろ。その瞬間、貴様らの体は後ろの獣などよりももっと悲惨な死体となるぞ!!」

 

「……わかった。わかりました。もう何も言わないよ。」

 

 そう言って彼らはゆっくりと後ずさる。猛獣と出会ったときのように、武器には手をかけたまま油断なく後退する。少し経つと、木々が彼らの姿を覆い隠し、ついにはあの奇妙な笛の音も聞こえなくなった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 チェロは額の汗を拭うと、緊張のこもった表情からすぐに笑顔に変わった。彼の切り替えの早さはいっそ病的だ。きっと九死に一生を得た直後でさえ飯をたらふく食うのだろう。彼は何かをゴソゴソと探っているらしいフルートに向かって話しかけた。

 

「いやあ、お見事!上手く切り抜けられましたね。しかしこれからどうします?」

 

「森の奥へ行く。」

 

 フルートが端的に言うのを聞いて、彼は驚いた。何せ十中八九、帰るという返答が返ってくると思っていたのだ。そもそも当初の予定では、様子を見てくるだけだったはずだ。この急変には少なからず驚かせられた。

 

「森の奥って……急にどうしたんです?」

 

「君の目は節穴か。ここが頑張りどころだぞ。」

 

 フルートは銃の中から使用した薬莢を排出し、そのスペースに一発弾を装填しながら答える。彼女の声は低めで抑えられ、どこかに密偵がいないかを警戒しているかのようであった。

 

「あの猪には首輪がついていた。つまりはあれは家畜なんだ。恐らくあの妖精共の所有物さ。……しかし自分たちの家畜が撃ち殺されたっているのに、それに言及せずに追い返そうとした。一刻も早く私たちに立ち去ってほしかったんだ。」

 

「首輪……。」

 

 そう言えば、猪の首元に何か銀色に光るモノを見たような気がした。あれは首輪であったのか。そう思い返しながら、フルートの方を見る。すると彼女はニヤニヤと笑いながら、チェロの方を向いていた。

 

「つまりあいつ等は何か見られたくないものを隠している。奴ら、マジに誘拐犯だろう。私たちが事情を知らない旅人だと聞いて、明らかに安心してたからな。こりゃあ、報酬もがっぽりもらえるかもな。」

 

「成程、つまり奴らが行かせたがらなかった森の奥の方にフィロア嬢は監禁されていると。そういうわけですか。」

 

「そうだ。だが確かな場所はわからない。……私の言いたいことが分かるな?」

 

「勿論。追跡しましょう。さっきの妖精たちを!」

 

 その返答を聞いて、フルートは満足そうに頷いた。そして腰もとに着けた鞄から濃い緑色の『薄手の布』を二枚取り出した。それを見て、チェロは少々興奮したように問いかける。

 

「おお!それには一体どんな効果があるんですか?」

 

「……いや、ただの布だ。追跡するんだから、君もこれを羽織りたまえ。」

 

「……。」

 

 少々微妙な空気が流れたが、ともあれ彼らはこうして森の奥へ行くこととなったのである。

 

 

 





『人魂ランタン』:
 見た目は小さなハンドベル。鳴らせば辺り一帯の土地に居る成仏できない霊魂を呼び寄せる。人魂は青く光る炎のようになっていて、またその火は死者の国の冷たい炎である。この性質に目を付けたある死霊術師が夜道を歩く友としたのを、フルートが買い付けた。しかし見た目は美しく神秘的なところもあるが、所詮死者を弄ぶ外法であるので、あまり買い手はつかない。フルートも多少の罪悪感と呪われたりしたらいけないということで、使用後は本当に祈りをささげている。
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