彼らは天下の回りもの ~目指せ億万長者!守銭奴商人と御者の冒険~ 作:庭鳥
今回はちょっとだけ戦闘シーンがあります。戦闘シーンは書いてても楽しいです。
追跡において森の中というのは、実はあまり向いていない。茂った枝葉のおかげで視線は遮られてはいるが、音を鳴らさずに進める道を見つけるには難儀するし、もし獣に襲われても追跡中では迂闊に武器も抜けない。ましてや、その追跡する対象が空を自由に駆け回り、木もぬかるんだ地面もものともしない妖精達ともなれば。見れば妖精たちの速度は速く、既に小さな影が遠くに見えるのみだ。妖精を警戒していたため一言も話さなかったフルートとチェロであったが、ついにイライラしたようにフルートが低く囁き始めた。
「おい、随分引き離されてしまったぞ。このままじゃ見失う。なんかアイディアはないのか。」
「無茶言わんでください。そんなのがあったらもう実行してますよ。」
フルートがそれを聞いて「むう。」と不満げな声を漏らす。黄金樹の森と言えど、黄金色なのはスラバの樹だけで他の植物は異なる。地面の方には緑色の植物が多数生えているのだ。彼らは緑の布を体に頭から被り、見事に緑の中に溶け込んでいた。またチェロが先導し、なるべく歩きやすく木々の少ない道を選ぶ。彼らは音を出さない様に妖精を追跡していた。チェロもまた、不満げな相棒の様子を見ると声を抑えながら短く言った。
「まあしかし、この距離がいい。大体の方向はわかってますし、これだけ離れていれば声も木々を折る音も聞こえません。」
「そうかい。しかし、こうも視界が悪いと困りもんだね。すぐに奴らの姿が見えなくなる。こちらの姿も見られないのは良いことだがね。」
そう言ってぼやくフルートであったが、その耳に何か音が聞こえてくると自然と口数が減った。その音は奇妙な……そう、どこかで聞いたことのあるような、ああ、何の音であったか。彼女はそのように思っていたが、頭の中に一つの可能性が思い至る。そうだ、これは森の傍で聞いた奇妙な歌だ。それが笛の音と共に風に乗って聞こえてくる。それらは奇妙ではあるが、どこか美しい音を醸していた。しかし、その笛の音が妖精の羽音であると知った今では、心の奥底に氷のような冷たさを与えてくるのである。
「おいおい、なんだこの音?大きいぞ。一体、何匹妖精がいるんだ。」
「静かに!森が開けてます。一体これは……!?」
急に木々に覆われた森が開ける。見るとそこは森の一部が切り開かれて円形の広場のようになっている。そしてその中では、いくつかの木製の建築物が
「……ええ、そうです。『長老殿』。我らが逃げた『ドロカワ』に追いついたときには人間に既に始末されていました。この祝いの日に申し訳ありません。」
「いや、よい。貴様の責任ではない。『ドロカワ』は惜しいが、な。しかし人間を見たのはどの方向かね。」
ひげを蓄えた妖精がそう答える。チェロとフルートは木々に隠れてそれを見ていたが、フルートは笛の音がうるさいのか会話を聞き取るのに四苦八苦しているようであった。しかしチェロは意識を集中し、口の動きとも合わせてはっきりと彼らの会話を聞き取った。
「東の方向、森の中腹程です。しかし奴ら、ゴーストハンターを名乗っていましたが妙でした。女の方は奇妙な武器も持っていましたし……。」
「うむ。十中八九、そいつらは敵じゃろう。我らを嗅ぎまわりに来たのだ。」
「むっ、長老殿。なぜそうも言い切れるのです。」
「この『人魂』が東の方向から現れたからじゃ。」
「……!!」
対面した妖精は驚いたが、それはチェロとフルートも同様であった。完璧に言い当てられている。あの髭の妖精、中々の切れ者のようだ。奴の前では、最早迂闊に森を歩くことなど出来ないだろう。そう思わせるだけの迫力と知性を感じさせられた。
「次にそいつらを見かけたら『殺して』よい。他の者にも伝えよ。森で今後人間を見かけたら、全て殺せ……とな。」
「はっ、かしこまりました!あ、あの……その。」
「うむ、緊張せんでよい。お前は優秀な男じゃよぉ。わかっておる、わかっておる。」
「はっ、でしたら失礼ながら!……よろしいのですか?奴らは旅人です。この森で消えたとすれば、恐らく人間が黙っていません。もしや王国の軍隊が動くやも……。」
「ほっほっ。たかが旅人が一人二人死んだところで、腰を上げる人間の王などいないよ。それに……まあよいではないか。いずれそうなる。……我らの『妖精帝国』の樹立のためにはな。」
盗み聞いていたフルートとチェロは、それを聞いて衝撃を受ける。この長老が言ったのは、いやこの思想は……なんということだ。これは誘拐事件などではなかったのだ!彼らはそう思った。
「おいおい、なんてこった!奴ら、フィロア嬢は『脅し』のために誘拐したんだ!自分たちの国家の樹立のために、政治的な取引材料にするつもりだ!」
「成程、しかし誘拐されたのは領主代行の娘ですよ。王国がそれぐらいで妖精に土地なんてくれてやりますかね。」
「いいや、多分取引するのは帝国じゃない。リカルド氏だ。奴ら、リカルド氏に言うことを聞かせてリャードの村を乗っ取る気だろう。実際の政務を自分たちで取り仕切り、軍資金を貯める。……ここは田舎の観光地だ。視察の役人もほとんど来ない。だがそこそこ金が集まる。傀儡にするにはもってこいの場所だ。」
「そんなに上手くいきますか。誰かが途中で助けを呼ぶかも。」
「まあそこは上手くやるだろうが……しかし、一時しのぎでいい。どうせいつかはばれるからな。連中はそうなったらいよいよ事を構える気だろう。金で傭兵を雇い、各地に隠れ住む妖精を集める。全面戦争をする気だ!いずれそうなるとはそういう意味だ!」
「……。」
チェロは額に汗を浮かべて青い顔をする。思った以上に大事に首を突っ込んでいたようだ。緑の布の奥で相棒も同様に緊迫した表情を浮かべている。しかし、彼女はチラリと妖精達の方を見てから言った。
「しかし、そうはならない。私たちが計画を聞いたからな。今すぐ戻り、リカルド氏にこの事を報告しよう。この情報にはそれだけの価値がある。」
「待ってください、フィロア嬢は?」
「それどころじゃないのは分かるだろう。第一、何処にいるのかわからない。」
「いえ、それならもう見つけました。」
「何だとっ!?」
フルートは思わずチェロに詰め寄る。彼は落ち着いて彼女を受け止めながら、その顔の前にすっと指を出す。そして彼は積み重なり、吊り下げられた妖精の建築物、その中ほどにある一軒の家を指さした。そこは両脇にこれ見よがしに剣を羽織った妖精が待機しており、その眼光は鋭い。そしてその周辺をたくさんの妖精が飛び回っており、確かに何か大事なものを収めているという感じではあった。しかしフルートは渋い表情をしてから口を開いた。
「確かに警備は頑丈そうだが、しかし他にも警備が厳重なところはある。武器庫かもしれないし、食料庫かもしれない。そんな分の悪い賭けはできない。」
「いいえ、あそこにフィロア嬢はいます。別に僕は警備の固さから見抜いたわけじゃありません。……妖精たちの視線を見てください。近くを警備している連中だけじゃない。全員がチラチラとあの建物を伺っています。物珍しいんですよ、人間がね。連中は見慣れないものをあそこに隠してます。」
「……たしかに。ああ、うん。よく分かった。」
そう言ったフルートであったが、まだ方針を決めかねているようであった。しかしよく考えれば、急いで帰る必要はない。少し、フィロア嬢を救出するタイミングを伺ってもいいかもしれない。そのように思ったようであった。
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しばらく二人はそのまま監視を続けていたが、一人の妖精が件の家の前に来たのを見つめていた。その妖精の手には何か白く清潔そうな布があり、もう片方には湯気が立ち上る桶を抱えていた。妖精という奴はだいたいが童顔で性別は外見ではわかりづらいが、戦闘には向かなそうなヒラヒラとした服装をしていることから女中のように見えた。彼女はニ言三言、警備の妖精と話していたが、道を開けられすっと中に入っていった。
「見たか。」
「見ました。捕虜となっているフィロア嬢を世話するための人員でしょう。」
二人はそう短く話す。タイミングを見計らっていたが、最早疑う余地もなし。あの建物にフィロア嬢がいるのだ。ならば考えるべきは、どうやって救い出すかである。妖精たちは、先ほどの長老とかいう妖精の命令で人間を捜索しに行ったのか、初めに来た時よりは手薄になっている。しかし見えるだけで数十人ほどの妖精が飛び回り、辺りを警戒している。勿論、こちらは二人だ。まともにやりあっても勝ち目はない。どうにか隙を作る必要がある。
「守りは厚く、警備も厳重。陽動が必要だ。」
「そうですね。あの……もしかして僕に囮になれって言ってますか?」
「いや、君では不十分だ。」
「……。」
黙ったチェロをよそ眼に、フルートは何かゴソゴソと鞄を探り始める。その中から取り出したのは、小さく動いている……小鳥のような物だった。しかし普通の鳥と違うのは、羽毛もなく、目も口もないということだ。光沢のあるのっぺりとした粘土細工で出来た顔のない鳥のように見えた。フルートはそれを見て、少し悩むようなそぶりを見せてから、チェロの前に出した。彼がそれは何かと聞く前に、彼女の方から話始めた。
「爆弾ゴーレムだ。名前がないので『キツツキ爆弾』と呼ぼう。開発者が失敗作だと断じたものを買い叩いたものだ。」
「失敗作ですって?」
「そうだ。元々は敵地に侵入し、敵を爆破する小型の爆弾人形にするつもりだったらしいが、このサイズでは鳥並みの知能のものにしかならず、勝手に飛び回って勝手に木をつついて自爆するという無差別兵器になってしまったらしい。商品としてはゴミだが、陽動にはなるだろう。」
「……それを持ってきてるってことは、初めから娘さんの救出も視野に入れてたってことですよね。」
それを聞くと、フルートは「ふんっ。馬鹿を言え!」とそんな事を言った。彼女はどこか自身を褒められるのを嫌う。ただ照れているだけなのだろうか。それとも露悪的にふるまっているだけなのだろうか。チェロはそんな事を考えていたが、今はそれどころではない。そう思いなおして、作戦に耳を傾けた。
「いいか、作戦はこうだ。スピードとタイミングが重要だからな、この作戦は。」
「ふむふむ。……え?それで上手くいきますかねぇ。」
耳を寄せて作戦を聞いたチェロは、そんな風に胡乱な表情を浮かべる。しかしフルートは顔を仏頂面にすると、チェロに向かって口を開いた。
「それなら代案を出せ。私としてはフィロア嬢は置いて帰ってもいいんだぞ。」
「……いえ、失礼しました。それでいきましょう。」
元よりチェロは作戦などを考えるのは得意な男ではない。そのような役目はこの相棒の女に任せるに限る。そのように考える男であった。ともあれ彼らは作戦を実行するようである。
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妖精たちは、そもそもは享楽的な性格で組織立ったこのような環境は好まない。好きなように生き、好きなように家族を作り、好きなように死ぬ。それが彼らの平均的な一生だ。しかし、こうも統率が取れた軍隊のような一団になっているのは、ひとえに長老と呼ばれた古参の妖精のおかげに他ならない。彼はバラバラだった妖精をまとめ上げ、そして一つの目的を目指して歩ませ始めた。……つまりは何だという話であるが、つまるところ彼らはそんなに賢いわけでは無いという話なのだ。
「貴様らっ!人間がいつ攻めてくるやも知れんのだぞっ!無駄話などしているんじゃない!」
「は、はいっ。」
そう返すのは、少々気が緩んだようにさぼっていた妖精である。本当に緊張感のない奴らだ。そんな風にリーダー格の妖精は考える。彼は妖精には珍しく真面目な気質であった。そのため妖精たちの実質的なまとめ役を任せられていた。しかし、つい先ほど我らの事を嗅ぎまわる人間が現れたばかりだというのに、本当に仕方のない奴らである。この計画が失敗すれば、我々は終わりだということを分かっていないだろうか。失敗すれば、間違いなく人間に報復される。……恐ろしい。恐ろしい。彼は小さく身震いする。彼は真面目であった。だがその真面目さの源は、深い人間への恐怖心からであった。彼は真面目さ以上の臆病さを持っていたのだ。
だからこそ真っ先にその音に気づいた。カカカカカカン、カカカカカン。そのような音が聞こえた。キツツキが木を叩く音だ。別に不思議がることもない。この森にはたくさんの鳥類が生息しているからである。カカカカン、カカカン。再び音が聞こえた。その途端、彼は何か違和感を感じた。なんだ、この音は?まるで嘴よりも柔らかいものを打ち付けているように妙な音だ。彼はそのように思った。カカン、カン。……さっきよりも音の回数が減っている。何か、何かおかしい。その時、風に乗って妙な香りを感じた。この香りは……あの女がハッポウとかいうのをしたときに感じた匂い!!
「何か妙だぞ!気を付けろ!」
「えっ?」
森の中で巨大に膨れ上がった風船がはじけた様にすさまじい爆音がした。その途端、吹き飛ばされた木の枝がこちらに向かって飛ばされてくる。リーダー格の妖精は、それを何とか躱して、未だ爆風が吹き荒れる方向を見た。木が何本か中ほどから折れていて、美しき黄金の枝葉を地面に垂らしていた。爆発……?人間の兵器か、それとも何かの魔法か?なんにせよ長老に判断を仰がなくては、そのように思った。近くにいたサボり妖精も呆気に取られていたが、ようやく我に返って口を開いた。
「な、なんですこれは?一体?」
「わからん。長老に指示を仰がねばならん。全員持ち場を……。」
それを言い終わる前に、森の方から鋭い声が聞こえた。切羽詰まったようにどもった声である。
「敵襲だー!!」
「な、なんだと!?」
リーダー格の妖精は、そう叫んだ。敵襲?それが本当なら指示を待っている暇などない。すぐに向かう必要がある。
「人間が攻めてきた!!大勢でだ!!何人かもうやられた!!すぐに『全員』救援に来てくれ!!」
「なんてことだ……こっちだお前ら!付いて来い!」
「は、はいっ。」
彼らは急いで声のした方に向かう。無論、周りを見ている暇などなかった。その声が聞こえたのが、『爆発の位置よりも随分近い』ということにも、『聞いたことのない声』であったのも気づかなかった。森の中から、妖精が通り過ぎたのを見計らい、こそこそと集落に忍び寄る影が見えた。
「いやあ、上手くいきましたね。」
「油断はするなよ。さっさと済ませてしまおう。いつ戻ってくるかもわからん。」
無論、話している二人の影はフルートとチェロである。キツツキ爆弾で隙を作り、嘘の報告を行って妖精を誘い出したのだ。その隙にフィロア嬢を救い出す。それがフルートの考えた作戦であった。初めはこんなちんけな作戦に引っかかるものかと疑っていたが、上手くいって一安心といったところだろうか。何より、あの切れ者の髭の妖精が居なくてよかった。そのようにチェロは思っていた。彼はその持ち前の身体能力で吊るされたツタを猿のように伝って、住居の足場に飛び乗った。妖精サイズの建築物なのでずいぶん狭く、腰を屈ませねば進めぬほどであるが、件の監禁場所は人間の虜囚を入れるためなのか、他の建物よりも広く作られていた。彼はフルートが昇れるようにツタを剣で切ってロープ代わりにしてから、その監禁場所と思われる場所の扉をガチャガチャと動かし始めた。
「フルート、鍵がかかってます。」
「気にするな。どうせ木製なんだ、ぶっ壊せ。」
蔦を何とか上ってきたフルートがそう答える。チェロが扉に体当たりすると、いとも簡単にその扉は壊れる。見事な建築ではあるが、耐久性は度外視しているようであった。そして中に入ると、いた。正面のベットには、何か薬でも飲ませられたのだろうか?寝息もたてず深い眠りについている金髪の小柄な少女が見えた。リカルド氏から話に聞いたフィロア嬢の通りの容姿である。監禁場所とは思えぬほどに熟睡している。いや、ここが結構牢獄にしては快適そうな場所だという方が正しいかもしれない。扉に鍵こそついていて窓にも鉄格子がはまっているが、絨毯もしかれていて、奥の方に他の部屋も見える。暮らそうと思えば、一生だって住める部屋の様だ。妖精はずいぶん長いことの監禁を考えていたらしい。
「良い部屋だ。すぐには用意できない。これはやはり計画的な……年単位の準備がなされた計画の様だ。」
「僕らが連れ帰るんで無用の長物になりますがね。……目を覚ましません。しょうがないんで担いでいきますか。」
「よし。さっさと戻ろう。」
ここまで侵入してからわずか一分ほどの短い時間であった。作戦としては子供だましであるが、このまますぐに森に逃げてしまえば、いかに森に通じた妖精達と言えど追跡は難しくなる。後はどれだけ距離を取れるか……二人の作戦はそんなところであった。しかし、しかし思い出してほしい。全員救援に来てくれと言った。その言葉通り、見張りの妖精も嘘の報告につられて行ってしまった。それは良い。しかし、救援なのだ。救援などできぬ者は、ただ隠れて震えていることしか出来なかったのだ。
「ま、待ちなさい!」
「え!?」
いきなり発せられた声に、二人はビクリと硬直する。その声の主は部屋の奥、開け放たれた扉の奥に立って小さなナイフを構えていた。彼女は確か、フィロア嬢の世話人の妖精であったはずだ。非戦闘員であるため隠れていたが、虜囚が連れていかれようとしている緊急事態は許容できなかったのだろう。彼女は震えながらであるが、気丈に声を出して二人に牙をむいた。
「て、手を出させたりはしないわ!置いていくのよ!その人を!」
「……どうか落ち着いて下さい。何もしなければ、貴方の命もお仲間の命も保証します。僕らはただこの人を連れ帰りたいだけです。だから……。」
「黙りなさい!そんな口車で惑わされたりしないわ!」
「ええい、問答無用ですか!」
こちらに駆け寄ってくるその妖精に向かって、チェロはそう言いながら腰元の剣を抜く。騒がせるわけにはいかない。非戦闘員相手と言えどもやるしかない。彼はフィロア嬢をフルートに預けて、剣を構えてから言った。
「フルート、先に逃げていてください!この騒ぎを聞きつける者がいるかもしれません!」
「了解、だがすぐに追いつけよ!」
そう言うとフルートは、フィロア嬢を抱えたまま蔦をどうにか降りていく。体力に余裕のない彼女ではあったが、フィロア嬢が成人しているとは思えない程小柄で助かった。一方室内ではチェロが妖精のナイフの一撃を難なく躱し、その隙をついて斬りつけようとした。しかし妖精は勢いそのままに羽ばたいて、剣の射程外に逃げた。それを見てチェロは思わず舌打ちをする。妖精とはどうやら天性の格闘センスを持っているらしい。こうしている間にも、貴重な時間は過ぎているというのに……。そのように彼は思った。妖精は空中でホバリングして止まり、怒りの炎を目に宿らせたようにチェロを睨みつける。
「今度は逃がさないわ!」
「こちらのセリフだ!」
そう言ってチェロは、今度は剣を真っ直ぐ構えたまま突進してくる妖精を待ち受けた。今度は避けない。防御して足を止め、その隙を叩く。彼はそのように思った。しかし妖精も何か考えがあったようである。彼女は腰元のポケットに一瞬だけ手を入れると、次の瞬間には手を上に滑らせ、そこから何かを勢いよく放り投げた。
「なんだ!?」
「ふふっ!」
それは『金色の木製の鍵』であった。勢いよく飛んできたそれをチェロは反射のままに剣で弾いて防御してしまう。それによってチェロの剣は防御の構えから左に大きくそれてしまった。……体勢が崩れたのだ。防御のための体勢が!!
「勝った!!死になさいっ!!」
「ええい!!」
勢いよく突っ込んできた妖精の攻撃に間に合わないと思ったチェロは剣を手放した。代わりに左の腰に着けられた鞘を左手で掴むと、それを妖精に向かって思いっきり振り上げた。
「え?鞘……ぶふうっ!?」
「ふんっ!!」
そのままチェロは鞘を振り抜き、妖精を吹き飛ばした。妖精は思い切り壁に激突して、目を回して動かなくなる。チェロは思わずため息を吐いた。実のところ、彼にとって戦闘訓練も受けていない敵など特に苦戦する要素などなかった。しかし早く、静かに勝負を決めることにのみ意識が集中し、相手を侮った。それが今回のような戦いの原因になってしまった。
「全く、少し時間を喰ってしまいました。さっさと逃げないと……。」
急いで外に出た彼はきょろきょろと辺りを見回す。とりあえずフルートと早く合流しなくては……。そのように考えていた彼であったが、耳に聞こえてきたのは妖精たちが飛び回る羽音である。彼はすぐに扉に張り付き身を隠した。扉の隙間からこっそりと外を覗くと、笛の音のような羽音と共に、妖精たちが同じ方向に向かって飛んでいるのが見える。こちらに目を向けないことから、どうやら『何か』を追っているようである。
「これはどうやら不味い状況の様だ。」
彼はそう呟くと、妖精が飛び去ったのを確認してから、急いで住居を飛び降りる。まだそう遠くには行っていないはずである。相棒の無事を祈りながら、彼は地面を蹴った。
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少し前のころ、妖精たちは謎の爆発が起こった地点にたどり着いていた。リーダー格の妖精がそこに油断なく弓を構えながら立ち入っていった。だが、爆発で何人かの妖精が負傷したようではあったが、そこには敵の姿は影も形もなかった。戦闘はどうやら終わっているようだ。そのように彼は考えた。そのため少し気が抜けたように息を吐いたが、長老が口元に手を当てながら爆破跡を調べているのを見つけると、駆け寄った。
「長老殿っ!ご無事でしたか!」
「ああ、君もな。」
そう言いながらも、長老は爆破跡から目を逸らすことなく調べ続ける。そして地面から焼け焦げた何かを拾うと、それを睨んでから投げ捨てた。
「魔術の痕跡が刻まれた粘土片だ。我々に向かっての攻撃とみて間違いないだろう。」
「人間の仕業ですか?」
「それはわからん。その可能性は高いだろうがな。」
それを聞くと、リーダー格の妖精は妙な顔をした。人間の仕業かわからないとはどういうことだろう。人間が攻めてきたのではないのか。長老殿が人間を追い返してくださったのではないのか?彼はその表情のまましばし呆けていた。
「どうした?妙な顔をして……?」
「い、いえ……。人間が攻めてきたと聞きましたので。恐らく早とちりした妖精が報告を間違えたのでしょう。」
「何?わしはずっとここにおったが、そんな話は初めて聞いたぞ。」
「何ですって?」
彼は怪訝そうな顔をする。一体これはどういうことであろうか。勘違いしたにしても、爆破跡で叫んだのではないのならおかしいではないか。では一体どこの誰が人間が攻めてきたなどという報告を……?そこまで考えた時、長老が何かに思い当たったように苦い顔をして口を開いた。
「村に妖精は残っておるか?」
「い、いえっ!恐らく全員来ているかと!『全員』救援に来てくれと報告では……。」
「狙いは村の方だッ!今すぐ戻れッ!」
長老の鋭い声が響くと、ようやく事態を理解したのか妖精たちは急いで村に戻っていく。距離としてはそこまででもない。しかし森の密集した木々の中を全力で飛ばすわけにもいかない。ただの少しの距離が、少しの時間が永劫に近しい程もどかしく感じた。リーダー格の妖精の胸の内にあったのは、自身の失態を恥じる心でも、叱責を恐れる心でもなかった。ただあの人間の邸宅から連れてきたフィロア嬢が攫われていたらと考えると、腹の底から震えが止まらないのであった。
数分かけて村に戻ると、監禁場所の扉が無残に破壊されているのが見えた。遅かった……。そこまで考えた時、森の木々の中で揺れる金色の髪をみた。黄金に色づいたスラバの森の中にあっても、なお目立つ美しき髪色。彼らがそれを見逃すはずもなかった。
「森の中にいるぞ!!警備の者は残れ!!それ以外は全員付いて来い!!」
長老がそう叫ぶ。その指令の元、飛び立つ無数の妖精達はさながら巣を攻撃されて怒った蜂のようであった。空を瞬時にたくさんの影が覆い隠す。人間たちの手番は終わり、これからは妖精の手番が始まる。ハンティングの時間である。
『ドロカワ』:妖精たちの猪の呼び名。恐らく泥浴びをすることからつけられたのだろう。