彼らは天下の回りもの ~目指せ億万長者!守銭奴商人と御者の冒険~   作:庭鳥

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 この辺から起承転結の転のあたりでしょうか。第五話、はじまります。




天秤の巫女

 

 

 フルートは未だ目覚めぬフィロア嬢を抱えて、息を切らしながら走っていた。いつ妖精が戻ってくるともしれない。そう考えれば自然と足も速く動くというものだが、体力に自信のあるわけでは無い彼女は人を抱えながら走り続けられるとも思えなかった。早くチェロが戻ってきてくれればいいのだが。彼女はその様に考えていたが、遠くから笛の音が聞こえてくるとビクリと体を硬直させる。妖精の羽音だ。しかもそれが真っすぐ彼女の方に向かってきていたのだ。

 

(おいおい、もう補足されたのか?どうする。隠れるべきか?逃げるべきか?)

 

彼女は走りながらそれを考える。どうするべきか。この場合の最適解とは何か?隠れる?いや、駄目だ。真っ直ぐこちらに向かっているってことは大体の場所はばれているんだ。人海戦術で探されればさすがに見つかる。逃げ続けるか?速度で負けているのに?フルートがそこまで考えた時、妖精たちの羽音が突然止まった。彼女は息を少し吐いてから足を止めて振り返る。そこには既に妖精たちが弓を構えて浮かんでいた。たくさんの妖精たちの中から、大きなひげを蓄えた妖精が前に進み出てきた。あの長老とか言われていた切れ者の妖精だ。

 

「見知らぬ人間よ。見事な手腕であったと褒めようか、それともまんまと騙された我々が間抜けだったというべきかな?」

 

「両方だよ。私が凄いのはもちろんだが、お前らが底抜けに間抜けなのさ。」

 

「ふぁっふぁっふぁ、この状況で言いよるわ。」

 

 長老は大きな声で笑ったかと思うと、次の瞬間には冷徹な処刑人のごとき顔に変貌した。フルートは周りを辺りをちらりと伺うが、囲まれていてどうに逃げ場所が見当たらない。いつの間にか包囲されていたようだ。長老は冷徹な表情のまま極めて静かにフルートに問いかけた。

 

「背負っているその者をこちらに渡せ。さすれば貴様の命は助けてやる。」

 

「嘘だね。どうせ渡した瞬間殺す気だろう。弓を向けているのがいい証拠だ。」

 

「ふむ。それはもしかして交渉のつもりかね?どうも君は理解をしていないらしいな。」

 

 長老の目が冷たくフルートを見つめる。冷たい死の予感が彼女の動悸を自然と早くした。長老は静かに話しを続けた。

 

「その者を渡せ。貴様を殺すことなど容易いし、我々も一々躊躇ったりはしない。しかし我々が弓引かぬのは、ただ貴様の背にある方を万が一、億が一にも傷つけるわけにはいかないからだ。」

 

「ずいぶん人質を大事にしているらしい。そんなに人間が恐ろしいか。」

 

 フルートはそのように返す。挑発をしながら、彼女は時間を稼ごうとしていた。しかし、どうにも目の前の老齢の妖精には効果が薄いらしかった。彼は少しだけ黙ると、小さく息を吐いた。そしてギロリとフルートを睨むと、静かな怒りを滲ませながら口を開いた。

 

「これが最後だ。その方を、渡せ!口答えは許さない!交渉も受け付けない!わかったらその方を置いて帰るんだ!……それとも土に還るか?」

 

「……。」

 

 フルートは黙った。そして自問した。そもそもフィロア嬢を救うのが私の望みであったのか?私はこの村にはただ商売に来ていただけのはずだ。この状況からどうやって彼女を助ければいいというのだ?頭の中で後ろ向きな思考が巡る。……見捨てて一体何が悪いというのか。そのように彼女は思った。フルートは最早、フィロア嬢を置いて逃げかえることに心が傾き始めていた。そしてそれを腹に決め、フィロア嬢を支える腕を下ろそうとしたとき……。

 

「後ろです!!」

 

「なにっ!?」

 

 フルートは思わず後ろを向く。いつの間にか剣を抜いた妖精が静かに飛行したまま、彼女ににじり寄っていた。その妖精は声に一瞬驚いた様子であったが、フルートと目が合うと途端に覚悟を決めた様子で突進してくる。……初めから生かして返す気はなかったのか。フルートは額に汗を浮かべてそのように思いながら、銃を抜く。剣の切っ先はフルートの目と鼻の先まで迫っていたが、ギリギリのところで銃を向けるのが間に合った。

 

 

 銃撃の音が響き、辺りの妖精が一瞬呆然とする。フルートの後ろにいた妖精は、頭から血を吹き出して地面に倒れ伏した。そして銃声が響いた瞬間、今まで寝ていたフィロア嬢の体が跳ねた。どうやら発砲音をまじかに聞いたことで驚いて飛び起きたらしい。

 

「な、なんですの!一体なんですの!」

 

 フィロア嬢はそのように喚く。しかし、その言葉に答えている暇はない。フルートは荒く息を吐いていたが、次の瞬間勢いよく駆けだし始める。初めから殺す気であったなら、最早考える必要なし。それを見た長老は鋭く声を上げる。

 

「殺せっ!」

 

「はっ!!」

 

 妖精たちはそれを聞き、弓矢を放とうとした。しかし彼らはこちらに放物線を描いて飛んでくる銀色の物を見た。どうやらあの人間の女が何かを投げたらしい。フルートはその銀色の玉に銃で狙いをつけ、そしてなぜか『目をつむって』から発砲した。飛び去った弾丸は、銀の玉にぶち当たり、その中に秘められた何かが弾けた。

 

「うおっなんだこれはっ!?」

 

 あたりに目も眩むばかりの光が広がり、思わず妖精たちは目をつむる。光は数秒で収まったが、強い光を直視した妖精たちはなかなか視力が戻らない。、何か目くらましをされたのだと理解し始めた時にはフルートはそこには居なかった。長老は思わず歯ぎしりをして、怒声を上げる。

 

「散開して追うのだ!絶対に逃がすな!」

 

「はっ!」

 

 妖精たちが飛び去り、そこには顔に深いしわと、強烈な怒りを刻んだ長老だけが残った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 フルートは息を切らせながら走っていた。最早体力など考えている場合ではない。妖精たちの羽音はバラバラに飛んでいるので、こちらの位置はまだばれてはいないらしいが、それも時間の問題だろう。なにせ向こうはこちらが走るよりもずっと早く、空を駆けてくるのだ。フルートはそのように考えていた。

 

「あ、あの!?貴方は一体?これはどういう状況なんですか!?」

 

「どうか黙っててくれ!こっちも精いっぱいなんだ!」

 

 フィロア嬢の質問に、フルートは苛立たしげにそう返す。しかしその声に反応したのか、こちらに向かって飛んできていた妖精の一人と目が合った。まだ距離はあるが、それは最早問題ではない。その妖精が息を吸い込むのが見えたので、フルートは額に汗を浮かべながら銃に手を伸ばす。しかし、その直前に何処からか飛んできた矢が妖精の首元に音もなく刺さった。その妖精は一瞬信じられないような顔をした後に、ふと魂が抜けて地面に静かに墜落した。

 

 フルートが状況をつかみかねていると、藪の中から一人の男が現れた。弓を構え、狩衣に身を包んだその男は彼女の相棒、チェロではない。思わず彼女は銃を向けかけるが、しかしどこかで見覚えがある。はて何処であったか?そのように考えていたが、フィロア嬢が先に嬉しそうに言った。

 

「マナス!マナスじゃない!」

 

「ああ、フィロア……。無事で良かった。」

 

 そうだ。よく見ればあの血まみれで倒れていた、フィロア嬢の婚約者だというマナスとかいう男である。まだ動ける状態ではなかったと思っていたが……。彼はフィロア嬢としばらく見つめあっていたが、フルートに向き直ると、真面目な顔で口を開いた。

 

「僕はマナス。狩人のマナスです。リカルドさんから事情を聴き、急いで追いかけてきた次第です。」

 

「さっき私を助けてくれたのは君か。」

 

 フルートの問いかけにマナスが頷いて肯定する。先ほどの警告が無ければ、彼女は後ろから刺殺されていただろう。それを助けてくれたのは彼であるようだった。フルートはようやく警戒を解いたのか、フィロア嬢を放す。すると彼女は嬉しそうにマナスに駆け寄った。マナスは愛おしそうにフィロア嬢を抱きしめ返す。そしてしっかりとその手をつなぎとめると、フルートに向かって言った。

 

「色々話したいことはありますが、ゆっくり会話している場合ではありません。こちらへ!森の抜け道を案内します!」

 

「あ、ああ!」

 

 彼らはそうして駆けだし始めた。抜け道に入ってみると、そこは何か洞窟のようなものであり、突き出た木の根があたりから飛び出た土の道であった。上空からは見えず、妖精達から逃げるには都合が良いというわけだ。ここには人魂も入ってきていないので薄暗いままなのであるが、慣れているのか右へ左へマナスはぐいぐいと進んで行く。フルートは置いてきてしまった相棒を心配しながらも、マナスの後ろを進み続けていた。

 

「マナス!私たち一体何でこんなことをしているの?私、一体何が何だか……。」

 

「眠っていたので気づいていないんでしょう。フィロア嬢、アンタは誘拐されたんだ。さっき飛び回ってた妖精共にな。」

 

「そう。彼らは危険だよ。僕も一度は襲われてしまったんだ。でももう安心さ。フルートさんとチェロさんが助けてくださったんだから。」

 

「……。」

 

 フィロア嬢はそれを聞いて押し黙る。暗いせいで表情を推し量れないが、険しい顔をしているのが分かる。無理もないだろう。知らぬうちに誘拐されて、さらに救出されていたなどと状況が呑み込めるわけもない。

 

「そう、そうだったのね。情けないわ。知らないうちに()に連れ去られていたなんて。」

 

「そんな事考える必要はないよ。君はただの被害者だ。ほら、そろそろ出口だ。」

 

 マナスはそういって指を指す。そこは出口らしき光が差し込んできていた。土の道を抜けると、そこはもう森の出口にほど近い場所となっていた。森に慣れた狩人の案内は流石であったということだろう。フルートはそのように考えた。マナスは嬉しそうにフィロア嬢に向かってほほ笑む。日の光に照らされ、フィロア嬢の表情が浮かび上がった。彼女は笑っていた。屈託のない美しき笑顔であった。

 

「ありがとう、マナス。ようやくやるべきことが分かったわ。」

 

「えっ?」

 

 そう答える間もなく、マナスの体が崩れ落ちる。直後に彼は強い痛みを足から感じた。腱を切られたのだと考える間もなく、彼は鮮血を足から噴き出しながら倒れ伏した。途端、フィロア嬢がフルートの方に向き直る。彼女の手にはいつの間にか、複数個の穴の開いた奇妙な刺突剣が握られていた。その剣に空気の流れが触れるたび、その穴からは奇妙だが美しい旋律が聞こえてくる。それを見たフルートの全身が怖気立ち、彼女は銃を構えようとしたがフィロア嬢の動きはそれよりもずっと早い。フルートが銃に手をかけた時には、既にフィロア嬢は上段に剣を振りかぶっていた。

 

「さようなら、フルートさん。」

 

「くっ!?」

 

 フルートが呻いた瞬間、何者かが草陰から飛び出し、フィロア嬢に飛び蹴りを食らわせる。しかし彼女はそれを剣で軽くいなすと、その人物に向かって連続で笛の剣をふるった。しかしその人物も剣でそれを防ぎ、フィロア嬢に向かって逆に斬りつける。彼女はそれを大きく飛びのいて避けると、『空中に静止』する。剣の素人とはとても思えないような見事な体さばきであった。彼女はぺろりと唇をなめ獰猛な笑みを浮かべた。

 

「やるわね。」

 

「貴方こそ、フィロア嬢。我々の助けなんて必要なかったんじゃないですか?」

 

 フィロア嬢を睨み、剣を構えたままそのように返すのはチェロである。彼はようやくフルートに追いついたようであった。その後ろでフルートも額に汗を浮かべながら銃を抜く。一体?何が起こっているんだ!?彼女はそう叫びたい気持ちでいっぱいであったが、どうにかそれをこらえた。その後ろで倒れたままのマナスも同様に信じられないような顔をしていた。彼はフィロア嬢に向かって呻くように言った。

 

「フィ、フィロア……?何を、一体何をしているんだ!」

 

「ふふ、分かるでしょ。見てのとおりよ。」

 

 フィロア嬢は見せつける様に自身の空中に浮かんだ体を手で示した。それを見たマナスは目を伏せて叫ぶ。

 

「馬鹿なッ!君はただの人間だッ!」

 

「ねえ、マナス。私を見て。これが私。そのままの私なのよ。」

 

 フィロア嬢が体を少し震わせると、背中から薄くきらめく黄金色の羽が出てくる。妖精たちと色だけが異なる、笛の音のなる羽である。彼女はそれを愛おしそうに動かしながら怪しく微笑んだ。チェロはそれを見て吐き捨てるように言う。

 

「何者です?あんたは?」

 

「あら、これはご挨拶がまだだったかしら?私の名前はフィロアよ。よろしくね。」

 

「そんなこと聞いちゃいません!」

 

 チェロがそのように怒声を発するのを、フィロア嬢は嘲るように笑った。その時、騒音をどこからか聞きつけたのか森の奥から枝葉をかき分ける音がした。藪がかき分けられると、そこからはにこやかな顔をした妖精の長老が顔を出した。先ほどとは打って変わった穏やか表情であり、フィロア嬢を見ると気安そうに声をかける。

 

「おお、()()()()!ご無事で!我々の不手際で神聖な儀式の最中に申し訳ありません!」

 

「いいわ、許します。長老殿。」

 

 フィロア嬢もまた、まるで旧知の仲のようにそう返した。周りを見てみると、いつの間にか妖精達に取り囲まれてしまっていたようである。彼らは弓を引き絞り、三人の人間に狙いを定める。しかしそれをフィロア嬢が手で制して止めた。

 

「待ちなさい。まだ殺しては駄目よ。」

 

「……まだ?ぼ、僕を殺すのか?」

 

 マナスはそう呻く。しかしそれを見たフィロア嬢は笑った。そして軽く上気した顔を彼に向けると、穏やかな表情をして答えた。

 

「殺さないわ!貴方は愛しい人だもの!」

 

「だったら何故君はこんなことを!」

 

「貴方は妖精を殺したわ。でも貴方は妖精に傷つけられただけ。だから貴方の足を切った。そうでなければ天秤の釣り合いは取れない。妖精たちは納得しないわ。」

 

 フィロア嬢は軽く笑いながらそう答える。彼女が妖精の羽音に合わせて剣を戯れに振るうと、美しき歌の様な旋律が響いた。奇妙な音の重なりが、言語にはならない美しさを伝えていた。さながら指揮者のように剣をふるってから、ピタリと剣を止める。その途端妖精の羽音は止まり、不気味なほどの静けさが森に広がる。フィロア嬢はそれを見て満足そうに笑みを浮かべた。

 

「何事も釣り合っていなければいけないわ。でも人間の社会は歪んだ天秤にかけられた関係ばかり。私たちが正してあげなくっちゃあいけないのよ。」

 

「傲慢だ!この妖精女が!」

 

 フルートがそのように口を挟むと、フィロア嬢は軽く眉を吊り上げた。そして、嘲るように小さく息を吐くと口端を歪ませて答えた。

 

「あら、それって罵倒してるつもり?それに妖精なのは半分だけよ。」

 

「な、何だって?」

 

 マナスがそのように声を漏らす。彼の中で記憶が流れ始める。幼少期に一緒に遊んだ記憶。親に連れられ、街に一緒に出掛けた少年の記憶。そして共に恋をした青年の記憶。そのどれの中でも彼女は人間であったはずだ。しかし、目の前の事実はそれを簡単に否定していた。羽の生えた背中、成人にしては異様に小さい体躯。そのどれもが妖精の特徴ではないか。マナスはわなわなと震えながら口を開いた。

 

「ち、違う!君は妖精に何かされてしまったんだ!君はただの人間だ!そのはずだ!」

 

「いいえ、マナス。可愛そうなマナス。動揺しているのね……。いいわ、説明してあげる。私の父は妖精の王子だったの。人間の母と禁じられた恋に落ち、しかし結ばれぬ彼らは魔術師を頼って子供を作った。それが私なの。しかしその代償は大きく、両親は若くして命を落としたわ。父の死後、母は故郷に身を寄せたけど彼女もすぐに亡くなった。身寄りのなくなった私は村の名士リカルドに引き取られることになった。妖精の王族は途絶えたと思われていたけど、私の体にその尊き血は流れている。……私は妖精。そして人間。私は二つの種族をつなぐ架け橋なの。」

 

「君が……リカルドさんの養子?」

 

「父はそんなこと言ってなかったわよね。私を気遣っての事なんでしょうけど……哀れな事ね?私の正体も知らないでそんな事を。」

 

「何故そんな事を!君は優しい人だったはずだ!妖精から何かを吹き込まれたんだろう!?そう言ってくれ!」

 

 マナスはそう言って、フィロア嬢に這ったまま詰め寄ろうとする。しかしその前に長老が立ちふさがり、マナスを睨んだ。

 

「女王に触れようとするなどおこがましい人間だ。」

 

「やめなさい、長老。悪いけど、彼に手を出した者は同胞と言えど処刑させてもらうわ。彼は私の伴侶よ。」

 

「はっ!これは何と失礼を!」

 

 長老はそう言って恭しく頭を下げる。女王は地上に降り立つと、マナスに向かって手を差し伸べた。そして怯えたような表情をした彼に向かって、彼女は美しき笑顔のまま声をかけた。

 

「私と来なさい、マナス。私たちと妖精の楽園を築き上げるのよ。」

 

「な、何をッ!?」

 

 周りにいる妖精を見ながら、マナスがそのように言う。女王はそれを聞いて不満げに「えー?」と声を漏らす。一見してそれは可憐な少女の様であるが、その顔に張り付いた邪悪な色が、それを半減させていた。言うなれば彼女は無垢なる少女にして、忌々しき人間の仇敵。美しき妖精達の王であったのである。チェロが彼女を睨みながら、口を開いた。

 

「アンタら、何を企んでいるんです?」

 

「言うなればそれは支配のためでもあり、戦争のためでもあり、平和のためでもあるわ。」

 

「さっきから抽象的な言葉ばかり吐きますね?まるで賢ぶっているだけの未熟な学徒だ。」

 

「ふふっ、貴方達こそ、さっきから安い挑発ばかり!どうしようもないんで強がることしか出来ないのね。でもいいわ。教えてあげる。……滅ぼすわ!まずはリャードの村を!次にここら一体の領地を!次に王国を!最後に世界を!滅びた世界のその後に妖精達の楽園を築くのよッ!」

 

 フィロア嬢がそのように言うと妖精達が羽ばたき、まるでファンファーレでも奏でるかの如く旋律を響かせる。邪悪なる宣言とは裏腹に、美しい音色であった。それを聞いた人間三人の表情は歪み、明らかに敵意を募らせる。しかしマナスだけはその顔に恐怖と困惑を張り付けていた。彼は震えた声で、フィロア嬢に向かって問いかけた。

 

「そんな、何故?だってリャードの村は、君が育ってきた場所じゃないか!?なんでそれが、そんな簡単に滅ぼせるっていうんだ!?」

 

「関係ないわ。そんなの。どっちみち住んでるのは人間じゃない。妖精族は何世代にもわたって人間たちに狭く暮らしづらい領域に押し込められた。人間も苦しまなくっちゃあ、天秤は釣り合わないわ。そうでなければ新世界に人間たちの席はない。」

 

 フィロア嬢は冷酷にそう告げると、再びマナスに向かって手を差し伸べた。その顔には笑みが浮かんでいる。マナスの記憶にある通りの、彼が惹かれた少女の表情のままである。しかし彼女の話す話は到底彼に受け入れられる内容ではなく、妖精の女王としてのものであった。彼の顔に深い絶望が浮かんだ。

 

「馬鹿な……!僕がそんな話、受け入れられるわけがないだろう!フィロア、考え直してくれ!君を育ててくれた家族を殺せるのか!毎日触れ合った村民を殺せるのか!」

 

「ああ、マナス。可愛そうなマナス。『殺せるわ』。だって私は妖精だもの。閑古鳥が共に育った他の卵を蹴り落とすのをためらうかしら?同じなのよ。全て同じなの。……でもあなただけは違うわ。貴方は特別だもの。」

 

 フィロア嬢の口端が大きく吊り上がった。そして笛の剣をチェロとフルートに向ける。そして軽く首を傾けながら、目をその切っ先のように鋭く細く歪める。彼女は、マナスに語るときのような穏やか声色ではなく、低く冷酷な声色で言った。

 

「まあ、アンタたち二人は死んでもらうけどね。もう充分話したわ、皆。殺していいわ。勿論、マナスには手を出さないでね?」

 

 そのように彼女が声をかけると、一斉に妖精達が目に殺意を宿らせる。しかし、待ってましたと言わんばかりの表情をしたフルートが鞄の中に手を突っ込んでから言った。

 

「ええい、好き勝手くっちゃべりやがって!?こんだけ時間があればこっちだって準備が出来てるんだぜ!ほらよっ!」

 

「おおっ!!」

 

 フルートが何かを投げようとするのでチェロが感嘆の声を上げる。しかしフルートは鞄の中をゴソゴソと漁るばかりで、何も投げなかった。二人の顔にどんどん焦りが浮かんでくる。フィロア嬢があざ笑うように口をゆがめているのを見て、チェロはもうこらえきれなくなったように口を開いた。

 

「ええい、何してんですか!?早く投げてくださいよ!!」

 

「いやっ!!ないっ!!確かにあと『二個』あったのに!!」

 

「お探しの物はこれかしら?」

 

 フィロア嬢が、ポケットの中から銀色の玉を二つ取り出す。フルートが妖精から逃げる時に投げた目くらましだ。それらを弄ぶように手の平で転がしていた。二人がそれを見て驚愕する。なんであれが彼女の手にある?勿論、盗まれたのだ。彼女はしばらくフルートに背負われていた。その時、彼女はこの銀球をフルートの鞄の中からくすねていたのだろう。

 

「こんな厄介な物、ずっと使わせるわけないでしょ。それじゃ、皆やっちゃって。」

 

「はっ!」

 

「く、くそっ!」

 

 妖精達がそう掛け声を発するのをみて、フルートは唸る。ああ、どうする?こんな時には一体どうすればいいというのだ?フルートがそう考えた時、鞄の底にあったものに手が触れた。『コレ』だ!これしかないッ!彼女はそう考え、それを思い切り投げうった。空中に奇妙なハンドベルが踊った。

 

「喰らえッ!!」

 

「ん?」

 

 フィロア嬢がそれを難なく剣で弾く。ただ闇雲に物を投げるだけが最後の手段とは情けない。さっさと殺してあげるが華だろう。そう考え、自身も剣を振りかぶった時、それは起こった。突然、辺り一帯を飛んでいた人魂が、ハンドベルを中心に突進してきたのだ。彼女が投げたのは『人魂ランタン』だ。それに呼び寄せられ、人魂たちが一斉に集まり始めた。皆の視界が一斉に青い光で遮られる!不気味な青い光に纏わりつかれた妖精達は一斉にパニックになった。

 

「うわっ!?何だこれ!!く、来るなっ!!」

 

「落ち着きなさい!触れられても何もないわ!それよりも……。」

 

 フィロア嬢はそう指示を飛ばすものの、実のところそこまで冷静なわけでもなかった。単純な目くらまし、ただの悪あがきだ。完全に包囲している彼らに逃げ道はない。そう思っていた。目の前にいる人間たちを侮っていた。……だからすぐには気づかなかった。フィロア嬢の視界の端に人玉の隙間から覗く、銃を構えるフルートの姿が映った。彼女の方に銃を向けている。彼女は一瞬、額に汗を浮かべた。すぐに剣を構え、急所を防御する。しかし、発砲音と共に撃たれた弾丸は全く別の軌道を描き、彼女の手の平の上すれすれを飛行していった。直後に巨大な光が当たりを包み込んだ。

 

「しまったっ!」

 

「へっへっへっ!ざまーみろッ!」

 

 遠くからあざ笑うような女の声が聞こえてくる。フィロア嬢が手に保持していた銀球を銃弾で打ち抜かれてしまったのだ。本来であれば防げた一撃を、不意を突かれたことによって通してしまった。それを理解したフィロア嬢の表情は……特に変わることはなかった。笑みさえ浮かんでいる余裕なものであった。少したってから彼女は視力が戻った瞳で辺りを見回す。いるのは妖精だけだ。フルートも、チェロも、愛しのマナスもいない。彼女は少し落胆したように息を吐いた。

 

「逃げられちゃった。」

 

「じょ、女王陛下!申し訳ありません!我々の失態であります……!」

 

「構わないわ。別に問題はないもの。」

 

 長老の言葉にフィロア嬢は軽く返す。そして彼女は、ちらりと森の外に目を向ける。そこには夕日に照らされたリャードの村があった。美しく、懐かしき故郷だ。しかし最早、滅ぼすのに少しの躊躇もなし。彼女は少し息を吐くと、長老の方に向き直り、奇妙な剣を鞘に納めた。

 

()()()()()()()()しなさい。その後、全員完全武装の上で集合。今宵、リャードの村を滅ぼします。マナス以外は()()()よ。」

 

「はっ!」

 

 長老と妖精達は一斉にそう答える。夕日は傾き、既に夜が始まりかけていた。人間の支配する昼は終わり、魔に属する者たちの時間が始まる。フィロア嬢は、いや妖精達の若き女王は生まれ育った村を眺めながら、ただ笑っていた。

 

 

 

 





『銃』:
 地下の迷宮から見出された旧文明のアーティファクト。構造自体は解明されたが、その見事な冶金技術で造成された本体は再現されなかった。魔術師たちの興味深い研究対象となっているが、現在のところ使い物にならない試作品が生み出されるばかりである。ただし弾丸の複製、より正確に言えば粗製の弾丸の複製は行われている。『金属の殻』に錬金術師が作った『激しく燃える粉』と『飛んでいく弾頭』を入れて作成する。ただ雷管という旧時代の部品は作成できなかったため、衝撃に反応する魔術を書き込み、それにより内部の燃える粉に火をつけるという体たらくっぷりではあるが、これにより一応銃の機能は保たれている。フルートの持つそれは装填数が六発、サイズは手のひらに収まるほどの物。旧時代のガンマンたちが好んだというリボルバー式拳銃である。


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