彼らは天下の回りもの ~目指せ億万長者!守銭奴商人と御者の冒険~   作:庭鳥

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 少々間隔が開いてしまいましたが第六話です。まあ待っている読者などほとんどいないのですが。ともかく、いよいよ本番って感じであります。どうぞ。



開戦の月夜

 

 

 フルートとチェロ、そしてチェロに担がれたマナスは急いでリャードの村を駆けていた。そして大声で村民たちに何やら言いながらリカルド氏の屋敷に向かって移動している。そのただならぬ様子に、村民たちはぞろぞろと家から出てきていた。

 

「お前らッ!すぐに武器を持ってリカルド氏の屋敷に行くんだ!そして籠城してろっ!妖精共が攻めてくるぞ!」

 

「はっ?あ、あんた何を言って?」

 

 フルートの言葉に、村民の一人がそんな言葉を返す。藪から棒にこの旅人は一体何を言っているんだろうという感じであろうか。その呑気な様子にいら立つ様子の彼女であったが、身体を支えられたマナスが口を開く。けがを負った様子のマナスを見ると、ようやく村民たちは青ざめた表情をした。

 

「この方の言っていることは本当です……!皆さん今は一大事なのです!すぐに言うとおりにしてください!事態は一刻を争います!」

 

「で、でもマナス。オラたち武器なんて何も……。」

 

「農具でも包丁でもなんでもいいです!とにかく武器になりそうなものを持ってすぐに屋敷へ!!」

 

 そこまで言うと、村民たちはいよいよ非常事態だと気づき、一斉に家の中に入りごちゃごちゃと引っ掻き回し始める。三人はそれを横目に、リカルド氏の邸宅に急いだ。丘の上にあり、そこそこ大きい頑丈そうな建物である。きっと籠城するなら、そこがこの村では一番適していることだろう。無論、妖精達の攻撃に耐える程ではないだろうが……。彼らは冷や汗を流しながら急いだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 リカルド氏の敷地に、三人は遠慮もなくずかずかと踏み入っていった。玄関先ではメイドが心配そうな表情で立っていたが、マナスが返ってきたのを見ると表情を明るくした。彼女は三人のためにドアを開けて待ちながら、大声で聞いた。

 

「お三方!よくぞご無事で……お嬢様の消息は分かりましたか?」

 

「それどころじゃない!すぐにリカルドさんと話がしたい!アンタはこの屋敷にある武器、特に飛び道具をありったけ集めてくれ!一大事だ!」

 

「えっ!?い、いえわかりました。」

 

 鬼気迫る迫力に気圧されたメイドは、急いで屋敷内を駆けずり回り始めた。三人がノックもなしに、屋敷の中に入っていくと、丁度そこでは騒ぎを聞きつけたリカルド氏が部屋から出てきているところであった。彼は三人を見て驚いた表情をする。そして直後に娘がいないのに気づいてから、少し不安そうな顔になっていった。

 

「お三方、ご無事で何よりです。何やら騒がしいようですが、どうされましたかな?……フィロアは見つかりましたか。」

 

「……。」

 

 三人は押し黙った。いったい彼にどう説明すればよいのかわからなかったのだ。意を決したようにチェロが息を吸ったところで、マナスがそれを手で制した。彼は壁に寄りかかって体を支えながら、リカルド氏の肩を片手で掴んだ。マナスの汗を浮かべながら唇をかんだ苦々しい表情を見て、リカルド氏はごくりと息をのんだ。マナスは息も切れ切れに、口を開いた。

 

「リカルドさん、良いか。話す前に一つだけ言っておく。アンタが考えているよりも状況はずっと悪い。決心をしてもらう。話を聞いても気をしっかり保つ決心を。」

 

「……マナス。もったいぶらずに教えておくれ。フィロアは死んだのか?」

 

「違うッ!アンタの娘は妖精の王だった!初めから連中の仲間だ!今夜にもこの村の全員を皆殺しにするつもりだ!!」

 

「はっ?」

 

 リカルド氏はそんな素っ頓狂な声を出す。彼は目を白黒させながら、フルートとチェロを見る。彼は半笑いのまま、質の悪い冗談か何かだと思っているようであったが、フルートとチェロが真剣な顔を返したので表情を青くした。

 

「フィロアが……え?皆殺し……?私には一体、何が何だか!?」

 

「マナスさん、悪いが説明はアンタに任せるよ。我々はもう行かせてもらう。」

 

 フルートがそんな事を言う。マナスがじろりと彼女を見る。その瞳にはありありと不安感が浮かんでいるようであった。無論、彼とて冷静ではいられなかったようである。愛していた人がある日突然、人類の仇敵に早変わりしたとて、そう割り切れるものでもない。

 

「逃げるつもりですか?」

 

「連中が逃げ道なんぞ残していると思うかね?」

 

 彼女は銃の使用した弾丸を交換しながら、そのようなセリフを吐く。次に彼女は鞄の中身を見つめた。装備は少ない、だがもう宿屋に戻っている時間もない。いつ妖精共が進行してくるかわからないのだ。やるしかない。彼女は弾を込め終わったシリンダーを叩きつける様に戻してから、口を開いた。

 

「もしも私が敵を知らないただの村人なら、この村を捨てて街に逃げる。そして私が敵ならそれを予測し、道に伏兵を置く。夜道を逃げる一団なんて森の中からいくらでも射抜けるからな。」

 

「ではあなた方はどうするというのです?」

 

「決まっているだろう。『暗殺』しに行く。この屋敷の守りを固めれば、連中は我々が籠城して朝が来るのを待とうとしているのだと思い込む。そこを逆に奇襲し『女王』を始末する。連中は女王と長老以外はぱっとしない烏合の衆だ。頭を失えば、纏まったりはできない。」

 

 フルートは窓から森の方を睨みながらそう言った。最早日は完全に落ちた。思えば、妖精達はこの時を待っていたのだろう。逃げようにも道が暗く、容易には馬を走らせられない月明りの暗い三日月の夜。だがそれは連中の目も効きづらいということだ。暗殺にはもってこいの舞台だ。

 

「我々の生き延びる道はそれしかない。そうだろう?」

 

「まあ、逃げるよりは生きる目があるかもしれません。」

 

 チェロがそのように同調する。彼も剣に片手をかけたまま、森の奥を睨んでいた。彼ら二人を見て、リカルド氏は顔を一層青くした。そして焦ったように何かを言い始める。

 

「じょ、女王を始末するって……さっきフィロアが女王だって言ったじゃないか!?そ、そんなの認められるわけないだろう!」

 

「貴方の許可をもらうつもりはない。最早、我々は報酬のために動くのではない。自分の身を守るために行動するのだ。」

 

「馬鹿なッ!!ただ娘が殺されるのを見過ごせと言うのか!?」

 

「リカルドさん、どうか()()()()ください。そうでなければ、ここには屍が積み重なるのみです。」

 

 チェロがどこかリカルド氏を気遣うように言った。しかしその内容は余りにも直球で、リカルド氏は荒い息を吐きながら目を白黒させ始めた。それを見るとフルートが小さく息を吐く。情けない奴だとでも思ったのだろう。しかし、考えてみれば彼としては誘拐された娘について気をもんでいたら、唐突にその娘が敵として現れ村を焼き払うと言われたのだ。全くもって理解の及ばぬ話であり、このような態度をとるのがむしろ自然と言えるだろう。しかしフルートはリカルド氏の顔を無遠慮に覗き込んでから言った。

 

「おいおい、こりゃ駄目かね。ここの防衛を任せたかったんだが……。」

 

「……いや、ええ、大丈夫です。」

 

 リカルド氏は青白い顔のままであるが、そのような言葉を返した。その目には少しづつ、正気の色と深い絶望が刻み込まれ始めていた。しかし彼はそれを嚙み殺すような表情で言葉をつづけた。

 

「正直な話を言えば、アンタらがとち狂って世迷言を言い始めたのだと信じたい。だが……貴方達が正しいのでしょう。おかしいとは思っておりました。妖精が誘拐事件などと……。若くして死んだ彼女の母君が決して父親の事を話さなかったのも、今となっては理由が分かります。」

 

「リカルドさん……。」

 

 マナスの呟きが悲痛に部屋に響く。リカルド氏は額に汗を浮かべながらも気丈に振舞った。彼はその汗を拭ってから、無理矢理笑顔を浮かべた。そして荒い息を吐きながらではあるが、落ち着いて話し始めた。

 

「領主代行として、やらねばならないことはわかります。村民を守らねばならない。敵が誰であろうとも。誰であろうともです……!」

 

「良し。どうか堪えて頑張ってくれ。」

 

 フルートは冷淡にそんな事を吐く。チェロは思わず彼女の方を見るが、極めて真面目な顔をしているので視線を戻す。恐らく余裕がなくなり、生来の傍若無人な言い方になっているのだろう。彼女とて必死なのだ。チェロはそのように解釈することにした。

 

「我々はもう行くよ。村人が集まったら、窓と扉に板を打ち付けて守っててくれ。出来るだけ派手にな。」

 

「待ってくれ、俺も連れて行ってくれ!」

 

 マナスもそのように主張する。しかし、彼は未だ片足を引きずっておりとても歩ける状態には見えない。フルートは一瞬だけその足を見たが、マナスの方にすぐに向き直るとその口を開いた。

 

「駄目だ。その足のせいじゃない。あえてはっきり言っておくが、我々はフィロア嬢、いや妖精の女王の生け捕りなど考えていない。正真正銘殺しに行くのだ。……わかるだろ。君は彼女の婚約者だ。連れて行けば、いざって時に困る。」

 

「マナスさん。申し訳ありませんが僕もフルートに賛成です。貴方は見るべきじゃない。」

 

 二人はそのように言うので、マナスは何かを反論しようとしたができなかった。彼の心にあったのはフィロア嬢を説得したい一心であったのだ。何も言い返せずに彼は押し黙ってしまう。それを見て二人は少し気の毒に思うが何も言うことはできなかった。だがそれが良いだろう。足が悪かろうと、彼の弓の腕前はきっと籠城で役に立つ。遠距離から一撃で妖精の小さい急所を打ち抜くほどの腕前だ。戦力の分散的にはそれが良い。

 

「ああ、そうだ。リカルドさん。ペンを貸してくれ。」

 

「え、ええ構いません。……でも何に使うんですか?」

 

「いいや、これが一番重要なんだ。」

 

 フルートがそう呟くように言う。皆が疑問に思う中、部屋の中に彼女がペンを走らせる音だけが響いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 夜も更けた。三日月の薄く優しい光が小高い丘とその上にある屋敷をぼうと浮かび上がらせている。その中では何人もの村人が不安げに息を殺していることだろう。屋敷を見つめる二百に届こうかという瞳たちはそう思った。彼らの中から少しだけ体格の良い者が前に進み、村の方をじっと見つめる。その美しき瞳の奥では一体何を思っていることだろう。生まれ育った故郷を消し去ることへの郷愁か?それとも村人を手にかけることへの恐怖心か?彼女は村から目を離すと、再び屋敷の方に目を向ける。そして大きく口端を吊り上げると、その手に持った穴の開いた刺突剣を指揮棒のようにふるった。冷たい春風のごとき旋律が響いた。

 

「殺しなさい。」

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 女王の号令に伴って、一斉に森から妖精達が飛び出す。その手には弓と剣……だけではない!彼らのうちの何人かの手には、油の滴る水瓶と火の着いた松明が握られていた。準備を整えていたのは村人たちだけではなかったのだ!

 

「屋敷に火矢を放て!!消化はされるがいずれ水の貯蔵は尽きるッ!!巣穴から出てきたところを射殺すのだ!!」

 

「はっ!」

 

 長老の声に妖精達が一斉に返答する。しかし、屋敷の方で何かが一瞬光ったかと思うとパラパラと空に何かが踊る。妖精達の何人かは迫ってくる矢じりを見た。警告も悲鳴も間に合わず、何人かの妖精が矢に突き刺さりものも言わず落ちていった。後方で控えていた女王はそれをちらりと見てから、自身に飛んできた矢を難なく躱す。そして彼女は落ち着いた声色で言った。

 

「空高く飛ぶのよ。向こうの矢の届かない高度から火矢をうち下ろしなさい。」

 

「わ、わかりました。」

 

 浮足立っていた妖精達が、その声を聴いてすぐに統率を取り戻す。彼らはその言葉通りに、高度を一気に上げて空の月夜に昇った。続けて第二射が屋敷の方から一斉に放たれるが、彼らのところに届く前に力を失い地面に向かって落ちていった。屋敷の中では、弓を射った村人の一人が開いた窓からその様子を見て悲鳴を上げるように声を漏らしていた。

 

「あ、あいつらのとこまで矢が届かねぇ!これじゃあ!」

 

「不用意に顔を出すんじゃあないッ!」

 

 リカルド氏がそのように警告を発するが、その言葉を言い終わるころには既にその村人の背中には四本もの矢が刺さっていた。上空からとはいえ、かなり遠くから矢を射っているのにもかかわらず、正確無比なる射撃である。外した矢が一本も見当たらないあたり、恐るべき妖精の弓術であるというべきだろう。糸の切れた人形のように、力の抜けた村人が窓からずり落ちていく。リカルド氏は唇を噛んで言った。

 

「射終わったら、すぐに建物の中に身を隠すのです!窓の傍は危険です!連中のほうが狙いは上です!」

 

「リカルドさん!アンタの書斎に火がついてるぞ!」

 

「連中め、火攻か……!食堂に多少の水の備蓄があります。すぐに消化を!屋根が燃えたら好き放題撃たれてしまう!」

 

 リカルド氏はそのように指示を飛ばす。連中がただの力押しの集団ならば、まだ策もあった。矢を射かけてすぐに隠れる。敵を焦らし狭い屋敷に突貫させる。そして屋内での接近戦になれば、飛べるも飛べぬも関係ない。体格で勝る人間の方が有利である。そのように彼は考えていた。しかしどうやら連中はこちらの射程に入ってこないつもりである。屋敷を燃やして隠れ場所をなくしてから、そのまま遠距離から弓で射殺するつもりのようだ。そうなれば最早防戦一方だ。矢も届かず、消火に必要な水もいずれ尽きる。いや、きっとその前に屋敷が燃え落ちるだろう。

 

(くそ……まるで詰みチェスの様だ。無論、こちらが詰まれる側の!ただの一手番が終わっただけで強烈に敗北を印象付けられているッ!)

 

「……フルートさん。」

 

 その様子を見ていたマナスが心配そうにつぶやいた。彼は未だ自分一人では歩けず、弓を持ってはいるものの窓辺には立っていなかった。狩人として役立てぬのは彼の心に焦りを生んだが、実のところ彼は安心していた。彼は悩んでいたのだ。天秤は未だ、答えを示してはいなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ところ変わって、少し屋敷から離れた森の中。森の木々にフルートとチェロは隠れていた。チェロは目を細めながら屋敷の方を見ていたが、ちらりと相棒の方を向いてから声をかけようとする。相棒の女は、地面を駆けずり回りながら何かを探しているようであった。チェロはその様子に困惑を隠せぬまま口を開いた。

 

「……フルート、戦闘が始まりました。」

 

「そうかい。」

 

「そうかいって、奇襲しに行かないんですか?今なら妖精共は屋敷に釘付けですよ。」

 

「行かない。釘付け程度じゃあだめだ。その前に長老か女王に見つかって射殺される。連中、かなりの上空に陣取ってるからな。近づかなきゃあ銃弾も届かない。」

 

「はあ、そうですか。……さっきから何探してるんです?」

 

「『人魂ランタン』だよッ!咄嗟にぶん投げちまったがこの辺にあるはずなんだッ!」

 

 フルートがそのように言う。しかし暗い夜のしかも森の中ではそんな小さなものはなかなか見つからない。木に引っかかっているのかしらんと、地面だけでなくいろいろな場所を探しているがいつまでたってもそれは見つからないようであった。しかし異様であるのは、自分たちがしくじれば恐らく村民も我々も皆殺しだというのにこの女の不真面目な態度である。一体何を考えているのだろうかと、チェロは少し不安になってきていた。

 

「フルート……?死の恐怖と緊張のあまり、頭が駄目になっちまったんですか?それなら僕だけで作戦を決行するので銃を寄越してくださいよ。」

 

「そんなわけないだろう。待ってる間暇だから探してるだけだろうが!ああ、勿体ない。あれ結構高かったのになあ……。」

 

 フルートがそんな事を言う。どうやら頭が変になったわけでは無いらしいとチェロは安心する。しかし、彼女は今なんと言っただろうか?待っている、と言ったはずだ。待っているとは何を待っているというのだろう?

 

「待ってるって、何をですか?」

 

「『隙』だ。正確には『隙』が現れる時間を待っている。」

 

「あいつらは隙なんて簡単に晒さないでしょう。」

 

「いいや、晒すさ。時が来れば確実にね。それを待っている。」

 

 彼女がそんな事を笑いながら言い放つ。彼女のこの妙な確信は何だろう?そういえばフルートは何か手紙を書いていた。それを屋敷を出るとすぐに『羽手紙』に入れて飛ばしていた。もしかするとあの事を言っているのだろうか。そのようにチェロは考えた。

 

「……もしかしてあの手紙で誰かに救援をお願いしたのですか。王都に対して、妖精が良からぬ企てをしているという警告とか。」

 

「いや、それも考えたが間に合いやしないよ。あの手紙には『商品』をお願いした。()()を待っている。」

 

「それは一体……ん?何です、この音は?」

 

 チェロが次の質問をする前に、どこか遠くの方から何か大きな風切り音が聞こえた。彼は思わず振り返る。それは妖精の美しい羽音とは異なり、何か大きくて大雑把な物が風を切り裂くような音であった。チェロが目を凝らすと、遠くの空に黒い点が浮かんでいるのが見えた。その方向から高い音が断続的に響いている。フルートが懐に入れた懐中時計をちらりと見て、そしてそれを叩きつける様にしまってから言った。

 

「三十分ほどで良く寄越してくれた!見ろッ!あれが商品!『飛行ゴーレム』だッ!」

 

「飛行ゴーレム!?」

 

 チェロの目にようやくそれが見えた。いや、見えたと言ってもすさまじい速度で飛行しているのでそれは一瞬の事であったが、しかしその姿を視認した。薄い月明りの下で、石造りらしいその巨人は不吉を思わせる黒い羽根を生やして、鈍重そうに見える体を高速で飛行させていた。紫を基調とした綺麗な服と帽子を着せられて、遠目で見れば魔道列車の乗組員の様にも郵便配達人のようにも見えなくもない。しかしその大きさは、縦にも横にも人間の二倍ほどもあり月明りに浮かぶシルエットは妖精達の何倍かと思うほどの大きさである。それが妖精達めがけて一切速度を緩めず全力で突っ込んで行った!!

 

「な、に!?ぶぐふぁ……。」

 

「な、なんだこいつ!?」

 

 火矢をうっていた妖精の一人が、飛行ゴーレムの飛行に巻き込まれてただの薄汚いシミになった。ゴーレムは無感情にそれを払うこともせずに飛行する。妖精達の目に、方向転換をしようとするゴーレムが映った。突然現れた正体不明の敵に、妖精達は一斉に動揺し、陣形が崩れた。

 

「や、やばい!!きっと人間の秘密兵器だ!!()()()()()としている!!」

 

「焦るなバカ者ども!!ただの石人形じゃ!!ワシが対応する。貴様らは火矢をうち続けるんじゃ!!」

 

「は、はいっ!」

 

 長老の叱責に妖精達は慌てて従う。長老は額に汗を浮かべながらも、飛行ゴーレムの方を見た。速度は速いが魔術的な防御は感じられない。そもそも戦闘用ではないと見た。この僻地に戦闘だけに特化したゴーレムなんぞ開発する余裕はない。そうであれば、破壊できぬわけがないッ!長老はそのように思うと飛行ゴーレムの周回軌道を見ながら、両手を合わせて魔力をこめ始めた。漏れ出た魔力の光が夜空を少しばかり照らした。

 

「助けはいるかしら?」

 

「あの程度、女王の手を煩わせるまでもありません。」

 

 女王の言葉に、長老はそう返す。古き時代の妖精は人間の魔術師が遠く及ばぬほど強大な魔術を扱ったという。今の時代ではその技術の大半は失われたようであるが、長い時代を生きた者が優れた魔術を修めるというのは人間も妖精も変わらない。彼の手に魔力が込められ、後は呪文を唱えるのみとなった。彼の視線の先では飛行ゴーレムがすさまじい速度で突っ込んできている。飛行ゴーレムに向かって手をかざそうとしたとき、彼は見た。

 

 長老にとっての幸運は三つあった。飛行ゴーレムは自律的に動くので、()()が別に操作しているわけでは無い事。ゴーレムは自由に飛び、そして自由に妖精を攻撃するよう設定されていた。そしてその方向が偶然、彼らが隠れていた森の方と同じであったこと。その偶然が重なった結果、長老はたまたま目にすることが出来た。丘を二人の人間が上ってきてる。そしてその一人の手にはジュウとかいう火を噴く弓が握られ、それを女王に向けていた。女王は飛行ゴーレムの方を向いていて気付いていないッ!!それは完全な奇襲であった。

 

「くたばれッ!!裏切りモンが!!」

 

 フルートがそんな事を言いながら引き金を引く。飛行ゴーレムに気を取られた隙に一気に奇襲を決める。初めに女王、次に長老だ。それが彼女の作戦であった。銃から投射された弾丸は一直線に女王に向かい、重力をものともせずに吹っ飛んでいく。走りながらといえども、その狙いは正確で女王の頭を正確に打ち抜く軌道を飛行する。夜空に美しい光の筋が放たれ……フルートは勝利を確信した。

 

「『マグネタック』!!」

 

「なにっ!?」

 

 途端、光の筋が歪んだ。長老が何かを叫んだ途端、弾丸は長老の両手の中に吸い込まれるように軌道を変化させ、そして両手の中で完全に静止した。上を見上げると長老の額には筋が浮かんでいる。彼にとって三つ目の幸運は……魔術の準備をしていた事である。し、失敗した!フルートとチェロの額に汗が浮かんだ。長老は怒りのままに呪文を唱えた。

 

「『イシャプ・モントロス』ッ!!」

 

「……!」

 

 長老が再び呪文を唱えると、受け止められた弾丸が急加速しながらフルートの方に向かってくる。虚を突かれたこともあり、迫りくる弾丸にフルートは反応することもできない。いや、もとより多少距離があろうとも超人的な反応速度が無ければ、弾丸の飛来に反応など出来ようもないのだ。長老はこの不埒な女の頭が吹き飛ぶのを予見した。当たり前だ。魔法も使わずに人間が避けられるはずもない。しかし、弾丸がたどり着く前にその女の体が横にずれた。躱したのだ。長老は目を疑った。

 

「何だと……?」

 

「危ないっ!」

 

「……!」

 

 女王の言葉に長老がはっとする。飛行ゴーレムがこちらに向かって突っ込んできているのを忘れていた。女王を攻撃された怒りに我を忘れていたが、奴に反撃などしている場合ではなかったのだ。長老の回避が間に合わないと見るや否や、女王は一つ舌打ちをしてから、穴の開いた奇妙な刺突剣を鞘から抜き、ゴーレムに向かって斜めに防御するように剣を構えた。ゴーレムが腕をやたらめったら振り回しながら突っ込んできている。女王は右手の一撃を正確に防御しながら、次に振り回してくる左手を見た。どういうわけか、右手の一撃を先ほど弾いて防御したばかりだというのに、彼女は既に剣を振りかぶっている。彼女が薄く笑いながら、剣を振り下ろした。風の吹き抜けるような爽やかな音色が響いた。

 

「遅いわね。」

 

「……。」

 

 飛行ゴーレムは何も言わない。しかし人間であれば悲鳴を上げただろう。彼の石造りの左手は切断されていた。いや、奇妙にも切断面は()()()()()()()()()()()()()()()が、しかしその手は完全に機能を失っていた。……だがゴーレムは人間ではない。人間なら悲鳴を上げ、泣きわめくようなこの状況でも戦意を失ってはいなかった。ゴーレムは破壊された左手にも構わず、飛んできた勢いそのままに肩でタックルをしてくる。

 

「ふーん。」

 

「じょ、女王ッ!」

 

 長老が悲鳴のような声を上げる中、女王はそれをつまらなそうに剣で防御する。勢いは強く、女王はかなり遠くの方まで遠く吹き飛ばされるが、彼女は空中にいるのだ。どこかに叩きつけられる前に彼女は勢いを殺しながら飛行し、そして止まった。彼女はきょろきょろと周りを見ながら自身が森の方まで飛ばされたのだと理解する。不満げに息を吐きながら、彼女は剣を鞘に納めようとした。

 

「全く!長老も甘いわ!でも助かったわね。……そしてあの空飛ぶ石人形。飛ぶ速度は大したもんだけど、動き自体はとろいわ。落ち着けば簡単に破壊できる。」

 

 女王はそのように思考を巡らす。彼女にとって、同胞の命を無駄に散らせるわけにはいかない。この侵攻の失敗は即ち妖精族の繁栄の失敗に他ならないからだ。だから彼女は思考する。攻め続けるべきか、それとも撤退するべきか。それは彼女の思考の中に常にあった。薄く笑いながら、彼女は口を開いた。

 

「勿論、撤退なんてしない。人間なんて、てんで雑魚じゃない。虚仮脅しに奇襲……真っ向勝負では勝てませんって言ってるようなものだわ。」

 

 女王はそのように呟いた。そして戻ろうと羽に力をこめようとして、しかしそれを止めた。羽を動かそうとする前、何かを足音のような音を聞いた……気がした。動物の足音だろうか?しかし、妖精としての直感が自然と鞘に納めた刺突剣を抜かせた。タンタンタンと何かを蹴るような音も聞こえてくる。暗い森の中では目があまり役立たない。女王は何か不審に思い、高度を上げようとした。しかしその時、自身の上空の方に剣を振りかぶった男がいるのを見た。地面にばかり注意を向けていた彼女は驚くも、しかし自然と剣を構える。

 

「はあッ!!」

 

「くっ!」

 

 強烈な剣の勢いに、女王は一瞬押し込まれそうになる。彼女の頬を赤い液体が流れるが、女王は羽をはばたかせて体勢を立て直すと、その男……チェロに向かって蹴りを入れて距離を取った。チェロは少し顔を歪めながらも、木を蹴って地面のぬかるみを避けて着地する。それを見ながら女王は笑いながら言った。

 

「そんな風に木を蹴って上がってきたのね。人間がそんなことできるなんて驚いたわ。」

 

「お褒めにあずかり光栄です、女王様!」

 

 チェロがそのように皮肉を吐くのを、女王は笑って受け止めた。そしてその目を三日月のように細めながら剣を向ける。彼女は余裕そうに、妖精達の方をちらりと眺めながら口を開いた。

 

「銃に反応して……フルートさん?彼女を突き飛ばしたのも貴方だったわね。私を追跡してきたってことかしら?なかなかいい剣の腕だけど、もしかして私に勝てるつもりだったの?」

 

「……。」

 

「別に黙らなくってもいいじゃない!どうせこれから永久に黙るのだから、今のうちに好きなだけ喋っておくべきよ。」

 

()のために一度だけ警告するっ!今すぐ攻撃を止めて森に帰るんだ!人間と共存していく道もあるだろう!」

 

 チェロがそのような事を言うと、女王は羽を動かしながら大笑いする。あたりにメロディーもリズムも全くめちゃくちゃな耳障りな羽音が響く。その音にチェロが顔をしかませていると、女王は空中で遊ぶように宙返りをし、そしてその途中でピタリと止まった。上下でお互い見上げる様に視線が交錯した。女王はいつの間にか、冷たい真顔になっていた。

 

「もちろん、その道はあるでしょう。でも帰らない。というか不利な状況になってからそんな事を言うのは卑怯な事よ?私たちはずっと、ずっと昔から戦争してたようなものなんだから。」

 

「……!」

 

「そして、私の方から言う事なんてないわ。貴方みたいな剣士には興味はあるけど、貴方がこちらに下ることも、大人しく我々の奴隷となるとも思えないもの。」

 

 女王はチェロを見下ろしながら、少しずつ距離を詰める。三日月の光が差し込む中、女王はその瞳をらんらんと輝かせながらチェロに剣を向けていた。一見すれば可憐なる少女の様であるが、かつては優しかったという彼女の目は最早どこにもなかった。冷たい妖精族の長たる者が、そこで笑っているだけであった。

 

「貴方はただ誰にも看取られることもなく死んでいくの。私はフィロア・スレーベン、妖精族の王。死にゆく貴方に最後の礼儀として名前だけは教えてあげる。」

 

「……御者のチェロだ!!最後の礼儀として名前を教えるッ!僕が悔やむのは友を悲しませる結果になってしまったことだけだ!貴様を空を飛ぶ羽虫のように叩き潰してくれる!」

 

「殺してあげるわ。」

 

「死ぬのは貴様だッ!!」

 

 二つの影が高速で接近し、剣戟の音が黄金樹の森に響いた。

 

 

 





 次話は月曜日に投稿予定です。気長にお待ちください。

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