彼らは天下の回りもの ~目指せ億万長者!守銭奴商人と御者の冒険~   作:庭鳥

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vs女王

 女王は屋敷のある広場の方を向いていた。その方向ではもう何度か銃声が響いていて、妖精達の情けない叫び声も聞こえる。同志と言えども彼らはあまり使える兵隊とは言えない。技量は十分なのであるが、いかんせん頭の方が残念なのである。そうであるならばすぐに戻って指揮をするべきであるのだが……。しかしフィロアはくるりと振り返ると、チェロの落ちていった藪の方を見た。そしてその赤い瞳を細めると、首を傾げた。

 

「うーん、彼って本当に死んだのかしら?」

 

 そのような事を言う。別に生きていたって問題はない。彼程度、不意打ちされても問題はない。むしろあの妙な武器を操る女の方が厄介であると、そのように女王は考えていた。生きているのは良い。だが逃げられるのは問題だ。少なくとも一週間、二週間程はこの村の壊滅は秘密になってもらう必要があった。彼女はクスリと笑うと、ゆっくりと下降していった。

 

「うん、確かめてみましょう。」

 

 彼女の妖精としての楽観的な性格は表面的なもので、むしろ本質的にはどこまでも冷徹な猜疑心によって突き動かされるタイプであった。だから実のところ全く油断はしていなかった。今にも物陰から敵が出てくるのを想定し、その場合の対応も常に頭にあった。しかし目的の物が見つかると、ついに気を緩めた。木の隙間からチェロの来ていた服が見えたのである。女王は下降しながらも、つい口を開いた。

 

「あら、なんだ死んでるじゃない。つまらないけどまあ良いわ。まあ一応、ふっ!」

 

 女王は剣をふるい音の刃を飛ばした。女王の狙い通りに音は飛び、地面に倒れ伏したチェロを切り裂いた。途端、女王の顔色が変わった。見間違いだろうか?いや、違うっ!服の隙間から見えるものは、肌の色でも、血の色でもない。黄金色だ。女王は急いでその傍に寄った。

 

「服だけ?いえ、でも血の跡がある。」

 

 うち捨てられたその上着の首より上は、藪に隠され偽装されていた。そしてスラバの木の根にかけて人のいるように見せかけていたらしい。しかし、そこから続く血の跡がその持ち主の無事ならざることを示していた。正直なところ、彼女は驚いていた。音の破壊を喰らうことは内臓を直接傷つけられることを意味する。外部から殴りつけられるような攻撃では決してない。生き延びられるとは思っていなかった。女王は剣を握る腕に力をこめて、ゆっくりと辺りを見回しながら言った。

 

「さて、彼は一体どこに逃げたのか?……いや違うわね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 女王は決して油断などしていなかった。彼女は剣をくるくると遊ぶように見まわしながらも、その月を写した瞳は獲物を見つめる蛇のように無感情に辺りに向けられていた。奴は来る。必ず来る。彼女は確信していた。

 

「さて、前か。左か。右か。後ろか。それとも……上か!?」

 

「……!」

 

 女王が叫んだ途端、剣がぶつかり合う音が響く。チェロは上から奇襲を仕掛けてきていた。しかし体勢有利を放棄して、鍔迫り合うことはなくチェロはすぐに飛びのいた。その瞬間、彼の背後にあった木が中からはじけ飛んで、べきべきと音を立てながら折れていった。女王がそれを見て薄く笑う。

 

「少しは学んだようね。」

 

「おかげさまで。」

 

 チェロはそのように返した。地面に立ったチェロと、女王はあえて地面に降り立ち向かい合っていた。薄い月明りに照らされて見えた彼の姿は酷いものであった。上着を脱ぎ棄て、その下に羽織った衣服をまとっているが、白かったそれもところどころ真紅に染まっている。口から血が吐いた跡があり、そのダメージは小さくないことが見て取れる。しかしその目は少しも恐怖に染まっておらず、腕は少しも震えてはいない。そして握りしめられた剣からは闘志が……いや確かな殺意が感じられた。目の前の彼は、愛しき人がいる身と言えども女王にとって美しく見えた。

 

()()()()()()()するわ。」

 

「……?」

 

「いえ、別に他意なんてないわ。貴方を侮っていた事を謝罪したくなっただけ。私はもう貴方を侮らない。全身全霊を持って貴方を殺す。」

 

「そうですか。来世では初めから全力だったほうが良いですよ。初めから本気を出していたら勝っていたなんて情けないことを言わなくて済む。」

 

「ふふ、そうね。」

 

「……。」

 

「……。」

 

 辺りは再び静寂に包まれた。一触即発の空気が満ちる。二人は睨み合ったまま、剣を構えて立っていた。遠くから銃声が聞こえた瞬間、チェロは一瞬にして女王と距離をつめた。彼は右手一本で掴んだ剣を女王に向かって振るった。

 

「ふんッ!」

 

「ほうっ!なるほど!」

 

 その一撃は剣をふるった女王に防がれるが、チェロは左手で女王の細い首を狙った。しかし女王は少しの体さばきでそれを躱し、チェロの方をじろりと見る。一方チェロはそれ以上打ち込みあうことはなく、急いで離れた。その直後、彼の立っていた地面が抉れる。破壊の音楽によるものである。二人は再び三日月の下、向かい合った。少しの攻防だったが、お互い息を整える必要があった。お互いの攻撃が必殺にして必滅。正真正銘の死合たる戦いである。チェロは息を整えながら、思考を巡らしていた。

 

(剣をふるっただけで破壊が起きる……。これではまともに打ち合うこともできない。それどころか、恐らくやられるのは僕だろう。一発打ち合えば返しに二発、二回打ち合えば今度は四つ。たった一人の剣士なのにまるで軍隊でも相手にしている気分だ。剣と音、その同時攻撃……参ったな。どうやって攻めればいい?)

 

(打ち合うのは無理と判断して、剣を持っていない腕で私の首を狙いに来た。やはり油断は出来ない。一手間違えば、容易に私に届きうる攻撃だった。しかしそれは裏を返せばミスをしない限り、私に負けはないという事。……いいえ、私が勝つという事だ。そこを違えてはならない。)

 

(剣の腕は恐らく互角、だが魔術は圧倒的に僕が不利。というか僕は魔術なんて使えない。……音の攻撃をどう防ぐ?躱すのは精一杯できるが、だが躱しながらの攻撃で妖精の女王を倒せるのだろうか。……長期戦は不利。畳みかけて倒すしかない。)

 

(剣の腕は恐らく彼の方が少し上、けれど不用意に距離を取れるとはもう思えない。正直、この男に背中を見せるのは恐ろしい。……接近戦、それも次の打ち合い、最大火力で片を付ける。)

 

 二人はそう瞬時に思考し、再び剣を構えた。二人の結論は同じであった。体力を削りあう持久戦など、この戦いにあるはずもなかったのだ。互いの命をチップに変えてのオールイン。暗い命の奪い合い、それがこの決闘である。次の打ち合いにお互い全身全霊をかける腹であった。

 

「……。」

 

「へえ?なにかしら、その構えは?」

 

 チェロの取った構えは奇妙なものであった。まず極端な前かがみの姿勢を取り、今にも飛びかかろうとする獣の様である。さらに自身の剣を鞘に納めそれに両手を添えている。極東の剣士は、居合斬りという神速の技を使うらしい。鞘に納められた剣を抜きながらの一撃、だがなんとそれはただ剣をふるうよりも素早い一撃となるらしい。それを思わせる構えである。しかしそれはカタナと呼ばれる反りのある剣があっての技である。チェロの持つ直剣向きの技ではないのだ。あるいはチェロはこの土壇場で、伝聞でのみ聞いた技を使おうとしているのだろうか?

 

「成程、成程。面白い。どうやら策はあるようね。」

 

「……。」

 

 女王は剣を振りながらそのように答え、チェロは黙る。これは殺し合いである。チェロの技の準備が整うのを女王がただ待つわけがなかった。恐らく剣をふるった時に、既に音を出しての攻撃を開始しているのだろう。しかしチェロはそれを見ても動かなかった。

 

(一、二……七回振るった。数を覚えるんだ。必要なのは手数だ。僕の手数と敵の手数。それの計算を間違えてはいけない。)

 

(動かない、ね。別にはったりではないんだけれど。……しかし攻撃だけをしていてはいけない。この距離、決して防御をおろそかにできる距離ではない。)

 

 二人はそのように考え、地面に立って剣を構えた。女王が地面に立ってチェロと向かい合っているのは決して真剣勝負を望んだわけでも、相手をなめているわけでもない。単純にその方が有利だと思ったからである。妖精は空を自由に飛ぶ。しかし剣術において、空を飛ぶ方がいいわけでは無い。地面を蹴り、その威力を相手に伝え、防御を強引に崩す剣術は空を飛ぶ者は決して出来はしない。実際、空を飛んでいる時のつばぜり合いでは危うく切られるところであった。地面に立って、迎え撃つ。それが彼女の選択であった。

 

「……ッ!」

 

「来るか!」

 

 チェロが地面を蹴って駆けだした瞬間、彼の立っていた地面が抉れる。女王の音による破壊だろう。さらに一拍置いて二回目の爆発が起きる。チェロはその様を感じ取りながら、地面を蹴った。

 

(二回……残りの手数は五回、いいぞ。)

 

(さっきよりも突進がずいぶん遅いわね?何をしてくるのかしら?)

 

 三回目の爆発が起き、今度は近くにあった木を吹き飛ばす。チェロはそれを感じ取りながら剣をふるった。その剣はまだ鞘に入ったままだというのに、である。しかし振られた鞘は剣から外れ、女王の元に飛んでいった。女王はそれを見て、少しだけ面白そうにしながら口笛を吹いた。

 

「ヒュー!成程ね、鞘を飛ばしての攻撃……まあどうってことないけど。」

 

 女王は剣をふるって、防御した。鞘は剣に触れる前から、中からはじけ飛んで女王の元に届くことはなかった。音の魔術で破壊したのだろう。女王はにんまりと笑って、迫ってくるチェロを待ち受けていた。チェロはそれを見て、少しだけ歯噛みした。

 

(くそっ!だが良い。剣は振るわれた。このまま突っ込めば、僕の方が一瞬早い!)

 

「あら?」

 

 彼は今度は地面ではなく木の側面を蹴飛ばす。急激に加速した彼は、一気に女王の元まで近寄っていった。地面を走ってくるだろうと思っていた女王はその速度に少しばかり驚く。防御の体勢が完全には整っていなかった!

 

「はあっ!」

 

「ん、なかなか速い!」

 

 女王は剣の側面で防御する。目前まで剣が押し込まれるが、チェロはすぐに剣を払って離れたためどうにか助かった。その直後にチェロの立っていた場所に音の破壊が起きる。無論、チェロとて離れたくて離れたわけでは無い。そのまま切り伏せたいところであったが、音の破壊をもう一度まともに喰らうわけにはいかなかった。彼は勢いそのままに女王の後方に通り過ぎたが、すぐに木を蹴って女王の元に戻った。

 

「ふっ!」

 

「はっ!成程、捉えられない様に一撃離脱ってわけ?上等よ!」

 

 女王はそのように返し、今度は剣で押し返しチェロを吹き飛ばした。しかしチェロは間髪入れずに木を蹴って向かってくる。木を蹴る、離れる。木を蹴る、離れる。まるで弾むボールの様である。無論、女王も受けているだけではない。音の魔術を操り、チェロに直撃しないまでもダメージを与えている。しかし、女王はすぐに異変に気付くことになった。

 

(音が……出せていない!?何故だっ!!剣を振りながら、確かに音は出しているはず!)

 

 女王の剣からは破壊の魔術のための音が先ほどから出ていなかった。女王の驚愕した表情を見て、チェロはにやりと笑う。次に打ち合った瞬間、女王は気づいた。チェロの作戦とやっていた事を!チェロの持つ剣が、刃を立てていなかった。横向きであったのだ!そしてその剣身は、女王の持つ笛の剣、その刺突剣の穴の一つを塞いでいた!

 

(穴が……塞がれている!?成程、これでは精密な操作が必要な『妖精の歌声』は出せない。つまり削ってきていたのか、私の手数を!)

 

(六回……今まで振るわれた音の破壊は六回だ。あの表情、恐らく予想は正しい。音を出せていないのだろう、焦りを含んだ表情だ。あと一回破壊が終わった後、一気に始末するッ!)

 

 二人はそのように考えていた。ただ一つの穴を塞いだだけで、女王の操る魔術は発動を封じられてしまっていた。精密な操作を有する妖精の音の魔術は、それだけで発動が出来ない程シビアでデリケートな魔術なのである。最早その笛の剣から出るものは破壊をもたらす死神ではなく、醜く喚く雑音でしかなかった。お互いの手数の削りあい、チェロの考えていたのはそれであった。手札が尽きた時、それは単純な剣術勝負となる。そこを一気に押し込む気であったのである。そしてついに最後の破壊が起きた。その瞬間、チェロは今度は連続で剣を振り始めた。並大抵の守りなどそのまま打ち砕くがごとき剛剣である。しかしその全てを、女王は刺突剣をふるいながら防御していた。

 

「くっ、ふっ、ああ!?」

 

「成程、成程。こうして剣を交わしながらも、音を出させはしないってわけね。でもそんな事を気にしながら私に勝とうなんて……もしかして舐めてる?」

 

 女王の言葉通り、単なる剣術勝負であればチェロの方に分があっただろう。しかしチェロは音の魔術を封じながら剣をふるわねばならない。刃をふるう角度も制限される。段々と女王は攻勢に転じ始めていた。守るだけでなく突きをチェロに打ち込んでいく。チェロは段々と押し込められ始めていた。ついに突きを交わした直後、チェロの視線が一瞬刺突剣に集中した瞬間、女王は彼の剣を踏みつけた。握りしめた剣に体を引かれ、彼の体勢が大きく前につんのめった。それを見た女王の赤い瞳が細められた。

 

「チェックメイト、ね。それじゃ結構楽しめたわ。」

 

「……!」

 

 チェロの目が大きく見開かれる。チャンスは掴んだ、しかしそれを生かせなかった。残念でした、はいおしまい。……そんな事は彼はご免であった。彼は本能が警告するままにその体をふるった。逃げるためにではない。彼はむしろ剣よりも向こうを見ていた。すなわち刺突剣を握る女王、攻撃に転じた無防備な姿がそこにあった。彼は自身の剣を思い切り蹴り上げた。剣を踏みしめている女王の軽いからだが浮き上がった。

 

「な、にっ!?」

 

「せやらぁあああ!!」

 

 弾んだ女王の体をチェロは、蹴り上げた剣を左手で掴み思い切り振るった。女王は体をひねり、飛行して剣から逃れようとするがその一撃はあまりにも速く、そして不意を突いていた。その一撃が女王に迫る。終焉たる一撃が迫る。もはや剣の防御も、音を発することも間に合わないだろう。女王の額に一筋の汗が浮かんだ。彼女の術は強力だ。見えもせず、高速で無音で飛行する。しかしその秘密は別に大したものではない。この土壇場で発動したからといって、状況を改善できるものではない。

 

「まず……!」

 

 女王の声が漏れる。しかし剣は情けも容赦もなく、その柔肌を切り裂こうと空気の波の中を渡ってきていた。しかし、女王は何もできない。それが迫りくるのをただ見つめることしか出来なかった。剣も魔術の発動も最早間に合わない……。

 

 

 超音波、それは人間には聞こえないが確かに存在する音である。人間の聞こえる音の範囲は可聴域と呼ばれ、その範囲から外れた音が超音波と呼ばれるのだ。妖精の魔術とはいってみればその超音波を操るだけの術である。ただし神々や世界すら忘れられた『理から外れた音楽』をもたらす音波である。最早妖精以外扱えないこの高さの音は、音とは思えぬ極めて高い殺傷能力を誇る。太鼓の音の振動を遠くから感じる様に、その音は太鼓とは比較にならぬ爆発的な衝撃を与え、そして人間と妖精の可聴域に落ちてくる。もっとも、その音が聞こえるようになるのは妖精の魔術によるものであるのだが……戦闘に全く関わらぬ部分に力を入れるとは妖精らしいと言えるだろう。古き時代の人々はこの見えざる死をもたらす魔術を『妖精の歌声』と呼び恐れていた。さて、この話で重要なのは……別にフィロア嬢の魔術は笛の剣から出た音を操る魔術ではないという事である。

 

 攻撃を加えようとしたチェロの左手から()()()()()()()。彼の瞳に驚愕の色が映る。女王は安心したように少しだけ息を吐くと、口を開く。刺突剣が三日月を映して輝いていた。

 

「え、はっ?なんで……。」

 

「危ない危ない。安全策は張っておくもの、ねぇ!!」

 

 気合と共に女王の剣が斬りはらわれる。その一撃はチェロの左腕部から侵入し、さらに右に向かって胴体を傷つけて過ぎ去った。一瞬遅れて、鮮血が噴き出してくる。しかしそれだけではない。血液をを吹き飛ばすようにチェロの体に言いようのしれない衝撃が走った。『妖精の歌声』、である。最早それを防ぐ剣はなかった。女王の邪悪な笑い顔を見ながら、チェロは血を吐きながら大きく吹き飛んでいった。木を何本もへし折りながら飛んでいき、彼は地面に引きずられてようやく止まった。

 

「か、はっ!?」

 

「ふふふ、良いわ。悲鳴も出せないのね。」

 

 女王は笑った。チェロは呻いた。血を吐いた、斬られた。出血がひどい。死ぬ、死ぬ、死んでしまう!しかしチェロは強引に心の奥底に恐怖をしまい込んだ。そんな事を考えている場合ではない。剣、剣はどこだ?彼は薄れた意識の中で剣を探した。剣は自身と同じく吹き飛ばされてきたらしい。彼の近くにあった。チェロはそれを杖代わりにしながら、どうにか体を支えた。そうして視界が歪む中、彼は女王を睨んだ。

 

(なぜ剣が突然手から離れた?安全策とは何だ?僕は何をされたんだ?)

 

 その様子を見て、女王は笑う。どうやら教えてくれる気はないようである。音は発せなかったはずだ。ブラフだったのか。いやそれならもっと音で攻撃されなければおかしいはず。女王の魔術、笛の剣をふるって音を出す破壊の魔術。……笛の音。その瞬間、チェロの頭に一つの可能性が思い至った。

 

(口笛……!そういえば女王は吹いていたぞ!それを操作して、ずっとどこにもぶつけず保持していたんだ。やられた。安全策、か。)

 

 一方で女王の表情もすぐれなかった。笑いはすぐに引っ込められ、チェロの方をその赤く鋭い瞳で睨んだ。

 

(うーん……二発も喰らったのに、傷口から血液が滝のように流れ落ちているのに……まだ立ち上がってくるの、彼?)

 

 二人の顔に冷や汗が浮かぶ。その瞬間、女王はふわりと浮かぶ。その瞳は先ほどとは異なり睨むように細められ、逆にチェロのへの警戒を強めたように見えた。女王は何も言わずに空を向き、飛ぶスピードを速めた。彼女は上空高くに移動し森を見下ろした。そして剣を振りながら冷徹にチェロのいた辺りに狙いをつけた。

 

「不気味よ、貴方。私の勝ちに間違いはないけど大事を取らせてもらうわ。」

 

「空に!一方的に爆撃する気か!」

 

 チェロは傷を庇いながら走り始めた。女王は空高くを飛行している。森の中にいるチェロの事はよく見えないのだろう。だがそんな事お構いなしと言わんばかりに、周辺の木々や地面が順番に抉れ、破片を辺りに飛ばしていった。しかしそれを見ても女王は剣をふるうのを止めない。スラバの森の美しき黄金色がどんどん剥がれていった。

 

「むかつくのよ。私の方が、妖精の方が強いのに……なんだって私たちは迫害されなくちゃあいけないの?私の血が一体何をしたというの?愛する人にさえ一生正体を隠さなくてはいけない。そんな運命まっぴら御免。……消えろ。忌まわしき我が故郷!」

 

「くっ!」

 

 女王が叫ぶとさらに多くの破壊が巻き起こる。チェロは剣を弄りながら、女王の方を睨む。高い。背の高いスラバの木よりもずっと高くを飛んでいる。木を蹴っても、決して届きはしないだろう。それを見てチェロは一つの結論に至った。空をかけるものを仕留める方法はいくつかある。物を投げる、降りてきたところを仕留める……あとは、自らも飛行する。彼は破壊され見晴らしの良くなった森に出ると、大きく口を開いていった。

 

「女王!!僕はここだ!!」

 

「あら、チェロ。お元気そうで何よりよ!」

 

 興奮した様子の女王の声が響く。その獰猛な瞳には、ただ敵の姿の身が映っていた。その敵はボロボロの体を引きずり、剣をこちらに向けていた。……腹が立った。人間の癖にそんな誇りあるようなふりをするのが彼女の気に障った。そのような権利は人間には許されない。許されるのはマナスのみ、ただ彼のみだ。その敵は続けて叫んだ。

 

「貴君は運命に従っているべきだった!愛する人がいた!家族がいた!幸福だったはずだ!何を不満に思う!貴君の欲望、余りあるぞ!!」

 

「……幸福?私は幸福なんかじゃなかった。私は誰でもなかった。マナスにさえ自分をさらけ出せなかった。私は人間、私は妖精。でも私は人間として生きねばならなかった。……私はようやく自分を手に入れるのよ。」

 

「……!」

 

「私の事を分かったつもり?不愉快よ。死になさい。」

 

 女王は一気に剣を連続で八回振るった。『妖精の歌声』は魔力で操作され、そしてその狙いは極めて精確。その全てで今度こそチェロを跡形もなく吹き飛ばすつもりであった。しかし、チェロは一方で冷静に考えていた。破壊をもたらす見えざる魔術、その威力はすさまじい。……もしも、もしもそれを利用出来たら。恐らく可能なのは不意を突いた一回だけだろう。あの警戒心の強い女王が、空から一方的に攻撃を始めた。それは素晴らしい考えだ。空高いあの場所はどんな鎧よりも明確に、敵の剣からその身を守るだろう。しかし彼女はその代わりに鎧を脱ぎ捨てた。警戒心という鎧。敵の策に対する防衛を頭の外に追いやった。安全とは生物の危機感をきわめて鈍らせるものだ。……今ならできるかもしれない。妖精の歌声その破壊を利用できれば……きっと空だって飛べることだろう。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「え、はっ!?」

 

 女王の驚きの声が漏れる。チェロは近くにあったスラバの木を駆けあがり始めていた。しまったと思ったときにはもう遅い。音の破壊はその根元の幹に全てぶち当たり、そしてその黄金色の樹を空に向かって吹き飛ばした。スラバの樹のその背の高い幹を、チェロがその剣を構えながら走って女王の方に向かってくる。何度攻撃を当てても起き上がってくるその姿、あるいは人間の癖に誇り高いように見えるその姿、女王はその全てが不愉快になっていた。

 

「女王ォッ!貴君が人間の敵として生きるなら、生かしておけません!今その命をもらうッ!!」

 

「はっ!空を飛んできたから何?発想は認めるけど、私が受けて立つ義理無し!」

 

 女王は剣をふるって『妖精の歌声』を響かせた。誰の耳にも届かぬ、忘れられた音色。しかしそれは古き時代の魔術の通りに操られ、スラバの幹を粉砕した。足場が崩れたチェロは歯噛みをすると、思い切り幹を蹴飛ばして空に踊る。三日月の中、女王とチェロが交錯しようとしていた。

 

「来たぞ!女王おおおおお!」

 

()()()()()()()()()。」

 

 しかし女王は羽を動かすと身を引いた。真っ向勝負、それを彼女が受けることはなかった。重力に身を引かれチェロの体が落ち始める。二人の距離が離れ始める。千載一遇のチャンス、それが彼の手から零れ落ちていく。しかしそれだけではない。女王はその剣をふるおうとしていた。空中で自由に動けない人間を見逃すつもりはないのだろう。その剣に特大の魔力が込められる。それを見たチェロは手に力をこめ、悪あがきと言わんばかりに振り上げた剣を投げ放った。

 

「く、喰らえぇぇぇ!」

 

「ふふ。」

 

 女王はあざ笑いながら剣を躱した。チェロの視界に遠くなっていく女王の姿が映る。羽を生やしたその姿が三日月の中に溶けていく。逆光で浮かんだ、剣をふるうシルエットから声だけが響いた。

 

「外れ。まるで虫ね。蜘蛛の糸に絡まれて、どうにもならないのに無駄にあがくだけの虫。」

 

「……。」

 

「さようなら、チェロ。不愉快な人間よ。やはり貴方は羽虫の様に死ぬことになったわね。」

 

「あ……さくです。」

 

「は?」

 

 女王の素っ頓狂な声が響く。落ちていくだけの男が、真剣な顔で声を発している。その右手は……なんであろうか?伸ばされ何かを掴んでいるようである。それに何か手首に細いものが巻かれている気がした。その男の声が続けられた。

 

「貴君が教えてくれたんだ。安全策、それが勝負を分けたんです。」

 

「何を言ってい……?」

 

 その瞬間、薄暗い三日月が何かを映し出したのを女王の目は捉えた。布。細く黒い色の布が空中に伸ばされ、女王の背後まで伸びていた。女王の額に冷や汗が浮かぶ。背後?背後には一体何がある……?女王はそこまで考えると、背後を見る。そこにあるのは、剣。投げ放たれた剣の柄頭、そこに結びつけられた黒い布が剣をチェロと結びつけていた。

 

(ま、不味い!攻撃は終わっていなかった!!)

 

「ふっ!」

 

 チェロが布を引く。その瞬間、剣は回転し女王の方に刃を向けた。女王は至近距離のそれを躱すことが出来なかった。自身を庇った左腕に大きく傷を受けた。この戦いが始めってから、あるいは人生で初めて受けた激痛に女王は歯をぎりと噛んで耐えると、剣を振りはらいチェロの方を睨んだ。だが、その男は右手を大きく振り回していた。細い布に導かれ、チェロの体を中心に吹き飛ばされた剣が大きく回転する。遠心力、水を入れた桶を振り回せば水はこぼれてこない様に、その力は重力を超越する。剣が、再び女王の方に迫っていた。

 

「せやああああああああああああああ!!」

 

「この、人間がああああ!!」

 

 女王の叫びがスラバの森に響き渡った。チェロの目に月に映し出されたシルエットの中で、左腕を失った影が蠢いていているのが見えた。刺突剣を握りしめた誰かの左腕が地面に落下していく。落ちていくのは血液、敗者の肉塊と剣、そして勝者である。三日月の見守るもと、勝負は決した。

 

 

 

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