もしも小説版にRoseliaがあったなら。 作:星乃宮 未玖
ある春の日の夕暮れ、橙色に染まるアスファルトを一人の少女が歩いていた。茶色の髪を風に揺らしながらその少女──今井リサは少し顔を伏せながら自宅への帰路を進んでいた。
(今日も、言えなかったな)
アスファルトを踏む音を聞きながら彼女の脳裏に浮かぶのは、微かな後悔の混ざった今朝の記憶。大切な幼馴染みに貴女の力になりたいと告げられなかった、幾重にも積み重ねた苦い記憶。
「はぁ~! 何で昔は言えたのに今言えないかな~!」
その記憶を振り払うように頭を上げて茜空に向けてリサは声を上げる。その声は夕焼けに呑まれて消えてゆき、そのまま彼女は立ち止まって今度はか細い声で小さく呟く。昔というには遠すぎて、最近というには近すぎた過ぎし日のことを思いながら。
「ほんと、どーしてこうなっちゃったのかな……」
今井リサには、幼馴染みがいる。湊友希那という歌を歌う為に生きているような、そんな人間。そして、古き日の今井リサの罪の証。
リサにとってかつての湊友希那という人間は、不器用だけどとても愛らしい妹のような存在だった。少しお転婆でちょっと歌が下手だけど、歌を歌うのが大好きな明るい女の子、それがかつての湊友希那だった。リサも彼女の父と一緒に三人で歌を歌うのが好きで、年を重ねるにつれ頻度は減っていったものの、そんな温かな日々がいつまでも続くと思っていた。──リサと友希那が中学一年になるまでは。
中学一年のある日、友希那の父が亡くなった。事故だったらしいとリサは聞く。リサにとってもう一人の父親とまではいかなくても日常の中に入っていた大人の死というのは、リサの心に浅くはない傷を遺したけれど、リサにとっては葬儀の最中ずっと俯いて涙も流さない幼馴染みの方がより気がかりだった。
そして、やはり不安とは当たってしまうもので。葬儀の後、友希那は部屋から出ず、今まではしっかり返していたメッセージの返信などをしなくなってしまった。
初めの頃は友希那の部屋から彼女の父の遺した歌を歌う声が聞こえてくることもあり、リサもいつかは時間が解決してくれると思ってあえて触れることなく静観をしていた。しかしそれから暫くした頃、突然友希那の部屋から歌声が消えてしまった。
それが一日なら友希那も喉を休めたのだとリサも納得はしたのだが、その期間が二週間と続いた頃、リサは言いようもない不安を感じ、覚悟を決めて友希那の部屋の前に立った。
『友希那……大丈夫?』
『……ふふ。大丈夫そうに、見える?』
『……っ!』
閉ざされた扉。友希那の父が亡くなる前までは気軽に感じたその扉もその時はひどく重く思え、その向こうから聞こえる諦めにも似た笑いの混じった声もまたひどく枯れていたのも今も覚えている。
そんなかつての明るさを微塵も感じさせない幼馴染みの声は、なにかを語ろうとしたリサの声を詰まらせるのには充分で。そんな現実から目を背けたい気持ちに駆られたけれど。でも、それでも、今井リサという少女は前を向いた。
(きっと、それだけはしちゃいけない。今、友希那から離れたらアタシは後悔する。そんなのは嫌だから)
そして、弱気になりかけたリサの心の奥底に隠してきた何かが声をあげて、リサは心を再び心を奮わせて友希那に声を送る。
『それは……! ねぇ友希那、昔みたいに一緒に歌おう? 友希那のお父さんだってそんな友希那の姿を見たくないに決まってる!』
『来ないで。それに私はもう……』
『嫌だよ!』
『……っ!』
『アタシは友希那の幼馴染みで、友希那の歌が大好きなんだから! ……そうだ! 友希那が歌えないなら歌う理由をあげる!』
リサは叫ぶ、その言葉に最早理論なんてものでなく。ただの感情の押し付けで、自分でもあの時言った言葉をはっきり覚えてない程に、当時のリサは必死に言葉を紡いでいた。ただ、扉の向こうの明日にも消えてしまいそうな声色の幼馴染みを繋ぎ止めるために。
『理由……?』
『そう! ねぇ、友希那。お父さんの夢を継いであげよう! 友希那の歌で、メジャーに行って! お父さんの憧れの歌を歌おうよ! アタシもそばで応援するから……! だからお願い……歌ってよ、友希那』
『リ……サ……』
──けれど、あの時にかけたその言葉は正しかったのだろうかと、幾ばくかの時を経たリサは思う。
確かに、あの時と比べて友希那の様子は良くなりはした。父の死や幼い頃より抱えて喉の障碍という嵐を踏み越え、友希那は今日も立っている。しかし、その代わりにかつて存在していた彼女の明るさは失われ、リサが与えてしまった『夢』に向かってひたむきすぎる程に突き進むようになってしまった。それはまさしく、命を燃やし尽くしてしまうのではと思うまでに。
(だからこそ、いざという時のためにアタシが傍にいたいんだけどなぁ……)
それが、そのあり方が、リサは恐ろしい。燃え上がってて、突き進める今からはいい。でも、本当に心配なのは、その状態の友希那が致命的に折れてしまった時。その時に訪れるであろう反動は、きっとあの時の比ではないとリサは確信している。だからこそ、その致命的な挫折を傍で見守れるポジションを維持しておきたいのだが。
(アタシのことを案じて距離を取ろうとするのは予想外だったなぁ……)
しかし、リサの予想から外れていたのは友希那がリサのことを自身の活動から遠ざけてしまったことだ。その行動の意図について、リサも伊達に友希那の親友をやっていないので分かる。恐らく彼女は自分がリサを傷つけないためにあえて音楽の話題を反らしているのだと。
(アタシとしてはそれを覚悟してるんだけど……それで友希那に無理をさせるのも本末転倒というか……)
「うーん……」
そして、その意図を察するが故に。今の成長し、考えて言葉を紡げるようになった自分ではあまり強く友希那に出られない。そんなジレンマに悩みながらリサは自宅へと歩を進める。
(あの時のアタシ、どこに行っちゃったのかな。今のアタシを見たらなんて言うんだろ。『なにしてんの!? 早く友希那のバンドに入りたいって言いなよ!』とか?)
「うわー……それ、めちゃくちゃ言いそー」
そんなことを口にしながら、リサは思う。あの時の友希那を立ち上がらせた自分は本当に今の自分を許せるのかと。その答えはきっと考えるまでもなく、かつての自分は今のリサを叱責するだろう。そんな有り様はあの時親友を立ち直らせた少女に忍びない。そう思いながらリサは一つ頬を両手で叩く。
「よし、決めた。明日、絶対友希那に言おう。手伝いでもいいから友希那の傍に居させてって」
ジンジンと軽く痛む頬と掲げた決意を伴って、リサは帰り道にある最後の曲がり角を抜ける。そしてその先、自宅前の直線道路にリサは見知った幼馴染みの影を見た。
「あれ、友希那……?」
自分の家と勘違いしたのか、リサに用事があったのか。どちらかは分からないけれど、リサの自宅の塀に身体を預け天を仰ぐ幼馴染みの姿に、リサは直感的に不味いとかんじた。無意識のうちにだんだん歩く速度が上がっていく。嫌な予感にざわめく心のうちの片隅で、かつての
「ゆーきな? どうしたの、こんなとこでさ?」
「リ……サ」
潤んだ視線と上擦って掠れた声。それだけでリサは先ほどの予感が正しいことを察する。そして、先ほど決意したことへのタイムリミットが、あまり残されていないことにも。
少女の決意を示す時が少しずつ、されど確実に迫っていた。