もしも小説版にRoseliaがあったなら。 作:星乃宮 未玖
「──まずは、ギターを探しましょう」
翌日、学校から帰宅した二人は友希那の部屋のテーブルを囲むと、友希那は開口一番にリサに向けてそう言った。
「あれ? でも友希那さ、確かギター出来たよね。ほら、そこにあるし」
そんな友希那の言葉に、リサはふとした疑問をぶつける。その視線の先にはスタンドにかけられた一本のアコースティックギターがあり、友希那も指差されたのと同じそれに目を向けた後、小さくため息をついた。
「……確かに弾くだけなら弾けるわ。けど、弾きながら歌おうとすると別よ。一時期やろうとしたけどどうにもならなくて諦めたわ。……その理由は、リサなら分かってくれると思うけど」
そう言いながら喉に軽く触れる友希那を見て、リサはおおよその理由を察した。それはきっと友希那の喉の障碍によるものだと。
友希那の抱える喉の障碍は緊張すると喉が異常な動きをしてしまい声が上擦ったりかすれた声になるというものであり、それを可能な限り抑えて歌うにはかなりの集中が必要で、そこに加えてギターを演奏するというのは難しかったのだろう。それに気づいたリサは友希那にそっと頭を下げる。
「あー……そういうこと。ごめんね友希那、アタシが悪かった」
「大丈夫よ、別にリサを責めてるわけじゃないわ。だから顔を上げて。……それに、もうどうしようもないことだもの」
「……ありがとう。それでも、ごめん」
「大丈夫よ。だってリサがついて来てくれるんでしょ? それなら私はどうしようもないことでも、どれだけだって頑張れるから」
「えっ」
その友希那の言葉に、リサはつい顔を上げて友希那を見つめる。何故ならリサの耳に届いた声は、あの時から出すようになった冷たさを感じるような声色ではなく、ここ数年聞けなかった朗らかな声色をしていたのだ。
そして見上げた先にあったその表情。そこにはかつての明るいとまではいかないものの、最近の張り詰めたような表情ではなく、穏やかな表情を携えた友希那がいた。
そしてその友希那から伝えられた言葉。それはあの時からリサの心に渦巻く後悔から抜け出すには十分で、微かにリサの視界が滲むとともに、ほんの少しだけあの時の何もできなかった今井リサが救われたような、そんな気がした。
「……うん、勿論だよ。だって友希那の最高のステージを見るのが、アタシの夢なんだからさ」
しかしそれも一瞬のことで。リサがそう言った時には既に友希那の表情は普段通りのものに戻っており、けれど微かに赤みがかった頬のまま微笑んだ。
「ふふ。……えぇ、そうだったわね」
「あ、でも無茶だけはダメだからね! ちゃんと病院行ってる? 瀬名さんに迷惑かけてないよね?」
「大丈夫よ、ちゃんと行ってるわよ。──それより、話を戻しましょう」
そのリサの言葉に少しバツの悪そうな顔を浮かべた友希那はそれを誤魔化すように咳払いをしながら、少し視線をずらしながら少し小さめの声で呟いた。
そしてその言葉にリサは(あぁ、これは瀬名さんに迷惑をかけているな)と思い、この我が道を行く幼馴染みを相手にしている瀬名に久しぶりに何か差し入れでも作ることを決めて、そっと友希那の言葉を受け流した。
「あ、うん。そうだね、ごめん」
「とりあえず、私がギターをしながら歌えない以上、誰かに加入してもらう必要がある。他のパートも当然必要だけれど、とりあえずはギターから勧誘をしようと思う」
「ん? ってことはさ友希那、そのギター担当の当てってあるの?」
そのリサの言葉に友希那は小さく不敵な笑みを浮かべながらスマホを取り出す。そこには一つのバンドが写し出されており、そのうちの一人の少女を指差しながら友希那はリサの質問に答えを返した。
「──えぇ、勿論。ところでリサ、明日は暇だったわよね?」
月明かりの照らす夜の道を、一人の少女が行く。その背には一本のギターが背負われており、ほんの少し俯いた姿勢でその少女は静かな夜の道を進んでいく。
「はぁ……」
そんな少女──氷川紗夜はふと足を止めてため息をこぼす。その脳裏に浮かぶのは、先週に行っていた自身の所属している──或いは、もうしていないのかもしれないバンドでの練習後でのの一幕。
『紗夜ってさー。なんかつまんないよねー』
『えー? どうしたの急に』
最初は、紗夜の所属しているバンド『サニーレタス』のメンバーが練習終わりのロビーで、一旦席を外していた紗夜が戻りかけた際に発した言葉だった。その言葉に驚いた紗夜は、咄嗟に身を隠してロビーからの会話に聞き耳を立てる。そうして様子を伺うと、主に話しているのはキーボード担当のメンバーと、それに相づちを打つドラム担当の二人らしく、他の二人のメンバーは少し諌めるような視線を送る程度だった。
実のところ紗夜は、最初から特段音楽というものに強い興味があった訳ではない。ただ、自慢であり羨望を向ける妹が当時やっていなかったのが楽器演奏というだけでギターを始め、当然バンドというのもあまり興味はなかった。『サニーレタス』に所属したのもリーダーである少女が紗夜の友人であったという程度のものだった。
『そんなこと言っちゃ可哀想だよ~。……まぁ私もそう思うけど』
『だよね! なんかいっつも澄ました顔してさー。私は貴女達とは違いますーって感じ? そういうのみると、こっちもつまんないっていうかー』
『ちょっと、気持ちはわかるけど声落としな? 紗夜に聞こえちゃうかもでしょ』
『あー……ごめんごめん。確かに聞かれたら面倒だよねー』
(どうして……確かに流れで始まったバンドだったけど、一緒に遊んだりもしたのに……あれは、あの時間は、嘘だったの?)
だがそれでも。メンバー達と過ごした時間は確かに心地よく、そうして過ごした仲間と奏でる音楽も楽しいと思えてきて、妹に劣り続ける自分のことを少しは肯定できそうだったのに。その仲間だと思っていた相手からのその言葉が、紗夜には理解できなかった。
『でもそう言うにーなはどうよ? 紗夜のこと』
(……! 大丈夫、きっと新奈なら私のことを庇ってくれる。だって、だって新奈は私の──)
キーボード担当が自身を諌めた紗夜をバンドに誘った友人──新奈という少女に紗夜のことを問うと、紗夜はより一段と集中して会話を聞こうとする。その手は白くなるほどに握りしめられて、瞳には微かに涙を浮かべながら、祈るような気持ちで紗夜は新奈の返答を待つ。
そして、新奈のその言葉は。
『うーん。正直私も同意かも。ほら、前話したフラれたって話、アイツ紗夜のこと好きだったって言うし。だからちょっとムカつくというかー……。全く、あんな澄ました顔ばっかしてるやつのどこがいいんだっての。あ、てかさぁ──』
紗夜の心を砕くのには十分だった。
「私は、あの時どうしたら良かったの……?」
そのことを思い返し、紗夜は小さく疑問を夜空に投げる。その後、紗夜は先に帰るとバンドのグループチャットに嘘の連絡を入れ、そこから練習以外なるべく顔を合わさないようにしていて、今日はこんな時間まで行くあてもなく歩いてしまっていた。
(明日はライブの日なのに……。気持ちを切り替えないといけないのは分かっているのに……)
けれどこの陰鬱な気持ちは紗夜の心から消えてはくれなくて、むしろ焦燥ばかりが紗夜の心に積み重なっていく。そうして先ほどの空に投げた問いの答えを得られぬまま紗夜は自宅へとたどり着く。
「ただいま……」
「あ、おかえりおねーちゃん!」
扉を開けた紗夜に向けて明るい声が届く。その声の方を向けば紗夜の妹である日菜がリビングから顔を出して迎えていた。
「えぇ……ただいま。日菜」
「……おねーちゃん、大丈夫? 元気ないの?」
「……えぇ、大丈夫よ。そういえば、日菜」
「んー? どうしたの?」
「もし、私がギターをやめると言ったらどうする?」
自慢ではあるが若干疎ましさを感じる妹に、沈んでいる気持ちが更に落ち込むのを感じながら、紗夜はふと思いついた疑問を投げ掛ける。その視線の先には紗夜が使用していたものと同じ、されど比べるまでもない程に付箋の少ないギターの教本があった。
その視線に気付いているのかいないのか。紗夜の質問に日菜はほんの少し唸った後、とても軽い口調でこう言った。
「んー……まぁ、おねーちゃんがやめるならあたしもやめよっかな。別にそこまでこだわりないしー」
「…………そう。……私ちょっと部屋で休むわね。お母さんにもそう言っておいて」
「え、ちょっとおねーちゃん? ほんとにギターやめちゃうの? ねぇ!?」
─やっぱり貴女はそう言うわよね。
少しずつ遠ざかる妹の声を聞きながら紗夜は乱暴に自室のドアを閉め、荷物をいつもより適当に置いてベッドにうつ伏せで倒れ込みながらそう思う。それは紗夜自身でも予想のついた回答で。あの才能に満ちた紗夜の妹は紗夜の後をついて歩き、簡単に紗夜を抜き去って、諦めた紗夜が別の道を進めばあっさりとその道を捨ててしまうのだ。そしてあの回答はそれを問い詰めた時の日菜の常套句だった。
(私だって頑張って、ギターが今まで一番楽しかったのに。なんであの子はそれを私がやめるからで捨てれるの? 新奈は私といても楽しくなかったの? なんで誰も私を──)
顔に押し付けた枕がどんどん濡れるのを感じながら、紗夜は漏れでる声を必死に噛み殺す。それから暫くして疲労で薄れていく紗夜の意識の奥から親友だと思っていた少女の声が聞こえた。
──てかさぁ。紗夜の妹入れない? たまに弾いてるの見るけど紗夜より上手いし、程よくアホっぽいから男集められるでしょ。