TS転生でチート美少女になったから好き勝手生きたい 作:ぼんひん
一つだけ言い訳をさせてもらうと、私だって最初から好きで引きこもっていたわけじゃない。
むしろ転生した直後は、自分の才能に溺れて、自分なら何でもできるのだと本気で信じて魔術の研鑽を重ねていたくらいだ。
私が生まれたのは魔術の大国マギステル王国の名門マギスフィア家。
この世界の魔術の最高峰が学べる家に、死ぬほど顔の良い天才が生まれたら人はそれを神童と呼ぶ。
まず、魔術の研究ってのが自分向きだったのもある。
魔術というと現代の科学のような、パソコンのプログラムを思い起こす。
しかしこの世界の場合はTCGのデッキ構築に近い。
複数存在する魔術の構成要素から、魔術を発動するのに最も効率のいいパターン……デッキを組むのがこの世界の魔術。
TCGもそれなりに嗜んでいた身としては、正直かなり頭に入ってきた。
そんなわけで、神童と褒めそやされるままに、私は研究に研究を重ねた。
幼くしてマギステル王国の誇る魔術学府ことマギステル王立魔導学院の首席となり、この世界で最も魔術を使いこなせる魔術師の頂点にまで上り詰めたと本気で考えて。
最終的に調子の頂点に達した私は、魔導学院の研究発表会である発表をした。
その名も「究極の魔術」。
果たして究極とは、何か一周回ってバカみたいじゃないか?
と、当時を思い返す度に思うのだが、とにかく発表した。
もちろん、飛ぶ鳥を落とす勢いだった神童マテリナ・マギスフィアの発表だ。
究極なんて銘打たなくても誰だって発表を見に来る。
むしろ見に来ない方がまずいというくらいに注目を集め、おそらく当時在籍していた学生、教師、ましてや国の重鎮すら集まった発表会で──
私は発表を大失敗した。
何でそんなことになったのかと言えば、魔術ってのはTCGのデッキ構築と同じと言った。
だから、発動してみるまで──初手をドローして中身を見るまで──内容がわからない。
仮にもしこれで、大会に持ち込むデッキと、フリー用のデッキを取り違えたまま確認を怠って大会でフリー用のデッキを握っていることに気付いたら?
後は概ねお察し通りである。
まあ、実際には普通スリーブ分けるだろうという話ではあるけど、魔術にスリーブはないので。
もちろん、だからこそスリーブのない魔術でこういうミスはよくあることだ。
というか他の魔術師もよくやる。
別に一回失敗しても、状況的には大会と違って、また発動し直せばいいわけで。
敢えてミスして、会場の空気を弛緩させる魔術師だっている。
でもまあ、もしそれをやったのが本来なら自己評価最低の、何か調子に乗ってるだけの陰キャならどうなるか。
それまで何一つミスもなく、やること為すこと全てが完璧で入られただけのメンタル凡人ならどうなるか。
前世から含めて、こんな大舞台で失敗するどころか挑戦する経験すらなかった人間がどうなるか。
──多分、私のメンタルに共感してもらえる人なら一発で想像がつくと思う。
ただ、これに対して世間の反応は決して悪いものではなかった。
何せ傍から見れば私は、当時10歳にもなっていない小娘で、これまでがむしろうまくいきすぎていたくらいなのだ。
ちょっとのミスはむしろご愛嬌。
むしろこのミスで完全に思考がフリーズして、パニックになった結果、発表が中止になってしまったことを心配するものがほとんどであった。
でもまぁ、そんな経験をした陰キャに立ち直ることなんてできるはずもなく。
私はそこから十五歳までの人生の半分くらいを引きこもって過ごすことになる。
いいじゃないか、チート美少女なんだから一生親のスネをかじって生きても。
というか、人前で研究発表ができなくなっただけで、魔術の研究自体は続けていたから周囲からあまりとやかくは言われなかったし。
それでも、まぁ流石に15にもなれば家族も心配するというもので。
追い出されたとはいっても、決して悪い意味ではなかったんだよ。
一つだけ言い訳させてもらうとね?
……究極の魔術って結局なんだったのかって?
当時のことがトラウマになってしまって思い出せないんだよね、これが。
<<<>>>
「マテリナお姉ちゃん……これは流石にやり過ぎだよぉ」
「……一つだけ言い訳させてもらっていい?」
冒険者には拠点がつきものだ。
私の場合は、世界一の巨大ダンジョンを有する冒険者の街、ラビリアのとある宿を拠点にしている。
この宿のいいところは温泉があること。
毎日温泉に入って、日々の疲れを癒せるというその一点から私はここ、宿「しおさい」を拠点に選んだ。
名前の通り温泉は塩化物泉のしょっぱい温泉で、風呂上がりのお肌が痒いアレである。
で、今は何をしているかといえば──
「浴槽がピッカピカすぎるよー!」
風呂掃除である。
ここは宿屋「しおさい」のお風呂、何故か前世と同じピカピカのタイルで作られた大浴場の内部。
この世界、命が軽いのとマンガやゲームがない以外はかなり文明レベル高くて助かるね。
それはそれとして、今は掃除の真っ最中なのだが、端的に言うと
「…………煽ったのはハナちゃんだよね?」
「…………そうだけどー!」
私にぷんすこと起こっている齢8つの美少女の名前はハナちゃん。
ふわっとした茶髪の可愛らしいお嬢さんで、この宿屋の看板娘だ。
私達が何をしているかといえば簡単で、ハナちゃんが頼まれた浴槽の掃除を私が手伝っているという状況。
ただし、こっそりと。
「でも、お姉ちゃんがこんなに綺麗にしたら、お姉ちゃんが掃除したってバレるよー!」
「ちょっと調子に乗っちゃっただけだし……」
ぽこぽこと、ハナちゃんのパンチを受け止めつつ、内心やってしまったと視線をそらす。
何かと言えば話は単純で、ハナちゃんは浴槽の掃除を頼まれたが、これがなかなか面倒くさい。
なので魔術師にして、掃除の魔術もバッチリ使える私にこっそり清掃を依頼したわけだ。
そして私は受け持った。
宿屋「しおさい」名物の塩アイス一個で請け負った。
これがね、マジで美味いの。
というのはさておいて、ちょっと意外に思うかもしれないが自分は決して人との付き合いができないわけではない。
陰キャでコミュ障だからって、ある程度の会話ができないと社会に出られないんだよな……人生は厳しい……
特に、ハナちゃんくらいの幼い子とはそこまで気兼ねせず話すことができる。
だって、こっちの事情にかかわらずかまってくれるから……
一緒に遊んでいるだけで、面倒を見ていると周囲が思ってくれるから……
遊んでもらってるのはこっちな気もするけどね……
「どうしようどうしようどうしよう、またお母さんに怒られる! 塩アイス抜きだー!!」
「それは困る、そうなったら私も塩アイス貰えないし」
「言い訳、考えるよ!」
失敗の原因は、単純に私が調子に乗ったからだ。
先日、人助けをしたことでちょっとだけ承認欲求が満たされ自己評価の回復した私は、ハナちゃんに煽られて調子に乗ってめっちゃ気合を入れて浴槽を掃除した。
ハナちゃんも何かノリでそれに応じてしまって、気がつけば目の前にはピカピカすぎる浴槽がそこに。
毎度そうだ、調子に乗るとすぐ失敗する。
例のトラウマで散々こりたのに、反省が足りていないけれど、多分きっとどこかでまたやらかすんだ。
ああ、どうして私はいつもこうなのだろう。
「お姉ちゃーん、一人の世界に入らないで言い訳考えて、マテリナお姉ちゃーん」
「このままナメクジになって塩で干からびたい……」
「うちの宿屋がふうひょーひがいで潰れちゃうよぉ!」
なんてやり取りをしながらも、私は少し考えた。
正直、一番楽なのは普通に謝って怒られることだ。
ハナちゃんのお母さんは優しい人だし、きちんと謝れば相応の叱り方で許してくれるだろう。
ただ、この場合の問題は、
普通に申し訳無さそうにされて、それで終わりだ。
ならばそれの何が問題なのかって、
研究会の大失敗で、一番キツかったのが怒られなかったこと。
もっと甘えた言い方をすれば、怒られて許されられなかったこと。
そうすれば、一度怒られたことで気持ちを切り替えることもできただろうけれど。
それができないのが、私は今も少し怖い。
今回のことは、なんてこと無い日常のちょっとしたことではあるのだけれど。
それでも、少しだけ引っかかってしまうものができてしまうくらい。
だから考えて、私は一つの結論を出した。
「……問題を、更に大きな問題で有耶無耶にしよう」
ぽつり、と一言。
「ほぇ? どういうこと、お姉ちゃん?」
「横着をして、結果失敗したから怒られるなら、そんな失敗が些細なことになるくらい、もっと大きな問題を起こそう」
「……ど、どうやって?」
ごくり、とハナちゃんは喉を鳴らして訊いた。
「女将さんっていつもこの時間、買い出しに出てるよね?」
「……うん」
「旦那さんは?」
「今の時間は、一階の厨房でお昼の準備をしてると思う」
「旦那さんに一言断った上で──」
私は、そこで一拍置いた。
「女将さんが帰ってくる前に、この宿屋を全部まとめて綺麗にしちゃおう」
「……! それなら、もうお風呂がどうとかそういう問題じゃないってこと!?」
「少なくとも横着したって事実はなかったことにできるし、あまりにもやってることの規模がデカすぎて、女将さんも怒るより先に困惑が来る」
「……!!!!」
その時、ハナちゃんに電流が走る。
これだ、と言わんばかりの顔で私に背を向けると、
「お父さんにどこ掃除すればいいか聞いてくるね!」
パタパタと笑顔で駆け出していった。
とにかく、これで。
やらかしたのも私で、唆したのも私だ。
実際に私が言った通りになる可能性だって十分あるけれど、私が怒られないということもないはず。
何となく、胸のつっかえが取れて一安心だ。
なお、あまりにも掃除した場所がキレイになることに喜んだ「しおさい」の旦那さんが暴走し、女将さんの怒髪天が旦那さんに直撃することになるとは、この時の私には想像もつかないのだった。
怒られないのが怖い云々? あまりにも順調にフラグを立てまくる旦那さんにオイオイオイってなってたからそれどころじゃなかったよ。
そこまで引きずってはいないけど、そもそもの闇が濃い目な気もします。
そんなトラウマ。