運使い対無貌の仮面……VSメシア教会   作:十八

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すいません!寝てました!短いです!


第4話-2

 

 少し小さくなったジャージを、内側から筋骨がみっちりと盛り上げている。

 昨夜の雨で靄がかった日曜の早朝、中村翔意はいつも通りに日課を熟していた。

 大柄な体を駆動して、タッタッと、軽く地を蹴るリズミカルな走行音。

 ランニングと言うにはハイペース、マラソン走者ほどもある速さ。

 額に汗し、全身から湯気を噴き上げるようにして、朝晩大分冷えるようになった街を少年は走り抜け……と、歯車のように時を刻んでいたその足音が、ふとその速さを緩めた。

 目の前に広がる住宅街、何時ものコースの公園の脇に、見覚えのあるカーキー色のトラックが停車していた。

 リフトアップされた足回りに、オフロードタイヤを履き、荷台には、テントめいたシルエット、台形に中央が少し高くなった奇妙な幌が掛かっている。

 そして、そこから延びる彼に向かって延びる方向性。

 オカルト素材で強化されたその軽トラの、窓の内側で彼の先輩、原川弾が招きよせるように手を振っていた。

 ペースダウンした少年は、そのままトラックの傍らへ。しかしクールダウン、足は止めずに、その場で速足を踏み続けた。

 

「お疲れ、翔意。神社に居た頃からそうだったが、朝から随分熱心だな」

 

「……おはようございます、先輩。こう見えても一応、中学時代は陸上部だったので」

 

 そうして徐々に足を緩めて、翔意は呼吸を整えてから、先輩にそう答えた。

 

「へぇ、種目はなんだい?」

 

「一応メインはハードルです。個人的に距離は長い方が良かったんで、雑食で色々やってましたし、跳躍系も一通り手を出しましたけど」

 

「……ああ」

 

 前世の彼は災害で死んだと聞いている。

 そして、記憶を取り戻す中学の三年迄、思い出せない脅威を心は認識し続ける奇妙な焦燥に捕らわれていたというから、恐らくその選択は、前世の記憶に基づくものだろう。

 藪蛇を踏み抜いた気分。思い至って言葉を濁した原川に、少年は苦笑した。

 ハードコースで覚醒(めざめ)た転生者達は、どうも前の死因にナイーブになるきらいがあるらしい。

 

「今にして思えば覚醒の兆候だったのですけど、いろいろ思い出して上の空だった最後の記録会が、人生一調子が良かったのには乾いた笑いがでましたね。

 追い風参考でしたけど、県記録を結構更新してしまって、陸上推薦を強く勧められたのもちょっと厄介でした」

 

 当然ながら、その頃既に、彼は自分に陸上に走らせた衝動をきちんと理解していた為、高校進学後、自主トレーニング以上に走る気はなくなっていた。

 山岳マラソン(トレイルラン)やパルクール等、より気が惹かれる種目も無くはなかったが、近辺に前者を学べる高校はなく、後者はそもそもまだ生まれてもいない競技だ。

 

「記憶のおかげで優等生でしたし、元々変なこだわりがある(めんどくさい)奴と見られてたので、陸上はあくまで趣味と押し切って進学校に行きましたし、束縛されるのが嫌だったんで、面接でも一切口にしませんでしたよ」

 

 そうして例の掲示板に行き着いた翔意は、夏休みに合宿に参加して今に至っている。

 

「……妙な技をとは思ってたが、覚えるには覚えるだけの素地があったわけだ。

 ま、俺らの中じゃ相当珍しいタイプだけどな」

 

 連合の転生者達が、覚醒や成長に際し覚える力は、概ね前世から引き継いだ霊的素養に基づくもので、現世での研鑽によるものは比較的希少だ。

 尤もそう言った少数例も、本当に自分の意志で習い覚えたのか、或は、魂のルーツに連なる為に惹かれたのかは、過去生に覚醒でもしない限り全くの藪の中なのだが。

 

「どうでしょうね?

 或は前々世辺りで、天狗か神猿と縁があったのかもしれませんよ 」

 

 だからとそう言う後輩に、原川は肩をすくめてこう答える。

 

「義経や移香斎(いこうのさい)を気取るなら、先に剣技の一つも覚えたらどうだ?」

 

「や、行者の類って線も……っと、それより先輩、こんな朝早くからどうしたんですか?

 何か用でも?」

 

「ああ悪い、そうだったな」

 

 前置きの筈の雑談が、思いのほか長引いた。原川はシェードを降ろすとその裏に挟んであった封筒を翔意に差しだす。

 翔意が受け取る、何処にでもある薄い茶封筒。

 その表書きには峰津院堂満の署名と、今朝手渡し、その場で開封せよ但し書きがあった。

 

「なんです?これ?」

 

「昨日届いた俺宛の資材に紛れてたんだよ。

 中身は俺も知らないが、ショタおじは占術にも長けてるからな。

 多分、なんか意味があってのこの指示だと思うぜ?」

 

「へぇ、じゃあ早速」

 

 そう言ってその封を千切り取ると、中には薄い和紙の一枚だけ入っている。

 表裏と確かめるが、どうやら三つ折りにされていたそれは、全く白紙のようだった。

 ただし、それは何もないと言う事ではない。

 その和紙には、三つ折りの跡以外にも、結構な数の折筋が入っていた。

 

「んー、これ折れってことでしょうかね?」

 

「俺は何も聞いてないぞ??」

 

 そう首を振る先輩に、ふむん、息を吐きだし少年はその紙を指で操る。

 幸いと言うか、その折り目は日本人なら誰もが知っているだろう折り紙のものに見える。

 対角線で三角形に二度折ると、次に両側の袋を潰すように正方形に……と、それを折り進めると、ふと手の中でそれが勝手に折り上がろうと動いているのに気づいた。

 

「……やはりシキガミか」

 

 離して置いた掌の上、紙は勝手に折れ曲がり、折り上がり、瞬く間に鶴の形を現す。

 そうして二つの視線の前で、ふわり、前兆も無く浮き上がったそれを、少年は慌て両手で覆った。

 

「せめて準備位させてくれ」

 

 思わずそう声をかけると、その言葉を理解したのか、掌中の鶴は萎んで横に倒れる。

 準備ができたら膨らませと言う事だろうか?

 動きを止めた鶴を、翔意はほっと摘み上げ、ジャージのポケットに差し込むと傍らの先輩へと目を向けた。

 

「僕は、着替えて直ぐこれを追うつもりですけど、先輩はどうします?」

 

「俺はまだ、急ぎの仕事があるから、止めとくよ。

 見た感じ、飛ばずに後は追えなさそうだしな」

 

 そう答えた先輩と別れ、彼は全速、視線を避けて家へと戻った。

 急ぐ必要があるかは兎も角、シリアスな状況で先延ばしにしても良い事はない。

 それが前世の記憶から翔意が学んだ一番の教訓だった。

 朝食、シャワーを手早く済ませ、自室に戻って鞄の中から装備を取り出す。

 身を締め付ける高機能(コンプレッション)肌着(インナー)の上下に、サイクルジャケットと半ズボン。

 移動手段(あし)と見た目を揃えた戦闘服の上に、指無し手袋(サイクルグローブ)耐衝撃腕時計(G・ラダーズ)、サングラスと身に着け、上着の背のポケットに、買い置きのスティック羊羹(ほきゅうしょく)を差し込んだ。

 バッグを背負い、サイクルメットを手にして、慌ただしく部屋を出ると、親への手紙(メモ)を残して、玄関の壁に掛けた自転車を降ろした。

 家の前、担ぎ出したそれに跨り、リベラマを起動。

 手にした鶴を開き膨らませると、先と同じようにそれは掌から浮き上がり、そして空へと向けて飛んで行く。自身もそれを追い、リフトマ&ホッピング。

 自転車への熟達、その挙動の理解、そして、シキガミと自身のレベルの上昇。

 ぐっと跳躍距離を増し、また、乘ったまま一息に跳躍できるようになったそれで、跳ね上がり、鶴を追う。

 そして空路を走ること大凡一時間。

 走り着いた東京都内(・・・・)、翔意は鶴を追い、古びた雑居ビルに降り立った。

 その薄汚れた屋上に、見覚えのある疵顔が一人、鶴を掌に乗せもう片方の手を上げる。

 

「よう義腕の、2カ月ぶりってとこか?」

 

 霊視ニキ。メシアスレイヤーとして知られているガイア連合幹部の一人。

 幾度か世話になっている彼に頭を下げると、翔意は自転車を降り立った。

 

「こちらこそ御無沙汰しています。

 しかし、わざわざ霊視先輩が出向くとは、いったい何があったんですか?」

 

 そうして彼が尋ねると、疵顔の巨漢は眉を顰めてチッと小さく舌を打つ。

 

「最近メシアの件で、山梨支部がごたついてるって話は知ってるな?」

 

「はい、GLZYTの捜索中に引っかかったと伺っていますが」

 

「アレな、どうやら奴に塩を送られたらしい」

 

「は?こちらの攪乱の為とかじゃなくてですか?」

 

 意外なその内容に、は?とその表情の中にいくつもの疑問符を浮かべた彼に、霊視は忌々しげに首を振る。

 

「無論、その意図もあるだろうとは思うがな。

 調査の結果、例のメシアン共は、教団内の誰かに嵌められた結果こちらにボロを出した可能性が極めてが高い事は判った。

 そして、こっちの動きを大雑把にでも把握して、それに合わせて奴らの足を綺麗に掬える人物がいるとしたら……」

 

「……GLZYT、或は、その一味の仕業である可能性が高いと?」

 

「そう言う事だな。

 でな、どうやら、栃木支部から報告があった神父の人事にも、例の足を掬われた奴らと同じ派閥が絡んでるらしい」

 

 その答えを肯定し、更にこう付け加える疵顔に、翔意もまた顔を顰める。

 

「ソイツはまた、面白くない話ですね」

 

「だろ? 正直、ショタおじの意向だと、栃木派出所には、GLZYT相手の見せ札と言う面が強かったようなんだが、奴は自身や部下はほとんど外に出さず、こっちにも直接危害を加えない形で、的確に動きが鈍るよう仕向けてきやがる」

 

「……厄介極まりない話ですね。

 確かに、天使を洗脳できる者が身を隠すなら、メシア教団程都合のいい組織はありません」

 

「その上、仮面を被っていない時は、奴自身、自分がGLZYTである事を覚えていない可能性すらありやがる。

 そんな訳でな、何処に耳があるかもわからないんで、今回義腕ニキには、仮面に例の対抗処置を施した人間のみを介したルートで、ここまで呼び立てたわけだ。

 それと……」

 

 そう言って彼は、自分の手元にやってきた折鶴のシキガミを相手に寄越した。

 

「そいつは戦闘力こそないが、隠蔽、遮断に特化したショタおじ謹製のシキガミだ。

 お前さんの指示に従い姿を隠し、ソイツを介した神社への秘匿通信も出来るらしい。

 使い方は教えるから、巧く使えとさ」

 

 それと同時、少年は自分の肩口に留まった折鶴が、彼らの周囲に結界らしきものを展開するのを感じた。レベルが上がる程にはっきり見えるようになっていた影響力の糸が、まるで擦りガラスでも透かしたかのように、揺らぎ、遠ざかる。

 そうして驚きを顔に浮かべた義腕に、霊視は言った。

 

「それから、ここはガイアのセーフハウスの一つでな。

 資料にして渡せる情報でもないし、これから長い話になる。

 取り敢えずあれだ、中に入ろうぜ?」

 

 




・愛洲移香斎
 兵法三大源流の一つ、愛洲陰流を起こした事で知られる剣豪。誓願を立て山籠もりをした彼は、満願成就の日に現れた神猿に技を授けられ陰流を開眼したと言う。
 猿叫とか猿飛とか、剣術用語に猿が付くものが割と多いのは、大体この人のせいである。


・源義経
 史実を見る限りかなりヤベー奴だが、メガテンでは滅茶苦茶贔屓されている人。
 鞍馬山で天狗に剣を習い、京八流と言われる今は詳細の判らない八つの剣術流派の一つを納めたとされている。八艘跳びの逸話を技にした例のアレで猛威を振るうが、アレであれが許されるのなら、クーフーに鮭跳びの術やっても良いじゃんとよく思う。


・戦闘服
 原川が持ってきたと言ってたアレ。
 移動手段に併せ創られたサイクルウェア型のブツだが、長袖長ズボンのインナーのみでも最低限機能する為、上に別の服を着てTPOに合せた対応が出来る。


・スティック羊羹
 ビニールとか銀紙とかアルミ系の包装に小さな棒状の羊羹が入っているアレ。
 投稿後読み返していて、もっといい表現は無かったのかと頭を抱えた。
 サイクリングの補給食の定番の一つ。後はあんパンとか、カロリーメイトとか。
 この種のだと割と有名な、えいようかんはまだ発売前なのでスーパーのお菓子売り場なんかに売ってる安い奴を携帯していると思われる。


・折鶴
 ショタおじ謹製、隠蔽結界&速度特化シキガミ。戦闘力はほぼないが、翔意について移動できる素早さと高い隠蔽能力を持ち、周囲に対仮面結界を張ることが出来る。


・東京宇都宮間所要時間一時間と少し
 大体新幹線より少し遅い位。本編での描写とか話題とか見るに、速度特化覚醒者に自転車補正+シキガミパワーアシストが付けばこの位行けるかなぁと。

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