運使い対無貌の仮面……VSメシア教会   作:十八

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第1話-1 覚醒と義腕と

 

 

 中村翔意は転生者である。転生者になった、中学三年の秋に。

 目覚めさせたのだ。他の転生者達とは比べ物にならない程遅くに、その記憶を。

 先が途切れて、長い袖がくたりと垂れている左腕を見下ろす。

 

「やっぱおかしいですよね、俺」

 

 そう呟いて、宛がわれた部屋に寝転がる。そうして板張りの天井を見上げた。

 中学三年の夏まで、彼は転生者ではなかった。覚えていなかったのだ、前世を。

 けれどもその名残は確かに頭の中にあって、だから日々、奇妙な感覚を覚えていた。

 例えば、そう、メシア教の看板を見る度に、だ。

 懼れと、恐れ――当時は形も判らなかった感情の瘧を、心に巣食わせる日々。

 

『逆ギレ、みたいなものだと言うのは、分かってるつもりなんですが』

 

 はぁと、重い溜息を吐く。

 意味の判らぬ感情に追い立てられる日々の、その焦燥の名残が、胸の奥に淀んでいた。

 そして矛先を得た怒りが、それを炙って燻らせている。

 空隙になった左に、視線を向けた。

 痛いのは本当に嫌いだ。戦いはできるだけ避けたいと、今でも思っている。

 それでも、そう、それでもだ――存在しない左腕に、力を込めた。

 変わった。踏み出した。それを象徴するもの。

 怯えるだけではなく、今や殴り返せるのだと言う喜びもまた、その空隙にはあった。

 

『きっと自分は、おかしくなってしまったのだ』

 

 心のどこかに居る冷静な自分が、そう考える。

 はぁ、と、もう一つ、重い溜息。

 

「……走りたい」

 

 今のこの体は、片腕の重量分ボディバランスが崩れている。

 実際、腕を切り落としてからこっち、日常生活すら巧く行っていなかった。

 覚醒直後と言う事もあり、変な癖を付けない為にも手術迄は体を休めろと、そう言われていたし、その意義も判る。

 だが走りたかった。身体を思い切り動かしたい。

 覚醒による変化。内に湧き出す活力が、行く先を持て余している。

 ぶると首を振り、右手一本で身を起こす。

 三つの手足で這い歩き、傍らにある文机に身を収めた。

 上に置いた手帳の、紙を挟んだページを開き、筆入れを重しに固定する。

 

 

          Lv1 中村翔意

 

     能力傾向:運速型

 

      耐性 :破魔無効、念動に強い

 

      特技 :サイコブラスト、ホッピング

 

 

 そのページに、挟んだ紙に記されたもの。覚醒後、神主に見てもらったデータ。

 既に何度も見返したそれをもう一度眺めた。

 小なりとは言え最初の成果、それを見ていると、少しだけ衝動が収まる気がするのだ。

 ページに記したそれを眺めて、これからの先を考える。

 

『まぁ、強くなる、糞メシアをぶんなぐるって方針は変わりませんが……』

 

 胸の中で沸き立つ淀みを、深呼吸で撫で下ろした。

 考えるべきは、その為にどうするか、だ。

 穴が開くほど見つめた紙の、その穴が机の天板を穿つほどに記された文字をなぞった。

 まず、翔意(じぶん)の能力傾向は、運速型だ。

 回避、命中、行動速度、状態異常、クリティカル等に長けるが、反面素の攻撃力に欠ける傾向があり、現実の幸運(リアルラック)に左右されやすいタイプと言える。

 

『……そもそも、現実でのクリティカルって、一体どう言った現象になるのか?』

 

 加え、運は効果が安定しない能力で、強い作品なら様々な状況を底上げし、確定クリティカル等も可能だが、弱い作品だと割り振りにほとんど意味が無かったりもする。

 そしてこの世界の場合だが、補正は比較的以上に強いタイプに思えた。

 運、と言うよりは、願望達成能力とでも言うべきか?

 技能適性の影響かもしれないが、覚醒以降、無形の影響力のような“なにか”を感じる事があるのだ。

 無数の糸が交差し繋がる網を、震わせ伝わる波の様な、望む未来を引き寄せる無数の力同士が、鬩ぎ合い、混じり合い、世界を掻き乱すのが感じ取れる気がする。

 そして次に、その感性に影響を与えているのだろう“適性”の話だが、ショタおじの判定によれば、どうやら念動魔法の素養があるらしい。

 そしてこの感じ方を考えるに、恐らくその適性は超能力全般なのだろう。

 

『系統的には、結構な当たりですが』

 

 念動は、登場タイトルが少ないせいか比較的レアで、耐性を持つ悪魔も少ない。

 尤も、その分耐性も役立て難く、しかも、覚えた技はどちらも攻撃技ではなかったが。

 まず、如何にも念動攻撃魔法と言った字面のサイコブラストだが、実際にはスク・ンダとマカ・ンダ?の複合――つまり、敵の命中と魔法威力を下げる――スキルだ。

 デビルサマナーに登場したもので、やり方は胸の淀みを吐きだし叫べばいい。

 叫びに乗ったサイコウェーブが、相手の意志を叩き、かき乱す害悪技で、ゲーム的にはただのデバフ効果だが、現実的にはもう少し面白い使い道もありそうだった。

 また、デビルサマナーのスク・カジャ、スク・ンダは、命中率を変動すると言う表記だったが、こちらは後発のそれのように回避などにも影響するようだ。

 残念な事に、これはあくまでもマカ系効果で、一部タル系弱体の様に、物魔両方を下げるとはいかないが、速運型の能力と噛み合う良いデバフだと思う。

 そして、もう一つのホッピングだが、これはなんと言えばいいのだろう。

 字面通りの、念の波動を補助に跳ぶ大ジャンプで、速度を殺すのにも使える。

 こちらは本来、葛葉ライドウの敵専用特技らしいのだが、その悪魔達は純粋な脚力で跳んでいたらしいので、似た効果だから同じ名前で纏められた、言わば、ホッピング(物)、ホッピング(念)と言った属性違い特技のようだ。

 まぁ、環境による補正のノリがちょっと違う程度の差しかないだろうが。

 ジャンプして天空に消えるとかいうオリジナルの効果が果てしなく謎だが、クズノハライドウはアクションRPGなので、敵専用の緊急回避技の類なのだろうか?。

 とまれ、ゲームにあっても限定的な効果になりそうなこの特技だが、現実には使い出がありそうで、下手な攻撃技より有り難く感じられる。

 製造班の一部に強く推されるライダーキック再現は兎も角、ダッシュや飛行敵の迎撃、空中からの遮蔽無視攻撃等可能性の幅は広く、便利使いできるように育てたい。

 

『全く、速く試したいですね』

 

 空になった左袖に、もう一度目を向けた。すぐに視線を戻し、吐息。

 さてこの現状でどうするか、だが、体を動かせない翔意が、今主に行っているのは神社の常設講座である“呪殺魔法(ムド)”の修業だ。

 能力傾向に比較的噛み合う、糞天使共の基本的な弱点だから、当然の選択と言える。

 なお、胸に燻る怨念?的なものと呪詛は相性が良いようで、成長もかなり早いらしい。

 即死耐性はあるが、呪殺系には耐性が無い悪魔もいる為、呪殺攻撃のエイ系も学びたいところだが、今のところこの神社に、常設の講座はないのが残念だった。

 そしてムドに並ぶもう一つの常設講座、“火炎魔法(アギ)”だが、こちらも一応習ってはいるものの、適性は余り高くはないように感じられる。

 尤もこの講座は、どちらかと言えば、サイ系魔法習得の足がかりを付ける方が主目的で、受講自体も空き時間が出来た時に…程度だから当然と言えば当然だろう。

 

『……総じて順調、なんですがね』

 

 ハードな修行を、トラウマになるまで繰り返しても覚醒できなかった者達がいる。

 覚醒できても、戦闘に向かないどころか、特技が芽生えさえしなかった者達がいる。

 それと比べれば、初回――売り込んだその日は、義腕移植の打ち合わせや検査等で終わった――で覚醒出来て、しかも、強くなれる道筋が見えている自分は相当幸せだ。

幸せ、なのだが……。

 少年は、重い溜息を吐きだした。焦燥、それが胸の奥から抜けない。

 

 ――走りだせ、止まるな。

 

 そう胸の奥から声が聞こえた。

 一人が順調程度では間に合わない。一歩でも、遠く、先へ、と……。

 この声は、長年受け続けた形の無いプレッシャーが生み出した幻想か、或は、未だ象を取って表れないサイキックの片鱗が齎した予知か何かのなのか?

 判らない。解らない。

 手帳を閉じて、立ち上がる。右手を握り開いて掌を眺め、うんと頷いた。

 霊地だからか、この神社ではMPの回復も早い。

 この分なら、少し魔法の練習をするくらいなら大丈夫だろう。

 

『適当に空いてるスペースを見つ……』

 

 そう考えて、眉を顰める。

 何か、体の外で密やかに自分に触れた様な、そんな奇妙な感触があった。

 一拍遅れて木床を踏む軽い足音、続いて扉を叩くノック音。

 

「はい」

 

 引き戸を開く。

 その向こうに、見覚えのある男の姿があった。

 浅黒い肌に、延び掛けの髪を襟元で乱雑に括ったサングラスの優男。

 義腕の打ち合わせを何度か行った製作班で、名は……。

 

「やぁショーイくん。今、時間は大丈夫かな?」

 

「ええ、原川さん。暇なんで、ちょっとトレーニングに行こうと思ってた所で」

 

 ……原川・弾。くれた名刺の、姓名の間には何故か中点が入って、彼は翔意に、是非ダン・原川と呼んでくれと言っていた。

 忙しいからか、割とビジネスライクな対応が多い製作班の中で、妙に気安く、最初から絡んできた彼の左腕の制作担当者。

 

「そりゃあ、いいタイミングだったな」

 

 浅黒い肌の青年は、そう言って口元を緩めると、手にした書類を差し出した。

 その一番上に挟まれた写真には、作業台に置かれた赤と黒の左腕が見える。

 

「できたぜ、キミのシキガミ、鬼神(モノガミ)だ」

 

「モノガミ……って、移植する義腕ですよね?

 シキガミで、名前があるんですか?」

 

「ああ、右手じゃないのが残念だがね、ショーイくん(・・・・・・)の義腕ったらこれしかないだろ」

 

 理由は判らないのだが、ガイア連合の転生者の中には、結構な確率で、前世で見た物語のキャラクターの面影を宿す人物が存在するらしい。

 何故三次元の人間の顔を、二次元キャラと認識するのかは謎で、どうやら認知科学が関わっているらしいとの事だがとまれ、原川によれば、どうやら翔意も彼もその中の一人であるらしく、だから前世の愛読書の伝で狎れてくる、と言う事のようだった。

 尤も、古いラノベの登場人物だと言うそのキャラ()を、翔意は知らないのだが。

 

「しかし残念だな。できれば君の結城夕樹か高田清犠は俺が手掛けたかったが」

 

 そうポツリと零す青年に、苦笑を返した。

 

「いや、僕は女性型シキガミは持つ気ないんで――想像すると割と死にたくなりません?そう言うの?

 と言うか、俺が似てるって言うキャラって、もしかして二股掛けてたんすか?

 それ、スゲェ首括りたくなるんですけど」

 

「相変わらずのマジレス真拳だなぁ、ショーイ君は……。

 つーかソイツは、ヒオとヘイゼルを侍らせてる俺への、宣戦布告かな?

 今度三体目のレーラァを増やそうかと思ってたところだったんだがな」

 

 何時の間にか背後に回っていた原川が、そう言って首に腕を廻した。

 

「ギ、ギブギブ……。レベル差十以上はシャレにならないですって」

 

 軽く力の入る手をタップして、開放された少年は、手にした書類にやっと目を通した。

 荒い息を吐きだしながら、一番上の写真をクリップから抜き取る。

 赤と黒の義腕があった。

 名前の由来なのだろうか?

 赤鬼を思わせる赤腕の筋の分割に添って、稲妻の様に黒いラインが走っている。

 

「そうしてると、義腕に欲情する変な人に見えるな」

 

「…………」

 

 先の言葉の報復の心算か、そう茶々を入れる原川を無視して、書類を捲る。

 鬼神(モノガミ)、そう名付けられた義腕は、名前とは違い妖鬼――翔意の腕を落としたのと同じキンキ――を元に構築されているらしい。

 実験用との事で、コアはショタおじ謹製らしく、物理に加え、火炎、電撃、疾風の三属性の耐性があった。随分強力なシキガミのようだが……。

 

「腕一本、丸々使った義腕だぜ?

 しかも、コアも腕を落としたのと同じキンキ由来で、相性ばっちりだ。

 大げさな能力を付けないとなると、このくらいは行くさ。

 あ、火炎耐性だけは俺の私物だから、後でちゃあんと金払えよ?」

 

 顔を上げた少年に、原川は間髪入れずそう答えた。

 

「ああ、モチーフが火炎耐性持ってるんですね?」

 

「おう、そうだ。火炎耐性、とはちょっと違うけどな。

 ま、利息無しのある時払いでいいから、ちゃんと素材貢げよ?レアなのとか」

 

「ゴチになりまーす」

 

 ジョーク混じりの言葉に適当を返し、資料を先に読み進めると、どうやらこの義腕には、耐性以外に格闘と体術のスキルカードが入っている。

 シキガミの技能が、移植者にどう影響を及ぼすかの実験、と言う事らしい。

 格闘は、義腕を武器に扱う為か?体術はホッピングの特技を意識したものだろう。

 

『しかし、任意発動式?』

 

「原川さん、このスキルカードなんですけど」

 

「ああ、スキルが人間にどう言った影響をどの程度及ぼすかは、まだ割と未知数な所があるからな。オンオフできるように仕掛けがしてあるのさ。

 常時、手動、停止の3モードで変更できるように……」

 

「……いや、それ言い訳で、これも原作再現なんでしょう?」

 

 被せるように言う青年に、苦笑、言葉を被せ返すと、その口元がにんまりとつり上がる。

 

「まぁな、個人的には手動方式が超お勧めだ」

 

 なお、実際のそれは思考制御で瞬間的にスキルの力を発動する事を言うらしい。

 何故それが手動なのかと言えば、原作に格ゲー風のお遊び口絵があったからなのだとか。

 

「いやぁ、趣味で原作再現用に組んだシステムなんだが、まさか日の目を見る日が来るとは思わなかったよ」

 

「けどこれ、手動って意味あるんですか?」

 

「ああ、常時発動型より、ちょっとだけ効果が上がるぜ?

 その代わり、一度に連続で使用したりすると、体にもスキルにも負担がかかるがな」

 

 パッシブな常時型とは異なり、簡易型アクティブスキルとでも言えばいいのか?

 通常のスキルとは異なり、シキガミ側の能力として発動する概念が乗るのだとか。

 ノーマルなアクティブスキルとも重ねられるのであれば面白いが?

 

「出来るか出来ないかで言えば、出来るが、負荷はマシマシだから、ここぞって時に使うんだな」

 

 使い方、使用上の注意など、続けて何枚かの紙が連なる薄いファイルをめくって行くと、その最後に誓約書が一枚あった。手術の、同意書だ。その日付は……。

 

「……明日!? 随分早いですね?」

 

 驚いた翔意がそう吐きだすと、原川はこちらに肩を竦めた。

 

「クレーマーの中に、ショーイくんを恨みがましく思ってる奴がいるみたいでね。

 まぁ間違いを起こす機会は、出来るだけ減らした方が良いってことらしいぜ?」

 

 気を使われている、と言う事だろうか?

 どうもショタおじは、俺達に過保護な所がある、とは掲示板でよく見る話だが……。

 

「……有り難い話ですね。僕も、早くリハビリに入りたかった所です」

 

「単に、厄介者をさっさと放り出したいだけかもしれないぞ?」

 

「だとしても、ですよ。明日はよろしくお願いします、原川先輩」

 

 ああ、やっとだ。また一歩踏み出せる。そんな思いがあった。

 

「生憎、執刀は俺じゃないけどな」

 

 そっけない答えに、翔意は歯を剥きだして、笑う。

 

「だとしても、ですよ」

 

 どちらかと言えば柔和な顔立ちをしている彼の、その表情が、原川には何故か、酷く獰猛に見えた。

 

 

 

 





・サイコブラスト/デビルサマナー(幻魔クルースニク、など)
 敵全体の魔法攻撃力と命中/回避を低下させる特技。4回迄重ね掛け可能(最大1/2)。元データでは、魔法攻撃力と命中率を減少とあるが、こちらは回避率等も減少するようだ。

・ホッピング/葛葉ライドウVSアバドン王(戦斗虫次郎丸、など)
 上空に跳び上がって姿を消す敵専用特技。
 アバドン王に登場するそれは所謂ライダージャンプで、ホッパーキック等一部特技の前兆動作だが、翔意のそれは、ダッシュなど幅広く応用可能な念力補助による大跳躍スキル。
 また、能力の応用により、減速や着地の衝撃緩和などにも使用する事ができる。
 MP消費は殆どないが、念動による制動を併用しても尚、体への負担は小さくはない。
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