屋根の淵にぶら下がり、手を離す。
落下する足先が、階下のアーチの下端を過ぎた所で、
Lv20を超えて以降、翔意は新たな特技を覚えていない。
その代わりと言うべきか、念動関連の魔術/特技の技量は大きく成長し、当初は踏み切っての最大出力のみだったホッピングも、今や小刻みに使った空中連続ジャンプや、消耗こそ激しいものの、空中浮揚にすら手が掛かった感触だ。
攻撃魔法にしても、要集中で今のところ実用にはならないが、過去作で敵のサイキッカーが使っていた、ザン系の念動衝撃波を模倣できるようになっていた。
尤も、繊細な力の放出は適性が低いのか、所謂念動力的な、物を浮かせて操ったりと言った操作は今のところ全くできる気がしていないのだが。
そうしてふわりと、空中を歩くようにしてアーチに到達。
鬼力を宿す左で壁を軽く掴むと、内側の窓に身を寄せ中に人がいない事を確認する。
そうして、右肩に留まる折鶴を平たく畳み、年代物の窓の隙を通し念を送った。
窓の向こう、ことりと落ちた折鶴が瞬く間に膨らみ鳥の形に、その羽根先で窓の鍵を押し上げる。開けた隙にするり入り込み、音を立てぬように窓と鍵を戻した。
シキガミの隠身は、認識され難くなる術であって、物音等の異常があれば、それらは普通に認識/警戒される。音を立てぬよう、跡を残さぬよう、扉等の動きを見られぬようにと、改装中なのかあちこちに未開封の荷物が積み上げられた教会を階下に降ると、まだミサが始まっていないらしく開いたままの大扉を急ぎ潜って、部屋の端から壁を登った。
天井の高い礼拝堂のその全体を俯瞰できる辺り、左手を鉤に、壁の装飾に足を掛け身を落ち着けると、翔意はまず数枚その風景を写真に写す。
礼拝堂を見渡せば、見知ったメシアの覚醒者達に、それ以外の聖職らしき者達が数人、信徒達を囲み見ているようだが、その意志に悪意の色――メシアンらは、悪行と認識してそれを行わないだろうが――は無く、天使らしき気配を帯同する様子もない。
『……ッ』
翔意は軽い頭痛を覚え、空いた右手で額を抑えた。
覚醒以降、緊張や戦意に応じ拡張されるようになった彼の感覚だが、基本は戦闘/非常用らしく、自分に対する害悪や戦意に敏感に反応し、それがなく、周囲に方向性がバラバラな人達が多くいる環境では、ノイズが強く負担が大きい。
『ここの人たちは、皆無事みたいですね』
だが逆に言えば、ミサ直前にこうもバラバラな彼らは、洗脳を受けていないのだろう。
鈍い痛みを感じる事実に少しほっとして、瞼の上から目を揉み解すように抑える。
痛みが引くのを待って手を離し、眼下、1/3程の席が埋まった礼拝堂の、人の列に付いた白い染みへと視線を向けた。
礼拝堂最前列、三つに分かれた右側の長椅子の、一番右端に近い辺り。複雑に入り混じる方向性の中、唯一この場にいる誰をも向いていなかった男がそこにいた。
『アレが黒なのは、ほぼ間違いないとして……』
言葉を交わす誰にも意志を向けずに、その顔にはにやにやとした笑みを張り付けて、しかし彼は、周囲の人間への侮蔑や嫌悪と言った情は全く抱いていないらしい。
と言うのも、そう言った情があるならどれほど上手に糊塗した所で、その受け答えには怒りや煩わしさ等の“負の方向性”が籠るが、あのパンダ男と周囲のやり取りにそう言った刺々しさはなく、寧ろ穏やかな好意?愛玩?、そう言った“正の方向性”が混じっているように感じられた。
尤も、それを愛玩と評した事で判る通りに、あくまでも上から目線のもの。
余程階級的な教育でも受けていない限り、アレが悪魔的なモノである可能性は……。
『……いや、覚醒者的な選民意識の線もありますか?』
翔意の所属するガイア連合の中にも、彼ら曰く“現地民”との間にそう言った壁?階級意識を抱いているものは少なくない。
まぁ、異なるミームを継承する本質的な異民族と言う意味では、彼自身その括りは全くの誤りではないとは思うがとまれ、目の前の白尽くめの黒が、キリスト教徒――敢えてここはクリスチャンと言おう――と信仰を共有せず、その儀式に何の感慨も持たずにこの場に通い続けている以上、それが何等かの誘いである可能性は低くはなかった。
そして状況的に、それが彼らガイア連合に向けたものである可能性も、だ。
『しんの
しんのさんと話しかけるのを何度も聞いた為、彼がそう名乗っているのは間違いなく、加えてあのツートンカラーともなれば、その素性を確かめるのは難しくはないだろう。
『問題は、探れば確実に向うにバレると言う事です』
あの姿は恐らく仮面で、転生者でもない限り、外せば別人の可能性も低くない。
となれば、雲隠れされた時点で元の木阿弥。
罠や誤解のリスクを呑んで奇襲をかけるべきか、或は……。
『……どちらにせよ、今日は尾行だけですがね。
どう行動するにせよ、先に報連相はしなければ』
そうこう考えている内に、奥への扉が開いてその向うからカソックを着た初老の神父が顔を出す。ミサが始まった。
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結局のところそのミサは、懸念された洗脳も、その他の工作も見当らず、ただ淡々と――と言うのは円神父に悪いか。相応以上に荘厳で穏やかであったから――進んだ。
やはりあの白黒にはこの教会に対する害意はない、或はそれはもう完了しているようで、神父と二言三言は言葉を交わしていたようだが、それも世間話程度、なんらかの符丁でもなければ、特殊なやり取りがあったようにも見えない。礼拝堂を出る人波に乗り、彼はその外へ、皆に別れの言葉を残して、門から外へ出た。
翔意も急ぎ屋根上に昇ると、愛車にに跨り空へ。
目標の斜め後方、3m程間を置いてその後を追った。
あの目立つ男は、狭い道を縫うよう選んで、教会から北西に……。
『……誘ってるのか?あれは』
いや、単純に東武宇都宮駅――メシア教会は、駅の南東近くにある――に向かってぶらぶら歩いているだけという可能性もあるのだが。
とまれ、大通りを一つ渡って飲み屋やいかがわしい看板が見える細道を進み、高架を走る東武線の線路脇から北へ。駅駐輪場を横を通り東武百貨店駅ビルへと着くと駅東口の階段を登り、三階、東武宇都宮駅へと向かって歩いて行った。
翔意も愛車に乗ったまま、天井を掠めるようにして後を追う。
短いその通路の先、角を曲がって二つ目の階段を駅へと向かって登って行く……と、ふと、先行く男が階段の脇に身を隠したように見えた。
慌て先を急胃でその背を追うが、そこにはすでに、あの目立つ白黒の姿は見えない。
お昼時、午後から街に出る者達か、駅にはそれなりの人混みがあり、これに紛れて身でも屈まれたら仮面を外した相手を見つけるのは困難だろう。
翔意は溜息を吐くと、一応駅の俯瞰を数枚写真に撮って、その場を離れた。
「――と、言う訳で、それらしきものはいましたが、尾行には失敗しました」
『それは仕方ないね。隠形して人混みに入ると、不自然な空白が生まれるし。
……こうなると、一度当たってみるしかないかな?』
夕刻、自室、少年が机に置いた折鶴と言葉を交わしている。
彼が折鶴に言葉を紡ぐと、その向う側から、奇妙に若い声がそう応えた。
「やはりそうなりますか。僕が突掛るとして、後詰はどうしますか?」
「君の所の派出所はマークされているだろうから、こちらの使い魔を送る。
次の出張の時持たせるから現地で一度合流してくれ、出先は近い場所にしておくよ」
声の主は、彼に貸し与えられた
元の世界の漫画、シャーマンキングの朝倉葉王の姿を持つ彼は、アニメ版のそれに似た年齢に見合わぬ女性めいた少年声(CV:高山みなみ)を持っている。
彼らが今探る相手が、特定の処置を施されていない転生者からある程度情報を抜き取れると想定される為、翔意は同じ班の仲間にすらそれを漏らさず、シキガミと主の霊的繋がりを伝う通信手段で、神主との間に密かな情報のやりとりを行っていた。
「了解しました。では、来週のミサ終了後に事を起こすという事で」
「ああ、それから、このシキガミはエストマの広域展開が出来る。
余程の相手でもない限り、内外は認識も干渉も出来ないから、巧く使うといい」
低レベル敵とのエンカウントを防止するエストマは、作品にもよるが、防止時に敵を弾くエフェクトが現れるものがある。それを逆用すれば、敵と自分を周囲の目と干渉から隔離する事も可能だと、ショタおじは言った。
「勿論そうすれば、自分の離脱も難しくなるからその点は気を付ける必要がある。
シキガミのアナライズだと、相手のレベルは20、スキルの類は判らない。
レベルだけを見れば負けるとは考えにくいけど……」
「当然向こうも、そう考えているでしょうね。
搦め手か、初見殺しか、はたまた変身でもするのか?
これが誘いだとすれば何かしらあると思いますが、それより正直、向うの行動の意図が解らないのが一番不気味ですね」
本当に利害が一致し敵対する気が無いなら、まずは正式に使者を立て交渉を持つべきで、遠巻きにして工作するなど、痛い腹があると言っているようなものだ。
仮にそうできない理由がこちらにあるとして、その理由も幾つか考えられるが、それらとこの誘いにも見える状況が、余り整合しないのが不気味に思える。
「兎も角、向うの言い分や送る戦力を考えれば、蘇生できずにロストすることはまずないと思うけど、死んだり大怪我をする可能性はあるからくれぐれも気を付けて。
……自分が動ければ一番手っ取り早いのに、こういう時に限って動けないとはね」
峰津院家の責務に終末への対応に加え、転生者達に仕込まれたバックドアへの対処研究と、以前より仕事量が増えたショタおじは今、軽々に動けない状況に陥っている。
でなければ、幾ら有効な体質を持っているとはいえ、転生者にこの得体のしれない集団への矢面に立たせる選択などしなかっただろう。
折鶴の向う、溜息を吐いたような微かな息遣いに翔意は苦笑、こう口を開いた。
「まぁ、能力的に搦め手に対処するのは割と得意ですし、好んで危険に飛び込んで痛い思いをするような変態でも無いので、精々慎重に行くことにします」
・メシア教宇都宮中央教会
ブラタモリや美の壺等でも取り上げられた総大谷石造りの登録有形文化財、カトリック松が峰教会がモデル。左右両サイドに尖塔がある教会は、日本では珍しいのだとか。
二階部分が礼拝堂で、外から見た一階部分は、建物の土台や石垣めいた造り。遠目からは銃眼めいて見える細窓もあり、個人的には教会と言うより城館的なイメージがある。
礼拝所以外は非公開で、写真や図面も見つからなかったので内部は適当。
・多段跳躍と空中浮揚
翔意のホッピングは、戦闘虫のそれとは違い爆発的な念動による加速/射出なので、出力調整や、発動速度が向上すれば、空中多段跳躍も可能となる。
同じ理屈で浮遊/飛行も可能だが、精密な念動操作が苦手で、断続的な爆発を用いる爆轟式浮遊/飛行しか扱えない為、様々な面で消耗が激しい。
・念動衝撃波と翔意の適性
真女神転生シリーズ初期のザン系呪文は念動衝撃波で、メシア教のサイキッカーが、怪しい超能力増幅装置を付けザンマで攻撃してくるアレなサイパン世界が展開されていた。
翔意は、抑圧からの爆発的放射に適性がある為、練習すればこちらも使えるようだ。
他にも、超能力漫画的に腕をクロスし電撃を放ったり、ファイアスターター的に見境なく燃やしたりと言った技も習得できる可能性があるが、ブフやカジャ系は覚えられない。
・白尽くめで黒いパンダ男
好きなキャラなので本当はもっと格好よく登場させたかったのですが、世界設定とシチュエーション、ファッションの兼ね合いで、私にはそのような難行を熟す能力がないと判断された為、ギャグ方面の描写に舵を切りました。
伝奇キャラを原作通りの格好よさを保ちながらこう言った話に出すのは難しいですね。
ただイケ案件と言う気もしますし、実際イケメンキャラがやってる事ではありますが、真冬の豪雪の中、黒いズボンに黒いシャツ、黒い革ジャンの前を開けて歩いていたりしますので、見る者に相手に気圧されないだけの力と一般人のセンスがあるともう、ね。
・東武宇都宮駅
東武宇都宮線の終着点。
鉄道初期のあるあるだが、地元民が海のものとも山のものともしれぬ鉄道を警戒した事、古くからある街並みを買収解体し鉄路を通すのには多くの予算が掛かる事等から、国鉄路線は郊外を通っていて、後発の東武宇都宮線の方が市中央部を走っている。
城址や教会が東武線沿線なのはそのためで、今ではJR周辺も発達しているが、公共施設などを利用する場合は、東武宇都宮線周辺の方が便利だったりする。
・エストマ
前に書いたバシバシエフェクトのエストマなら、格上が周囲を囲って掛ければ、敵を閉じ込められるよなぁと思ったので。当然ながら、公式の使い方ではありません。
・ショタおじの声
転生時はどう考えても令和版マンキン以前なので、CVは平成版の高山みなみとした。
・シキガミ通信
使い魔を通じた通信は伝奇オカルト系だと割とド定番なので。
この世界観だと、普通に暗号化通信使えばいいじゃんってなるところですが、相手側に転生者から情報抜ける能力持ちの可能性があるので、こう言った手段で連絡してます。