運使い対無貌の仮面……VSメシア教会   作:十八

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第5話-6

 

「……リフトマ」

 

 金髪の少女の言葉(じゅもん)と共に、六つ(・・)のタイヤが浮き上がる。

 先頭の二台と生松部長、残る六つのタイヤは地に着いたまま、禿頭の男が口を開いた。

 

「じゃ、そろそろ行くぞ」

 

 部長のその言葉と同時に、前の二台が走り出す。

 緩やかとは言え、山肌の傾斜はまちまちで、しかもその岩肌には礫や岩がゴロゴロと。

 しかしそれを気にも留めずに二台はペダルを踏み込み、眼鏡が続き、翔意がその後を追うと、合わせて二人を囲む両端も走り始めた。

 グネグネと、浮揚が砂礫岩の段差を埋めた路面のその感触は、緩やかなアップダウンを繰り返す下り坂のような。

 浮いてこれなら、直接走る三人の受ける反動はどれほどか?

 

「……大丈夫なんですか?」

 

 そんな心配と疑問が籠る言葉に、耀は笑った。

 

「三人の先輩方は、歴が浅い僕らや生まれて間もない由見さんと違って、生粋の自転車乗りだからね。文字通り、桁が違うのさ」

 

 その四つの視線の先で、先導の二人は対照的な様で前に進んでいく。

 寛嗣は小さなタイヤとその巨躯で、文字通り何もかもを蹂躙して直進――尤も、小刻みに動いているから、礫や岩を見て、きちんと対応してはいるのだろうが。

 他方、泰雅は、岩の狭間を擦り抜け、時に飛び越えながらするすると前進していく。

 

「そんなに怯えないでも、私が編んだタイヤはこの程度の砂礫に負けたりはしません」

 

「……競技にもよるがね、この程度の荒野、プロレベルなら当然走り抜けるさ。

 オマケに俺らは、能力の桁も機材の質も、そこらのプロより遥かに上と来てる」

 

 疑われるのは心外だとでも言うように、由見がその目を鋭く細めると、接ぎ穂を取って生松がそう言った。

 

「ちょっと馴れれば、お前さんも軽々進めると思うぜ?

 あー、耀はちょっとジャンル違い(まほうがた)だからな、頑張れ」

 

 ドンマイとでも言いたげな先人に、物語冒頭49秒、自己紹介しながら不意打ちハイキックを打ち込みそうな眼鏡が、大げさに肩を竦めてみせる。

 

「こう見えて、僕は格闘も結構イケる心算(つもり)なんだけどね」

 

「センスや技量より、パラメータ(わりふり)の問題だからな。

 一秒の長さが違う相手に追いつくなら、十倍の努力が必要ってだけの話だ」

 

「やれやれ、手厳しい――と、少し離されてしまったみたいだね

 中村さん、少し急ごうか?」

 

 ――と、顔を上げた少年が、ペダルに少しの力を込めた。

 

「ああ、そうだね、耀君」

 

 その言葉に翔意はそう答え、その眉を少し顰める。

 

「今だって結構な速度が出てるのに、あの二人は本当に早いね」

 

 下り勾配を走れば、鍛えずともも30~40は普通に出てしまうのが自転車だ。

 流石に攻めるほどの速度ではないが、ここは路面ではなく、砂礫の荒野。

 にも拘らずじりじりと広がるその距離に、関心と言うより呆れの様な感情を抱いて漏らした少年の呟きに、傍らの初老がクククと喉を鳴らした。

 

「流石の奴らも、普通のタイヤじゃここをあの速さでは下りられねぇよ。多分、な。

 坊主はまだ試したことがなさそうだけどよ、ウチのタイヤは、悪魔の残留物をドワーフ(ユミル)がその技で織ったモンを芯に入れ込んでんだ。

 意図したなら話は別だが、この程度じゃ滑りもしねぇ。だからああも攻められるのさ」

 

 そう言う部長の視線の前で、それに応えるように自転車が高く跳び上がった。

 

「……っと」

 

 そしてその狭間、何某か口を開いた翔意の、その言葉が発せられる前に止まる。

 鞄の付けられたロード(ランドナー)――その乗り手の泰雅は、自転車ごと魔法のように跳び上がると、待ち受ける巨岩の上にその後輪を着いた。そのまま駆け降りる。

 ぐしゃりと、肉を踏みにじる音がした。

 

「……ヒュゥ」

 

 思わず口笛を吹く翔意の目の前、今度は寛嗣が眼前に迫る岩をひょいと割り砕く。

 砕け飛ぶ礫岩がその向うを打ちのめし、そこへ突き進む肉弾戦車。

 二者二様、岩陰の待ち伏せ(・・・・・・・)を跳ね飛ばし、踏み躙る二人。

 

「なにか、新幹線を超えた程度ではしゃいでた自分が、馬鹿に見えてきましたよ」

 

「……いや、新幹線越えは普通に凄いと思うよ」

 

 そんな光景を目の当たりに、何かアタマの変な所に自転車がキマってしまったらしい翔意が世迷言を吐きだすと、すかさず耀がそう返した。

 

「とは言えアレは、相応の能力と自転車があれば誰でもできるでしょうし、流石に一定距離を超えると休憩中に追い抜かれますから」

 

「いや中村さん、普通“速”の能力は、Lv30で新幹線超える程に成長しないから。

 それ以前に、神社の外でLv30に迫っている時点で大概だよ」

 

 施設、環境、人員の三本柱が揃う山梨でも、30越えは修羅勢と呼ばれるほど希少だ。

 対し、派出所の戦闘班は二名とそのシキガミのみで、他は他職と兼務か外部人員。

 拠点は大破壊対策に備えたものだが、機能は、後に造られる大規模支部と比べても劣る程度でしかない。加え、近隣にLv上げに都合の良い場所も無くこれなのだ。

 

「そうでもないですよ、僕もずっと先輩に頼りきりですし……」

 

 自分が甘えているのか、向うがおかしいのかは兎も角、目の前の男は十分特別の内だと、そう説明する耀に、しかし翔意は衒いなくその首を横にふる。

 

「……栃木は修羅の巷かなにかかな?」

 

「はい恐らく、部分的には、そう……」

 

「……すんなりみとめないでくれよ」

 

 思わず漏らした呟きを奇妙な言い回しで肯定され、眼鏡が呆れたようにそう言った。

 

「それより来ますよ?」

 

「……判って、る!」

 

 それをさらりと無視して告げる翔意に、耀が片手を天に差し上げる。

 そしてその手がパチパチと電気を帯びはじめた。

 それは振り降ろされる手の動きに応じて膨れ上がると、やがて放たれ斜め後方、大地に突き立つ。

 

「マハジオ!」

 

 先頭を追い、しかし後続にすら辿り付けない悪魔の群れが、呪文攻撃、立ち止まりこちらを狙っていたその場所に、雷は落ち四方に飛び散った。

 範囲電撃呪文(マハジオ)――隊列の概念が存在し、攻撃の射程や範囲に特徴があったソウルハッカーズ式の、着弾点から拡散する電撃が格下の一群を瞬時焼き尽くす。

 

「――流石。僕の倍は威力ががありそうだ」

 

「君の速さは、僕の三倍じゃ効かないだろう?」

 

 馬鹿話の影響か、少し砕けてきた少年は、そう言ってペダルに力を込めた。

 

「少し離されすぎたかな?急ごう」

 

 そう言って再び加速。

 四人は、最早車でも追い付けぬ勢い、荒れ地を攻める二人の背を追った。

 

「ありゃあ、走るのが楽しくなりすぎた感じだな」

 

 傍らでぼやく部長に苦笑、翔意は前の二人の対照的な走りを良く観察する。

 パワーで蹴散らす寛嗣、技で走り抜ける泰雅――一見そう言った風に見える二人だが、よく観察してみるとその走りには印象と真逆のものがあった。

 

『走りの巧さだと、寛嗣さんが圧倒的だな』

 

 一見乱雑に見える巨漢の走りだが、実際は広くを把握し、細かくラインを取っている。

 遠目にただ直進しているように見えても、壊す岩は最小限で上下動も極端に少なく、真正面に見える大岩も、着いてみれば直ぐ横を擦り抜けていたりした。

 逆に直線番長なのが泰雅だ。礫岩を避ける印象は、それだけラインどりが雑と言う話で、前を塞ぐ大きな岩などは、自転車に乗ったまま大ジャンプして跳び越えている。

 そして、全体的に見て脳筋なその動きの中で、見事なのがその跳躍。

 モーションが小さく、勢いは強く、跳躍による減速は殆ど見られない。

 

『ホッピング、みたいな特技の類か?』

 

 その動きを観察する翔意に、生松はこう言った。

 

「“鮭跳び”の、ちょっとした応用らしいぜ?」

 

 その言葉に翔意と耀が振り返る。

 

「聞かれずとも説明するって、ちゃんと前見な……」

 

 呆れたように言う部長に二人が頷くと、彼は軽く説明を始めた。

 鮭跳びとは、クーフーリンがスカアハに習った武芸の中でも、ゲイボルグと並び特に有名な一つだ。

 その名の通り、川を遡る鮭の様に跳躍する秘術で、彼はエメルへの求婚の終盤、この技を使って『壁毎に二人ずつ警備兵がいる七つの城壁』を、それぞれ一人ずつの兵を斬り捨て飛び越えると言う離れ業を見せている。

 

「とすると相坂さんは、クーフーリンが習い覚えた秘術を使える、と?」

 

「使える…と言うか、識っているから覚えられるってことらしい。

 んで、アレはその応用編だな」

 

 そう言うと、曲芸向きではない自転車(ランドナー)で、人馬一体跳ねる姿を顎で示した。

 

「それで部長は、同系の技術を使う泰雅さんに紹介を?」

 

「ソイツは過大評価だな。ウチの武闘派の中で、教えられそうな面子に片端から連絡して、時間が開いてたのがアイツだっただけでな」

 

 山梨に常駐する武闘派の面子は、自発的に依頼や狩りに行っている事が多い。

 偶然午前用事があったり、学校なり仕事なりがある通いの面子が彼らだったのだと、部長は言った。それが同じ跳躍使いだったのは、ただの運だと。

 

「……と、そろそろ良い頃合いかな?

 俺はちょっと前を止めて来るから、そのままゆっくり走ってな」

 

 最後にそう言って、彼は片手を軽く上げた。

 ハンドル位置を下側に、サドルに沿えた尻を上げ、前傾する。

 ほぼ同時、それに続いて、彼の車体が跳ねた。

 いや、跳躍したわけではない、そんな風に見える程の、急加速。

 寛嗣の様な剛力も、泰雅の様な躍動も無く、ただその車体は滑るように増速する。

 そして残る六つの目には、追って飛び出すその口元に笑みが浮かんでいるのが見えた。

 

 

 





・浅見耀
 ムサシ一話冒頭、留置所に収監されていた(!?)主人公に、「テルと呼んで」と笑いかけながらハイキックかます奴が仮面の原型なので、実は結構格闘戦もイケる人物。
 ただし、能力傾向は所持スキルと乗機がベースなので、電撃特化型である。



・ランドナー
 ジャパニーズスタイルの旅行用自転車の事。地味に日本発祥のローカル車種である。

 概ねは、ドロップハンドル車に太めのタイヤを履き、ライト、泥除け、鞄取付用のキャリアなどが装備したもの。他にも、車両移動用に前輪や泥除けが分解できる仕組みになっていたり、伝統として皮サドルを装備していたりする。

 物語中の“鞄の付けられたロード(ランドナー)”との表記は、翔意がこの車種をよくしらない為、旅行用(悪魔狩り用?)カスタムロード的な認識でいる為。



・ソウルハッカーズの魔法
 前後列の隊列の概念があるソウルハッカーズには、一列、貫通、拡散など、単体、全体以外の効果範囲が複数あった。

 例えば攻撃呪文も、マハラギやマハブフは列攻撃、マハラギオンやマハブフーラは全体攻撃だが、マハジオは敵一対象と両隣、マハジオンガが、敵一体から拡散と差別化されており、おかげでハッカーズの電撃系は少しばかり使い辛かった。
 拡散系は、中心から離れる程威力が落ちるし。

 なお耀君のマハジオは、パッシブ強化が攻撃範囲にも影響を及ぼし、攻撃範囲が一体とその両脇から、拡散へと強化されている。



・地揺寛嗣
 アースクエイクは見かけによらず知性派で、黙考する事がよくある。
 哲学者的アトモスフィアとの事なので、走りも見かけによらず繊細です。
 繊細過ぎて、新入りには堅実な基本しか教えられないとも言う。



・相坂泰雅
 クーフーリンで逢坂大河なので、見た目は優美っぽいが野獣な走り。
 その武芸をおぼろげに思い出している為、鍛えれば技や術の再修得が可能。
 流石にオガム文字の魔術までは使わないと思うが。



・スカアハの武芸
 特別な技が幾つかあるようなのだが、さっぱり名前が出てこないので、
 ボルグの槍を蹴り放つ“ゲイボルグ”
 投げ矢の妙技“デルフリス”
 跳躍の技“鮭跳び”
 の三つ位しかわからない。
 その上デルフリスは、ゲイボルグと同じで武器の名前かも知れないという……。
 クーリーの牛取りの日本語訳に、デルフリスの訳で空幻魔杖との語句があったが、名前っぽくまとめてある為にさっぱり内容が分からないのである。
 せんせー、古ゲール語でデルフリスってどういう意味ですかー?


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