呪術専殿は大学別曹である。元は正式な
久々の旧都は相変わらずどこか寂れている。今回は任務後の補給地点として立ち寄っているが、以前は臨時の教職として来た限りだ。尤も、呪術関連の施設の設置面積に関しては唯一、京より規模の大きな都。術師をやっていればこの都に縁の出来る者は多い。詰まるところは、呪術研究を専門とする衛星都市のようなものであった。
古来より、衆愚から生じる呪いは古いもの、身から離したものに集まりやすいとされる。打ち捨てられた都。古き繁栄の地。旧都の存在は呪霊災害の分散に有効なのだ。この性質を受けて、現状の旧都の振る舞いは決定されたらしい。
専門の人員に定型句をいくつか、続けて仔細を述べた後、懐から小袋を取り出す。念の為、いつも通りの薄目をほんの少し緩めて小袋の発する呪力、そしてその中身を改めた。対象はこれで間違い無い。
「これを」
「承りました」
こうして呪術専殿の構内にて任の完了を伝え終える。この報告は思念術の使い手を経由して京に御座す師、安倍晴明の耳に届くことになる。あのジジイ、半年前の件では大層強力な呪霊と相対したと噂だが、まあ元気にしているだろう。六眼無しで私と同等の洞察と呪力効率を持ってのける傑物だ。あの物狂いのくたばる様は想像できん。
「直ぐお帰りに?」
「えぇ。人を待たせていまして」
任の完了次第蜻蛉返りである。具体的には、簡易の休憩所でひと晩明かして明朝に出発という形。任務後の休養や方違え等の需要に応じて、この呪術都市にも宿泊の備えは多い。数日の泊まり込みを行う者も多いが、私にそれら施設を利用する気はなかった。
理由は幾つも挙げられる。女の身であることとか、所属や来歴由来で噂の絶えないこととか。それにこの都市では六眼について、もの珍しく反応されるのも当てにされることも多くて面倒だ。何より休息を取るなら本拠地、それに越したことは無かった。
呪術専殿所属の休憩所への案内を示す木簡を手に、受付の置かれた寝殿を後にする。後は施設まで赴き、任を共にした
(……はて)
違和感。はたと気付いて、足を止める。
その元凶へと向く。目線の先、奥まった所には家屋。1年以上も前、当時は薄気味悪い呪力に覆われていた
……。
「
「変わらず篭もっておいでですよ」
丁度近くを通りがかった女房に尋ねれば、アレは今も在宅のようだった。以前この眼に写して以来のあの存在。沸き出て流れるままの呪力を纏った矮躯の人型。
その実態は "
(不気味が過ぎるな)
今、眼前の家屋、その内部から感じ取れる呪力の質は、術師の操るような統制されたそれ。以前目にしたあの姿とは整合が取れない。あれでは在り方をどう工夫したとて、性質上こうはなり得ない筈だった。
……例えばそう、家屋の中身がすげ代わりでもしていない限りは。
悪い予感に急かされて、
全周の蔀戸の締め切られた異様な造り———四隅の
それは
それは恐らく
それは
(なんだ、これは)
余った勢いと動揺から
一見自然な風体は恐ろしいまでに作為的。六眼が写すのは、身体の隅から隅まで術式の影響下である様。
童女は振り向く。背中に長く伸びた黒髪がさらりと揺れ、ツィと向いた流し目が此方を捉える。そうして発された一言。
「———あぁ。視え過ぎるのも考えものだね」
齢8つにも満たない無知で無垢な筈の少女が、
何より発されたその台詞。それは初めて
———
蘆屋道摩の謀略と噂される同時多発呪術テロ『廃都灰壊』。両面宿儺の生じた京の他、対象となった他3都市にも突如強力な呪霊が沸いた。ここ旧都もそのひとつ。受胎から生じた呪霊はしかし、その巨躯から自然と想定されるあらゆる被害を、都には生じ得なかった。
遷都の残骸、過疎の都にて脅威に相対したのは忌庫の奥底から突如這い出た死蔵の鬼子。巨躯の厄災を千切っては投げ千切っては投げ、仕舞いにはその返り血を喰らい———
「あ゛ぁ〜〜、やな尾ひれの付き方だ……」
「フフ、……本当のところはどうだったんだい。実際、大きさは単純にして分かりやすい脅威だよ」
「いっぱい殴らないといけなくて面倒だった」
「そうかい」
その表情を見るに素で言ってるらしい。敵方の威力にも範囲にも言及が無いということは、無視できる程には
会話中だと言うのに
「実際のところ何処まで見えてるの? おねーさんの、その眼」
何処まで、と来たか。私は止留拙の間近まで寄り、免罪符を得たとばかりに上から彼女の瞳をじっと覗き込む。
そうして暫く。耐えかねて、気まずそうに目を逸らした止留拙の、頬にうっすらと薄紅の差すのを見遣って、初心な反応に笑みを返した。
「うん。かなり呪力を使っている。総量は多そうだ」
述べれば止留拙はほんの少しその目を見張って、のそりと上体を起こし、畳の上で座り直す。衣の上を、
「上手く残穢を紛れさせているけれど、身体全体を術式で覆っているね」
改めて視れば止留拙の肌上を、薄皮のように頼りない一層の呪力が覆っている。緻密に張られた
止留拙の膝上からその手を取り、手相を見るかのように視線を注ぐ。そこから細腕を辿り、行き着く先はその胸中。視えるのは———。
「術式は、……『不変』。それと———」
言いかけて、止める。逡巡の内に
そうして代わりのように口をついて出たのは、邂逅のその時から迷いの末、内に留めていた台詞だった。
「止留拙。貴女、京に来る気はない?」
内なる予感が告げていた。この子は師匠に会わせるべきだ。
六眼の見つめるその先、果たしてその問いに応えるのは。
不変の根差す少女のそれか。
呪いを孕んだ呪具のそれか。
内在する2
瞳の見つめるその先、唯一確かな。
可憐な童女の