安倍の持ち家のひとつの、その一角、北対の隅。中庭に向けて開け放たれた風通りの良い屋内にて。早速敷いてもらった畳の上で寝転ぶ齢6つと半年の止留拙は、先住の同輩、5学年は年上の年長者2名の居る中で、
「おあいにく様、拙には大人しくガキのお守りをする気なんて無いのだよ」
『不変術式 留須弥詮』
起動された生得術式による座標まで及んだ『不変』は、止留拙を空間そのものに固定する。その折完成するは「梃子でも動かぬ」の具現。くだらねー動機で披露された "概念" に半歩踏み込んだ強力な術式効果は、しかし。
「えー、
"天敵" の介在によって瞬く間に霧散した。
「おぁっ」
双子の妹、
拙は突然の事態に面食らう。数瞬、放心のままもみくちゃに転がされて呆けていたが、ふと気付き、慌てて亜也芽と自身の姿勢を正した。そうしてすぐさま身に掛けた不変を確認し、安堵する。幸いにも拙の表皮に纏う、薄膜の不変は乱されていない様だった。
自身の、不変によって押さえ付けられた体表呪力が不意に解放されれば、周囲を害しかねないのではと思い至った故であった。問題なしと判断が付き、思わずほっと息を吐く。
「ご、ごめんね。大丈夫?」
拙の慌ただしい様子に亜也芽が戸惑いと心配を滲ませる。無遠慮に突っ込んで来た割には案外気の回せる奴だなと、その声色に当てられる拙だったが、対してもう一方の声は刺々しいものであった。
「あやめ、そんなやつ放っておけよ」
拙の元へと
「
ここは胡散臭いのが多過ぎだ。
誰に聴かせるでもなくそう独り言ちて、笙舞は
と、どうにも険悪な風のやり取り等を経たが果たして、亜也芽は何食わぬ顔で会話を再開した。
「しょうぶはね、大人びた子が苦手なんだよ」
相変わらず楽し気に語りかけて来る亜也芽に、拙は観念して傾聴する。新たな住処に新たな同居人ら。拙としても、情報は気にならないわけじゃない。
するとこちらの態度に気付いた亜也芽は少し意地悪な顔をして、内緒話の
「きっと
「っ、馬鹿言うなあやめ!!」
叫んだ笙舞が手を振り下ろした。適当を吹き込む妹の言への怒りの先、苦々しい表情を浮かべたのも一瞬。笙舞の、
「わー! 駄目駄目! 今のは私が悪かったから!」
外へと飛び込むように走り行き、今度は笙舞に突っ込んだ亜也芽。彼女の操る反転呪力が笙舞の呪力装填を阻害する。すぐさま収束は収まり、事態は畳まれた。荒い呼吸を整えようと苦心する暴挙の犯人、笙舞の頬に熱はない。怒りの熱も色恋の熱も無く。ただ目には動揺が色濃く浮かび、ひと筋の冷や汗と共にあった。
そんな顛末をただ見送った拙の視線は、軒下の破壊痕へと着地する。収束した空間に引き摺られた材木が、内側に向かってひしゃげていた。
「無下限」
側まで寄った拙がぽつりと溢す。無作為な座標に呼び出された蒼。初めて目にする、
「すまん、その……」
間をおいて幾許か息の整った笙舞の口から謝罪が零れる。傍から目を向ける亜也芽のきょとんとした様を他所に、初めて真に此方を向いた彼の瞳は、真摯にバツの悪さを訴えていた。
ふむ。つんけんしつつもこの少年、失態に悪びれる程度の誠実さは持ち合わせているらしい。自身の偏屈さを
「なに、何事も無いよ」
借屋を壊しっぱなしというのも忍びない。
誰にするでも無い言い訳を内心、拙は腰を折って破壊痕の傍へと手を付けると、術式を起動した。
『拡張術式
するとひしゃげた材木は逆再生のように動き出す。木片は組み上がり、圧された繊維が均され、凹みは持ち上がり、断面は結合し、傷跡が塞がれる。そうしてささくれが閉じて、元の床板が復元された。
部屋に予め施していた希薄な呪力付与。それの付与された時点の過去の状態まで対象が巻き戻り、術式は "結果的不変" を成立させる。
「すごぉい……」
再度静かになった空気に倣って、亜也芽が声を抑えた賞賛を挙げる。拙は、いや反転術式常設みたいになってる方がどうかしてるけどね、と思ったが、
代わりに笙舞へと目を合わせ、宣言する。
「心配事は何も無い。だろう?」
拙のその言葉を受けて、笙舞は
「……ありがとう」
そんな2人の様子を交互に見ていた亜也芽は数拍置いて、やり取りの治まったのを好機と口を開く。
が、その声の通る前にもう一つ、能天気な声が戸の向こうから響いた。
「はい皆さんおじいちゃんが来ましたよ〜〜!」
瞬間、未だ目の合っていた拙と笙舞の心境が一致する。
((うわ出た))
少しも間を置かず扉が開き、向こうから姿を現した
それに亜也芽が、いの1番に———というか1番しか居ない———応じて飛び込んだ。
「お爺ちゃんだ!」
爺いは衝突する亜也芽を両手で受け止めると、ぐるぐると回って勢いを逃す。うふふあははと
高齢を感じさせない若作り。身体能力を支え保つ澱みない呪力強化。亜也芽の干渉を受けて尚揺らぎの無い、安定し切った呪力出力。この
なあ拙。と、側に寄った笙舞が口を開く。
「あいつってのは爺いの事だった。胡散臭さの種類が似てると思って」
さっきの話か。拙が思い起こす間に、笙舞は続けた。
「ごめんな、取り消しとくよ。お前も爺いのこと嫌いみたいだし、何よりやっぱ似てないや」
待て、あの狸爺と似てるって? 聞き捨てならない言説に拙が否を唱える隙は無く、笙舞もまた晴明の元へと駆け寄っていた。畢竟、「勝負だ爺い!」と高らかに宣言する彼にとっては、人物の
転生した身の上、大人に無邪気に飛びつくような心も持てない故に暇を持て余す拙は、ジジイと似てるとな…… と、うじうじとその有り得た他己評価を反芻する。
そうしてただ楽し気な