(あらすじ)
ドクターの執務室に置かれた、ドクター用のソファベッドを巡ってWとケオベは喧嘩を始める。それを見かねたドクターはケオベにクッキーを手渡し、宥めようとした。

Wがなんだかんだ魅力的で書いてしまう奴。ドクターの過去話はよ。
なんでも許せる人向け。

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クッキーを手に

 雑誌をどけると、すぐ目の前にもの言いたげなケオベの顔面があった。

 

 ドクターの執務室にある、仮眠用のソファベッドに寝そべったWは、長虫をうっかり踏みつぶしてしまったような嫌悪に歪んだ表情で言い放った。

 

「……なんか用?」

 

「用だ!」

 

 ケオベは威勢よく言い放つと、Wを激しく揺さぶり始める。

 

 Wは泡を食いながら、落ちないよう気を配りつつ抗議した。

 

「ちょ、ちょっと、いきなり何するわけ!?」

 

「Wばっかりずるいぞ! おいらもそこで寝ーたーいー!」

 

「鬱陶しいわね! 今日はあたしがここを使ってるのよ、余所行きなさい!」

 

「嫌だ! Wは昨日も一昨日もずーっと独り占めしてた! 今日はおいらの番だー!」

 

「ハアー!? そんなの別に決まってないでしょうが! 取られたくないなら名前でも書いておきなさいよ!」

 

 にわかに騒がしくなり始めた執務室の一角。執務室で仕事と向き合っていたドクターはやれやれと首を振ると、ペンを置いて立ち上がった。

 

 Wの頭に食らいつくケオベを後ろから優しく抱きしめ、引き剥がす。野性的なペッローの少女はすんなりWを解放し、唇ととがらせながらドクターを見上げた。

 

「ケオベ、喧嘩をしてはいけないよ」

 

「うー……でも、だって……」

 

「ケオべ?」

 

 優しい声音で言い聞かせ、頭を撫でてやると、ケオベは渋々といった調子で頷く。

 

 Wは再びふんぞり返り、髪についた涎に触れて顔をしかめながら苦言を呈する。

 

「ったく、買うなら首輪ぐらいつけておくべきじゃないの?」

 

「そう言わないでくれ。君も君で、よく飽きずに来るものだよ。私のことは嫌いと言っていなかったか?」

 

「ええ、大っ嫌いよ。けど、ここ占領してたら、その犬っころみたいに、物欲しそうな顔する奴らがいるでしょう? そいつらの捨てられたペットみたいな顔見るのが楽しいのよ」

 

「それでしっぺ返しを食らっていたら、身が持たないだろう」

 

「ふんっ」

 

 Wは鼻を鳴らし、雑誌で顔を隠してしまった。

 

 その態度にはケオベも思うところがあるようで、唸りながらドクターを見上げてくる。ゴーサインを出せば、すぐさま噛みつきそうな勢いだ。

 

 ドクターはほんのりと苦笑すると、何かをケオベの手に握らせた。袋で小分けにされた、薄いクッキーだ。ホワイトチョコをサンドしたものが、一袋にふたつ。

 

 ケオベの表情が、目に見えて明るくなった。

 

「食べていいのか!?」

 

「ああ。今日はそれで我慢して。いい?」

 

「うんっ! じゃあおいら、ヴァルカンお姉ちゃんのところ行ってくる!」

 

 言うが早いか、ケオベはピューッと執務室を出て行った。彼女を見送ったドクターは、執務机を振り返り、開けっ放しの抽斗を見つめる。

 

「イーサン? ふたつ以上持っていくのはやめてくれ」

 

「ゲッ」

 

 抽斗の真上あたりから声がして、どこからともなくサヴラの青年が姿を現す。

 

 中にある菓子の箱に手を突っ込んだ姿勢で、イーサンは頬を引きつらせた。

 

「……いつから気付いてた?」

 

「今、かな。それと、反対側にある、一番下の抽斗を開けてみてくれ。クッキーはあげるから」

 

「ああん? こっちに何が……うぉああああっ!?」

 

 一番大きな抽斗を開けたイーサンが壁際まで飛びのいた。抽斗の中からむくりと起き上がったのは、黒いマスクで口元を隠した白髪のアナティ。

 

 イーサンが驚いてぱくぱくと口を動かすのを余所に、ドクターは抽斗から取り出したクッキーを彼女にも手渡した。

 

「お疲れ様、シラユキ。よければ、食べて」

 

「御身の気遣い、ありがたく。しかしながら、我が身の隠れ場所をおいそれと暴くのは、如何なものか」

 

「気を付けるよ」

 

「願い申し上げる。では」

 

 シラユキは吹き消されたろうそくの火のように、その場から消え失せる。イーサンは変わらず愕然としていたが、ドクターは何事もなかったかのように部屋の隅へと赴き、屈みこんで何事か話したり受け渡しをして席に戻って来た。

 

 一連の出来事を雑誌の隙間から見ていたWは、気味が悪そうに問いかける。

 

「ねえあんた……周りに何人控えさせてるわけ?」

 

「今日は、シラユキとマンティコアだけかな。と言っても、マンティコアは休暇だけど。普段は書類仕事を手伝ってくれるオペレーターが一から三人と、護衛をしてくれるオペレーターがふたりほど。イーサンはお茶とお菓子が目当てだから例外」

 

「ま、俺はどっちかっていうと偵察の方が得意だからな。やれって言われたら、護衛もするけどよ。そういう時、ドクターは菓子おごってくれるし」

 

「ふーん……」

 

 衝撃が去り、いつもの調子を取り戻したイーサンの言を聞いて、Wは雑誌の下で聞こえないように舌打ちをした。

 

 ドクターの周りに誰かしらいる。それはWにとっても見慣れた光景だ。あの戦争においても、そうだった。

 

 ケルシーもアーミヤも、テレジアでさえも、常にドクターの傍にいた。Wも含め、彼女たちに味方したサルカズ傭兵のうち、隊長クラスの者がいたことさえある。

 

 だが、かつてはこうではなかったはずだ。テレジアを微笑ませ、アーミヤを可愛がっている時でも、ドクターは不吉な影を纏っていた。壁を作っているのとはまた違う、どこか冷ややかで、無意識に身構えてしまうような、油断ならない気配を。

 

 その結果があのザマだというのに。今やドクターは何もかもを忘れ、憑き物が落ちたみたいに愛想がいい。Wには、それが気に食わなかった。

 

 ―――いらつく。けど、それもいつまで保つかしらね。

 

 ―――ケルシーもアーミヤも……いずれあんたの手に負えなくなる日が来るでしょうに。

 

 ―――そうなった時、あんたはどうするのかしら? 心の底から、馬鹿みたいに信じてた仲間に、何をするのかしら。

 

 ―――ねえ、“ドクター”?

 

 雑誌の下で暗い笑顔を浮かべていると、軽い衝撃が紙越しに伝わってくる。

 

 本を下げてみると、ケオベたちに配ったのと同じクッキーがそこにおいてあった。

 

 ドクターを見やれば、彼女は既に書類仕事に戻っている。イーサンはいつの間にかいなくなっていた。大方、アーツで擬態しているのだろう。

 

 Wはクッキーを手に取ると、袋を破ることなく握り砕いた。


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