Breathtaking view with Silence.   作:今無ヅイ

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1秒ずつ、一歩一歩。


Take a second,Run per second.

【孤高の逃亡者、トレーナーデビュー】

【史上初、ウマ娘のトレーナー。トゥインクルシリーズで再度勝負】

【模擬レースで快勝!大逃げ師弟の進撃開始か!】

【最強世代との対戦に期待!】

 

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選抜レースから一週間。

書面上でも正式にサイレンススズカのトレーナーになった私とスズカは今後の話し合いのためにトレーナー室に来ていた。

勝手知ったる我が家、とまではいかないものの、偶然か配慮なのか自分が現役時代に使用していた部屋を使用させてもらえることになっている。

「トレーナーさんってけっこう有名な方だったんですね」

「そうだよ。まぁ、割と」

一応、現役時代にGⅠで4勝しているからすごいんだよ、君のトレーナーは、と心の中で思いつつ新聞を見る。見た感じ、どの新聞も私とススズカのことを大きく取り上げている。

 

そう、()()()()()だ。

今すごいのはスズカであって私ではないのだ。正直な話、私には注目しないでほしい。

まだメイクデビューすらしていないのに、この注目のされ方はちょっと大きすぎる。

こんなに大きく取り上げられたら余計なプレッシャーがかかってしまうじゃないか、と憤っていたのがさっきまで。

 

ニュースを見ても新聞を見ても「あ、また私たちが載ってますよ」とか「トレーナさんってすごいんですね」といった感じで、どうやら全くプレッシャーを感じていないスズカを見て安心したのがたった今というわけである。

 

さて、メイクデビューまで半年。

トゥインクルシリーズで大事な大事な最初の三年間、その始まりまで、あと半年。

 

この一週間、本格的なトレーニングの前に何回か走ってもらったのだが、そこでわかったことがある。

どうやらスズカはマイルから中距離向けの脚をしているのだ。

まだわからないが、2400までなら走れそう、ではある。それ以上だとどうだろうか、といった具合だ。

 

私の現役時代は完全に長距離向け、むしろ長距離専門でマイルなんててんでダメダメだったので多分同じトレーニングをしてもだめだろうなあ、と思う。

つまり、スズカの脚質に合わせたトレーニングとレースのローテーションを組まなければならないということだ。

今までの蓄積された資料や自分の現役時代のトレーニングノート(スズカに一回見られて大変恥ずかしい思いをしたため金庫に保管中)を引っ張り出してきたものの、まだまだ具体的な展望は見えてこない。

 

「……トレーナーの仕事って大変なんだなあ……」

 

んあー、とソファーに横になって大きくため息。

頭脳労働なんて生まれて初めてだ。座学の成績はいまいちだったし。

 

思い出してみれば、自分はあのトレーナーと一緒だったからこそ結果を残せたのだと思う。

私が天皇賞に勝利した時も、メイクデビューに勝利した時とおんなじくらいおおげさに喜んでくれた。

最後の宝塚記念で怪我をしたときに柵を上って制止を振り切って真っ先に駆けつけてくれたのもトレーナーだった。

……半身不随を告げられた時に、私以上に泣いていたのもトレーナーだった。

 

「……今ごろ、何やってるんだろうなあ……」

 

私が引退した後、どうなったかは知らない。連絡も取っていない。

どうしても、あの時のことを思い出してしまうから。あの悪夢から逃げるために、あのトレーナーからも逃げていた、のだが。

「んー。今となっては同業者か……うん。先達にも先達はあらまほしき事なりってね」

よっこらせ、と身体を起こして車椅子に乗せようとしていると、レースの映像を確認していたスズカもこちらに気が付いたようだ。

「どこか、おでかけですか?」

そしてまるで当たり前のように、乗るお手伝いをし、押してくれる体勢になるスズカ。

めっちゃいい子だなあ。この一週間で知ってたけど。

「ちょっとね。知り合いの元に」

まだここでトレーナーを続けていれば、だけども。

 

「え?えぇ、いらっしゃいますよ。あれからもずっとトレーナーを続けていらっしゃいます」

事務室にいるたづなさんに確認したところ、あっさりと判明。

続けてたわ。まぁ、あれだけ情熱的なトレーナーのことだ。きっと私のことなんて忘れて、いや振り切って次の有力株を育てているに違いが無い。

 

「えーと、現在はグラスワンダーさんの担当ですね」

グラスワンダー。グラスワンダーか……。

スペシャルウィーク、エルコンドルパサー、キングヘイロー、セイウンスカイとともに【世代最強】と言われているウマ娘の一人、というのはさすがに知っていた。

が、まさかそのうちの一人を担当していたとは……。こわっ。

 

「それで、たづなさん。どこで会えますかね?まぁ、その、久しぶりの挨拶というか、トレーナーの心得というか、そういうのを教わろうと」

「アイリス?」

ふと後ろから聞こえたのは、ずっとずっと聞きなれたはずの、久しぶりの声だった。

「アイリス……アイリスだーっ!」

そしてすごい勢いで突っ込んできて猛烈にハグされた。車椅子の背もたれが無かったら吹っ飛んでいたところだった。

 

百目鬼 美里。

元、私のトレーナーであり、その後何人ものウマ娘重賞勝利に導いた名トレーナーで、そして今は世代最強の一角、ということらしい。

うーん、私にもそういう称号欲しかったな。"孤高の逃亡者"ってなんかぼっち感がすごいじゃない。

 

「新聞で、アイリスがトレーナー始めたって聞いて……でも、なんだか、怒ってるんじゃないかって思って怖くて……こっちから連絡できなくて……ごめんね……」

さっきまで歓喜の表情でハグしてきたのに、次はしんみりと泣きじゃくっている。

このように、テンションの落差が半端ないのも彼女の特徴である。

まぁ、そのおかげで逆に私自身は冷静でいられたというのはあるかもしれないけれど。

 

それはさておき。

「いいんだよ、あの事故は。事故は、事故だから。誰が悪いなんてことはないよ」

ずびびびっと鼻をすすりながら立ち上がる百目鬼さん。相変わらず情緒不安定というか感情表現が豊かというか。

「あ、じゃあ、その娘が」

後ろにいたスズカと目が合ったらしい。スズカもぺこりとお辞儀している。いい子だなあ。知ってたけど。

「うん。この娘が私の担当。サイレンススズカだよ。スズカ、彼女は百目鬼さん。私のトレーナーだった人」

「ええと……トレーナーさんの、トレーナーさん……?ふふ、なんだか紛らわしいですね」

くすっと笑うスズカ。え?そこ笑うとこ?

「ど、百目鬼さん、久しぶり」

 

「百目鬼トレーナー!急に走り出してどうしたんですかー!」

心の中でほんわかツッコミを入れていると、百目鬼さんの後ろの方から誰か駆けてくるのが見える。そしてあっという間に追いついた。栗毛で、おとなしそうな雰囲気のウマ娘だ。少しだけスズカに似ている、ような気がする?

「ああ、ごめんねグラス。ちょいと……そう、昔の女と再会していたのさ……」

「やめて人聞きの悪い!」

百目鬼さんを思いっきりにらみつけてやると肩をすくめた。

こういうところも全く変わっていない。変わっててくれよ。

というかトレセン学園なんて仮にも女の園でそういうこと言うんじゃないよ、マスコミは面倒だよ?

私をスケープゴートにしてマスコミから逃げまくってた百目鬼さんは知らないだろうけど。

なーんて思っていると、グラス……つまり彼女がグラスワンダーだと気が付いた。

 

落ち着いた青の服に、たおやかな立ち姿。

【最強世代】の一角とは思えないような、優し気な―――

「こんにちは、はじめましてグラスワンダーさん。私は」

「昔の女……ですか……」

えっ、ちょ、なんでそこに食いつくの?

2秒前までの優し気な雰囲気はどこに行ったの?

めっちゃこわいんだけど?

 

「え、えぇ、まぁ、その言い方にはかなりの語弊と誤解があります。私はエボニーアイリス。百目鬼さんは私のトレーナーでした」

なるほど、と少しだけ視線が和らぐ。和らいだだけで戻ってはくれない。こわい。

 

「エボニーアイリスさん。お名前はよく存じております。”孤高の逃亡者””3200メートルのロングスパート”そして菊花賞から負けなしのまま、宝塚記念の負傷で引退……よく存じておりますが……百目鬼トレーナーの担当だったとは、初耳です」

百目鬼さんだいたいマスコミから逃げてたもんなあ。

 

「【最強世代】の一角にそこまで言われるとは、光栄ですね。でも」

ちょっとだけ笑い。自嘲ではない。

それは過去の栄光。過去の景色。そんなもの、ひとかけらだって興味はない。

 

「今は、一人のトレーナー。サイレンススズカのトレーナーですよ、グラスワンダーさん」

にこりと笑って手を差し出す。

私の思いに気付いたのか、握手を交わして彼女も微笑む。

「えぇ、これからよろしくお願いいたします。アイリストレーナー」

その目には先ほどとは違う色がともっている。

多分、「よろしくお願いいたします」とは「遠慮なく叩き潰します」という意味だろう。

なるほど、百目鬼さんとは相性がいいウマ娘だと思う。

今まで自分が戦ってきた相手で、本当に怖かったのは礼儀正しい相手だった。無礼な奴とか、マナーの悪い奴は全然怖くなかった。なぜならそういう奴は必ず、心のどこかで相手を侮っているからだ。

自分が上に行くという気持ちよりも自分が上であるという気持ちが勝ってしまっている場合が多い。

礼儀正しい奴は、強い。油断も侮りもそこには存在しないからだ。

 

グラスワンダーの、目の前の相手に対する敬意と礼儀、そして隠すことができないほどの戦意。

……例えば東京の芝2400なんかで私と彼女がターフに立っていたら、この目から逃れられただろうか?この執念から逃げることはできただろうか?

……考えるだけで尻尾の付け根がちょっと熱くなるのを感じた。

これが、【最強世代】か、と。

 

「さて、挨拶もすんだところで。百目鬼さん。ちょっと頼みがあるんだけど」

「ダメ」

まだ何も言っていないのに、ダメって言われてしまった。

「アイリス。トレーナーとしてどうしたらいいか、私に聞くつもりだったんでしょ?」

まだ何も言っていないのに、全部見透かされしまった。

 

「だめだよ、アイリス。あなたはもうトレーナーなんだから。さっき自分で言ってたでしょ?」

この人は相変わらず核心を突く。そういうところも変わってない。

 

「トレーナーと担当バは二人三脚、一心同体。トレーニングについての助言やアドバイスだったらいつでも歓迎だけどね。自分がどういうトレーナーになるか、担当とどういう未来を描くかは自分で考えないとダメ。私の模倣をしてもダメなんだよ」

未来、未来か。というかすごい勢いでダメ出しされている気がする。

……初めてダメ出しされている気がする。

 

「それに私だって新人の頃……あなたの担当の時、すんごく頑張ってたんだからね!楽しちゃダメ!」

ちぇっ。百目鬼さん、やっぱりなんも変わってない。

ホープフルステークスで3位だった私に向かって、努力で才能を超えて見せると豪語してついに私をステイヤーに育て上げたその魂は鳴りを潜めていない。

 

「それにね、アイリス。私はグラスワンダーのトレーナー。つまり、私とあなたは、担当が同じトゥインクルシリーズでを走るライバルなのよ?」

ライバルという言葉に、がん、と衝撃を受けた気分だった。

そうか、ライバル。ライバルか。私の現役時代にライバルと言える存在はいなかった。

自惚れるわけじゃないけど、シニア以降私に立ちふさがってくる相手はいなかった……一人いたっけ?

 

そして、ついに、いよいよ。数年前まで苦楽を共にしたトレーナーが、超えるべき壁として立ちはだかってきたのだ。どうしようもないくらい、負けず嫌いな、私のトレーナーが。どうしようもないくらい負けず嫌いな私のライバルとして。

 

「そう、そっか。そりゃしょうがない。スズカ、行こう」

軽く会釈をして、その場を立ち去る。

私の人生において、最良の友人であり、最大の理解者であり、最高のパートナーであった「百目鬼トレーナーから」の紛れもない宣戦布告。

 

こんな感覚!

こんな肌がひりひりする感覚!!

尻尾から耳までの毛が興奮で逆立つ、レース前とは全然違う感覚!!!

全身全霊で私たちを倒しに来るという強い思い!!!!

 

ありがとう、百目鬼さん。

そして、覚悟してね百目鬼さん、グラスワンダー。

 

私とサイレンススズカは絶対に負けないから!

 

「アイリストレーナー、あの、尻尾立ててると危ないですよ」

「あっはい、すみません」

 

……負けないからね!!!!

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