Breathtaking view with Silence. 作:今無ヅイ
【世代最強、激突は春!】
【記者会見中にマチカネフクキタル熟睡?ある意味大物か】
【シンキングザパール、デビュー戦でまさかの大暴走!?】
【マイルボンバー!タイキシャトル、芝でもダートでももってこい!】
【大逃げ師弟、デビュー日時決定!台風の目となるか】
【新たな女王となるかメジロドーベル、レッドカーペットは準備万端とトレーナー】
百目鬼さんとの感動(?)の再開から3か月。
早い子はすでにメイクデビューを決め、ジュニア級、そして1月から始まるクラシック級に備える頃合いである。
ちなみに私はクラシックにいい思い出がない。それはさておき。
「さて、スズカ。今日のトレーニングをしようか」
「はい、アイリストレーナー。始めましょう」
メイクデビューは中距離、2000メートルで決定した。
距離的にちょっとギリギリだが、問題はないだろう。
スズカだったら、おそらく余裕で走り切るはずだ。
もし負けたところで、スズカも私も気にしない。
……ちょっとしか。
今のところ、行った模擬レースは7回。いずれもデビュー前のウマ娘たち相手だが逃げは間違いなく有効に機能しているし、問題もなさそうと思っている。
7回のうち1着が4回、2着が1回、3着が2回。
掲示板を外さない(ないけど)走りは十分に通用するだろう。
しかし、レースに絶対はない。
特に「大逃げ」なんてリスクの高い戦術である。一度逃げそこなえば、バ群に飲み込まれ得意のスピードを活かせずに沈んでしまう。
それでも私とスズカはその戦術を選んだ。選んだ以上は、突き進む方が良い。
短所を補おうとするよりも長所を伸ばした方がいいと思う。百目鬼さんとは違う結論だけど、これが私のトレーナー道。
私とスズカの脚質の違いからくる、速度や仕掛けるタイミングの違い。
この辺りを考慮したスズカなりの逃げを模索しなければならないところだった。
「スズカ、少し考えたことがあるんだ」
次の日、トレーナー室に呼び出したスズカにホワイトボードを用意してもらって話し始めた。
私とは違う、スズカの戦術についてだ。
大逃げは要するにスタートからほぼトップスピードで前を走り続けること。誰にも追い越されなければ駆け引きも何もない。
【実現できれば】最強の戦術。
実現させた私と百目鬼さんは実はすごいのだ。えっへん。
しかしそれは、多分私がステイヤーだったから通じたものだ。
3000メートル走ってからのラストスパートと、1500メートル走ってからのラストスパートじゃ溜まっている足も残っているスタミナも全然違う。
道中の速度も長距離と比べたら速いだろう。そこで考え出したのが今回の戦術。
「スズカのラストスパートの速度をMAXの100と考えてみて」
ホワイトボードにコースをグルっと書いて、最後の直線のところに100と書く。
「今のスズカのスタイルは、他の子たちが70で走るところを90で走って逃げ、最後に100出して逃げ切るスタイルだ。合ってる?」
きゅきゅっと、ホワイトボードにスタートから最終コーナー終わりまで赤で90と書いていく。
「そうですね……その時々にもよりますが、多分そうです」
うむ、自分のペース配分が理解できているならいい。
「でもスズカ。まだ何回かしか見ていないけれど最後のスパートでも95か、下手すると85くらいまで落ちてしまっているときがある。それはペース配分ミスではなく、後続が上がってきたことによる焦りからだと思う。ちがう?」
スズカがはっとした表情になる。思い当たることがあるのだろう。
模擬レースどころか併走ですら先頭に立ちたがるスズカ。
何度か1800メートルくらいで失速してしまい、そのままバ群に飲まれる様子を何度か見た。
「そこでだ、スズカ。作戦を変えよう」
「それは……大逃げしてはいけないということですか?」
不安そうな目。
それはそうだろう、大逃げに徹するせいでデビュー前にコーチから注意されたことがあるくらいなのだから。わかるよ。私もそうだったからね。
ウマ娘にしかわからないことがある。言われてみれば、確かにその通りだ。
逃げには逃げのプライドがあるし、やりたいことがあるのだ。
定石を外して負けたら目も当てられない、だから普通は先行策や差し脚勝負する。
でも残念ながら私たちは普通じゃないのだ。
「いんや、違うよ」
今度は青のマジックをきゅぽんと用意する。
「スズカ。スズカのいいところはスパートのトップスピードだけじゃない。巡航速度とでもいうか、90で走っているときでさえ、下手すると他の子の100より速いときがある」
要するに、普通に足が速い。とんでもなく速い。速く走るために生まれたようなものだ。ウマ娘は全員そうかもしれないけれど。
「そこで、今までの模擬レースで計ったタイムを基にして考え出した戦術が……」
青のマジックでスタートから最後のコーナー手前までに線を引き80と記入する。
そのまま、最後のコーナーだけに70と書き、そして最後の直線に120と書く。
「スタートダッシュを決めた後、自分にとって少し余裕があるペースで巡行する。それでも他の子から見たら十分なハイペースだろうけどね。最終コーナーではさらにスピードを緩める。息を整えるのと、スパートの用意だ。スズカの脚ならここまで充分なリードを保てるはずだよ」
最終コーナーでスピードを落とすという、普通なら考えられない作戦。
徐々に速度を上げていくのが基本だし、先行策でも差し脚でも、最終コーナー真ん中くらいからスパートをかける子もいるだろう。
しかし、残念ながら私もスズカも普通じゃないし、スズカの瞬発力はもっと普通じゃない。
「速度が落ちたスズカの後ろにいる子は『追いつける!』と思ってペースを上げるかもしれない。そして最後の最後、最終コーナー回ってからの直線!ここで一気に、溜めていたスタミナと脚を解放する!」
最後の直線、1バ身差くらいまで迫ってきたところを、一気に突き放す。
相手からしたら、追いつけるかと思ってスパートをかけたところを引き離されるわけだ。
そこで焦ってくれたら儲けもの、焦らなくても追いつけなければ勝ちだ。
何バ身差なんて関係ない、最初にゴールにたどり着いたものが勝者なのだから。
「そうだね……イメージとしては”逃げて差す”と言った具合かな?」
さて、自分で言っておいてなんだがこれはかなり難易度が高いと思う。
相手のペースによっては最終コーナーで速度を緩めた瞬間に追い抜かれてしまうかもしれない。
しかし、それでもハイペースを保ったままの大逃げよりはスタミナを残せる分余裕がある。その余裕は冷静さにもつながる。
余裕を持っての2番手とスパートをかけての2番手じゃ全然違うものだ。
「なるほど……とてもわかりやすいです、アイリストレーナー」
褒められた。よかった、寝ずに考えた甲斐があった。
「この戦術のポイントは三つ。まずスタートダッシュ、これが決まらないと話にならない。そこは多分問題ないと思うけど」
風が吹きはじめるような、美しいスタートはスズカの持ち味だ。
これから重点的に鍛えるところでもあるし、不安はない。
「次に、ラストスパート。一度速度を緩める分、後ろとの差は縮まると考えていい。つまり、トップスピードを鍛える必要がある。それこそ、100を120,130にする勢いで」
ここも、地力の底上げという意味で不安は少ない。どんな戦術であろうとスパートは大事だからだ。……ずっと100で3200走ってた私は、なんというか例外で。
「そして最後、三つ目。これが一番難しいと思うんだけど……」
素直にうんうんとうなずいていたスズカが首をかしげてきょとんとする。あっ、かわいい。ちがうそうじゃない。
「最終コーナーで緩めた時に、先頭を譲る可能性がある。特に重賞なんかで強い子たちが揃っている時はそうだと思う……その時、スズカは我慢できるか、ということなんだけど」
スズカが少しだけ目を見開く。そして、考え込む。それはそうだ。
先頭の景色を誰にも譲らないからこそ、逃げなのだ。それが、たとえ勝つためでも譲ってしまって冷静でいられるか。これはスズカのメンタル面の話になる。
「もしも嫌なら、それでいい。別の作戦を考えるだけだからね」
「いえ、大丈夫です」
予想以上に速い快諾だった。
「アイリストレーナーの言うことは筋が通っています。私が今まで思いつかなかった作戦です。それを、試してみたいです」
「スズカ……」
素直ないい子だなあ、ほんと。
「それに、最後の、先頭の景色を譲りませんから。たとえ追い抜かれても、抜いて見せます。」
……素直な、いい子だなあ、ほんと……。
今までと走るスタイルを変えるということで、トレーニング内容も少しだけ変更していく。具体的には、コース取り・自分のペースづくり・スタミナの配分だ。
私なんかがそうだったが、逃げが得意なウマ娘はコース取りがとにかく苦手だ。だって左右に動くと疲れるし。あと速度落ちるし。前に誰かいると見えないし。そのせいでダービーがズタボロだったのは忘れておこう。
「ふうっ、どうでしたか、今のタイムは」
今はペースづくりだ。全速力で走ってもらったタイムを基にして、ペースを考えて、そのペースで走る。
残り体力なんていう本人にもふんわりしかわからないものよりも、1ハロンを何秒で走るかをベースにしてその速度に体を慣らした方が手っ取り早い。
「いいペースだったよ。今走った速度で第一コーナー途中から最終コーナー初めまで走る感覚をイメージしてね」
「はいっ!……あの、もう一本良いですか?次はスタートを……」
……すでに40本くらい走っているが、まだまだ走り足りないようだ。
顔が紅潮しているのは問題ない。
息遣いは……うん、まぁ全力じゃないけど少し速い。なんでわかるかって?ウマ娘は耳が良いんだ。
脚……うーん、汗の量がちょっと多い。放熱が間に合っていないな。なんでわかるかって?ウマ娘は目も良いんだ。
「うーんそうだねぇ。ダメ。今日はここまで」
えっ、という顔になるスズカ。まさか走ったらダメなんて言われると思ってなかったような顔だ。
すごい、始めて見たそんな顔。しかしここは心を鬼にするとき。ウマだけど。
「オーバーワークになっちゃうよ、これ以上やったらね」
「そう、ですか……」
目に見えてしょんぼりしているスズカ。
本当に走るのが大好きなんだろうな、と思う。私だってそうだったし、トレーナーにオーバーワークだって良く言われたものだ。しかしここは譲れない。
「あのね、スズカ。私はスズカにこれからずっと、長く長く走ってもらいたい、楽しんでもらいたいと思っているんだ」
顔を下げて私と目線を合わせるスズカ。
スズカの走っている姿を見ている間ずっと、感覚がないはずなのに暑くなったような感覚の両足をさすりながら、語り掛ける。
「私みたいに、なってほしくないってそう思うんだ。走るのは楽しい。ずっとずっと、これからも楽しんでほしい。だから、オーバーワークはやめようね?」
にっこりと笑うと、スズカも笑った。
「もう、それを言われたら何も言い返せないじゃないですか」
少しだけふくれっ面しながら、車椅子を押してくれるスズカ。いい子だなあ。
「休むのも練習と同じくらい大事だよ。それにお腹もすいたしね」
「あっ……本当だ、もう暗くなってますね」
おいおい、まさかそれにすら気づいていなかったとは。没頭するとはこういうことなのだろうな……。
「どうしようか。多分もう食堂には間に合わないし、どこか食べに行く?」
スズカが全力で走れば食堂は間に合いそうだが、正直ターフの上を車椅子で進むのは結構しんどい。
「そうですね……。あ、この間スペちゃんから教えてもらったお店があるんですが、どうでしょう?」
へぇー、そりゃいいね。どこなの?と聞いた私が愚かであったことをここに明記しておく。
「少し遠いので、せっかくですから走りますよ♪」
ぐっと車椅子のグリップを握ったスズカ。
嫌な予感がしたので店舗の名前で調べて見る。
ふむ、にんじんハンバーグは美味しそうだし量も十分そうだ。
……距離にしてここから約2㎞。2000メートル。そしてがっちり握られたグリップ。
あっ。
「も、もう少し近場でいいんじゃないかなースズカ?」
恐る恐る、自分の想像が杞憂であると信じて振り返ってみる。
「遠慮なさらずに♬」
悪い予感とは、当たるものである。完全に走るときの楽しそうな目をしたスズカがそこにはいた。
「い、いやそのね?いくらこの車椅子が頑丈でもスズカの速度で走ったらあああああああああ」
ラストスパートを100だとすると30くらいの速度で走り出したスズカは、そうしておいしい晩御飯にありついた。
そして帰寮後、その様子を目撃した寮長から「車椅子を押す時には走るんじゃない!!!!」と割と本気気味で怒られてしまったのだった。