Breathtaking view with Silence.   作:今無ヅイ

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さぁ手を叩け、休んでいる暇は無くなった。




Give a five,nothing take five.

【エルコンドルパサー”芝でもダートでも最速”トレーナーの夜見氏、クラシック路線にターゲット】

 

【注目集まる阪神ジュベナイルフィリーズ。タイキシャトルとサイレンススズカ激突なるか】

 

【サイレンススズカ、デビューライブで棒立ち。そこまで師匠と似なくても】

 

【百目鬼氏“標的を定めた”不穏な発言?】

 

【スペシャルウィーク、わんこそば早食いイベントで快勝】

 

【キングの走り、恐るべし!ひったくり逮捕!トレーナーの錦田氏「心臓に悪い」】

 

無事にメイクデビューを完勝し、1年間のクラシックまでの期間。いわゆる「ジュニア級」として登録されたスズカ。

あのあとライブでダンスはできなかったものの逆にボーカルに集中することでバックダンサーを引き立たせるというスズカの機転により、私と一緒にシンボリルドルフ会長とエアグルーヴ副会長からのお小言1時間で事なきを得た。

 

―――いや全然事なくなってないが?

 

それはさておき、新聞やテレビでは今年のクラシック戦線やシニア戦線の放送や予想が本格的に始まっていた。

トレセン学園内の空気もいい意味で張りつめているのがわかる。

 

とはいえ、ここは学園。

四六時中緊張しているわけでもなく、レースでのライバルはクラスでは親友というのはよくある話だろう。

だろう、というのは私が友人が少なかったからである。なんで「孤高の逃亡者」なんてあだ名がついたと思う?

 

つまりどういうことかというと、いつも通りの時間にトレーナー寮からトレーナー室に車椅子を漕いで向かう途中にマチカネフクキタルに捕まってしまったということだ。

 

「にゅふふふ、もともと強かったスズカさんが、あんなにずば抜けて強くなったのはあなたの仕業というのは調べがついていますよ~」

「いやそりゃ、それがトレーナーだしね」

スズカさんのトレーナーさん!と元気な声で呼ばれ、トレーナー室まで押しますよ!と言われ、押されながらトレーナー室に向かっているというところである。

 

マチカネフクキタル。サイレンススズカの同期である。確かトレーナーは火宮さんだったか。

面識はないけれど、一応データは頭に入っている。メイクデビュー、8位から最後の直線で差し切った鋭い末脚の持ち主だ。

 

中距離か長距離に向いてるんだろうな、と思っている。2000走った後の上がり3ハロンのタイムならスズカと同レベルかそれ以上かもしれない。

 

そしてどうやらスズカと仲が良いらしい。

スズカのことを話す時の嬉しそうな顔からわかる。

 

「スズカさんって、なんというか嬉しいときも悲しいときもあんまり顔に出さないじゃないですかー。それが最近はよく笑いながらトレーナーさんのお話をしてくれてるんですよ!なんだか私まで嬉しくなっちゃいますよね!」

いい子の周りにはいい子が集まるらしい。

友だちのことを自分のことのように喜べるのは実はすごいことなのだから。

 

「そっか。それは私にとってもいいニュースだけど……今日は私に用事があるのかい?」

トレーナー室の中まで運んでもらって、ぽすんとソファーに腰かけたマチカネフクキタルに聞いてみる。

もしかしたらほら、偵察とか敵情視察かもしれない。

 

「いえ!トレーナーさんが大変そうだったので、お手伝いしたいなーと思っただけです~。良いことをすると、良いことが返ってくるんですよ~」

本当にいい子だなこの子。

 

「因果応報、いや情けは人の為ならず、かな。ありがとう。じゃあお礼にお茶を淹れてあげよう」

「いえいえお構いなく~。私これからトレーニングですので」

 

じゃあ引き留めるのも良くないか。

本当にありがとうね、と伝えるとおおげさなお辞儀をしてトレーナー室から去っていった。

 

「あ!スズカさんに負けませんよって伝えておいてください!」

去っていってドアが閉まったかと思ったらまた勢いよく開いて、そして大きな朗らかな声でそう言って今度こそ去っていった。

 

「ふふ、なんだ、やっぱり宣戦布告じゃないか」

負けてられないな、と今日のトレーニングの予定を確認していく。

スピード、スタミナ、コース取り、スタートダッシュ、そしてメンタル。

 

ついついオーバーワークになってしまいがちなスズカに合うメニューを考えなければならない。

……最近ようやくこの作業に慣れてきた。

 

さて、そろそろ来るかな、と思っているとドアががちゃり。

「お疲れ様です。アイリストレーナー。今日のトレーニングもお願いします」

「はいよろしく。今日も頑張ろうね」

 

今日のトレーニングは水泳。

プールサイドまで車椅子で行くとちょっと危ないので、少し離れたところから見ることにする。

 

遠泳くらいの距離をひたすら泳ぎ続けることで心肺機能、いわゆるVO2 Maxと脚力の強化。

あとメンタルも強化するトレーニングなのだが……なんかスズカの横のレーンの子、併走(?)してない?

 

「いいぞフクの字ィ!常に競争心を忘れるな!徹底マークだ!スズカについていくんだ!!」

プールサイド。赤いメッシュが入った男性がなにやら叫んでいる……あ、あれもしかして。

 

「もんぎゃーー!!!?足が攣りましごぼがばーーーー!!!!」

「フクの字ィーーーーー!!!!!!?」

 

そして迷わず飛び込む彼は確か、マチカネフクキタルのトレーナー。火宮トレーナーだ。

 

……このプール、深さ3mくらいあるんだけどスーツのままで飛び込んで大丈夫なのかな。

という心配は無用だったようで、見事な泳ぎでマチカネフクキタルを救助しプールサイドに引き上げる。

周りの子たちも救助に加わっているようだ。

 

「足が攣っただけでよかった……。ちゃんとストレッチしたのか?全く」

「しましたよぅ!入念に、丹念に!」

そしてずぶ濡れのままひょいとマチカネフクキタルを担ぎ上げる火宮トレーナー。

いわゆるお姫様だっこだ。びしょぬれなので人魚姫様だっこかもしれない。

 

いやそういうことではなく。

ああほら、救助に駆けつけた他の子たちがちょっとキャーキャーなってるじゃないか。

……トレーナーと恋仲になるウマ娘は、まぁ予想通り結構多い。

そのまま結婚した事例もあるくらいだし。

にしたってあの二人は、なんか、こう、距離が近すぎないか?

いや風紀がどうとかは言わないけど。

 

そのまますたすたと、いやべちょべちょと入口。つまり私の方に向かってくる火宮トレーナーwithマチカネフクキタル。

 

「あっ!アイリストレーナー!どうも、はじめまして!火宮です!お噂はかねがね!」

そしてこちらに気付いたようで挨拶してくる。

赤いメッシュが入った黒髪と利発そうな目つき、そしてずぶ濡れのスーツ。

うーん、なんというか、担当と似た者同士な感じだ。

 

「はい、始めまして火宮トレーナー。そちらはその……大丈夫ですか?」

ぼちょぼちょと水を吸ったスーツは台風の日に外にでも出たのかという有様で、その腕の中に納まったマチカネフクキタルは水着のまま火宮トレーナーにしがみついている。

 

「大丈夫です!フクの字のためならたとえ火の中水の中!ですよ!」

「トレーナーさぁん……さすが私の運命の人ー!!!」

 

バカップルかよ。

 

「じゃ、俺はこいつを念のため保健室に連れていきますので!話はおいおい!」

 

というとすぐさますっ飛んで行ってしまった。百目鬼さんとはまた違った熱血さだ。

多分あのまま保健室行くと廊下がずぶぬれになって怒られそうなので「拭いた方が良いですよ」とだけ伝えておいた。

 

「ま、ああいうトレーナー道もあるか……」

 

あるかな……。

 

あるかもな……。

 

あるんだろうか……?

 

ちょっと自信は無いが、まぁあるということにしておこう。

 

スズカの水泳トレーニングはつつがなく終わり、プールの閉館時間ということで着替えて外に出ることにした。

 

「ふう、さすがに、少し疲れました」

 

それはそうだ。今のスズカの体力限界ぎりぎりまで泳いでもらったのだから、そうじゃないと困るというもの。

 

「さて、じゃあその疲れの中でラストスパートが出せるかトレーニングしようね。この後スズカのスパートに合わせたランニングマシンで3ハロン分を10本」

 

「は、はい……」

 

「で、それが終わったら芝でコーナーから直線スパート。今日は15本かな」

 

「はいっ!」

 

わかりやすい。

スズカはトレーニングは嫌がらないけど、どちらかといえば芝で走るトレーニングが好きだ。

気持ちはよくわかるけど、芝で走るためには芝で走るだけでは鍛えられないものを鍛えてからじゃないとね?

 

ちなみにメイクデビューの時の上り3ハロンのタイムは35.5秒。これに合わせたランニングマシンなので時速60㎞くらいである。その速度に体を慣らすのが目的。

 

しかもレース中のように徐々に加速するのではなく、ほぼ0からトップスピードへの加速だ。

そんな地獄のようなランニングマシンが終わったころにはスズカはけっこうへとへとになっていた。

 

「アイリストレーナー……ランニングマシン終わりました……さぁターフへ……!!」

 

「その前に水分補給ね。練習は常に万全の状態でね」

 

そう言ってスポドリを渡す。

よほど喉が渇いていたのか、美味しそうに飲み終わると車椅子のハンドルを握って押し始めた。

 

「ねぇスズカ。どのレースに出たいとか、希望はある?」

 

外の練習場までの移動の間に手元のタブレットをいじりながら話しかける。

 

「そうですね……今年これに出たい、というのはまだわかりません。なのでジュニア級はトレーナーさんにお任せしたいと思います」

 

「そう、了解したよ」

 

トレセン学園にいる子は、具体的かそうでないかに関わらず「自分の目標」があることが多い。

 

例えば、スペシャルウィークは「日本一のウマ娘に!」と言っているらしい(スズカから聞いた)

 

でも、たまにスズカのような「走ること」ただそれだけが目標であり、目的である子がいる。

 

目標を叶える、結果を出すためにレースに出る。

そのレースで勝つために走る。

 

そういうのが何もなく、走ることが結果であり過程である子は、強い。目標や目的という気負いがなく、ただ自分の走りができるからだ。

 

強いけど、脆いのだ。

 

目的のために、目標のために。

そういうものがある子は、何度くじけても戻ってくるし、粘り強く立ち上がってくる。

 

だけど、走ること自体が目的の子は、一度折れてしまえば戻ってこられない場合が多い。

あんなに好きだった走ることが嫌いになってしまうことが多い。

同期にも、ただただ走るのが大好きだった子がいた。

そんな彼女はたった一度の怪我で学園を去ってしまった。

 

―――スズカには、そうなってほしくないな、と思う。

 

なので、ここはひとつ脆さを補う鉄骨として、抽象的でもいいから大きい目標が欲しいなと思っていた。

 

「気が早いかもだけど、クラシックはどうしたい?それによってジュニア級の目標も変わってくるけど」

 

クラシック戦線まで半年後だが、目標立てるのに早すぎるということはないだろう。

私としては、スズカはトリプルティアラを狙える器だと思っている。

ローテ次第だが安田記念、マイルチャンピオンシップに出てもいい。

トリプルティアラの女王になるもよし、最速マイラーとして名を残すもよし。

なんならその両方をだって狙えそうだ。

中距離・マイルの王にして女王。かっこいいじゃないか。

 

「そう……ですね。ええと、ちょっとだけ、無謀かもですけど、考えていたことがあります」

おっ、良い傾向だ。そうこなくちゃね。

 

「クラシック、王道三冠を……ほしいなって思っています」

 

…え?

 

「と、トリプルティアラじゃなくて、王道三冠なの?」

 

少し驚く。あれだけ冷静に自分の実力と向き合えるスズカのことだ。

長距離は自分の適正じゃないと知っているはず、なのだが……。

 

「その、これはわがままだし、自信過剰かもしれないのですが……私は、アイリストレーナーと三冠を取りたいなって……思っています」

 

クラシック三冠。私が取れなかった夢。

一生に一度しか出場できない、クラシック戦線。

その三冠に輝きたいと言ってくれた。

 

「でも、それは……もしかして、私のために……?」

 

そう聞き返しながら顔を上げる。

後ろで押してくれているスズカの顔はとても楽しそうだ。

 

「だって、アイリストレーナー。『私が見続けたかった景色を、あなたと見たい』って、言ってくれたじゃないですか」

 

「!」

 

あの時、確かに私はそういった。でもそれは、スズカの走りを縛るためのものじゃない。

スズカの後ろについていきたい、私が見たかった景色を見るスズカを一番近くで見ていたい。そう思ったからだった。

 

だというのに。

 

「だから、一緒に見たいんです。きっと、困難な道ですけど……それでも、トレーナーさんの見続けたかった景色を、私も見たい。見てみたい。そこに至る過程も、きっと美しいばかりじゃない景色も、見たい。そう思います」

 

ーーそこまで言われたら、応えないわけにはいかないじゃないか。

トレーナーとして。

 

「……わかった。ウマ娘の私から、一言だけ。ティアラ路線かマイル路線が一番スズカが輝ける道だと思うけど、それでもいいの?」

 

「はい。構いません。私はアイリストレーナーと。トレーナーさんと一緒に走りたいから。一緒に輝きたいです」

 

即答だった。ならば、もう何も迷うことはない。

 

「ありがとう、スズカ。トレーナーとして言わせてもらうと、これからかなり厳しいトレーニングになると思うけど、いいね?」

 

「はい!」

 

晴れ晴れとした、静かで無垢な声。

 

私がグーで手を上げると、スズカもそれに握りこぶしを合わせた。

2つの夢が混ざり合う景色は、今しか見れない。

そう思っているような素晴らしい表情だった。

 

そうして芝の練習場に着いた頃、少し薄暗くなっているものの走るには問題ない時間帯だ。

 

夕焼けがターフをところどころ赤く染め、まだ夕焼けに染まっていない高い空からは青空が覗いている。

まばらにあるすじ雲は白からオレンジ、そしてグレーに色を変え、地平線までぐんと伸びている。

 

スズカはその上を走り始めた。

 

決して王道ではないだろう。

曲がりくねって、不安定な、この空にある雲のような道を。

 

もっとも困難で、もっとも輝く道を、走り出したのだ。

 

「あっ!スズカさーん!一緒に併走しましょ!」

「え?えぇそれはいいけれど、もう脚は大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ~ちょっと攣っただけですから~!さぁいきましょー!」

「あっちょっとまってそこ泥があって危ないわよ」

「ぎょべー!!!!?」

「フクの字ィーーーー!!!!!!」

 

 

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