Breathtaking view with Silence.   作:今無ヅイ

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もうやめて!財布の中身はゼロよ!




Knock wallet for six,Six of one.

【サイレンススズカ、クラシック王道路線への参加を表明!】

 

【世代最強、ついに始動。続々メイクデビュー決定】

 

【メジロドーベル、ティアラ路線へ進む意思を表明。新世代の女王誕生なるか】

 

【マチカネフクキタル、クラシック三冠へ気炎万丈。今年もクラシックは見逃せない!】

 

【トレセン学園秋川理事長、新レース「URAファイナルズ」開催を発表!!全てのウマ娘が輝くレースとは】

 

【”皇帝”シンボリルドルフ、URAファイナルズへの出走を表明】

 

【タイキシャトル、目標は全マイル制覇!】

 

【エルコンドルパサー、芝もダートもなんのその。怪鳥ここにあり!】

 

【注目の阪神ジュベナイルフィリーズ、ジュニア級最速マイラーは誰だ】

 

【タイキシャトル、アルテミスステークスに出走決定。マイルの女王の旅が始まる】

 

季節は8月。

巷では夏休みだが、トレーナーとウマ娘にそんなものはない。

 

あっても良いと思う。青春の思い出って大事だよ?

 

さて、私とサイレンススズカは夏休み明けの9月上旬のアスター賞、10月下旬にはアルテミスステークス、そして朝日杯フューチュリティステークスを目指すローテに決定した。

月に1回レースに出るのは結構な頻度だが、今のところスズカの脚や体力に問題は無い。であるなら経験を積んだ方が良いという考えだ。

 

簡単に勝てる……なんてことは微塵も思っていないが、スズカの走りはジュニア級の中では頭一つ飛びぬけていると言っていい。

 

100回の練習で出来なかったことが1回の実戦でできるようになる。そういうもんだと思っている。

私たちの夢はクラシック王道三冠の制覇。であるならば、実戦経験がある方が良い。

そんなスズカは今、延々とスタートダッシュの練習をしている。

ゲートが開いて1ハロンダッシュ。

そしてゲートが開くタイミングはランダム。

これ、かなり集中力を使うんだ。私はそうだった。

 

「集中して。1ハロン10秒切る勢いで走って。とにかく、ゲートが開いた瞬間に体が勝手に動き出すイメージを頭の中で固定するんだ」

 

「はい!」

 

いい返事だ。もうこれでかれこれ200本目だが、集中力が全然切れていない。ちょっとこわい。

 

「いいかいスズカ。何かができるようになるまでには、三段階ある。意識しながらでもできない、意識しながらならできる、そして無意識でもできる。このゲートが開いた瞬間0からほぼトップスピードまで加速するのを、無意識でできるようになろうね」

 

「はいっ!!」

 

まぁ、ほとんどできているように見えるけれど、鍛えておいて損はないからね。

 

逃げは先頭を維持し続ける戦術。何よりまず先頭を取らないと意味がない。

スタートした瞬間先頭に躍り出れば勝つ確率はぐんと上がるはずだ。

 

「こんにちは!スズカさんのトレーナーさんですよね?」

 

201本目のスタートダッシュをしたところで、後ろから声を掛けられる。

声の主は【世代最強】の一角、スペシャルウィークだ。

学年的にはスズカの後輩にあたり、ターフの上でもスズカのひとつ下の世代である。

 

「はいこんにちは。今日はお休みですか?」

そんな最強の一人であるが、見たところ普段着である。

制服でも体操服でもないので多分お休みだろう。

 

「はいっ!実はスズカさんを夏祭りに誘おうかな、と思ってまして……」

 

夏祭り!

いいじゃないか、この夏休み期間中トレーニング漬けだったスズカにはちょうどいい機会だ。

 

「わかった。もうすぐ終わるから」

少しだけ早めに切り上げよう。学園にいる時の友人との時間は貴重だ。3年間ほとんど練習とレース尽くしだった私は良く知っている。

 

「スズカー。ラスト5本。スペシャルウィークが待ってるよ」

顔をタオルでぬぐいながら、スペちゃん?と首をかしげる。

 

「今日近くで夏祭りがあるんだって。一緒に行っておいで」

はぁ、となんだか乗り気じゃないような、そんな顔。

そんなに走るのが好きかいスズカ。

 

「気分転換も休息も大事。それに、青春もね。先輩からの助言は聞いておきなさい」

人生はトゥインクルシリーズだけじゃない。

汗と泥と芝生まみれの青春もいいけど、スズカにはちゃんと楽しんでほしいし、学園という空間でしか味わえない友人関係だってあるはずだ。

 

夏の風物詩だしね!

 

「はい、そうします。あ、そうだ。スペちゃん。アイリストレーナーも一緒に行っていい?」

 

「はい!最初からそのつもりでした!」

 

ん?

 

え?

 

ラスト5本を終わらせたスズカは、軽くシャワーを浴びて着替えてくると言って寮へ向かっていった。

 

学園の入り口で待ち合わせするためにスペシャルウィークに押されながら移動する。

なんというか、この学園の生徒みんな文句言わず、というか当然のように車椅子押してくれるな……いい子ばかりかよ……。

 

「アイリスさんって、現役時代すごかったって聞きましたよ!」

後ろからスペシャルウィークの声がする。

現役時代すごかった、ねぇ。

 

「すごかったと言えるのは、現役時代の半分の、さらにその半分だけだよ」

クラシック、菊花賞で勝つまでは鳴かず飛ばずだった。

ようやく身体が出来て、戦術も確立して、菊花賞優勝から負け無し。

その勢いのまま、大事故、大けが。

はたから見れば”劇的な”引退と言える。

 

見る側からすれば、悲劇的でも劇的には変わりないのだから。

 

「過去の栄光より、未来の不安の方が何倍も価値があるものだよ、スペシャルウィーク」

 

あんまりいい思い出というわけではないので、それっぽいことを言って切り上げておく。

 

「そういうものなんですか?」

「そういうものなんだよ」

 

何となくだけど、スズカと似てる雰囲気の子だなあと思う。

スズカほど静かではないけれど、一生懸命で努力を怠らない子。【世代最強】というデカデカとした看板を背負う屈強なウマ娘には見えない。ただの元気な女の子だ。

 

「今日のお祭り、花火も上がるらしいんですよ!やっぱり夏と言えば屋台にお祭りに花火ですよね!」

 

聞けば生まれは北海道の田舎で、夏祭りといえば近所のみんなで公民館とかで寄り合ってお酒飲んだり踊ったりする感じだったらしい。

なので屋台とか縁日とか、そういういかにも夏祭りっぽい夏祭りは初めてなんだそうだ。

 

なるほど、どこも田舎はそんなもんか、と思っているとスズカが小走りでやってきた。

 

「お待たせしました。さ、行きましょう」

……私が言うのもなんなんだが、スズカの私服はあまり年相応には見えない、気がする。

 

シンプルな白のTシャツとジーンズ、スニーカー。

らしいといえばらしいのだが……。

 

「ねぇ2人とも。少しだけ寄り道していいかな?」

 

「え?私は構いませんけど……スペちゃんも、いいかしら?」

 

「はいっ!でもどこへ?腹ごしらえですか?」

 

違うよ?

バリバリ現役の君たちと同じにされては困るよ?

 

スズカに押されながら、向かった先は美容院。

「美容院……髪を切るんですか?それとも尻尾のケアを?」

「いんや、違うよ」

 

からんからんと中に入ると、出迎えてくれたのは気の良さそうなウマ娘が出迎える。

私の元同期である。

 

「お、アイリス!よく来たね!あ、テレビで見たわ!あなたサイレンススズカね!そして【世代最強】スペシャルウィーク!きゃー!本物ー!」

 

そそくさとサインをねだる店長を食い止める。

あいもかわらず陽キャというかミーハーというか。

 

「違うんだって。さっき連絡したでしょ……この2人の着付けをお願い」

 

「任せなさい!」

 

着付け?と2人して首をかしげる。

似た者同士なのだなぁ、とほっこり思いながら背中を押して店内へと進める。

 

「せっかく夏祭りに行くんだし、形から入ったほうが楽しいでしょ?」

 

友達と浴衣姿で夏祭り。うんうん、最高に青春じゃないか。

ウマ娘が着られる浴衣のレンタルはここしかなかったが、どうにか当日予約できてよかった。

 

「でもその、いいんですか?お代は……」

 

「いいっていいって。練習頑張ってるごほうびだとでも思って。ね?」

 

はぁ、となんだかまだ申し訳無さそうな顔である。

この子はたまにわがままとか言ってもいいのに、謙虚というか欲がないというか。

 

「スズカさん、こういうときはありがとうでいいんですよ。ありがとうございます!アイリストレーナーさん!」

 

おお、いいこと言うねスペシャルウィーク。

そうそう、素直な好意には素直に返しておくのが一番なんだ。

 

「どういたしまして。スズカも、ね?」

 

「そうですね……はい、ありがとうございます。アイリストレーナー」

 

トレセン学園の近くにある神社。

生徒たちも普段からお参りとかトレーニングとかをやっているらしい。

 

「スズカさん!見てください、人参焼きですよ!」

 

今は屋台が立ち並び、鮮やかな色の明かりがそこここを照らしている。

青と白が基調のさわやかな浴衣に身を包んだスペシャルウィークが楽しそうに騒いでいる。

 

「スペちゃん、そんなはしゃぐとしっぽ引っ掛けちゃうわよ?」

 

その後ろを、緑の落ち着いた色調の浴衣に身を包んだスズカに押されながらなるべく人混みをさけつつ屋台を見物する。

二人とも浴衣が似合っていて大変よろしい。

 

「アイリストレーナーさん!ワタアメ買っていいですか!」

 

「いいよー好きなだけ買いたまえー」

 

……なんかさっきからどんどん財布の中身が減っている気がするが気の所為ということにしておこう。

 

「私、レース以外でこういうにぎやかな場所って初めてです」

 

スズカが楽しそうな、でも少し不安げな顔で言う。

 

「いいじゃない、トゥインクルシリーズの選手でも学生は学生。それらしいことしておいても損はないよ?」

 

そういうものでしょうか、と言う。

そういうものだよ、と返す。

 

ここでなんとなく合点がいった。

この子は謙虚というか、無欲というわけではない。

その欲がレースにしか向いていないのだ。

 

「走る以外に楽しいこと、自分の心の拠り所を持っておくのは大切だよ、と人生の先輩がアドバイスしておくよ、スズカ」

 

「難しいですね……考えておきます」

 

トレーナーそんなに難しいこと言ったかなあ……。

 

「アイリストレーナーさん!人参揚げ買っていいですか!」

 

「いいよ!もうここまで来たらどこまでいいよ!!!あ、私とスズカの分も!!!」

 

よし、わざわざ夏祭りで悩むのやめとこ!

とりあえずはこの場を全力で楽しもうじゃないか!

 

その後、スペシャルウィークの楽しそうな様子を見て、スズカも吹っ切れたようだ。

延々と型抜き(上級)にチャレンジしたり射的にチャレンジしている。

私の財布の中身もだいぶ吹っ切れたが、まぁ必要経費必要経費。

 

……経費で落ちないかなあ……。

 

ぼんやりとニンジン焼きをかじりながらそんなことを考えていると、屋台のはじっこまでたどり着いた。

ここから先の境内までは長い階段になっているため、怪我をしてからは一度も上がったことがない。

そういえば、現役時代はここでダッシュしてたなとか、滑って下まで転げ落ちたなとか、レース前におみくじ引いたら大凶だったな、とかを思い出す。

……まるでいい思い出がなかった。びっくりした。

 

階段のだいぶ上の方、屋台の明かりがない薄暗い階段を下りてくる人影が見えた。

 

「あれっ、スズカさんとアイリストレーナーさん?それにスペシャルウィークさんじゃないですかー」

 

降りてきたのはマチカネフクキタル、と火宮トレーナー。

 

「こんばんは!奇遇ですね!アイリストレーナーもお参りを?」

 

相変わらず元気な方だ。ウマ娘でもけっこうきついんだけどな、ここの階段の昇り降り。

 

「いえいえ、縁日を楽しんでいるだけです」

 

そう返しながら自分の脚をさする。

さすがにこれじゃ登れませんって。

 

「僕もフクの字と一緒に夏祭りめぐってたんですが、途中から財布の中身が無くなりまして!それでレースの必勝祈願もかねて金運アップをお参りしてきました!」

 

なるほど、夏祭りに来るとトレーナーの財布はだいぶ絞られるものらしい。

……ってあっ必勝祈願がおまけなの!?

 

「ふふふ~スズカさん、金運と運命の人まで手に入れたこのマチカネフクキタルは、それはもうつよぉいですよぉ~」

 

なんだかくねくねと曲がりながら(それどうなってんの?)マチカネフクキタルがスズカに話しかける。

 

「そう、フクキタル。私も負けないわよ」

 

涼やかな目でそう言い切るスズカの目は屋台の光を反射して煌々と燃えあがっているように見える。

やっぱりこの子、レース以外は無欲だな……。

レースに対してはものすんごい強欲だけど……。

 

「マチカネフクキタルさん!私だって負けませんからね!」

 

スペシャルウィークも笑顔で言い返す。

世代としては先輩にあたるマチカネフクキタルに、堂々と負けないと言い放つ。

ウマ娘というのはどうやら一人残らず負けず嫌いらしい。

そう、一人残らず。

 

「火宮トレーナー、私とスズカだって負けませんからね。まずは」

「えぇ、まずは」

 

まずは、11月の京都ジュニアステークス。

芝2000m。距離的にはスズカもマチカネフクキタルも得意な距離だ。

そして初めての激突。今後を占うのにまさにぴったりの一戦になりそうだ。

 

「ふ、なんだか燃えてきたよ。スズカ」

自分が走るわけじゃないのに、熱くなってきたのは多分季節のせいだけじゃない。やれやれ、ウマ娘ってやつは。

 

「はい、アイリストレーナー。私もです」

 

それは夏休みが終わり普通の日常が始まる直前のちょっとした、そしてこれからの運命を決定づける一幕だった。

 

「ところでスペシャルウィーク。もう屋台は良いの?」

「はい!屋台全制覇しました!ごちそうさまですアイリストレーナー!」

「え」

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