祖龍のヒーローアカデミア   作:暦月

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 お久しぶりです。そうでない方は初めまして。暦月と申します。

 普段はオリジナルの小説なんかを気儘に投稿しています。

 以前執筆していた『死穢八斎會No.3のヒーローアカデミア』を修正版しました。

 モンハンライズ・サンブレイクを一通りやり終え、それに伴い話の流れとついでにタイトルを若干いじりました。が、どちらも中途半端な知識しかありませんので、それでもOKな方のみどうぞ。


 


  プロローグ

 

 今思い返してみても、私の両親は碌でもない人間だった。

 

 まだ小学校に上がる前で顔もあまり覚えていないが、それでも記憶の大半を占めるのが幼い自分に当たり散らす二人の姿だ。

 

 父は朝から晩まで酒に溺れる乱暴者で、酔った勢いのまま日に何度も暴力を振るわれた。子供からそのまま大人になったような母と呼べる存在は、そんな自分を気にも止めず、引っ掛けてきた男達から金をせびる始末。

 そして女の性格が最悪と分かるや否や彼らは母から遠ざかり、しかしその傍らに幼い子供(自分)がいると知りながら助けようともしない。貢いでくれる者がいなくなり金が無いとぼやく母にも暴力を振るわれ、そんな過酷な環境下で過ごしていく内に子供は達観した考えを持つようになった。

 

 

 痛いのは全て自分のせい。自分に能力が無いから暴力を振るわれるのだと。

 

 

 そうして真理に至った後の行動は早かった。母が大事に保管していたお金を家の金庫から盗み出し、それを裏山の一本杉の根元に埋めて隠した。

 外出は父から店のビールを調達するよう言われた時にのみ認められており、その際目的の品と一緒に傷薬を万引きして自分に塗った。

 匂いでばれないよう少量ずつしか使うことが出来なかったが、驚くほど身体が頑丈だったためそそれ程辛いとは思わなかった。

 そして無けなしの貯金が金庫から消えたことに発狂した母が、奇声を撒き散らしながら自分を問い詰めようとしたところで――

 

 

――そのお金なら父さんがパチンコに使うって言って持って行ったよ?

 

 

 たかが子供の証言を、碌に確かめもせず激昂した母が帰ってきた父に詰め寄り、自分がいつも受けている拳一つで黙らされた時には呆れてモノも言えなかった。そして母の突然の奇行に何の疑問も抱かず、普通に酒を受け取った父にも同様の気持ちを抱く。

 その後も偶に家に持ち込まれるお金をあの手この手で奪い、その度に我が子で鬱憤を晴らそうとする母から逃れるという日々を繰り返した。

 

 そうした生活が一年ほど続き、貯金がそろそろ二桁を超えるかといったタイミングで――

 

 

――少女の『個性』が発現した。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 12月中旬。1年も残す所あと僅かとなり、気温が最低を記録し続けるせいで防寒具が手放せない今日この頃。

 

 とある都立の中学校では授業が終わり、生徒が疎らに下校するのを尻目に、野球やサッカー部のようなグラウンド競技は雪さえ降らなければ関係ないとばかりに汗を流す。

 

 そんな彼らを無感動に眺める影が一つ。

 三階にある教室の一角で、神藤(しんどう)美羅(みら)は頬杖をつき黄昏れていた。

 

 とはいえそれは特別何かを憂いての仕草では無いし、況してやただのカッコつけで形を取っている訳でもない。確かに新雪を思わせるきめ細やかな肌と白髪、それに紅玉の瞳を持つ彼女はどこか神聖みすら感じられ、個性社会と呼ばれる現代においても一際目を惹くことは間違いない。しかしだからと言って本人がそれを気に留めているかどうかは別問題である。

背中を覆うほど長く、毛先まで整えられた美羅の髪が窓から風が入ってくる度に揺れる。その僅かな揺れを感じながらも、心此処に在らずといった様子で外の景色をぼんやり睥睨した。

 

 

「進路、ね……」

 

 

 その手には一枚の紙が握られており、事情をよく知らない者でもそこから彼女の不審の原因を探ることが出来る。

 

 

「どうしようかしら、本当に」

 

 

 形のいい眉毛を曲げ、誰もいない教室で一人愚痴る。美羅は現在中学3年生で、もうあと半年もしない内に高校生となる。だというのに彼女が持つ進路調査票には未だ名前以外の何も記載されておらず、第一から第三志望まで空欄が続いていた。

 数日前に担任の先生から早く提出するよう言われており、家で悩んでいるところを見られたら面倒になると思い放課後の時間を削ってまで教室に残ったのだが――

 

 

「……帰るか」

 

 

 結局その日もそこから進展することはなく。最初とまるで変わらぬ白紙のプリントはファイルに挟まれバッグの中へと収納された。最近は日が落ちるのも早く、もうあと30分ほどで斜陽を迎えるかといった時間に作業を切り上げた。

 

 

 

 美羅が今住んでいる(・・・・・・)家は、地元ではそこそこ有名な極道一家だ。高く分厚く積まれた石垣の塀の内側には、整地された庭や池、歴史を感じられる日本家屋がひっそりと世を忍ぶように、それでいて荘厳さを纏いつつそこに存在していた。

 黒い大理石で出来た門の横には『死穢八斎會』のプレートが掲げられ、初めて訪れる来訪者を気後れさせようとする意志が僅かに感じ取れる。

 しかし悲しいかな。時代の進みと共にそこに刻まれた想い、畏怖は人々の記憶から消えていき、今では忘却の彼方へと打ち捨てられるまでにその価値を落としていた。

 

 極道――いわゆる暴力団(ヤクザ)と呼ばれるその組織は、ヒーローの隆盛により次々と摘発・解体され、オールマイトの登場と共に完全に時代を終えたと云われている。

 昔は極道の他にも幾つかの団体が裏社会を取り仕切っていたが、ヒーロー飽和社会を迎えている現在では天然記念物と称されるほどにその数を減らしている。また、シッポを掴ませなかった生き残りに関しても(ヴィラン)予備軍という扱いで監視を受けながら細々活動を続けている。

 

 そういう意味ではこの家も時代の波に晒されているといっても過言ではなく、日々のみかじめ料も儘ならないために所々塗装が剥がれていた。そう訊くと最初に世を忍ぶといったのも強ち比喩表現ではなく、ヒーローの目から逃れるために敢えて存在感を抑えているのかもしれない。

 

 そんな時代に取り残された悲しき家の敷居を跨ぎ、途中ですれ違う構成員たちに帰宅の挨拶を告げながら用意された自分の部屋へと歩を進めていく。

 

 

「帰ったか、美羅……おめェ、いつも言っているだろう。玄関を開けて入ってくる時は『ただいま』くらい言えってな」

 

「あぁ、いたのね組長。ただいま」

 

 

 その途中で大きな居間を横切り、芯の通った男性とおぼしき声が襖の奥から投げ掛けられる。取っ手に手をかけ横にスライドすると、部屋の真ん中で腕を組み皺の寄った壮年の男が美羅を見据え軽く息を吐いた。そして…

 

 

「お、お帰りなさい…美羅さん……」

 

「ただいま、壊理。今日も大人しくしてた?」

 

「うんッ、今日はずっとお部屋で絵本読んでたよ…? 後はお爺ちゃんにも遊んでもらった」

 

「そう。高校に行ったら私が構ってあげられる時間も少なくなるだろうし、組長も何時くたばるか分からないから今のうちに甘えておいた方が良いわよ」

 

「縁起でもねぇ事ぬかすな莫迦娘。おめェ等が成人するまで俺ァ死なねえからな」

 

 

 この『死穢八斎會』を束ねる組長――天城と、その孫にあたる壊理が、親しみを込めた顔で美羅を迎え入れる。

 

 

「そう…その言葉を訊いて安心したわ。最近治崎がまた変な事を企んでいたからこの前釘を刺してきたばっかりなの。あれでアイツが諦めたとは思わないけど、組長(あなた)に何かあったら色々無視してまた悪事に手を染めそうじゃない」

 

 

 治崎とはこの組のNo.2――天城の後継として目されている『死穢八斎會』の若頭であり、美羅と同じで子供の頃に引き取られた過去を持つ。

 年は彼女より10も上であり、『八斎衆』と呼ばれる部下たちを従え自身も『オーバーホール』という強力な個性を所持している。それだけ聞くと将来が有望そうだと思うかもしれないが、その治崎を美羅は牽制したと云っている。

 

 

「……確か、壊理を利用して『個性』が使えなくなる(タマ)を生産しようって話だったな。治崎はウチの組に執着しすぎるきらいがある。拾われた恩を返そうってのは分かるが、このまま俺の道から外れるようだと出ていってもらうしかねェ。下のモンに示しがつかねえし、それが落とし前ってもんだ。

 最近じゃ俺の命令も聞かねえから、もうこの組でアイツを止められるのはお前しか居ねえ。奴の部下も治崎に賛同する者しかいねえし、このままお前に組を継いでもらった方が楽、なんだがな……」

 

「…?」

 

 

 なんだ、何か問題でもあるのだろうか。

 

 数年前の真っ当だった頃の治崎ならいざ知らず、今のアイツに組を任せるのは自滅行為でしかない。年々縮小化していく組の現状を思い、再起を図ろうとするのは良い。

 だが奴の思想は気質(カタギ)を重んじる天城のソレとは根本に異なっていて、治崎が目指す復興への足掛かりに自分達を追い詰めた元凶――すなわちヒーローへの復讐心が根本にある方が問題だった。

 奴はプロヒーローや、大多数の人間が抱えるソレを『英雄症候群』と呼び忌み嫌っている。唯でさえ最近は公安やサー・ナイトアイに最近目を付けられているというのに、これ以上悪評が広まると本当に解体するしか道はなくなる。

 

 また、つい先日も壊理が持つ『巻き戻す個性』に治崎が目を付け、そこから個性を破壊する銃弾が作れないか暗躍していたところを美羅が抑えたばかりだ。幸い他の構成員に話が行く前に彼と彼の部下を制圧したお陰で今も籍を置けているが、これが露呈していた場合謹慎どころの話ではなかった。何より大切な孫娘である壊理を狙った犯行という事で天城が激怒し、事情を知る一部の幹部らはそれを引き起こした治崎らへの反抗心を強めるばかりだ。

 そんな訳で現在、『死穢八斎會』は治崎派と美羅派に分かれて対立し、内や外からも基盤を揺さぶられている状態だった。

 

 

「美羅、おめェに訊きたいことがある。この前釘を刺したとかいったな。それもてめェが自分で調べてやったのか」

 

「そうだけど、何を今更。組長も知っているでしょう? 私の性分(スタンス)人間風情(・・・・)が私相手に奸計を巡らそうだなんて烏滸がましい」

 

「おい、その人を下に見た喋り方止めろって言ったよな、何度目だ。聞いてる側が気分悪くするからもっと言葉選んでから話せ」

 

「…っと、ごめんなさい」

 

 

 そして問題があるのは何も治崎だけではない。極道という反社会的組織にいながら、一見無害に振る舞うこの少女もまた治崎同様に頭を悩ませる原因の一人だった。

 

 

「俺がてめェを推しきれない理由がそれだ。治崎は手段こそ決して褒められたモンじゃねえが、曲がりなりにも組の事を考えて行動してるっていうのは嫌でも分かる。

それに対しお前は確たる信念も持たず、ただ成り行きで組のトップに居座ろうとしやがる。おめェも治崎も恩義感じて俺の跡継ごうって気持ちは有難えがな、他の団員を軽視してるような奴に組のトップは譲れねえ」

 

 

 美羅が女性ながら次期後継者候補に挙がっているのは別に本人が望んだから……という訳ではなく、単純に能力があるゆえ周りが囃し立てているに過ぎない。

 年々悪化の一途を辿る治崎の暴走に唯一歯止めを利かせ、癖の強いメンバーを纏め上げる手腕にも優れている。更には壊理と年が近く、彼女が一番懐いているのも天城を慕うメンバーの支持を受ける理由でもある。

 ただし、それで全てが決まるかと言われたらそうでもない。幾ら実力があろうと、肝心の中身が伴わなければ後に残された彼等が悲惨な末路を迎える事になるからだ。

 

 

「……否定の言葉も無しか。俺に相応しくないなんて言われたら、治崎の奴なら何かしらのリアクションを見せているだろうよ。それが無えってのは、それこそお前にこの組を背負って立つ気概が足りてねえ証左だ」

 

 

 しかしそれを加味しても天城の心情的に当然自分を推すだろうと思っていただけに、その回答は彼女をして予想外だった。

 確かに自分は仲間意識というモノに希薄で、来た当初から同じ屋根の下過ごしてきた古参なら兎も角、ここ数年で出入りするようになった新入りの事など眼中にもない。そういう連中こそ自分を支持していることを考えれば、確かに自分より治崎の方が組長に優れていると思わないでもない。

 

 自分の部下にペストマスク装着を義務付けるほど潔癖症である彼だが、あれで自分から外に出て勧誘なんかを行っているのだ。

 美羅といえば未だに壊理や組長以外とは狭く浅くの関係で、盃を交わした腹心すら居ない。まあ、それについては時間が無かったとの言い訳が出来なくもないが、それをここで言ったところで意味はないだろう。

 

 

「表面上巧くやろうと思ってもなあ、毎日顔を合わせていく内に段々気付いてくんだよ。特にウチは義理や人情を重んじることで(みな)に通ってる。治崎よりマシってだけでおめェの事を良く思わない奴も少なくないからな。そんな暫定方式で組長の座に着こうってんならあの莫迦共と一緒にこの家から叩き出すぞ」

 

 

 そう言ってくるりと身体を反転させ、もう用は済んだとばかりに背中を向ける。

 

「もう行っていいぞ。壊理の前でする話でもなかった。後はてめェが自分で考えろ」

 

「そう…分かった」

 

 

 美羅が頷き、着替えを済ますため今度こそ自室へと向かう。二階に上がる階段を上りきり、扉を閉める音が微かに聞こえると、それまでの空気を弛緩させ天城の口元が僅かに綻んだ。

 

 

「お爺ちゃん?」

 

組長(オヤジ)、どうかしたので」

 

「くっく。いやなに、初めはどうなることかと心配だったが、案外通わせてみるもんだと思ってな。あいつの口から()も当然のように『高校へ行く』なんて言葉が聞けるとは……感慨深くて思わず顔に出るところだった」

 

 

 借金の代わりとして両親の所から迎え入れた当初は、ここまで成長するなんて考えもしなかった。起こる出来事全てに受動的で、周りに流されながら生きていた小娘がほんの僅かな“未来”でも語ったことに、感慨無量の喜びが湧き起こる。

 

 

「どれ、それじゃあ育ての親として、義娘の育成義務を全うしようかね」

 

 

 そう言って年齢的に重い腰を上げ、そこから歩いていく中で美羅を成長させる次なるステップを脳内に設計していく。

 

 

 

 

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「……は? 私が雄英に?」

 

 その日の晩。天城から夕食に招かれた美羅が、何人かの古参と卓を囲んでいたところ天城からある事を提案された。

 

 裏世界の組織というのは、内部で余計な混乱を起こさぬよう殆どの組で完全縦社会が為されている。或いはそれは粛清にかかる手順を簡略化するための措置なのかもしれないが、基本上の人間のいう事は絶対であり、逆らえば最悪死をもって償う事にもなり兼ねない。特に組長は絶対的存在であり、組長が「黒」と言えば、白いものでも黒となる。

 

 それを当の本人が理解していない筈もなく、彼に誘われた時点で今回の夕食会開催はほぼ決定しているようなものだった。何時もは自分の部屋で夕餉を済ませる美羅も、今回ばかりは皆で集まって食事を囲うしかない。

 とは言え組織の結束を何よりも重んじる天城の事だ。このような時間を特別にしないためにも、月に数回は場を整えて部下との交流を図っている。現にまだ幼い壊理が気後れした様子はなく、天城と美羅の間という定位置に収まって食事会がスタートした。各々に配膳された盆の上には酒が振る舞われるが、未成年二人にはジュースもしくは水が用意されていた。

 

 そうして初めは近況報告から始まり、その内他愛もない話が飛び交うようになると、小鉢を空にした美羅が静かに立ち上がり大広間を後にしようとした。しかし丁度そのタイミングで天城から先の話を持ち出される。

 

 

「組長…今の話はどこまで本気で? まさか本当に美羅の奴を雄英に入学させるおつもりですか」

 

 

 他ならぬトップの発言である為、余計な横槍が入ることはない。しかしその意図を汲み切れない周囲の面々を代表し、天城の右腕を務める初老の男が疑問を呈した。

 

 

「そうだ…美羅を雄英に受験させる。これは決定事項だ」

 

 

 (がん)とした物言いに混乱が更に伝播する。しかし話の中心である少女はいち早く組長の真意に辿り着くと、顎に手を添え思案した面持ちを作る。

 

 

「……成程、私という橋渡し(パイプ)役を設けることでヒーローとの融和を図るつもりかしら。組長常々言ってたものね、『指定(ヴィラン)団体』とかいう呼び名を改めさせるって。もしくは180度方針を変えて、雄英の情報でも盗んで来いとでも言うつもり?」

 

 

 現組長、天城は昔気質(カタギ)の極道を重んじている。クスリや恐喝など、組の意向に沿わないシノギには手を付けないことを信条とし、(ヴィラン)とは違うということを世間に訴え続けた。

 このヒーロー社会において、自分たち極道が生きるには侠客に為るしかない。指定敵なんていう不名誉な称号を付けられた状態で少しでも怪しい動きを見せようものなら、明日にでも門の前にヒーローたちが押し寄せて制圧に乗り出すだろう。

 無論ただで殺られるつもりはないが、仮にそうなった場合勝っても負けても八斎會という組織は終わる。それを理解しているからこそ彼はヒーローとの共生を望み、人々の理解を得ようと世間に訴え続けるのだ。

 

 しかし敵予備軍として遠巻きに監視されているだけでは両者の距離は縮まない。故に、今回の提案は自分という緩和剤(・・・)を送り込むことでその足掛かりを築こうとしているのだと思い至った。

 

 だがそれを天城本人が否定する。

 

 

「阿呆か。そんな大役をおめェなんかに押し付けるほどウチは落ちぶれちゃいねえよ。未だに自分のチームすら作れんような半人前に縋ったところで、却って警戒心を強めるだけだろうしな」

 

「ははッ、そりゃあ違いないぜオヤジぃ! 聞けば美羅の奴、未だに友達の一人も出来ないらしいじゃないですか!」

 

 

 その発言に出席していた幹部たちが哄笑するが、眼光を鋭くした美羅が一睨みで黙らせた。

 

 

「そう言われんのが厭ならさっさと人集めて来いってんだ。先ず人と関わらん事にはヒーローだろうが(ヴィラン)だろうが何も始まらない」

 

「…それで、組長は結局私に友達作りさせたいわけ? 人とのコミュニケーションを学校……それも天下の雄英で学ばせたいってなら色々納得ね。あそこは此処みたいに自分から歩み寄らなくても、勝手に世間の方から首を突っ込んでくれるんだもの」

 

 

 皮肉を込めて言い放ったが、当の天城はどこ吹く風といった様子。そして表情の読めない顔を美羅に向けると、幼い子供に言い聞かせるような口調でこう言葉を発した。

 

 

「そんなんじゃ()えよ。俺はただ、一つの視点でモノを見るより多角的に見る方が捉え方も違うって言いたいだけだ。おめェが治崎と同じくウチを継ごうが、俺達と縁切って全く別の道に進もうと構いやしねえ。元々後継ぎを期待して引き取った訳でもねえんだ」

 

 

 そう言って煙管を噛み、言葉を落ち着かせた。

 

 

「けどな、てめェの意思も持たねえ中途半端な人生を歩むってぇなら、それはお前を育ててきた俺の顔に泥を塗るってことだ。今はもう廃れちまったが、昔は面子を潰されたってだけで組同士の抗争にも発展したくらいだ。

 分かるか? 俺達はそんな危険を冒して、それでもこの道を選んだのさ。考える必要が無いだとか、況してや自分で決めるのが面倒だのと抜かしやがるてめェには、いっそ本気でヒーローを目指す同世代連中の姿でも見せた方が良いと思ったまでだ」

 

 それに――と言葉を続け、美羅を一番その気にさせる切り札(・・・)をここで切る。

 

「そこでならおめェの『個性』もある程度制御できるかもしれねえ。何時までも地下の狭い空間に引き籠ってばかりじゃ上達するものもしねえだろうさ。幸いおめェは要監視対象から外されているだろうし、真に平等を掲げるべきヒーロー育成校がつまらねえ小細工をするとも考えにくい」

 

「…!」

 

 

 そして此方の狙い通り、『個性』制御の事に触れるとそれまでの無表情さを一変させ、途端に神妙な面持ちを浮かべてみせた。

 

 しかし天城の話はまだ終わっておらず、続く彼の言葉に今度は周囲の顔が驚愕に染まる。

 

 

「それと、これはまだ世に出回っていない情報だが、今年の雄英ヒーロー科にはオールマイトが講師として赴任するらしい」

 

『な―――ッ!?』

 

 

 オールマイトが雄英の教師になる。事前にその話が回ってこなかった大多数の幹部たちが先の続かない驚嘆を発した。しかし組織の弱体化を引き起こした元凶に思うところがあるのか、すぐに苦虫を潰したような顔に切り替わる。

 

 

 No.1ヒーロー、『オールマイト』

 

 長らく日本のトップに君臨してきた正真正銘のプロヒーローであり、その名声は日本のみならず本場アメリカにも知れ渡るほど。ヒーローを目指す子供達にとっては憧れの存在であり、彼がもたらす平和を享受する人々からは平和の象徴。

 

 そして『死穢八斎會』を始めとする裏組織からは恐怖の権化というそれぞれの認識があり、いずれも各界に多大な影響を及ぼしているのは疑いようもない。

 そんなわけで治崎ほどではないにしろ、その理不尽が人の形を成したような存在に肩身を狭くしている八斎會の面々が苦い顔をするのも必然と言えるだろう。特に彼が台頭してから組織が縮小していくのを年々肌で感じてきた古参連中の反応は大きく、中には怒りを通り越して憤りを見せる者すらいた。

美羅といえば別に彼に対して特別思うことなどないが。

 

 しかし『個性』を伸ばしたいなら、確かに彼に教えを乞う方が近道だとも思う。

 

 

「オールマイトが……それは本当なんでしょうね組長」

 

「おいッ、美羅‼」

 

「おめェ自分で言ったこともう忘れたのか? 俺が何処で流れたかも知れねえ噂話に踊らされると思うかよ。確かな(すじ)から拾ってきた紛れもない事実だ」

 

「…そう。確かに嘘じゃないみたい。少し気持ちが逸っていたわ。ごめんなさい」

 

 

 予想外の展開につい疑うような発言をしてしまい、それを横に控えていた腹心が叱咤する。冷静な思考に戻ったのち謝罪の言葉を口にすると、それを真実と認め先を促した。

 

 

「治崎の事なら心配いらねえ。こっちで引き続き監視下に置いておくからおめェの好きなようにしろ。とは言えこの気遣いは無用だったか?」

 

「まあ……でも厄介事を持って行ってくれるなら正直有難いかな。もしもの時はこっちで何とかするけどね」

 

「はッ、それこそ無用の気遣いってもんだ。良いから組長(オヤジ)の言葉に従っておけってんだこの親不孝者」

 

 

 治崎を始め、強力な個性持ちが数多くいる奴のチームを抑え込めるのは美羅(みら)しかいない。それを思っての配慮だったが、斜め前方から荒い言葉が飛んできたためその話に区切りをつけた。

 

 

「そう……なら最後に一つ聞かせて頂戴。私に雄英を勧めた理由は本当にそれだけ? オールマイト以外に、世間にまだ公表されていない情報を掴んでまで私を其処に行かせたい理由が或ったんじゃないの」

 

 それに対する天城の答えは――

 

「別になんも無えよ。お前の性格と『個性』なら、下手に普通の高校を選ぶよりも雄英に入った方が得られる物も多いと考えただけだ。しかしこれはあくまで提案で強制じゃねェ。俺はこれ以上口出しも関与もしねえから、後は自分で考えて決めろ」

 

 

 そう言って帰宅した時と同じく彼に背を向け、これ以上の追求を断った。

 この家に来て長くが経つと、それが天城なりの照れ隠しだというのがよく分かる。知らないのは本人だけ。毎回誰かを励ますなり褒めた後に、決まってこのポーズをする事はこの場にいる全員彼と付き合いが深い者なら一発で分かる。恐らく自分には似合わないなどと思っていそうだが、そのある意味素直な表現に言われた方の口元が緩んでしまう事が多々ある。

 

 

「そっか…。ありがとね組長、私のために色々と動いてくれて」

 

 

 素直でない育ての親にそっと感謝を告げると、今度こそ立ち上がり大広間を後にした。そして自室に戻るや、無記入のまま放置していた進路表にさらっと一文書き加える。

 

 

 『神藤美羅』

 

 『第一希望 雄英高校ヒーロー科』

 

 

 





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