『 終 了 〜 !! 』
巨大ロボが崩れると共にスピーカーから鳴り響く声を聞きながら、神藤美羅は不満げな顔を隠すことなく嘆息した。
「はあ、駄目ね。断面が粗い。本当ならもっと威力を抑えられた筈なのに、最後がどうしても上手く行かないのよね」
そのせいで――と拗ねるように掲げた右腕には、僅かながら火傷の痕が見て取れる。
「ちッ、あのクソトカゲ…」
これまで完璧な操作で雷を操っていた美羅がこうしたミスを犯すのは何も珍しいことではない。それだけ彼女本来の力が強く、要領の良い彼女であっても未だに扱いきれないだけのこと。
とは言え毎回発動する度にこれでは埒が明かないし、なまじ肌が白すぎるせいで痕が目立つ。それに直ぐに治ると言っても痛いものは痛いのだ。
「まあそれを克服するために雄英を受験したのだけどね」
取り敢えず息を落ち着かせる。後は結果次第だが、今それを気にしてもしょうがない。
「おっとそうです。最後に挨拶だけして帰りますか」
高度を下げ、先程二人がいた位置まで滑空する。
幸い二人に目立った外傷は無く、美羅が目の前に降り立っても反応一つ示さない。最後の一撃に言葉を失うのは分かるが、これではマネキンに話しかけるのと変わらない。なので軽く揺すって意識を此方へと向けさせる。
「ほらしっかりしてください。試験はもう終わりましたよ」
「え、えぇ…そうね…」
「ん…」
やはり反応が鈍い。多少強引だが無理矢理でも意識を覚ましてやろうかと、左手に力を収束させる。そこで自身に迫る危機を察知し、一佳が慌てて止めに入る。
「わっ! 馬鹿止めなさい! 危ないでしょそんなの!?」
「そうですね。この攻撃に当たるとどうなるか、想像は付くでしょう?」
それはもう嫌というほど。数分前までその脅威に晒された身としては、最早音だけでトラウマになるレベルだった。今後暫くは目の前の少女に襲われる夢を見るだろう。
「ってそうじゃなくて! 美羅ッ、貴女自分が何をしたのか分かってる!?」
「勿論よ拳藤さん。合格を掴むため『個性』を発揮し必死に頑張った…そんな所かしら」
何が可笑しいのかクスクスと笑みを浮かべ、事も無げに言い放つ。その仕草に思わず見惚れてしまい、思考が停止しかけるが
「妨害よ。それも相手が行動不能に陥るほど悪質なね」
「それは違うわ。私には攻撃する意思なんて欠片も無かったし、彼等も自分の身を守るため必死に抵抗ないし避難した」
ただ……と続けて言葉にした際に、端正な顔立ちの裏で嘲りを孕んでいるのを一佳は感じ取った。
「惜しむらくは私と彼らの間に絶対的な差があったことね。此方にその意図が無かったとしても、衝撃の余波だけで折れるほど彼等が
予め用意されていたであろう言い訳を白々しく言い繕うその様は酷く利己的で、パンパンに膨らんだ風船の如く中身が伴っていなかった。
「それに巻き込まれたって言うけれど、ポイントは早い者勝ちでしょう? なら私が
「探す前に貴女が片っ端から破壊して行ったんでしょ!」
「あらそうなの。試験に夢中で気が付かなかったわ」
「ッ――!」
それに歯噛みし反論を言葉にしようとするも、美羅はその追及すら断った。
「もういいかしら? バスがそろそろ出る時間だわ。このまま演習場に置いてけぼりっていうのは勘弁して欲しいのだけど」
踵を返し、最初の地点まで戻ることを提案する。確かに試験が終わった以上、ここに留まる理由は無い。なのでその案自体は間違いではないだろう。気に入らないのは反省の様子を見せず、被害者達の安否すら気にしない美羅の態度だ。
「私が雄英に合格していれば、貴女を更生させてやるのに…ッ」
「ん」
悔しさから半ば負け惜しみのような事を口にすると、わざとらしく驚いた表情を作り此方を見据えた。
「あら、それなら心配要らないわ。貴女達二人たぶん合格よ。問題があるとすれば私の方…。はてさて無事に受かるかしら」
「やっぱり自覚あるんでしょ……ってちょっと待って。唯はともかく私も?」
救助活動の道中にも敵を倒していた唯はまだしも、そこに自分の名前が挙げられた理由が分からない。私が稼いだポイントなど精々序盤の数体だけだ。
「正しい行いをした人に不利なよう出来ていたら、私みたいなのしか合格しないわよ。ヒーローを育てる場としてそれは余りに愚策じゃない? だから何かしらの救済措置があっても良いと思うの私は」
「……あ、」
そこまで聞いて閃いた。この試験の仕組みというものを。
「それが分かっているなら、尚更意味が分からないって! 何で自分から不利になるような事したの!?」
だからこそ納得行かない。まるで合格を棒に振るかのような彼女の所業に、その在り方に。
「ふふっ…」
「答えてッ、美羅!!」
「さあ、何でかしらね。一つ言えることは雄英が本当に私が求めるに足るかこれで分かるというだけよ」
「何、それ…」
何処まで行っても要領を得ない美羅の発言に、とうとう一佳の方が根負けを喫した。そんな二人を唯が不安そうな面持ちで見比べる。
今の話が本当なら、一佳は無事合格して妨害の審議が掛かるであろう美羅の方が窮地に立たされた事になる。
だというのに二人の表情はまるで正反対で、一佳は悔しそうに、美羅は何でも無いといった様子でその場を立ち去った。
帰りのバスは皆終始無言だった。美羅の攻撃に巻き込まれた人の多くが既に意識を取り戻し、怪我が酷いようであれば別の車で搬送されリカバリーガールの所まで直行するようだった。
その為行きより帰りの人数のほうが少なく、またその表情も恐怖と悔しさに溢れていた。
私はそれを後ろから眺め、隣に座る一佳は前方座席の美羅を難しい顔で注視していた。
(このニ人と楽しい学園生活を送れたら良いなと思ったけど、無理なのかな…)
開始前、普通の学生のように語らっていた時間を思い返し、そこに美羅だけ居ない風景を想像する。それを思うと彼女を置いて合格するのが、少しだけ億劫になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「実技総合の成績が出ました」
そこから時間は少し進み、雄英高校ヒーロー科にある会議室。そこでは雄英の校長や教師陣が軒並み出席する重要会議が行われていた。その議題というのが、入試結果と講評である。
「
「後半他が鈍っていく中、派手な『個性』で敵を寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」
前方にある大型スクリーンでは試験中の様子が映し出され、次いで受験生の名前と成績が上位からズラリと並ぶ。それを見た教師陣から感嘆と納得の声が上がった。
「対照的に
「
「思わず、YEAH!って言っちゃったからなー」
緑谷出久という生徒も中々の高評価だ。数名の教師からも彼を褒め称える声が聞こえてくる。
「今年は例年の傾向とはだいぶ違った合格が多いわね。緑谷君と同じく救助ポイントで稼いだ子達が2位と4位にいるのだし」
「此方が意図した形での障害でなかったってのが頭の痛い話だがな」
その中には一佳と唯の名前もある。
撃破スコア僅か9Pながら、早い段階で人命救助に当たりレスキューPを伸ばしていった拳藤一佳。これにより総合点数は切島と同じ74点と、二人とも特に高い評価を受けていた。
一方でその原因となった女子生徒については、皆苦い顔をして表情を顰める。と言うより今回の会議ではそれがメインになるであろう事を薄々予感していた。
「神藤美羅。三位の爆豪と同じく敵ポイントのみで一位を取った生徒です。スコアは165点と、歴代最高得点を大幅に更新しての数値です。本来であれば文句無しの合格なのですが…」
言葉に詰まり、しかし言いたい事は皆同じであるという風に真っ直ぐ目を向ける。
「失格でいいだろ。そんな奴」
誰も声を上げない中、いつもとは違う不機嫌オーラを漂わせたプレゼント・マイクが美羅の合格に異を唱えた。
「マイク……貴方仮にも生徒に向かってそんな奴呼ばわりは」
「だってそうだろう!? ここは天下の雄英だぜ!! 素質はともかく適正の無いガキを入れる理由が何処にあるってんだ!?」
彼の言うとおりだった。確かに美羅はトッププロに迫るかそれに近い実力を有しているが、その本質は余りにヒーローとかけ離れている。
せめて周りを巻き込んだ段階で攻撃を止めていれば事故で片付いたものを、途中手を緩める場面もあったが周囲に配慮した様子は一切見られなかった。これでは見込みゼロの烙印を押されても仕方無い。
「倒壊した建物の修繕! おまけに事情を訊いた保護者の対応に追われる毎日! こんなん続いたら俺のストレスが心労でマッハだぜ!!」
「ソウダ。ソレガ正シイ」
「今後も似たような事が起きた場合流石に庇いきれん」
マイクの言葉に賛同し、他の教師達からも美羅の不合格を望む声が相次いで流れる。そもそも何の目的で受験しに来たのか、将来有望そうなヒーローの卵たちを再起不能に追い込むため等と推測が飛び交い、概ね迎え入れる雰囲気ではなくなった。
その様子を今年のB組担任を任されたブラドキングは、難しい顔をしてそれを眺めている。
(やむを得まい。他の生徒が被害に遭ってからでは遅いのだ)
自身もヒーローとして活動している以上、今回の件は擁護不要と割り切る。強いヒーローの存在は誰もが待ち望むところだ。
ただしそれはヒーローに相応しい人格と品位を備えていることが前提にあり、ヴィラン討伐のたびに周りを巻き込む者を人はヒーローとは呼ばない。
「ふむ、では反対意見のある先生はいないかな?」
故に誰もが校長の発言に肯首する中、ただ一人――自分と同じく一年のA組を担当する相澤消太ことイレイザーヘッドが手を挙げた。
「ってオイ! イレイザーヘッドお前…!」
「あなたは黙ってなさいって」
横からプレゼント・マイクが口を挟もうとするが、それをミッドナイトに制される。普段こういった判断を下さない彼が何を言うのか、少なからず興味が湧いたのだ。
「俺は反対です。ルールの穴をつくようなやり方では有りますが、彼女自身別に違反を犯したわけではありません。何より後から解釈を捻じ曲げて一生徒が不利になるよう働きかけるというのはどうも好かないので」
「それはそうかもしれないが、少なくとも彼女は多数の被害者を出しているのだぞ? これでただ合格させるのも…」
「
「シカシ、ソレハ他ノ生徒ノポイントヲ奪ッタカラニ他ナラナイ。ヒーロートシテ余リニ利己的ダ」
「それこそ何も問題ないのでは? 早期解決が望めるなら横取りだって肯定されるのがヒーローです」
相澤が言っていることは尤もなのだが、やはり起こした被害のデカさが彼女を認める上で邪魔になる。何事もルールだけでは裁ききれない例というのが存在し、今回は美羅がそれに該当する。
このまま話していても平行線に終わる。そう判断した根津校長――犬なのかネズミなのか熊なのかよく分からない動物に『個性』が発現した大変珍しい例――が、少し口利きをする。
「相澤君、そうまでして君が彼女を推す理由を教えてくれたまえよ。ルールに違反していないからって理由だけじゃ皆納得しないのさ」
それに何人かが相槌を打つ。相澤もこのまま話すのは合理的でないと気付いたのか、姿勢を正し自分の考えを口にする。
「まず俺は今回の試験形態そのものが合理性に欠けると思っていました。採点においては加点方式のみ導入し、ヒーローとして誤った行動をした時点で即退場。しかしその間にある空白地帯には明確な基準を設けず、そのせいで彼女のようなルールの裏をかく者が現れた時判断に困るんですよ」
要は我々教師の怠慢が今の事態に繋がっているんだと、相澤はそう指摘している。
例えば他者を巻き込んだ時点でそれが意図的かそうでないにしても、ー5点という決まりがあれば彼女がここまで点数を伸ばすことは無かった。普通はそれで慎重になるものだが、彼女のような極稀に周囲の被害を気にしない者であれば逆に負債を負うこともあっただろう。そこまでして漸くルールの中の平等が生まれる。
その発言を聞き、低く唸るような声が教師側から漏れる。相澤が以前から今の試験形態に不満を抱えているのは知っていたが、それを此処で持ち出してくるとは。お陰で自分含め強く反論出来なくなってしまった。
「
相澤は今回、美羅以外にもヒーローに不適格と判断した生徒が何人かいる。その中には本来人を助ける筈のヒーローが逆に助けられている場面も見受けられ、相澤としてはそっちをどうにかすべきというのが正直な所だ。
「それに、オールマイトのサイドキックであった『サー・ナイトアイ』からの情報によれば、彼女はサーが監視する指定
しかし組織入りしてから今日に至るまで目立った活動はなく、専ら組長の孫娘の世話をしているそうです」
普段の生活から精神性を疑われるなら兎も角、個性有りの特殊な条件下でなら挽回の機会があっても良いのではないかと暗に問いかける。
「今回彼女の負の面が露呈する事となりましたが、それは一重に我々の不備が招いたもの。逆に言えばルールさえしっかりしていれば今後このような事を起こす可能性はグッと低くなるでしょう。何よりヒーローとして、強力な『個性』を有する彼女をこのまま野放しにするというのは看過できません。危険だからこそ手元に置き、更生を促すのが最善ではないでしょうか」
一通りの話を聞き終えると、先程までの否定一辺倒だった空気が僅かに和らぎ、どうしようかという雰囲気が立ち込める。
最初に相澤が自分達の失態を指摘したことで強く言い出せなくなり、また美羅が初犯であった事も失格に踏み切れない大きな要因となった。中には今それを知った人もいたようで、既に彼女を受け入れる方針に変えた者までいる。
「だがなイレイザーヘッド、それで変わらなかったらどうするつもりだよ。そん時危ねーのは周りにいるクラスメイト達だぜ? コイツが周囲を巻き込まねえって証拠があるなら検討に値するけどな!」
どうやらプレゼント・マイクは今回の事が相当腹に据えかねているらしい。尚も相澤に食い下がる辺り、だいぶ後処理が大変だったみたいだ。
「証拠ならこれから作っていけば良いだろう。それにクラスメイトだって割を食うばかりじゃない筈だ。裏組織の幹部なんて分かりやすい例が近くにいるんだ。その経験は必ず将来の糧になる」
「そうだね。それに彼女を通して得られる裏の情報もきっとあるだろうさ。実力は申し分ないのだし、彼女が真っ当なヒーローになってくれたらこれほど心強い味方はいないだろうしね」
確かに。飛行能力に加えて電撃系の『個性』は非常に魅力的だ。どちらも単体性能だけで並のプロヒーローを軽く凌駕し、特に飛べるというのはそれだけで活躍が期待される。雷の方も最後に見せた紅い電撃の正体が掴めずにいるが、3年も在籍していれば自ずと答えは見えてくるだろう。
脅威の払拭と将来有望なヒーローの育成
雄英が掲げるこれら二つの理念を同時に行えるとしたら、美羅を合格させるのも悪くはないだろう。
「皆はどう思うかな。改めて全員の意見を聴こうじゃないのさ」
何人かが互いに見合い、そして諦めたように深く嘆息する。
「その言い方ではもう決まってるんでしょう? なら我々が口を挟むことなどありませんよ」
「我々の非をあれだけ懇切丁寧に説明されたのだ。認めざるを得ん。やはりお前は苦手だ」
「異論ハ…無イ」
「私は元々賛成だったわよ? あれほどの逸材、逃した方が後々厄介になるわ」
「ケッ…」
各々が自分の意見を主張し、そして賛成票が大半を占める。約一名未だに納得していないようだが、特に反論も思い浮かばないため賛成派に組み込まれる。
「うん。それじゃあ賛成多数という事で、神藤美羅さんの雄英入学を認めることとする! ひいては彼女のクラス分けなんだけど――」
「すみません校長。それについて自分から一つ良いですか」
「何だよまだ何かあるのかよ!」
根津の言葉を途中で遮り、相澤が再度発言を要求する。
「自分は彼女の担任にB組のブラドキング先生を推薦します」
「………はァ!?」
そしてまったく予想外の流れ弾が飛んできたことで、ブラドキングはこれから3年間慌ただしい日々を送ることを半ば予感した。
美羅「えっ? ヒーロー志望なのに(私以外で)救助ポイント0の人とかいるの? 無いわ~」
爆豪「こッのやろう…!」ビキビキ