雄英の入学試験から1週間が経った。その間美羅の生活と心境に目立った変化は無く、自室でファッション雑誌を読みふけながら今日も今日とて日がな一日を過ごしていた。
上質な反物に皺が出来るのも厭わずに、布団の上でゴロゴロと寝転がると次の読み物に手を伸ばす。
内外問わず和装に身を包んだコーデが多い美羅だが、何も洋服を全く持っていないわけではない。やはり着る時の手軽さや動きやすさは洋服の方が遥かに勝るし、今の時代の主流でもあるため機能性やデザイン面でもかなり充実している。
ただ、家の景観的にカジュアルな装いは違和感を覚えるし、何だかんだ着慣れている格好の方が個人的には落ち着くのだ。雑誌から情報を得るのもあくまで趣味であり、写真の中のモデルを自分に見立て独自の組み合わせを模索したりしている。
後はたまに暇してる壊理に声を掛け、自身の無聊を慰めると同時に彼女が抱える寂寥感を紛らわせてもいた。
かつての威光を失っているとはいえ、私も壊理も所詮は
出会いが無ければ当然交友関係も広がらず、そうした孤独の日々を比較的年が近い私が埋めてあげるのは至極当たり前の話。
「あの、美羅さん…」
「ん~、どうしたの壊理。また遊んでほしいの?」
だから壊理が私の部屋の襖を開けた時も、何時ものように遊びのお願いに来たのだと思った。今日は双六か、それともお絵描きかなんて考えていると、モジモジとした声で端的に要件を伝える。
「えっと、今回は違くて…。お爺ちゃんが美羅さんを呼んで来てって。確か…ゆうえい? って所からお手紙が届いたみたいだから」
「!」
そこから壊理と一緒に下に降りて、天城が居る居間に辿り着く。何故か組長の他に関係ない構成員が数名、中には幹部クラスも混ざっていて、各々茶を立てたり腕を組んだりしているが何処か落ち着かない様子だった。
「来たか、美羅」
「結果が届いたのでしょう? 早く見せてよ」
天城の手からひったくる様に封筒を受け取ると、踵を返し居間を後にしようとする。
「……待て。何処に行くつもりだ」
「部屋で一人で確認するつもりだけど? こんな大勢の前で開示するなんて怖くて見れないじゃない」
「微塵もそう思ってないだろう。良いからこの場で開けやがれってんだ」
「全く…見たいなら見たいって素直に言えばいいのに」
少し
組の面子を保つ為か何か知らないが、変に意固地になっても面白いだけだ。大体表情を取り繕ったところで最後は私の気持ち次第なのだし、どうせなら組長みたく堂々と構えて居ればいいのに。
そこら辺の胆力が幹部との違いなんだろうな~と、子供ながらに達観した考えを抱く。
それでも合否だけは気になるのか、皆意識をこっちに寄せて雰囲気だけで組長の発言に同意した。これ以上焦らすのも悪いかと思った私はそんな彼らを横目に封を開けた。
「えっと、中身は資料が数枚と、これは……小型の映写機かしら?」
封筒の中に入っていたものを順々に取り出していく。すると手に持った機械がブゥンと音を立てて起動し、空中に一人の男性の姿が映し出される。
『 私が投影された!! 』
「「「 ッ―――!! 」」」
その男は服の上からでも分かる筋骨隆々な肉体にアメコミヒーロー風の笑みを携え、映像越しでも伝わる威圧感をまるで誇示するかのような仁王立ちと共に現れた。
そしてその瞬間、男の正体を正しく認識したヤクザ者達の気配が一気に殺気立ち、先程まで部屋に漂っていた緊張が別の緊張で塗り潰された。
無理もない。何せ彼は日本でその名を知らぬ者無しとまで云われ称される正真正銘のトップヒーローで、今まで数多の敵を捕縛し、人々の安全に貢献してきた平和の象徴なのだから。
彼自身が犯罪の抑止力として働き、裏稼業を生業とする者にしてみれば目の上のたん瘤そのものである。
そして当の私と壊理を除き、此処にいる殆どの者が彼によって煮え湯を飲まされ、今現在もその影響力下に置かれている側の人間達だった。
「オールマイト…?」
囁くような独り言が私の口から漏れる。まさか予想もしていなかった
「ああ、雄英で教えるものね。差し詰め頑張った受験生のためのお披露目サプライズってところかしら。
むしろその為に入学を決めたというか、それ以外で志望する動機が無かったのだ。入学試験が無駄手間にならなかったことに一先ず安堵し、しかし本人の口から――映像越しではあるが――臨時の講師ではなく教師として勤めると聞いた時には柄にもなく驚いた。
『無論、教師としては半人前も良い所だ。至らぬ点も多くあるだろうが、そこは君たちと一緒に私も成長していこう! さて、世間話はこの位にして気になる君の合否を発表しようじゃないか!』
その言葉に全員が敵意を一旦引っ込め、食い入るように映像を見つめる。
壊理はあまりこの状況を理解していないようだったが、オールマイトの登場から空気が変わったのを敏感に察知し、私の腕の中で静かにくれていた。
画面が暗くなり、オールマイトにスポットライトが当たるという無駄に手の込んだ演出が為される。どうでも良いがこういうところもアメリカンヒーローっぽいな。恐らく日本人のくせに。
『おめでとう! 筆記、そして実技共に堂々のトップだ! 合格だよ! 君が今年の入試一位だ!』
後ろの方からほうっ、と感嘆だか安堵の息が聞こえてきた。皆が当然だと言わんばかりの態度の中、壊理だけは素直におめでとうと祝福してくれる。それにありがとうと返事を返し、しかしこの後の展開がそう上手くいかない事を私は知っている。
組長もそれを感じ取ったのか、未だ視線すら寄越さず静かに腕を組んでオールマイトを見上げていた。
『いやあ驚いたよ! まさか歴代最高点数を大幅に更新しての合格とは恐れ入るね! 先生方も君の話で大いに盛り上がった事だろうさ』
その証拠にほら、オールマイトから「文句なしの」という常套句が聞こえてこない。
徐に顔を近付け、彼の代名詞でもあるマイトスマイルから圧が感じられた時点でその予想が正しかったのだと半ば確信した。
『勿論、良い意味でも悪い意味でもね』
それまでのお祝いムードが一変。トーンを落とし厳しい表情を張り付けた彼の眼からは教育者としての色が抜け、平和の象徴にふさわしい絶対的な正義の面影が見て取れる。すなわち、悪を成敗するヒーローとしての顔だった。
『君が実技試験で戦闘不能にした受験生達だがね、幸い後遺症が残るなんて子は一人も出なかった。成る程、凄まじい練度だ。ここまで至るのにさぞかし時間を費やした事だろう。その努力は本来賞賛されるべきものだ』
しかし一方で、市民を相手する時のような優しさも向けてくるのだから余計質が悪い。こうやって敵対者の心に訴えかけるからこそ彼が捕えたヴィランの再犯率が低いのかもしれない。……いや、普通にオールマイトが怖かっただけか。
『分かっているとは思うが、その力は少し調整を間違えただけで簡単に人を殺めてしまう。それ故選定者会議でも君の処遇は大いに揺れてね、中には未だに合格に納得していない者も居るそうだ。
だが敢えて言おう! 私は君の入学を心待ちにしていると!』
「ッ――、」
『雄英はヒーローを目指す者達の集う学校であると同時に、ヒーローを育てる場でもある。それは単純な強さのみに限定されるのではなく、人々との交流を経て、心を育てる過程も重要視されるのさ!』
大仰に胸を張り、声高々に持論を吐く。常人が言えば何を今更にと片付けられたそれは、発信源がオールマイトへと置き換わった時点で値千金の価値を持つようになる。
『君を見てればヒーローを目指していない事くらいは判る。それでも雄英の先生方が君を入れたのは彼らがヒーローだからだ! ヒーローは人々を救うのが仕事だからね! 不良生徒の更生も我々の領分という訳さ』
『無論、これらの事は私に謂われるまでも無いのだろう。君が賢い子だというのは重々承知しているさ。だが、そんな君でも周りがどう感じるかまでは分からないんじゃないかね? そのまま力を振るっていけば、きっと君の傍には誰も寄り付かなくなる。
それはとても寂しい事だ。喩え君が私の言葉を否定し、表情を取り繕うとも、心から孤独を求める者なんているわけがない。自分で気付かないだけで、君の
「さみ、しい? 私が…?」
あれだけの事をしでかした生徒への説教は、いつの間にか件の少女を気遣うような忠告へと置き換わっていた。まるで出来の悪い生徒を諭すような柔らかい声音で語り掛け、此方に歩み寄ろうとする。その慮るような対応に初めて美羅の顔に困惑が浮かび、彼女の紅い瞳が揺れた。
『君にどんな意図、目的があって雄英を受けたのかは分からない。だが合格した以上は此方の方針に従ってもらうことになる!
…なあに心配はいらない。ヒーローもちょっとしたボランティアくらいに思ってくれればいいさ! そのちょっとした何かで君の意識が変わり、自身が持つ
願わくばその望みがヒーロー活動に繋がることを祈るがね。と、明言こそしないが言葉の裏にある真意は容易に想像できる。
「ッ――、」
知らない、知らない……。本当の望みなんてある筈ない。私は自分が安全であればそれで良くて、心なんて曖昧なもの認識したことすらなくて。
だからオールマイトが言ってたこと全部、彼の妄言に過ぎなくて、オールマイトが騙ったことの全てが耳障りが良いだけのハリボテに成り下がる。そうなるべき、筈なのに――
『来なよ神藤少女! 君が何者だろうと関係ない!
その言葉と共に映像が切れ、後には静寂と私達だけが残される。
「……ははっ、」
別に何も面白い事なんて無い。零れた嗤いも嘲笑の類でしかなく、むしろ不快な感情が胸の内を占める。ここは空気を読んで……なんて、そんな気の利いた湿っぽい言葉が今の乾いた口から吐き出されることもない。
「教師、初めてだって言ってたわりに案外様になってるじゃないですか」
――けれども、その耳障りの良いハリボテのせいで、何となく…そう何となく、少しだけ、ほんの僅かだが……個性を伸ばすためだけに入った雄英での生活を楽しみだと思い始めている。
だけどそんなの、喩え私を知る誰かが赦しても、他ならぬ私がそれを認める筈なかった。
視聴直後から美羅の様子がおかしい。それに一早く気付いたのは彼女の育て親である天城と、ついでに腕に収まっている壊理もまた何時もと様子の異なる義姉に違和感を覚え、首を傾げていた。
(ちッ、地雷踏んだか?)
だとすると事態は一刻を争う。今すぐにでも壊理を美羅から引き剥がす必要があり、しかしそれが簡単でない事は嫌というほど理解している。
普段は飄々とした態度を取っちゃいるが、あれで組随一の武闘派集団である治崎一派を完封できる程の実力を備えている。全員で掛かっても返り討ちに遭うのは目に見えており、ならばとばかりに美羅――ではなく、その保護対象である壊理の方に声を掛けた。
「壊理、これから俺と美羅とで話がある。悪いが席を外してくれるか」
「え…? う、うん。分かった」
良い子だ。聞きたいことも有るだろうに、それを呑み込んで指示に従ってくれる。危険が及ばぬようそれとなく避難指示したはずが、逆に此方の方が気を遣わせてしまった。
「組長、あの、俺たちは…」
「好きにしろ。俺が用あるのはこの馬鹿娘だけだ」
元はその場しのぎの方便に過ぎなかったが、カタギに手を出したと訊いては黙っていられない。未だ俯く美羅へと向き直り、意図的に隠していたであろう事情を問いただそうとする。
「顔を上げろ。それが目上の者に対する態度か? 俺ァそんなの教えた覚えは
「……」
「ッ――!?」
その指示に従い上げた顔を見た瞬間、絶句した。
そこに何時もの優美さや、余裕を感じさせる神藤美羅の面影は何処にも無い。代わりにいたのは一切の感情を削ぎ落とした、まるで幽世に棲まう幽鬼のようなナニかだった。
「てめェ、その顔と眼は止めろって言ったよなあ!?」
「……五月蠅い。顔を見せろって言ったのはそっちでしょ」
天城を見る美羅の眼。紅玉に染まった宝石のような瞳子が妖しく輝いたかと思うと、普段巧妙に隠されていた感情が本来彼女の持つ危険性と共に浮き彫りになった。
奇しくもそれは一佳が最初に美羅を警戒する切っ掛けとなったもので、しかし彼女が見た片鱗などとは明らかに違う濃密な怒気を孕んでいる。
「最悪、最悪ッ……本ッ当最悪…! まさかNo.1ヒーローがそんな風に私を見てたなんてッ、」
子供が癇癪を起こす前兆のようにも見えるが、真に恐ろしいのはその破壊規模だ。何度も言うようだが、仮にここで美羅が感情のまま暴れると、辺り一帯が更地になる。
これは比喩でも何でもなく、自然現象すら発生させる彼女の『個性』が際限なく振るわれた場合、周辺の地図くらいなら容易に描き換えるレベルの攻撃が連日雨のように降り注ぐのだ。
入学試験で見せた阿鼻叫喚などほんの序の口。本当の地獄とは、逃げ場も希望も無く、ただ無慈悲に徒に、何の意味も持たずに命を摘み取られていく事を謂うのだ。
「仲間ってなに…、誰の心が悲鳴を上げてるって? 一人だから何だっていうの。ヒーローだから私を救う? ははっ、何それ。そんなの一度だって――私は望んでない…!」
華奢な身体を自分で抱きしめながら、声にも徐々に熱が入り始める。
違う違うと怨嗟染みた譫言が漏れ出し、制御から外れた
「寂しいなんて惰弱な感情、私が持つわけ無い。あんな泣いて逃げ惑うことしか出来ない連中に、心の隙を見せて堪るかッ…! 弱ったらしいニンゲンなんかに私が――」
「そこまでにしておけ。それ以上言って後で後悔するのはおめェだぞ」
「五月蠅いって言ってるでしょ! 今更後悔がなんだってッ――!? ……あ、」
だが完全にヒートアップしきる前に天城が声を掛け、それに食って掛かろうとしたところで漸く今の状況を思い出す。周囲を見回し、自分に向けられる戸惑いの眼に勢いを削がれた。
「ふうーー、、、久しぶりだな、おめェが我を忘れて感情を吐き出すなんてよ。その能面みてえな
煙管を噛み、ほうと息を吐く。
そう、今天城たちの前に晒した怒りもまた、彼女を構成する一要素なのだ。まるで全ての色を取り払ったみたく平坦で不気味なのに、それ以外の部分では人間味に溢れている。平時では大体の
とは言えここ数年は感情の制御も上手くなりめっきり見なくなったが、こうして表に出てきたことは素直に嬉しく思う。
「しかし、それとカタギに手を上げた事とは話が別だ。あれだけ言い聞かせたのにテメェも物分かりが
「ッ、」
「それとも俺の言いつけを破ってまで為したい何かが有ったってか? なら理由を話せ。せっかく俺が裏のルートまで使って仲介したんだ。それ位は聞かせてもらわねえとな」
「……その前に少しだけ時間を頂戴。このまま話を進めるのは億劫だわ」
酷く冷淡な声で、人が持つ負の感情と
現状を省みての判断なのか、それともこれ以上醜態を重ねる事への忌避感が働いたかは知る由もない。それでも先程より幾分かはマシになり、こうして話をできる程度の冷静な思考に一瞬で切り換えた。
「…“龍化解除”」
つい興奮して出てしまった角や尻尾、それから
「別にそのままでも俺は構わねえがな」
「私が厭なの。それ位分かるでしょ。自分で変化したなら兎も角、取り乱して無意識に表出した姿のままなんて格好がつかないわ」
相変わらず表情には一切の変化は無く、それなのに声の抑揚だけはハッキリしている。その曖昧さというか、チグハグした不安定さこそ神藤美羅という少女を最もよく体現しているのだった。
……おや!? 主人公の 様子が……!