なんかおかしい幻想郷 〜失楽園の素敵な巫女〜   作:nyagou

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悪夢と紅魔

霊夢は繁った森の深い霧の中に寝ていた。しかも日はささず、仄暗い。文字通り一寸先も見通せているか怪しい。霊夢はハッと目覚めた。

 

「どこよ、ここ…?」

 

上体を起こして周囲を見渡す。起き上がる時に地面についた手の感触に霊夢は違和感を覚え、確かめる。手を見ると土が一切ついていない。霧で見えないが、普通の地面ではない。

 

「どうやら幻想郷じゃあなさそうね」

 

そういうと霊夢は完全に立ち上がった。そしてゆっくりと歩き出す。踏みしめる地面の感触、やはりここは幻想郷ではない。

 

(どうやってこんなところへ…?誰かに飛ばされたのかしら。けれど飛ばされたなら流石に目覚めるはずだけど…)

 

そう思いながら前へと歩みを進めているとー

 

「キャッ?!」

 

何かにぶつかり、霊夢は思わず後ずさる。そして素早く大幣を構える。目の前には黒い人影が。顔は見えないが相手も同じく驚いたようでぶつかったところから数歩下がっている。

 

「あなた、誰?あなたもこの霧で彷徨ってるの?」

 

霊夢はその黒い人影に問いかける。人影は何も言葉を話さない。さらに数歩下がるとくるっと振り返り、そのまま走り出した。こいつ、何か知ってるー霊夢は勘でそう気づいた。

 

「待ちなさい!」

 

霊夢はすぐさま追いかける。霊夢は普段はグータラしているが身体能力はかなり高い。一旦は遠ざかってしまった背中にあっという間に追いついた。

 

「待てっていうのが─」

 

霊夢は人影の肩に手をかけようとするとまるで分かっていたかのようにその手を振り払う。そしてその隙にさらに前へと逃げた。

 

「チイッ…」

 

霊夢は小さく舌打ちすると木々で見え隠れする人影を追いかける。いつしか森を抜け、大きな川のようなものが目の前に横たわっていた。

 

(ほんと、どこなのよここは…)

 

目の前の川には水が流れていない。その代わり真っ黒な闇が流れている。目を凝らしても何も見えない。そうしているうちに、さっきの人影はカンカンと音を立てながら近くにある橋を渡り始めていた。

 

「もう逃がさないわ!」

 

霊夢は啖呵を切ると一気に飛び上がり、空を飛んで橋を渡る人影の背後をとった─その瞬間だった。

 

「◼️◼️◼️◼️」

 

人影が何か言うと突如霊夢の方に向き直り、着地寸前で不安定な霊夢の足元を蹴り上げる。当然霊夢は体制を崩し、橋から転げ落ちる。

 

「なっ…」

 

声を上げる暇もなく、霊夢は闇の川へと落ちていく。何故か飛べない。必死にもがく霊夢を人影は橋から見下ろしている。霊夢の視界は急速に闇に染まっていく。このままでは死ぬ─

 

「キャアアア!」

 

霊夢はガバッと布団を跳ね飛ばす。キョロキョロと周囲を見渡す。いつもの居間(兼寝室)、いつもの天井、いつもの博麗神社。さっきの恐ろしい闇はどこにもない。

 

(ゆ、夢か…)

 

半分くらい浮かしていた腰を敷き布団にドスンと下ろす。ハアと安堵のため息をつこうとした瞬間。

 

「どうしたの、博麗の巫女」

 

「キャアア!霊符『夢想封印』!」

 

霊夢の悲鳴を聞いて駆けつけた咲夜の顔面に霊夢は容赦なく陰陽玉を叩きつけた。

 

 

***

 

 

 

咲夜は夢想封印を食らった割には軽傷だった。早速不平不満を霊夢にぶつける。

 

「イタタタ、もう…せっかく親切心で駆けつけたのに。しかも何?理由は悪夢を見てたから?悪夢を見たら人を殺してもいいなら、幻想郷の人間はあっという間に全滅するわ!」

 

「ごめん、えーと…あなた誰だっけ」

 

「十六夜咲夜!一昨日紅魔館で戦ったばっかりでしょうが!」

 

「あー、思い出したわ。あの時のメイドか。じゃあ、咲夜。あんたもあんたよ。人ん家に勝手に上がり込んで…まるで泥棒か変態じゃない!そもそも何しにきたのよ!」

 

(そもそもこのメイドに勘が通じないこと自体おかしいんだけど…)

 

黙り込む咲夜を見て霊夢は心の中でぼやく。咲夜は少し頭を働かせる。

 

(いくらお嬢様の命令だからとはいえ、流石に『潜入しにきました』なんてあからさまに言うとこの鬼巫女に追い出されかねない。ここは…)

 

「…はい。これ」

 

咲夜はポケットから封筒を取り出す。

 

「ん?なにこれ」

 

霊夢は咲夜から渡された封筒の中を覗く。かなり厚い。霊夢は一枚取り出してハッと気づく。

 

「これって…まさか!」

 

「慰謝料。賽銭は別に入れるから安心して」

 

中に入っていたのはお札だった。金を渡すことで気に入られようという作戦である。

 

「あんた…」

 

霊夢はずいっと咲夜の方へにじりよる。

 

「…」

 

咲夜は固唾を飲む。

 

(ここが正念場。仮にこの博麗の巫女が立場上受け取らなかったとしても、私の評価は好印象に変わったはず。ここで一気に接近すれば博麗の巫女の内部事情が…)

 

「これから毎日来て賽銭を入れなさい。まだまだ足りないわ」

 

霊夢は咲夜の予想をはるかに上回る衝撃的なことを言い放った。

 

「ゑゑ?!」

 

(こいつ、思った以上に俗に塗れてる!)

 

「い、いいの?」

 

「いいのってどういうことよ?」

 

「いや、まあ、その…」

 

「おーい、霊夢ー。来てやったぜー。ってそいつ誰だ?」

 

魔理沙が空から箒に乗って境内に降りてきた。霊夢は咲夜を引っ掴んで縁側に立つ。

 

「紹介するわ。紅魔館のとこのメイドの十六夜咲夜よ。ついさっき友達になったの」

 

霊夢はこれからのお賽銭に期待で胸を膨らませつつ答えた。

 

「…随分と急だなぁ。大丈夫か?」

 

「大丈夫よ!せっかくいい金ずる…ゲフンゲフン、いい能力者を見つけたんだから、今後の調査のためにも必要でしょ?」

 

「調査?何の?」

 

咲夜が後ろの霊夢の方を首を回して尋ねた。

 

「あー、それはね…」

 

霊夢は紅魔館の戦いの後に起こったことを話し始めた。

 

 

***

 

「なるほど。要するに八雲紫様が、妖怪の中でもかなり強い者を幻想郷の統治を任せる『首脳』に任命しようとしていると。で、その発見、選別を行うのが貴方ってこと?博麗の巫女さん」

 

3人はちゃぶ台の周りに座って話をしている。

 

「そういうこと。あと呼び方、霊夢でいいわよ」

 

「でもなあ、これがかなり難しいんだなあ…」

 

魔理沙が話に割って入る。

 

「どうして?」

 

「妖怪っていうのは力を持てば持つほど隠す傾向にあるんだよ」

 

「なんで?」

 

「この幻想郷は妖怪が生存するために外の世界から隔絶したものだ。妖怪は力を持てば持つほど理性がつき、幻想郷存続のために動くようになる。すると幻想郷の人間を安心して生かすために日頃から力を隠すようになる…っていうこった」

 

「でも、自然とわかるもんじゃないの?」

 

「そりゃあ、実際に近づいたらわかるだろうけど、そもそも人間の生存圏に行かないようにしている場合が多い。自ら異変を起こしてくれたら話は別なんだが…」

 

「じゃあ、今まで異変を起こした奴らに任命したらいいじゃない」

 

「それはあんたのとこ以外は無理ね」

 

霊夢がちゃぶ台から目を上げて咲夜の方を見て言った。

 

「今まで異変を起こした妖怪は基本的に粛正対象。ぜーんぶ殺しちゃって誰もいないわ」

 

(うわあ、物騒…よく異変なんて起こそうと思いましたね、お嬢様…)

 

咲夜は心の中で改めて博麗の巫女の恐ろしさを認識する。

 

「じゃあ、私のお嬢様はその『首脳』とかいう役職に?」

 

「ええ。レミリア・スカーレット…だったっけ。追って紫から任命されると思うわ」

 

咲夜は満足気に笑みを浮かべる。魔理沙はそれを怪訝そうに見つめる。

 

(こいつ…)

 

「で、貴方たちはどうやって探そうとしてるの?」

 

咲夜は魔理沙の疑念に気づかず、話を続ける。

 

「昨日、情報を集めようと幻想郷を飛び回ったけど…やはり無理だったぜ」

 

「やっぱり、異変が起きるまで待つしかないんじゃない?どうせ首脳になろうと思うやつも出てくるでしょ」

 

「お前は楽観的すぎるんだよ!」

 

魔理沙はちゃぶ台を強く叩く。

 

「確かに、今回の調査には私も納得してはいない。でも、やるってなったんだからとことんやろうぜ!」

 

「そう?なんとなく、どうにかなると思ってただけけど」

 

「そりゃあどうにかはなるだろう。永遠に見つからないっていうことにもなるがな!」

 

「まあまあ、落ち着いて、魔理沙。確かに霊夢の言ってることは能天気だけど、貴方も貴方で頭に血が上りすぎよ」

 

霊夢がああん?と怒りの声を上げる。咲夜は慣れた手つきで勝手に霊夢の急須からお茶を魔理沙の前の湯呑みに注ぐ。

 

(どっからこの湯呑み持ってきたんだ?ああ、能力で時を止めたのか)

 

「貴方達で無理なら他人に頼ったらいいじゃない。他人の意見っていうのも大事よ?」

 

「そこまで言うなら紹介してもらおうじゃない。その他人とやらは誰よ?まさかあんたっていうわけじゃないでしょうね?」

 

霊夢がちゃぶ台に頬杖をついて咲夜に顔を近づける。

 

「もちろん、私ではないわ。もっと思慮深い人よ」

 

咲夜は高らかにそう言い放った。

 

 

***

 

「で?そういうことでここに来たと?」

 

ベットに横たわる紫のパジャマ服。ベットの周りにある大量の本棚にぎっしりと詰まった本。そう、パチュリー・ノーレッジである。じめっとした部屋で布団を被ってじとっと霊夢達を見つめている。

 

「残念ながら私は見ての通り、筋肉痛で動けないのよ。レミィにでも聞いてみたら?」

 

「…お嬢様は吸血鬼です。今の時間はお休みになっておりますから」

 

「だから私なら起きてるだろうって?やれやれ、全く…」

 

「ちょっと待って」

 

霊夢が口を挟む。

 

「さっきあんた階段上がったよね?それで急に引き返して降りたのってまさかあんたのミs」

 

「完璧で瀟洒なメイドたるこの私に一片のミスもありません!ただの準備運動です!」

 

「何の準備運動よ!」

 

「…まあ、いいわ。そういうことなら助言くらいならできるかもしれないし。えーと…確か『首脳』に相応しい妖怪を見つけるんだったっけ?」

 

パチュリーが身体を起こして真面目に話し始めた。

 

「そうそう。けど妖怪は力を隠すからなかなか見つからないのよ」

 

「ふーん…情報はなし、と。でも、文献ならあるんじゃない?」

 

「どういうことよ?」

 

「妖怪は確かに力を隠す。でもある程度はパターン化するものよ。そして物好きなやつはそれを本にまとめて読者に教えたがる。それを読み解けば逆にどういうところに気をつければ発見しやすくなるとか、もしかしたらその妖怪の特徴とか出てくるかもしれない。あくまで可能性だけどね」

 

「なるほど…そういう本を探せばいいってことね」

 

「そういうこと」

 

「そういう系の本はここにあるの?」

 

霊夢は振り返って本棚の方を見る。

(この中から探すの…?ダル…)

 

「残念だけど多分ないわ。魔法系の本ならいっぱいあるけども」

 

「そうなの?じゃあどうすればいいのよ?」

 

本の山から探さなくてもいいと聞いて少し嬉しそうな霊夢。パチュリーはそれを察して、ため息混じりに答えた。

 

「…人里の『鈴奈庵』」

 

「…!あそこか」

 

「あそこは幻想郷唯一の歴史書発行所としても有名だけど、他にも様々な本を所有、貸出を行なっていると聞いたことがあるわ。行ってみる価値はあるんじゃない?」

 

「ありがとう。おかげで調査にある程度目星がついてきたわ」

 

「どういたしまして。何か助けになれば幸いよ」

 

踵を返して早速向かおうとする霊夢。咲夜は一瞬パチュリーと目を合わせて頷くと、霊夢についていこうとした瞬間、急に霊夢が回れ右をした。

 

「ところで…」

 

霊夢が明らかに訝しむ目をしている。疑いのオーラが醸し出されている。

 

(まさか、もう咲夜の博麗の巫女への潜入調査がバレた?まさかいきなり押しかけにいくみたいな強引なやり方でやったんじゃ…)

 

咲夜はギクリと一瞬目を見開き、パチュリーと目が合わないように明々後日の方向を向く。

 

(やりやがった!これ絶対やっちゃったやつだ!どうーすんの、これ?!これ聞いたら絶対レミィがプンスカするよ!…とりあえず何とか誤魔化すしかない!)

 

パチュリーは心の中とは裏腹に、微笑みを顔に貼り付けつつ答えた。

 

「どうしたの?」

 

霊夢とパチュリーの目がかち合う。パチュリーのこめかみに冷や汗が滲み出る。

 

「そういえば、魔理沙ってどこ行ったの?」

 

「へ?」

 

 

***

 

「こあは眠り薬で片付けた…へへへ、こんだけの魔導書の数だ。一冊や二冊無くなってもわからんだろ」

 

パチュリーとの対談をこっそり抜けてきた魔理沙は、整然と並ぶ本棚を見上げながらにんまりとする。

 

「えーと?確か『魔法に使えるキノコの見分け方』だったっけ。ここら辺に確か…あった!焼けてなくてよかったあ」

 

本棚をなぞっていた魔理沙の手がピタリと止まる。どっから出してきたのだろうか、緑色の唐草模様の風呂敷を広げ、本棚から取り出した一冊の魔導書を包み込む。

 

「あともう一冊欲しいのがあったはずなんだけどなぁ…?」

 

「それはこれのことかしら?」

 

「おお、それそれ…って、咲夜ぁ?!」

 

魔理沙の前には探し求めていた『魔力増強に関する報告書』を持った咲夜。そのすぐ後ろには霊夢とパチュリーがいた。

 

「まさかこあを魔法薬で眠らせるなんて…よっぽど欲しかったのね、それ。でも無断でやるわけにはいかないわ。咲夜、やってしまいなさい」

 

パチュリーはやれやれという感じで肩をすくめる。霊夢は無表情で状況を眺めている。咲夜はナイフを構える。臨戦体制だ。魔理沙は青ざめたがすぐに不敵な顔に戻る。

 

「おっと待った。ここで弾幕を撃てば、パチュリー。お前が大事にしている魔導書に傷つくぜ。ましてや撃ったら私も撃ち返すから尚更だ。ここは一旦休戦にして外でやらないか?」

 

「た、確かに」

 

パチュリーはハッとした顔をした。魔理沙はほくそ笑む。

 

(ふふん。かかったな、パチュリー!外に出たら戦う前に八卦炉で速攻で飛ぶ!一冊しか手に入らなかったのは残念だが、こいつは頂いて行くぜ!)

 

「いえ、その必要はありません、パチュリー様。私が片付けます」

 

「何?!」

 

咲夜がナイフを太ももにつけたナイフ入れにしまうと、魔理沙の方に歩き始めた。

 

「おいおい、何する気だ?襲う気なら例えそっちが弾幕を撃たなかったとしても私から撃つぜ?」

 

魔理沙がそう言った瞬間。魔理沙の横を何かが駆け抜けた。

 

「え…?」

 

次の瞬間、魔理沙の背後には咲夜が立っていた。

 

「い、いつの間に…ハッ?」

 

「…メイド式捕縛術。一昨日霊夢に倒されてから久しぶりに術式を編み出してみたのよ。馬鹿なことやってないでさっさと鈴奈庵に行きましょ」

 

魔理沙の身体には幾重にも縄が巻き付けられており、その一端は咲夜が握っていた。霊夢は魔理沙をずるずると引きずる咲夜をハアとため息をつきながら見たあと、地面に残された魔導書をホコリを払った上で、パチュリーに返して咲夜を追いかける。パチュリーは今度は本当に微笑みながら見送った。そして霊夢の姿が見えなくなってポツリと呟いた。

 

「いいチームになりそうねえ…」

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