落伍者たちのロードムービー   作:野生の虚妄クトゥム

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第3話「アンタはアタシの心の恩人だ!」

 

 黒見セリカは一瞬、思考が出来なかった。何しろバイト中の『柴関ラーメン』の屋台に、突如空から人が飛んできて突き刺さったのだ。当然客も柴大将も周囲の人々も、何が起きたのか理解出来なかった。

 

「……はっ、いったい何が……」

 

 だがその中でもっとも早く思考を取り戻したのも、やはりセリカだった。常日頃からアビドス高校を守るためにチンピラ共と戦ったり、借金を返せそうな儲け話を探したりなどしている彼女の判断能力は瞬時に発揮された。戦闘時のように鋭く研ぎ澄まされた彼女の思考は、屋台に突き刺さっているのがどこの学校にも所属していない不良生徒であることを見抜く。

 

「……って、なんで人が降ってくるのよー!?」

 

 能力が発揮されたとしても、空から降ってきた不良が屋台に突き刺さっているという事実は変わらなかった。

 不良が着ている砂まみれの黒のセーラーはボロボロになっており、薄茶色の髪も砂まみれな上にぐしゃぐしゃに崩れていた。さらにその不良は白目を剥いており、ヘイローも消失していることから完全に気絶しているようだった。そんな人間が降ってくるものだから、屋台のテーブルやキッチンに大量の砂が落ちてきてしまっていた。

 

「店が砂まみれになっちまったなぁ。これじゃ今日はもう無理だ。すまない皆、今日はもう閉店にさせてもらうよ」

「あちゃー、こりゃしょうがないな。また来るよ大将」

「そんな!? 徹夜明けでやっとご飯を食べられると思ったのに……!」

「先輩の奢りでタダラーメン出来るチャンスだったのに……!」

「いや、奢らないぞ?」

 

 犬やロボットの客に混じって、風紀委員の腕章を巻いている銀髪ツインテールの少女──銀鏡(しろみ)イオリと、彼女と同じ腕章を巻いているおかっぱの少女──一般風紀委員がぼやく。もっとも、風紀委員のぼやきにはすぐさまイオリからのツッコミが入っていた。

 イオリは改めて屋台に突き刺さってる不良を睨みつける。

 

「アビドス、こいつこっちでしょっぴいていいか? 今、私のはらわたは煮えくり返ってるんだ」

「悪いけどお断り。柴関ラーメンの営業を邪魔した報いはここで働いてる私がつけさせるから!」

「ぐっ、なら私たちはもう手出し出来ない。委員長が約束したからな……」

「っすねー。あー、奢りラーメン食べたかったなー」

「いや、奢らないからな? 私も余裕があるわけじゃないんだぞ?」

 

 ぼやきつづける風紀委員の少女をじと目で睨むイオリ。そんな彼女たちに苦笑しながら、柴大将がタッパーを差し出した。

 

「まあまあ、これでも食って元気出してくれゲヘナの生徒さん」

「ん? これは……チャーシュー!?」

「いきなり店じまいすることになったお詫びだ。もちろん、ここにいる全員分あるから皆持っていってくれ」

「うおおおお!! 柴関ラーメン最高!!」

 

 スタンディングオベーションからの大喝采が柴関ラーメンの屋台を包む。

 

「ちょ、ちょっと待って大将! それ、もしかしてタダで配るつもり!?」

 

 セリカは少し焦った様子で待ったをかけて柴大将に問いかける。彼はタッパーにチャーシューを詰めながら、その問いかけに頷いた。

 

「お詫びでお金を取るわけにはいかないだろう?」

「まあ、くれるっていうなら貰うけど……」

「うわー先輩のけちんぼ、セコセコ隊長、ゲヘナー」

「ゲヘナはお前もだろ!? というかなんで急に罵倒されたんだ!?」

「あたしは秩序を重んじる風紀委員の鑑なんで? ちゃんとチャーシュー代くらい払うっすよー? 風紀委員の鑑なんでぇ~?」

「ぐぬぬ、ムカつくこいつ……!」

 

 財布をしぶしぶ取り出したイオリはそれをテーブルに置く。既に自分の財布を取り出していた風紀委員は、紙幣を何枚か取り出してテーブルに並べていた。

 

「チャーシュー5枚入ってますし、とりあえず5千円でいいすかー? あ、これ今の全財産っすー」

「極端すぎるだろお前!」 

「いつからゲヘナの風紀委員はつまんない漫才集団になったの?」

「こいつがテキトーなだけだ!」

 

 ギャーギャーと言い争うイオリたちにげんなりした視線を向けるセリカ。だが彼女たちの言い合いを見て、他の客も我先にと財布を取り出し始める。

 

「タダで貰えるわけねえだろ大将! チャーシューだって立派な売りもんだぜ!」

「そうだそうだ! 俺だって5千円出せるぜ!」

「皆……」

「お客さんもこう言ってるんだし、大将!」

「……悪いな、こっちの都合だってのに」

「良いってことよ! これにめげずまた美味いラーメン作ってくれよ大将!」

「セリカちゃん、値段はセリカちゃんが決めてくれ。自分で決めたらタダにしちまうからな」

「わかった! 大将のお墨付きね!」

 

 柴大将から値段設定を任されたセリカは、チャーシューの値段を決めるべく暗算を始める。

 

「えっと売上を考えたら……柴関ラーメンの半額、240円です!」

「そういうことだ、皆お(さつ)はしまってくれ」

「おー、これくらいの値段ならやっぱ先輩奢ってくれません?」

「いや自分で払えっ! 5千円あるんだろーっ!?」

 

 こうして柴関ラーメンの本日の赤字は、なんとか軽傷で済んだのだった。

 不良は屋台に突き刺さったまま放置されていた。

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

「で、どうしてくれようかしら、こいつ」

 

 屋台から引っこ抜かれた不良は、屋台をしまってある倉庫の端で寝転がされていた。不良の持っていた持ち物は没収されており、離れた位置に拳銃とナイフと携帯端末とがひとまとめにして隔離されていた。

 険しい表情で仁王立ちしながらバイト服のセリカは不良を見下ろしている。いつでも発砲できるように準備された愛銃(シンシアリティ)を片手に、彼女の頭の中ではどうやって責任を取らせるかを考え込んでいた。

 

「まずは大将への謝罪をさせて、それから、うーん……タダ働きでもしてもらう? でも、流石にそれは大将に聞かないとダメかも。というか、シロコ先輩から来てたモモトークってもしかしてこいつのこと──」

「……ぅ、ァあ……」

「!」

 

 ヘイローがあらわれ、不良──アネゴの意識が戻った。

 即座にセリカは銃を構え、銃口をアネゴに向ける。

 

「ッつつ……どこまで飛ばされ──」

「動かないで!」

「……!」

 

 立ち上がろうとしたアネゴは動きを止める。鋭い目つきで彼女を睨みつけるセリカは、銃口を向けながらアネゴの真正面に移動した。

 

「どんなやんちゃをしたから知らないけど、あんたのせいでうちの屋台が壊れたんだけど! どう責任取ってくれるの!?」

「屋台?」

「そこに停めてあるアレよ! あんたが豪快に突き刺さったせいで今日の営業が出来なくなっちゃったじゃない!」

 

 セリカに顎で指し示された方を向くと、ほぼ真ん中に穴の空いた砂まみれの屋台が停められていた。

 

「おォ、すげェなアレ。あそこにアタシが突き刺さってたのか。そいつは悪かったな」

「……ふんっ! 私だけじゃなくて、大将にも謝んなさいよね!」

 

 チンピラのくせに案外素直に謝るじゃない、とか思ってしまったセリカはわざとつんけんとした態度をとる。

 

「わァったよ。……アンタと会うつもりはなかったんだがなァ

「は? なんて言ったの?」

「なんでもねェ」

「なんでもないわけないでしょ!? 何呟いたのか吐いて!」

「なんも言ってねェよ」

 

 やいのやいのと2人が押し問答している間に、倉庫に柴大将が入ってきていた。

 

「おう、不良の嬢ちゃんは目を覚ましたのかい」

「あ、大将! 危ないから合図するまで待っててって言ったのに!」

「いやあ、ずいぶん元気な声が聞こえてきちまったからなあ」

 

 セリカの隣に並び、もふもふの腕を組んでアネゴにニッと笑いかける柴大将。

 そちらに視線を移したアネゴはもう一度屋台を見遣り、それから柴大将に視線を戻した。

 

「アンタが大将って人か」

「おう、アビドスで柴関ラーメンやらせてもらってる。ま、大将とでも呼んでくれ」

「……アタシがぶっ飛んできて、アンタの屋台壊しちまったらしいな」

「気にしないでくれ。お嬢さんも不可抗力で飛んできたんだろう? たまたまうちに当たっちまっただけさ」

 

 柴大将の言葉を聞き、噛みしめるように目を閉じて沈黙するアネゴ。その様子にセリカはムッとした表情となり、銃を構え直す。

 

「ちょっと、大将優しすぎ! あんたも謝ったらどう──」

「──スンマセンしたァッ!」

「なのっ!?」

 

 突如立ち上がり、腰を90度曲げてアネゴは謝罪を叫んだ。あまりの唐突さにセリカは驚いてトリガーを引きかけた。

 

「大将、アタシにやれることはなんかありますか!? 掃除でも雑用でも何でもやります!」

「お、おいおい。だから気にしなくて良いって」

「いや、大将の器のデカさに感動したんす。あっち(ブラックマーケット)じゃこうはいきませんから」

「あっち……?」

 

 アネゴの態度は完全に豹変していた。チンピラっぽいふてぶてしさが無くなった彼女の様子に、目を大きくぱちくりとさせてセリカは大いに困惑した。

 

「ど、どういう風の吹き回し? 大将の人の良さに漬け込もうって魂胆なわけ!?」

「そいつをやっちまったら、アタシはもう不良を名乗れねェよ」

「はぁ……?」

「アンタが店員やってんのも納得だ、黒見セリカ」

「……! あんた、私を知ってるの!?」

 

 腰を曲げて目を閉じたまま微動だにしないアネゴに、険しい表情でセリカは銃口を向け直す。

 

「セリカちゃんの友達……ってわけじゃなさそうだな」

「大将、彼女がいなけりゃアタシは不良を続けてないんす」

「いぃっ!? 何その言いがかり!?」

「言いがかりじゃねェ! 黒見セリカ! アンタはアタシの心の恩人だ!」

「お……恩人!?」

 

 目を丸くするセリカの前で、アネゴは顔を下げたまま叫ぶように宣言した。

 

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