落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
屋台に備え付けられたテーブルにエアダスターを吹きかけ、被っている大量の砂を地面に落とす。その後、水入りバケツで布巾を濡らしたアネゴは、それを使ってテーブルを丁寧に拭き始めた。
「セリカァ、やり方これで合ってんのか?」
「……大丈夫。乾拭きも忘れないでよ」
「おう、わかってらァ」
着ている服の上からエプロンと頭巾を被ったアネゴたちは砂まみれの屋台を倉庫から出して掃除をしていた。そこに、倉庫の中で電話をかけていた柴大将が戻ってくる。
「2人とも、休憩にしようか。悪いね、セリカちゃんはもう上がっててもいいのに」
「大将とこいつを2人きりになんて出来ない! 危なすぎるわ!」
「そりゃァそうだ」
「なんであんたが納得してんの!」
掃除用具を屋台の脇に置き、洗面所で手を洗う2人。
「なァ、携帯だけ返してくんねェか。仲間と連絡してェんだよ」
「絶対駄目」
「チェッ」
手を洗い終わった2人は、日陰に置かれた椅子代わりの逆向きカゴに座り一息つく。
「2人ともお疲れ。お茶で悪いけど買ってきたよ」
「あざす!」
「もー、自分で買いに行ったのに! でも、ありがと大将」
冷たいペットボトルのお茶を受け取り、一気に飲み干す2人。そんな2人を眺めながら柴大将も逆向きカゴに座り込む。
飲み終わったペットボトルを両手で持ちながら、セリカはアネゴの横顔をじっと見つめた。
「……」
「……どした? アタシの顔になんかついてっか?」
「別に。……何企んでるのかとか、思ってないから」
「……素直だなお前」
「ばっ、ち、違うわよ! 私はまだあんたのこと信用してないから! 恩人とか、わけわかんないこと言うし……!」
顔を赤くして慌てるセリカの様子に苦笑するアネゴ。
「まァ、あん時はお前意識なかっただろうしな」
「……! まさか」
セリカが目を見開く。もしかして、と嫌な予感が彼女の脳内を支配する。それは彼女にとって思い出したくない記憶。
「……聞きたいか、なんで恩人なのか」
「……気になるじゃない」
「ただのいち不良の話だ。それにお前にとっちゃ辛い記憶を掘り返すかもしれねェぞ」
「なんで、あんたが私を気遣うのよ」
「心の恩人だからな」
「だから……! ああもう、堂々巡り!」
頭を抱えてうがー! と吠えるセリカ。
「あー、席外した方が良いかい?」
「……大将もいて」
「いいのか?」
「大将も全部知ってるから。全部知って、雇ってもらってるの」
「……大将、デカいっす」
「ラーメンを作ってるだけの店主だよ。それに、セリカちゃんはいい子だからね」
アネゴには柴大将が大きく見えた。覚悟を決めて話を聞こうとするセリカも同じくらい。
「……数ヶ月前。アタシがある依頼を請けた時の話だ」
アネゴが交わした契約は要約すると、次の通りだった。
『報酬の銃火器は先んじて遂行者に貸与され、依頼中の使用を許可される。依頼を成功した際には報酬はそのまま譲渡され、失敗した場合は没収、違約金の支払いを強制とする』
「ようは失敗しなけりゃ良いんだ」
当時のアネゴは1人だった。まだ誰も拾っておらず、ブラックマーケットへ参入したばかりの新参者だった。どこに行くにもナメられ、侮られ、そして奪われる。力も風格も何もない、ただのチンピラ。その荒波に揉まれ続けたアネゴは、心を摩耗しかけていた。
「こいつなら、アタシは……!」
依頼主から渡されたショットガンは素晴らしい逸品だった。アネゴの粗雑な扱いに耐え、威力や整備性も悪くない。数発撃つだけで使い潰してきた今までのショットガンとはモノが違うと、銃火器に詳しくないアネゴでも実感出る代物だった。
「さて、肝心の依頼内容についてお話しても?」
「……あァ」
依頼内容は、とある車両の護衛。場所はアビドス自治区。
「アビドスでの護衛ってことは敵はカイザーか?」
「いえ、カイザーPMCは今回手を出してきませんよ。こちらの味方です。それと、同伴するカタカタヘルメット団も味方ですので、間違って倒さないように」
「……? まァいい、それなら楽な仕事になりそうだな」
アビドスはほぼ廃墟と聞いていたアネゴは、敵は他のチンピラ程度だと考えていた。
依頼を請けたアネゴは、アビドス自治区の指定された地点に向かい、彼女はカタカタヘルメット団と合流した。
「ブラックマーケットからの援軍ってこいつ1人だけかよ!」
「まあ、仕事してくれればなんでもいいわ」
ヘルメット団にくたびれた黒セーラーのアネゴが交じる。夜の街灯に照らされた彼女の目元には色濃い隈が出来ていた。
「……」
誰とも話さず、トラックの近くでアネゴは鋭い目つきのまま周囲を警戒する。
まもなく別部隊のヘルメット団員が現れ、トラックに何かを詰め込んだ。
「新入り、出発だ。ここに乗れ」
「……あァ」
荷台に乗り込み、発進するトラックに揺られながらアネゴは後方を警戒していた。
「……」
夜のアビドスをトラックがひたすら走り抜けていく。灯りのついた街並みはすぐに通り過ぎてしまい、月明かりに照らされる砂漠とまばらな廃墟ばかりの風景がアネゴの目に映っていた。
「新入り、ポイントに着いたら降りて周囲を警戒しろ。相手はアビドス高校、油断はできん相手だ」
「……? アビドス高校?」
「なんだ、雇用主から聞いてないのか? それでよくブラックマーケットでやっていけてるな」
ため息をつくヘルメット団員に、アネゴは無感情な瞳で視線を向ける。それを意に介さず、ヘルメット団員は運転席のすぐ後ろに設置されたコンテナを指さした。
「それならこの
「……」
「この荷物は奴らへの切り札だ。言い換えるなら、人質」
「……人質」
「悔しいが、アビドスの連中はたった5人であたしらカタカタヘルメット団よりだいぶ強い。消耗戦が奴らに通用しなくなった今、相手の人数を減らした上でこちらが有利になれる第2のプランに出たってわけだ。まあ、上からの指示だけどな」
言い切って、ヘルメット団員は前を向いた。
「あたしは少し寝る。2時間したら起こせ、その後2時間寝かせてやる」
「……わァった」
荷台の端に座り込み、銃を抱えてヘルメット団員は眠り始めた。その様子を確認したアネゴは前を向き直し、流れていく砂漠の夜景をぼんやりと眺めた。
(人質……アビドス高校を脅すための人質か……)
ショットガンを構える手に力が入る。
(気に入らねェ、気に入らねェが……仕事だ)
風景を睨みつけるかのように鋭い目に光は反射していない。深い隈と同じ黒く淀んだ色をしていた。
「……ぁ……ぅ……」
「!?」
とっさに振り向いたアネゴはショットガンを構える。しかしそこには誰におらず、コンテナしかなかった。銃を構えながら彼女はゆっくりとコンテナに近づく。コンテナは固く閉じられていたが、側面の立て付けが悪く、そこに少しの隙間が空いていた。扉が施錠されていることを確認し、アネゴは隙間からそっと中を覗く。
「……る、さなぃ……ら……」
「……」
薄い月明かりを頼りにしながらアネゴが見たのは、気を失ったままうなされている獣耳の少女だった。
(こいつが人質か)
「ぜったぃしゃっきん……かえすんだから……」
「……!」
先程聞こえた声と同じであることをアネゴは確認した。襲撃は来ていない。それを確認したというのに、彼女はその場から動けなかった。
「ゎたしのだいすきな……あびどすを……ぜったいわたさなぃ……」
「……」
それきり少女は喋らなくなった。しばし彼女を見つめたあと、アネゴは持ち場に戻り、銃を構え直した。
(……仕事だ。アタシはアタシの意地を通すために……)
アビドスの夜景が流れていく。
(意地を、通すために……)
アビドスの夜景がゆっくりと、流れていく。
(……アタシの意地って、なんだったっけ)
手元のショットガンにアネゴは視線を落とす。意地を通すための道具だった。それを手に入れるために依頼を請けた。
(こいつでアタシの意地を……なんのためにアタシはこいつを……?)
思考のドツボにハマっていくアネゴの目が、ふと足元のナイフポーチに吸い寄せられた。
『だからこれは、アタシの覚悟だッ!』
アネゴの脳裏に記憶がよぎる。深夜の校門、崩れ落ちる少女、涙、背を向ける自分、握ったナイフ──。身を裂く程の激痛が彼女の腰に走った。思わず悲鳴をあげそうになり、彼女は唇をぐっと噛みしめる。
「そうだ、なんで忘れてた。腐ってる場合じゃねェだろオイ、『アネゴ』……!」
ショットガンを構え直し、荷台の上でアネゴは立ち上がる。その表情は擦り切れたものではなく、不敵な笑みが浮かんでいた。
「なァセンパイ、教えてくれよ」
「……あ? もう交代の時間か」
「この作戦を考えた上って奴はどいつなんだよ」
叩き起こされたヘルメット団員が寝ぼけながら銃を持ち直す。
「そりゃカイザーに決まってるだろ。今までもあたしらカタカタヘルメット団を援助してくれてたんだしな」
「カイザー、カイザーか。ありがとよセンパイ。もう用はねェ!」
「ぐわっ!?」
ヘルメット団員の胴にショットガンを密着させ、アネゴはトリガーを引いた。反応も出来ないまま団員はトラックの上から吹き飛び、砂漠に突き刺さる。
「敵襲か!?」
「アタシが敵だァッ!」
「何っ!? があっ!」
銃声に気付いて窓から身を乗り出した団員もアネゴに撃ち抜かれる。運転手を失ったトラックはゆらりと蛇行し、廃墟に激突して止まった。
「アビドスの襲撃か!?」
「いや、奴らじゃない! ブラックマーケットからの新人が裏切りやがった!」
後方からトラックに追従していた装甲車が追いつき、中から十数人のヘルメット団が現れる。
トラックから飛び降りたアネゴは周囲を見渡し、笑みを浮かべたままショットガンをリロードした。
「ヘッ、かかってきやがれヘルメット共ォ! 不良魂の復活したアタシは無敵だァッ!」
叫ぶ彼女の目元に刻まれた深い隈が、少しだけ和らいだ。