落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
ゲヘナとアビドスの境目、その僻地で風紀委員の少女は黒髪ボブの戦闘員に拳銃を向けていた。彼女の瞳は憎悪と憤怒に染まっており、限界まで歯を食いしばっていた。
「お前らの事情は後だ! 優先順位を間違えるな!」
「……はいっす」
イオリの叱咤を受け、風紀委員は拳銃を降ろす。しかし彼女の視線は依然戦闘員を険しく貫いていた。
「あと便利屋は逃げるなよ! 全部終わった後に聴取するからな!」
「うぅ、今回は本当に被害者なのに……」
「ま、それはともかく。今はあれを切り抜けなきゃね~」
ムツキが指差す先には、多数の戦闘ヘリが隊列を組んで飛行していた。その全てが便利屋たちを目標としており、側面にはバツ印の付けられたアビドス校章がペイントされていた。
「……そうね。アウトローとして落とし前はつけさせるわ」
片手で愛銃を構え、アルは迫るヘリに狙いをつける。
「まさか便利屋と共闘することになるなんてな。お前も、今は切り替えてくれよ」
「わかってるっすよ。続きは全部、終わったあとっす」
「さあ、もう一息よ! 便利屋68の恐ろしさ、味あわせてあげるわ!」
「規則違反者共め、私の前で好き勝手出来ると思うな!」
戦闘ヘリたちが装填していた対地ミサイルを発射し、アルたちの狙撃がヘリを操縦席ごと貫く。戦闘員が茫然自失としている中、対AB団最後の戦いが始まったのだった。
(退学……私が? ゲヘナを、どうして……?)
言葉の衝撃が記憶をフラッシュバックさせる。ゲヘナ学園郊外。スラム街の暗がり。指名手配犯。万魔殿からの指令。
「……はぁ。なんで、風紀委員なんかとツーマンセルを……」
「こっちだって! 万魔殿のやつが相方なんてゾッとしないさ」
彼女と共にこなした初めての任務は、指名手配犯の追撃だった。どうして犬猿の仲の組織の2人が組むことになったのか。もう、細部は覚えていなかった。
それからも彼女とはさまざまな任務を共にした。
「なぁんで対美食研究会用の追撃部隊に万魔殿のあんたがいるんだよ!」
「あなたたち風紀委員会がだらしないからでしょうが……!」
何度もいがみ合い、そして共に戦った。
「先ほどの襲撃、私が援護しなかったら危なかったのでは?」
「うっぜー! そっちこそあたしが庇わなきゃやられてただろ!」
友情と言うには刺々しく、信頼と言うにはお互いを敵視していた。だが、それでも協力しあって戦闘を切り抜けた2人の間には、敵対心だけではない何かが芽生えつつ合った。
「……今の突入、悪くなかったですよ」
「……お、お前のサポートもな」
そのはずだった。
「ぁぐ……!? い、ぃいっ……がああああっ!!」
「何っ? どうしたの!?」
片手で頭を抑え、叫び出す戦闘員。脳の奥から頭蓋を引き裂くような激痛が彼女の頭を断続的に襲う。その尋常ではない様子にカヨコはとっさに瓦礫の陰に身を潜ませた。
「はぁ、はぁ……! アル様の元にはミサイル1本通しません!」
「ふぅ……アルちゃん社長ー、ちゃちゃっと片付けちゃってよね!」
遮蔽物の向こう側ではムツキとハルカが迫る対地ミサイルの群れを迎撃し、アルたちへの攻撃を防いでいた。しかし彼女たち自身もミサイルや機関砲の攻撃に晒されており、連戦による疲労も蓄積された身体に限界が迫りつつある。
「どんだけ増援が来るのよ……っ!」
「
「2人とも愚痴ってても終わんないっすよー、はい弾薬」
アルとイオリは遮蔽物に隠れながらも戦闘ヘリの群れを片っ端から捌いていく。風紀委員の少女は彼女たちの側に控えながら弾薬補充やスポッターまがいの補助をテキパキとこなしていた。だが、撃墜した先から新たなヘリが補充されており、終わりの見えない戦いとなりつつある。
「便利屋、あいつらが何者か知らないか!」
「知らないわよ!
「……思ったんすけど、あいつらのヘリに貼ってあるステッカー、校章っぽくないすか?」
「校章?」
アルは自分の銃のスコープで、イオリは風紀委員から渡された望遠鏡で戦闘ヘリを観察してみる。アルたちは大きくバツ印をつけられた校章に見覚えがあった。
「……! アビドス高校の校章じゃないあれ!? でも、大きくバツ付けられてる……」
「反アビドスってことっすかね? でもそれならなんでゲヘナのあんたたちが狙われてるんだか」
「結局何もわかんないじゃないか!?」
「倒し続けるしかないっすねー」
迫り続ける戦闘ヘリ。疲弊していく便利屋とイオリたち。AB団の執念は着実に結実しようとしていた。
「っ、ぁ……っ……」
「あんた、平気? 座って休める?」
瓦礫の陰で座り込む戦闘員と、彼女の背をさするカヨコ。戦闘員の呼吸は浅く、顔色は青を通り越して白くなっていた。
「ゎ、わたし……おもい、だして……なんで、たいがくしたか……」
「……! やっぱり、もう万魔殿じゃなかったんだ」
虚ろな目で地面を見つめながら、戦闘員は吐露する。頭痛と引き換えに、彼女はゲヘナを去った時の記憶を取り戻していた。
きっと、その日は雨だった。
スラム街に逃げ込んだ校則違反者たちの捕縛と連行。なんてことない、下っ端に割り振られる通常任務。その日も彼女と共にツーマンセルで行動し、痕跡を辿って違反者たちの足取りを難なく突き止めた。
「……ねえ、校則違反者って3人じゃなかったっけ?」
「これは……罠……!?」
追いついた先で待ち受けていたのは、数十人のチンピラたち。風紀委員会と万魔殿に恨みのある、ゲヘナにおいても札付きの不良生徒たちの集団だった。
「お前んところの委員長さまには大変世話になったからなあ!」
「てめえらをダシにしてゲヘナのトップに成り上がってやんよ!」
予想以上の戦力からの撤退戦。用意していた物資は少なく、あっという間に弾も尽きてしまう。
「応援は呼んだけど、いつ来るやら……!」
「こっちだってそれは同じです、というより……」
「……
「……私たちだけで、切り抜けないと」
入り組んだスラム街を逃げ惑うが、地の利は不良集団にあった。来た道などとうに封鎖され、気づけば袋小路へ追い詰められていた。
きっと、それが限界だった。
「なんだ、風紀委員会も下っ端は大したことねえな。口先ばっかの万魔殿とお似合いだぜ!」
「言ってな、下っ端の相手しか出来ないチンピラ風情がよ!」
「ああんっ!?」
「ほら、お前も何か言い返せ!
「う、ぁ……」
彼女は心底驚いたことだろう。今までどんな任務も冷静に、憎まれ口を叩きあいながらもやってきた相方が、スナイパーライフルを抱きかかえて怯えていたのだから。青い顔でただ震えて、情けない姿を晒していたのだから。
「お、お前っ! 何してるんだ!? 諦めてるのか!?」
「ギャハハハハ! おい、あいつビビっちまってんぜ! あんなビビリでも万魔殿って入れるのな!」
「あたしらが入ったら楽にテッペンとれそ~」
不良たちのあざ笑う声がスラム街にこだまする。
(本当は怖かった。本当は戦いなんて嫌だった)
「おい、立て! 諦めんな!」
(だけど、
「万魔殿のプライドはどうした! お前の根性はこんなもんじゃないだろ!?」
彼女は、座り込んでしまった情けない相方に寄り添い、しゃがみ込んだ。
「……くそっ! おい、
「……そんなの、持ってない……」
「はあ!? お、おま、スナイパーだろ!?」
「だって……何発も当てたら痛いから……」
「はあ?」
心底理解できない様子の彼女の顔を、見ることは出来なかった。
「さあて、そろそろくたばってもらおうかな、秩序気取りのクソ共さんよお!」
「……ちっ、ここまでか……!」
不良たちが武器を構える。彼女は覚悟を決めて、相方を庇おうとしていた。
「こいつら利用してあたしらがゲヘナのトップに──ぎゃああああ!?」
「──誰が、何処のトップになるって?」
「え……い、委員長ぉ!?」
それからの記憶は、飛び飛びに浮かんでは消えていく。
「彼女、風紀委員長に助けられたらしいよ」
「えー、うちの期待のホープって言われてたのに?」
「思い上がって手柄を焦っちゃったんだろうねー」
評判。
「……任務、なんで来ないんだよ」
「……」
「黙ってちゃ、わかんないだろうが……」
「……ごめんなさい」
「……っ!」
亀裂。
「お世話になりました、
「……別に辞めなくても良いのでは? こちらの面倒も増えることですし」
「いえ、私は……もう、万魔殿を名乗れません」
「だからと言って学園まで……はあ、本当に面倒な……」
退学届。
「おい聞いたぞ! 自主退学ってどういうことなんだよ!?」
きっと、その日は雨だった。
「……ごめんなさい」
「なんでっ……! 謝んな馬鹿っ! 待てっ!」
走った。傘なんて持たずに。走った。ゲヘナから遠ざかるように、どこかへ消えていけるように。走った。叫ぶ彼女の声から逃げるように。
(あの時、予備の拳銃ひとつでもあれば……私は、間違えなかったのかな)
無意識に封じ込めていた、終わりの記憶。痛みを代価にそれを思い出した戦闘員──否、ただの不良少女は、力なくうなだれた。
「わたし、もう、ゲヘナじゃない……じゃあ、わたしって……なに……?」
「ちょっと、しっかりして! キツイのはわかるけど置いてくよ!?」
「……おいていってください。もう、おにもつになるのはいやです……」
「っ……! ああもう!」
眉間にシワを寄せながら、カヨコは少女を担ぎその場を離れる。その瞬間、彼女たちが遮蔽物として利用していた瓦礫にミサイルが殺到し、一瞬で爆破されてしまった。間一髪でミサイル攻撃を逃れたカヨコたちはアルたちが隠れている遮蔽物へ転がり込む。
「社長! まだ戦える!?」
「え、ええ! 便利屋68はヘリの群れごときに負けないもの! って、その子大丈夫なのカヨコ?」
「正直、ダメかも。とりあえず、もうゲヘナも万魔殿もやめてるみたいだけど」
「……そう言ったじゃないすか」
拗ねるように呟く風紀委員。そのまま望遠鏡で状況を確認していた彼女は、あることに気付いた。
「……増援、今来てる1機が最後っぽいっすね。他が見当たらないっす」
「ってことは私たちの粘り勝ちか! よしっ!」
「あーっはっはっは! 流石私たちね! 正直もう勘弁して欲しいと思い始めてたけど!」
勝利を確信したアルたちの手に力が入る。
「ムツキー! ハルカー! あとちょっとだから、なんとか踏ん張ってー!」
「正直しんどいんだけどー! 終わったらアルちゃんご褒美ちょうだいねー!」
「あ、アル様のためならいくらでも、が、頑張れます!」
「当然特別手当は出すわー! 私は出来る社長なんだからー!」
「はぁ……」
気の抜けたやり取りにため息をつきながら、カヨコは少女をゆっくりと降ろした。
虚ろな少女の懐から、通知音がバイブレーションをともなって鳴る。
「……鳴ったよ、携帯」
「……?」
取り出し、ロック画面を眺める少女。通知欄にはモモトークの新着メッセージが表示されていた。
『【グループ:アネゴ団】【アネゴ】
アタシは無事だ!
お前らも無事なら返事してくれ!』
「……? だれ……」
書き溜めが尽きましたので、以降は不定期更新となります。