落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
夕焼けを背景に、最後のAB団戦闘ヘリが墜落する。
周囲のビルや地面には墜落したヘリたちが炎上しながら突き刺さり、辺り一面火の海となっていた。その惨状の中で、アルは立ち上がった。
「ふふん、これが便利屋の恐ろしさ、これが便利屋の強さよ! 思い知ったかしら!」
「……誰も聞いてないんじゃない?」
カヨコの呆れたような声は聞かなかったことにした。
「AB団……こんな規模の不良集団がいるなんて聞いてないぞ。委員長に報告しないと」
「っすねー。あー、報告書書きたくないっすー」
軽い口調とは裏腹に、横目で鋭く不良少女を睨む風紀委員。イオリはその様子に気付き、ため息をひとつこぼした。
「……便利屋の聴取はやっとくから、お前はそっち行ってこい」
「いいんすか?」
「まあ、あまり乱暴にするなよ」
風紀委員は頷くと、ゆっくりと不良少女の方へ歩いていった。彼女を見送ったイオリは、便利屋──主にアルを睨みつける。アルは戦闘が終わったことで倒れ込んだムツキとハルカの元へ駆け出していた。
「ちょっと2人とも大丈夫!?」
「も~無理~! 疲れた~! アルちゃんおぶって~!」
「え、えへへへ……あ、アル様、無事ですか?」
2人とも気絶こそしていないものの全身が傷だらけであり、立ち上がることも困難な様子であった。
「カヨコー! 来てちょうだい! ムツキたちがー!」
「……はぁ、わかった。今行く」
返事をしてから数秒、瓦礫を背もたれにして地面に座り込む不良少女を見つめたカヨコは、立ち上がり両手をポケットに突っ込んで静かにアルの元へ向かった。その際、風紀委員とすれ違った彼女は小さく呟く。
「これ以上は私たち、あの子を守る義理ないから。好きにしたら」
「……っす」
アルたちと合流したカヨコはムツキたちの負傷具合に顔をしかめ、ため息をつきながらムツキに肩を貸した。アルもハルカを立ち上がらせ、肩を貸していた。
「ずいぶん無茶をして……」
「ありがとーカヨコっち」
「ああああアル様の手をわずらわせるわけには!」
「頑張った社員をねぎらい、いたわるのも出来る社長の条件よ! これくらい問題ないわ!」
「よし、じゃあこっちに来い。応急手当くらいはしてやるから」
「……さて! カヨコ、ムツキは持ったわね?」
流れるようにアルはハルカを小脇に抱える。カヨコは何も聞いていなかったが、察してムツキをすっと小脇に抱えた。
「お、おい? 何してるんだ? まさか」
「今そっちのライフルに弾が入ってないことは確認済み、つまり……撤退するわよ!」
アルたちは全速力で駆け出した。
「おい!? 便利屋ぁっ!!!?」
「あはは、カヨコちゃん頑張れー」
「ごめんなさいごめんなさいお荷物でごめんなさい」
「待ておいこらーーーーっ!!!!!」
彼女たちの後を鬼の形相のイオリが追い始める。そんな喧騒を気にもとめず、風紀委員は不良少女と改めて相対した。
「……」
「……」
ゆっくりと、不良少女が顔を上げる。
「……きっと、会うつもりはありませんでした」
1歩ずつ、踏みしめるように風紀委員が近づく。
「退学の記憶を忘れていたように、私は今、記憶喪失なのだと思います」
うつむき、睨みつけてくるその顔を、不良少女は目を逸らさずに見つめる。
「……私は、誰なんでしょうか」
「知らないよ。そっちが勝手に出てったくせに」
「そう、ですね」
つま先が足裏に触れた。ほぼ真上から不良少女を見下ろし、風紀委員は表情を歪める。
「なんで出てったんだよ! なんで何も言わなかったんだよ! あんたのこと認めてたの、あたしの独りよがりだったのかよ! あんたは、あんたはあたしの……!」
崩れ落ち、少女の胸元に掴みかかる風紀委員。
「相棒になれると思ってたのに……!」
そのまま少女の胸に頭を押し付けた。血が付くこともかまわずに。少女はぎこちない動きで片腕を動かし、声を押し殺してすすり泣く
「……きっと、私は間違えました」
「うっ、うぅ……!」
「あの時、別れ際に言うべきだったのは謝罪ではなく……」
雨が降り始める。ヘリから地面へと燃え移った炎は徐々に収まっていき、気絶したAB団たちの体を容赦なく濡らしていく。
「……いつも守ってくれて、一緒に戦ってくれて、信頼してくれて……私を助けてくれて……ありがとう、ございました」
「……なんだよ、それ」
ざあざあと降りしきる雨の中で、2人はしばらく動かずにいた。その沈黙が、彼女たちにはどこか心地良かった。やがて風紀委員が立ち上がり、懐から折り畳み傘を取り出して広げる。
「……はぁー! ったく、あんたの今の扱いは不法滞在者なんだから、あたし捕まえないとじゃん。はい、手錠。懐かしいだろ」
「……うぅ、はい……」
2人の手首を手錠がガチャリと結ぶ。肩を貸して不良少女を立ち上がらせた風紀委員は、端末の時計を確認する。
「そろそろ風紀委員会の増援……って言っても、ほとんど回収部隊になっちゃうだろうけど、来る頃かな」
そう呟いた彼女の耳に、タイヤの走行音が聴こえた。音の方向を見ると、風紀委員会の装甲車両が数両近づいているのを確認できた。不良少女を支える腕にしっかり力を入れながら、彼女はゆっくりと道路沿いへと移動する。間もなくして、装甲車両たちが綺麗に整列しながら彼女たちの前で停車し、中から多数の風紀委員を伴った風紀委員の生徒が現れた。
「火宮チナツです。救援要請を受け、急行いたしました」
「お疲れ様っす! 同行していた銀鏡先輩は逃走した便利屋68の追撃により不在。戦闘はすでに完了しており、ここに転がっているのは全て敵対組織の者たちっす」
「了解です。応援到着まで持ちこたえていただき、ありがとうございました」
「ええ、本当に」
声が聞こえた瞬間風紀委員会所属の生徒たちの背筋が伸び、敬礼のポーズを一斉に取った。声の主は装甲車両からゆっくりと降り、チナツの前へと移動する。
「事前の戦力評価では生半可な相手ではなかったはずだけど、今回私の出番はなさそうね」
小柄な体躯に不釣り合いなほど巨大なヘイローと翼を持つその少女は、ゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナその人であった。
同時刻。
アビドス郊外の砂漠にて、半ば砂に埋もれたPMCの駐屯基地跡地があった。すでにカイザーPMCの正規部隊は全て引き上げ、放棄されて久しいその基地の一室で、バツ印のアビドス校章をヘルメットに貼り付けたチンピラ──AB団リーダーが苛立ちを隠さずに通信を行っていた。
「便利屋68へ復讐したいというのが君たちの要求だったよねぇ? それが、なにぃ? あれだけの人員と車両、そして多数の
『げ、ゲヘナの風紀委員がいるとは思わなかったんだよ! そいつがあんなに強いとも!』
「言い訳は聞きたくないねぇ。ゲヘナの風紀委員会にまで目をつけられるハメになるだろうし、はぁ、全く……」
頭を手で抑えながらパイプ椅子に座り込むリーダー。重々しく吐き出されたため息は通信機越しの団員にも聴こえ、彼女の口から小さな悲鳴が漏れる。
「……とりあえず出来るだけの人数と物資を持って帰還してねぇ。捕縛されてしまった仲間がいたら……見捨てていいよぉ」
『わ、わかったっ!!』
通信を切ったリーダーは鉄製の薄汚れたテーブルに通信機を乱雑に投げる。再度大きなため息をつき、自身の携帯端末を取り出した。
「アビドス襲撃の1手も失敗したし、詰めの段階になってこんなに不運が重なるとはねぇ……プランB、Cを並行するしかないかもねぇ」
連絡先を確認した彼女は通話を開始する。
「もしもしぃ? 私だよぉ。うんうん。時間稼ぎ、よろしくねぇ」
『これは……!? 皆さん、急いでください! 学校に不明勢力が近づいて──』
ドローンから光が失われ、制御を失って墜落する。
「アヤネちゃん!?」
すんでのところでドローンをキャッチするセリカ。アネゴとノノミの表情が引き締まる。
「のんびり散歩出来る雰囲気じゃなくなっちまったな」
「そうですね、ここからは走るしかなさそうです」
ノノミが先導し、その後ろをアネゴとセリカがついていく。
「今日って自由登校日だよね!? 学校にはアヤネちゃん以外誰がいるの!?」
「シロコちゃんはサイクリングの最中でしょうから、ホシノ先輩がいるかと……」
「ちゃ、ちゃんと先輩起きるよね!? もし襲撃とかされたら……」
手元のドローンを見つめながらセリカは表情を暗くする。その背中をアネゴはバシッと片手で叩きつけた。
「いぃっ!?」
「しっかりしろセリカァ! お前らアビドスはよくわからん連中にやられるほどしょーもねェ学校じゃねェだろ!」
「わ、わかってるわよそんなこと! てかあんたに言われるまでもないからっ!」
アネゴを睨みつけた後、前を向いてしっかり走り始めるセリカ。
「もうすぐです、そろそろ学校が見えてくるはず……!?」
住宅街を抜け、アビドス高校の校舎がアネゴたちの視界に入る。同時に、校舎の近くで黒煙がいくつもあがっていた。銃撃戦の戦闘音も聞こえてくる。
「敵じゃん、襲撃じゃん! もっと早く走らないと!」
「……いや、焦る必要はないんじゃねェか」
「はあ?」
若干青い顔のアネゴがトーンを落として呟く。それに苛つきながらもセリカは速度を早めようと一生懸命足を動かす。その直後、彼女の真横を何かが地面をバウンドして吹っ飛んでいった。
「へ?」
そのまま地面をごろごろと転がっていったのは、ヘルメットを被った日雇いバイト傭兵のようだった。気絶しているようでヘイローは現れていない。
「へ……?」
「うおォ……」
「あら、流石に寝過ごしはしなかったみたいですね☆」
ノノミの声に喜色が混じる。そうしているうちに校門前へとアネゴたちはたどり着く。そこでは大量のバイト傭兵たちがアビドス高校へ攻勢をかけようとして──
「うへ、ノノミちゃんたち遅いよ~。おじさん、ちょっとはりきり過ぎて疲れちゃった」
盾を持ったピンク髪の少女──小鳥遊ホシノに蹴散らされていた。