落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
ゲヘナ最端の廃墟街は夕日に照らされ、無機質な無常感を演出している。だがその侘び寂びを便利屋68は感じる暇も無く、イオリからの逃走劇を続けていた。
「いつまで追ってくるのよーーーー!!?」
「お前らが逃げるんだから追うしかないだろうがーーー!!!」
土煙を上げて駆け回るアルたち。カヨコに抱えられているムツキはちゃっかり携帯端末を取り出し、揺れながらも素早く操作してマップアプリを立ち上げた。
「お、そろそろアビドス自治区に入るよー。そしたら風紀委員会は手出し出来ないよね? くふっ」
「あっははは! このまま逃げ切ってやるわ!!」
「こいつら……! 絶対追いついてやる!!」
ラストスパートとばかりに全力を出すアルたちと、執念でそれに追いすがるイオリ。度重なる戦闘と過労により両者は身体的にボロボロだったが、意地だけで足を動かしていた。
「あと少し、あと少し、あと少し!」
「逃がすか逃がすか逃がすか……!」
「10m、9、8、7、6……」
ムツキのカウントダウンが進み、アルと彼女に抱えられたハルカがアビドス自治区に足を踏み入れようとした、その瞬間。大地が大きく振動し、全員が足をもつれさせて倒れてしまった。
「ぎゃあ!? な、何……!?」
「地鳴り……? どこかで爆発でも……」
ムツキを庇いながら倒れたカヨコが座り込み、辺りを見渡し……
「……社長、アビドスやばいかも」
「へ? それってどういう意、味……」
「はぁ、はぁ、今のもお前らの仕業、か……?」
廃墟街を抜けた先の砂漠地帯。そこで多数の戦闘車両やヘリに囲まれている
「……な、なな、何よあれーーーー!?!?」
ビルの何倍もの大きさがある超巨大な
揺れる装甲車の車内。最低限の風紀委員、救急医学部の者たち、そして静かに目を閉じて微動だにしないヒナ。不良少女と共に簡易ベッドに叩き込まれた風紀委員の少女は、予想もしなかった相手との遭遇に気が気でなかった。
「…………」
(き、気まずい……!)
ヒナの座っている乗員席は簡易ベッドの真横であり、身じろぎすら許されないような感覚にすら陥りかけるほどのプレッシャーを風紀委員は受けていた。
「ふう、やっと処置完了。いやー、部長が見たら喜びそうなくらいボロボロだったね」
「どうも、ありがとうございます」
風紀委員長とは逆の位置では、不良少女が救急医学部に手当を受けていた。彼女もヒナの存在を気にしていないわけではなかったが、それよりも自分のことの方が重要だった。
(……便利屋の社長が啖呵を切った時に感じた既視感。いままで思い出した記憶の中には無い、不思議な頼りがい。今の私は、きっとそこに……)
車体の揺れる音が頭に響く。アルの姿が誰かと重なった。だが、それが誰かが思い出せない。不良少女は天井をぼうっと見つめる。
「……あなたは、誰」
こぼれた呟きは誰にも聞かれること無く振動音にかき消される。静かで、緊張感ある車内で無駄話は誰もしなかった。だが、その静寂を端末の呼び出し音が唐突に破る。
「私ね」
懐から携帯端末を取り出したヒナは、相手の名を確認すると通話をホログラム・スピーカーモードにして開始した。車内に映し出されたのは特徴的な服装をした青髪の行政官、天雨アコだった。
『委員長、お疲れ様です。便利屋を追っていたイオリからの報告で、少々お耳に入れていただきたいことが』
「ええ、お願い。そちらへ戻るのはまだ時間がかかりそうだから」
『はい。どうも彼女はアビドスとの境界線まで便利屋を追ったようなのですが、そこでこのようなものを発見しまして』
アコがホログラム上に映像を呼び出す。それはイオリが携帯端末で撮影した蛇の怪物が暴れる様子だった。
「これは……」
多数の兵器に囲まれながらも、それらをなぎ倒して砂漠を縦横無尽に這い回る怪物。怪物に立ち向かっている兵器や車両は型落ち品ではあるが、数はそれなりのものであり、たとえカイザーが最新兵器を持ち出したとしてもここまで一方的にはならないだろう。だが、怪物は攻撃を嫌がりはすれど、傷らしい傷は動画内では見受けられなかった。
『アビドス自治区内での戦闘であることから、イオリからの情報提供はこれ以上は望めませんが……この兵器の矛先がゲヘナへ向かわないとも限りません』
「……あなたの考えはわかったわ、アコ。だけど、これは」
その瞬間、装甲車を閃光が
『委員長!? ヒナ委員長、無事ですか!?』
「これくらい平気よ。それより救護班の派遣を。それと……」
ヒナの目前にあった廃ビルが斜めに崩れ落ちる。轟音と共に砂埃を立てて崩壊したビルの向こうの砂漠に、それは橙に輝くヘイローを伴って現れた。白亜の巨体が首をもたげ、大きく開かれたアギトからは放熱しきれていない赤熱した砲門が覗く。2対の瞳がぎょろりとヒナを捉えた。
「シャーレに救援要請を」
周囲のヘリや戦闘車両を完全に無視し、巨大な蛇の怪物……否、デカグラマトン
「プラン
「リーダー! コードネームABの整備完了しました、いつでも出せます!」
角がへこんだ通信機をそっと鉄のテーブルに置き、AB団のリーダーはパイプ椅子から立ち上がった。
「うん、うん。プランCがようやく進められるねぇ。Bは半ば博打のようなものだし、やはり私が前に出ないとねぇ」
「あんなものがあるなんて知りませんでした! 我らAB団の理想が形になったようで……感動しました!」
興奮気味に話しかけるAB団員を無視し、リーダーはそっとヘルメットのアビドス校章ステッカーに手を置いて被り直した。
「アビドス高校は必ず破壊する。あれは、あんなものは必ず……」
ぱさり、と何かがリーダーの服から落ちる。それに気付いたAB団員はさっと拾い上げた。
「何か落としましたよ。……え、この学生証」
「おっと、不注意だったねぇ」
AB団員は一瞬で押し倒され、額にアサルトライフルの銃口を押し付けられる。
「どういう、ことで……」
リーダーは容赦なくトリガーを引き、団員の意識を奪った。そして彼女の手に握られた学生証を奪い取り、乱暴にポケットに突っ込む。
「……どうもこうも、アビドスは破壊するべきなんだ。これは絶対なんだよぉ」
ポケットの中で学生証を握りつぶす。そこに記された校章は、ヘルメットに貼られたステッカーと同じものだった。
夕日を背にして、シロコはロードバイクの傍らで今日のサイクリングを振り返っていた。直線での全力疾走。通学路のコーナリング。中央銀行から繋がる逃走路のチェック。どれも彼女の心を大きく満たし、充実した1日を過ごせたと断言できる爽快感を与えていた。
「……後は帰るだけ」
「あっ、誰かいるの!? ねえ、誰か~!」
「……?」
振り返り、声の方を見る。そこには廃墟が立ち並ぶばかりで、声の主の姿は見えない。
「こっちこっち! こっちだよ~!」
「……」
怪しさを感じながらも、シロコは声の方へと向かっていった。
「ねえキミ、ウチを助けて~! ずっとずうっとハマってて抜け出せないんだよ~!」
少女が廃墟の壁から生えている光景だった。
「……どういう状況?」
「え、えへへ、砂嵐に吹き飛ばされたら壁に埋まっちゃって」
「えぇ……何が何だか……」
シロコは少女を軽く観察し、少なくとも有名所の学校の生徒ではなさそうなことを確認した。少女の体は胴の半分くらいまで外に出ているが、気をつけの姿勢で突き抜けているため、腕を使っての脱出は無理そうであることが分かった。それに、彼女の顔はどこかで見たような気もする。
「えっと……怪しいのはわかるよ。で、でも助けて欲しいのも本当なんだ。壁に埋まったままアビドスで夜を過ごすのって、あんまりオススメできないよね?」
「それはどこでもそうだと思うけど」
「だよねぇ……うう、せめて手が使えればなんとでも出来たんだけど……」
「……あ」
シロコは少女の顔を思い出した。昼頃にサイクリング中に見かけた不良集団の1人だ。
「あの時の不良」
「え、ウチってキミと初対面だよね?」
「ん。でも昼間に遠くから見かけた」
「そ、そうなの? なんか恥ずかしいな……」
えへー、とにやける少女──チビに、いまいち不良らしさが見えず困惑するシロコ。
(……まあ、歯向かってきたら倒せばいいか)
一旦銃をスリングで肩から掛け、シロコは少女の元へ近づいた。
「あ、助けてくれるの? ありがとう! 優しいねぇキミ」
「とりあえず、引っ張る」
「お願いするよ~! あっ優しく掴んで痛い痛いすごい痛いよこれ」
チビの胴をむんずと掴み、シロコは全体重を後ろに回して引っ張る。
「ん……!」
「おおっ、壁がミシミシ言ってる! 頑張って頑張って! あれ、ミシミシ言ってるのウチの体じゃないよね?」
「ん、ん……んっ!」
「あっ、壊れる! 壁かウチか、どっちかが壊れる! うわああああ!?」
チビが埋まっていた壁が崩壊し、すっぽ抜けた彼女ごとシロコが後ろに倒れ込む。
「あいたたた……わ、自由だぁ! ありがとう優しい人!」
「別に、優しいってわけじゃ……」
ぴょんぴょん跳ねるチビから目を逸しながら立ち上がるシロコ。お礼を言いながらも、チビは少し困った表情をした。
「何かお礼したいけど、ウチって流れの不良だから大したものが渡せないんだよねぇ。荷物は一緒に飛ばされてきてたの確認したから、小銭くらいはあげられると思うけど……」
「気にしなくていい。ただの気まぐれだし」
「えへ、本当に優しいねキミ。で、でも遠慮しないで! 義理を通さないと不良らしくないってアネゴに怒られちゃうから!」
「えぇ……? 不良なのに……?」
シロコも困惑し、困り顔の少女が2人になってしまった。その時、シロコの携帯端末に通知が入る。
「ん? ……わかった。どうしてもと言うなら、私に付き合って」
「いいよ! ……えっ? 付き合う?」
「ん」
シロコの端末に送られてきたのは、セリカからの
「前哨基地を襲う」
銃を背負い直したシロコは、静かな怒りに燃えていた。