落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
『先生、今回のビナーの反応がセントラルネットワークに引っかからなかった理由がわかりました!』
先生の持つ端末、シッテムの箱の画面に映る少女──アロナが真剣な表情で先生に語りかける。
『あれは完全には起動しておらず、ほぼ
"ありがとう、アロナ"
"ほぼ休眠状態でこれかあ"
先生は周囲を見渡す。溶断された廃ビル群に、ミサイルによって作られた大小さまざまなクレーター。ゲヘナもアビドスも関係なく、ビナーが暴れた後の被害は甚大だった。
『生徒さんたちの協力で少しずつ反応は弱まってはいますが……』
「よォシャーレ。助太刀に来たぜ」
「……どうも」
先生の背後に現れたのはアネゴと、彼女に肩を借りているノッポだった。先生は端末を抱えたまま顔だけ向けて彼女たちを迎える。
「あ、パンデモちゃんやっほー!」
「……なんでここに便利屋がいるの」
先生の隣には敷かれた布の上で寝かせられているムツキとハルカがいた。明るく呼びかけてきたムツキにノッポは渋面を作る。
「あれ、なんか雰囲気変わった?」
「とりあえず、名前はパンデモちゃんじゃなくてノッポでよろしく」
「……くふっ、今のパンデモちゃんも面白いかも」
「いや、だから……」
"良かった、仲間に会えたんだね"
"君は初めましてだよね。シャーレの……"
「……先生、でしょ。アネゴから聞いてる。私はノッポ。アネゴが"先生"って呼ぶ気ないみたいだから、私もあんたのことはシャーレって呼ぶね」
"う、うん……"
先生は少し肩を落とすが、気を取り直して2人に向き合う。アネゴは不敵な笑みを浮かべたまま先生を見上げた。
「ノッポはここに置いてく。テメェの側ってのが癪だが、ここが一番見晴らしが良いらしいしな」
"うん、わかった"
"よろしくね"
「別に、よろしくはしない。私はアネゴのサポートをするだけ」
ノッポをゆっくりと地面に降ろしたアネゴは、スナイパーライフルを手に握らせる。2人は頷きあい、アネゴはビナーへ向けて駆け出し、ノッポはスナイパーライフルを構えてスコープを覗き込んだ。
「見てなアビドス、見てなゲヘナ! アネゴ団はここにありと見せつけてやるぜッ!」
首から下げられたシャーレの部員証が車体の振動で忙しなく揺れる。砲手として砲弾を撃ち込んだシロコは首元を抑え、チビは未だ健在のビナーをクルセイダーの搭乗口から見上げた。
「効いてないみたい……」
「2ポンド砲でも効き目が無いなんて……」
シロコがこの場にいるのは、アビドス側からの援軍としてシャーレ部員の名目で先生についてきたからである。他の対策委員会の面々はAB団襲撃に備えてアビドス高校に残り、アヤネだけシロコ、ひいてはクルセイダーの通信サポートに入っていた。
首をもたげてクルセイダーを睨みつけるビナー。砲撃を食らった装甲には傷一つない。2対の瞳がまばゆく光り、大きくアギトを開いたビナーは口内にエネルギーを収束させはじめる。
『高エネルギー反応感知! 危険です!』
「見るからにやばいよっ!」
「ヒフミ、もっと速度を出して」
「もうやってますよぉっ!」
ビナーの斜線から逃れようと右へ左へとクルセイダーが爆走する。しかし、それを見越したかのようにビナーが背部ハッチからミサイルが発射、周囲の廃ビルを倒壊させ逃げ道を塞いでしまう。
『シロコ先輩! ヒフミさん! チビさん!』
「くっ……!」
光が迸り、エネルギー収束が完了しようとしたその瞬間、ビナーの横っ面が連続で大爆発を起こした。
《……!?》
「前ばかり見ちゃって、狙いやすいったらないわね!」
「今日だけでこいつらと2回も共闘することになるなんてな!」
瓦礫に隠れていたアルとイオリの援護射撃がビナーの射線をわずかに逸らす。クルセイダーの横をビルをも溶かす高熱ビームが掠っていき、チビは慌てて中に引っ込んだ。
「セーフ……! はやく距離を取ろう!」
「……いや、これはチャンス」
ミサイルドローンを持ち出したシロコがチビを押しやり搭乗口から飛び出す。
「シロコちゃん!?」
「外装はどうやっても傷つかない。なら……!」
ビームを吐き終えた直後の、冷却もままならない様子のビナーの口内。そこに狙いをつけたシロコはドローンを飛ばし、口内めがけてありったけのミサイルを撃ち出した。
《……!!》
口から煙を吹きながら大きくのけぞるビナー。ドローンを手元に戻したシロコが戻ったクルセイダーはすぐにビルの残骸たちから抜け出した。
「ようやくダメージを与えられる場所を見つけた。先生、あいつは口の中が弱点」
『"こっちでも確認しているよ。よく見つけてくれたね"』
『き、危険すぎます! 狙うタイミングを考えるとおいそれとは……対象背部よりミサイル反応多数! ヒフミさん回避してください!』
煙を口元から吹き出しながらも体勢を立て直したビナーがクルセイダーを睨む。怒りに燃える四ツ眼が輝き、背部ハッチから無数のミサイルが射出された。
「うわわわ、怒ってるよこれ絶対ぃーーーー!」
「うぅ、クルセイダーちゃんをあまり傷つけたくはないのですが……!」
シロコと入れ替わりで搭乗口から顔を出したチビが絶叫する。履帯を痛めながらも限界以上に回転させて逃げ惑うクルセイダー。
『ダメです! 振り切れていません!』
「こうなったら、どこまで効果あるかわからないけど……! 錯乱ちゃんはまだ試作段階なんだけどなぁ!」
左右に揺られながらもグレネードランチャーを取り出したチビは、ミサイルの大群に向かって特殊弾『錯乱ちゃん』を撃ち出す。空中で炸裂した『錯乱ちゃん』は球状の電磁フィールドを展開し、同時にキラキラと光を反射する金属粒子の雲を作り出した。そこに突っ込んでいったミサイルたちは制御を失ってあらぬ方向へと飛んでいったが、それでもまだクルセイダーを追うミサイルは多く存在していた。
「減らした! けど、まだいっぱい来てる!」
『逃走ルート構築完了、お待たせしました! ヒフミさん、私の指示に従ってミサイルから……』
アヤネからの通信が入った直後、クルセイダーの前方から黒紫の弾幕が迫る。それはヒフミたちの頭上を超えていき、クルセイダーを追っていた全てのミサイルを撃ち落とした。
「もう逃げる必要は無い。補給が間に合ってよかった」
弾幕の正体は、崩れかけの廃ビルの屋上に凛と立ち、
廃ビルから飛び降りたヒナはクルセイダーの横に並び、ビナーを見上げ睨みつける。
「先生、そしてシャーレ。改めて救援感謝するわ」
『"こちらこそ、遅くなってごめんね"』
ビナーの巨体が廃墟をなぎ倒しながら迫る。ミサイルからの逃避行でかなり距離を離していたが、すぐに互いの射程範囲内へと収まっていく。
『先ほど共有いただいた弱点情報を元に、先生とアヤネさんと協議し立案した作戦を全員の端末に送信しました。確認次第行動お願いします』
アコからの簡易的な作戦指示が各自の端末へ届く。内容は『クルセイダーとヒナの両面作戦でビナーを撹乱し、ビーム砲を誘発。その隙に狙われていない方が攻撃を行う』というシンプルなものだった。
「どちらも本命で、どちらも囮ってこと?」
「わかりやすくていい」
『"弱点は分かった"』
『"みんなの準備も整った"』
『"ここからだよ。私たちの反撃は"』
操縦桿を握るヒフミの手に力が入る。砲手席に座り直したシロコが小さく頷く。砲弾を装填し直していたチビが大きく頷く。ビナーを睨みつけるヒナの双眼がさらに鋭くなる。遮蔽物に隠れながらアルは余裕の笑みを浮かべ、イオリは頼もしくも獰猛な笑みを浮かべる。アヤネとアコは真剣な表情でモニターを見つめ、頷いた。
『"みんなのことを信じている"』
『"だから、全員で怪我なく勝とう!"』
「ん、目に物見せる」
「……そういえばアネゴはどこだろ? さっきから応答が無いけど……」
『……あれ? 高速で移動する小さな……車両?』
通信越しのアヤネの困惑した声色に、全員がはてなを浮かべる。だがその疑問はすぐに解消された。自分たちとビナーの間を滑空する謎のバイクという形で。
「イィヤッハアアアアッ!! こいつァ最高の暴れウマだぜェッ!!!」
「待って待って待って降ろしてとは言わないからせめて無茶はやめて!!」
ビナーを含めた全員の視線が滑空するバイクに注がれる。ゲヘナらしい無秩序で刺激的なフォルムと排気音を轟かすそのバイクには、有頂天でハイテンションに操縦するアネゴと、その後ろで青い顔をしながら必死にしがみついているカヨコの2人が乗っていた。
「カヨコー!?」
社員の惨状に絶句しているアルをよそに、バイクはバウンドしながら着地し、ビナーへ向かって頭を向けながらエンジンを吹かした。
「囮ッてんならアタシたちに任せな! お前らは全員本命だ!」
『"バイクとはいえ、君たちだけだと危険だよ!?"』
「だからだろォが! 危険も危機も乗り越えてこそ不良だッ!」
「うぅ……安請け合いするんじゃなかった……」
「ヘッ、アンタの
『それはいいけど……なんでアネゴが便利屋連中の能力に詳しいの? 戻ったら詳しく聞かせてもらうよ』
「……よォし、準備はいいかお前らッ!」
『あ、誤魔化した』
エンジン音をブゥンと吹かせながら、アネゴたちを乗せたバイクは砂埃を舞い上げてビナーへと爆走していった。
「い、行っちゃいました」
「何ぼーっとしてるのヒフミちゃん! アネゴに続くんだよっ!」
「……そうね。囮が3つになっただけ。こちらも動かないと」
「ゲヘナの風紀委員長の言う通り。ヒフミ、お願い」
「わっ、わかってますよ! クルセイダーちゃん、前進です!」
旋回し、ビナーの方へ向き直り走り出すクルセイダー。瓦礫や廃ビルの上を跳躍してビナーの元へと向かうヒナ。
《!!!!》
バイクを含めた3つの敵を認識したビナーは自らの威容を示すように大きく咆哮し、エネルギーラインに迸る橙色の光を強く輝かせたのだった。