落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
布団からゆっくり立ち上がり、音を立てないように扉を開閉して外へ出るアネゴ。1階に降りた彼女は正面玄関を通り、校庭を視界に収めながら柱に背を預けた。砂舞うアビドスの夜風が彼女の髪を撫でる。その涼しさを感じながら、アネゴは空を見上げて目を閉じた。
(……アタシを思い出した場所にアネゴ団として戻ってきたんだ。あの頃よりは、デカくなれたよな……)
「や、アネゴちゃん。夜の散歩?」
「うげ、ピンク頭」
渋面で振り返るアネゴ。声をかけてきたホシノはいつも通りのにへらとしただらしない表情を浮かべていた。
「アタシが何してよォが関係ねェだろ」
「そだね~。まあ、おじさんとしてはあんまりうろついてほしくないんだけどさ」
アネゴの隣に来たホシノは地面に腰を下ろす。少し見下ろしてから、アネゴも座り込んだ。
「……ねえ、アビドスを襲撃して私にぶっ飛ばされてさ。それで見たいものは見れたの?」
「オイ勘弁してくれ、その話掘り返すのかよ……」
天を仰いだアネゴがうんざりした声色でホシノに応える。
「結局なんでセリカちゃんが感謝されてるのか話してくれなかったからね〜。こっちだけでも聞いちゃおうと思って」
「アイツが話さねェと決めたモン話すわけにもいかねェだろ。でも、そうだな」
アネゴは星空を見上げ、そしてアビドスの校舎を見つめた。
「アタシはセリカのおかげで不良として立ち上がれた。そして、アンタたちの覚悟を間近で感じたおかげで不良として進む決意が固まった。アネゴ団になる前のアタシは、たしかにアンタたちに支えられてたんだよ。見てェモンは見せてもらったさ」
「……そっか」
呟いたホシノは立ち上がり、大きく伸びをする。
「うへ、早めに教室戻りなよ。敵と間違えて撃っちゃうかもだからね〜」
「そんときャリベンジマッチだ」
「血の気が多いな〜。じゃあね」
校舎に戻っていくホシノを見送り、再び夜空を眺めるアネゴ。明かりの少ないアビドスの空は、アネゴが見た星空の中でもっとも綺麗な夜空だった。
「チビが喜びそうだなァ」
「……アネゴ?」
「ん? ノッポか。お前も眠れねェのか?」
「まあ、そんなところ」
アネゴの隣に腰掛けたノッポは一緒になって夜空を眺める。
「……昼間、便利屋とやりあったよ。一瞬でやられたけど」
「ハァ!? マジかよお前、度胸あるなァ」
「その時記憶喪失だったから、度胸とはちょっと違うけど……でもそれがきっかけで色々と思い返してさ」
「おう」
夜空を眺め、互いに視線を交わさない2人。それでもこの場に流れる空気は穏やかで、優しいものだった。
「……私ね、ずっと私が嫌いだった。意気地なしで、何も出来なくて、ただ大きいだけの木偶の坊」
「……」
「そんな私を助けてくれた子がいた。拾ってくれた組織があった。そして……アネゴたちが救ってくれた」
両脚に腕を回し、ぎゅっと抱きしめるノッポ。
「今でも自分のことはあんまり好きじゃない。アネゴたちのことをちゃんと見れてるか……わからないから」
「ノッポ」
前を向きながらアネゴが立ち上がる。ノッポはそんな彼女を見上げる。
「自分を好きになれとは言わねェ。そいつはお前の気持ちの問題だ。だがな」
「アネゴ……?」
「ブラックマーケットでズタボロになってたお前を拾ったこと、アタシは後悔したことなんざ1度もねェぜ。そいつは覚えときな」
あくびをしながらアネゴは校舎に向かって踵を返す。
「ふァ~あ、いい感じに寝れそうだぜ。お前もちゃんと布団に戻れよ」
「うん、おやすみアネゴ」
「おゥ」
手を挙げて応えたアネゴを見送り、ノッポは腕の力を弱めて足を投げ出した。
「……ずるいじゃん、アネゴはさ」
ノッポの脳裏に浮かんでいたのは、アネゴたちと初めて出会ったときの思い出だった。ゲヘナを飛び出した彼女が無我夢中で走る内にブラックマーケットへ飛び込み、そして不良たちに絡まれてボロ雑巾のように打ち捨てられた記憶。その後に差し伸ばされた手と、頼もしい背中。
「……」
懐から拳銃を取り出したノッポは、両手でそれを抱えて膝の上で眺めた。
(進みたい……でも、結局それも、アネゴたちを……)
不意に足音が聞こえ、慌てて彼女は拳銃をしまう。音に振り返ってみると、そこには全身が包帯まみれの風紀委員の少女と、彼女を支えるチナツが立っていた。
「はぁ、はぁ……ちょっと寝たからマシになったと思ったんすけどね……」
「あまり無理はしないでください。本来はこうして出歩くのも厳禁なんですから……」
「……え、何してるのあんた」
思わずノッポは立ち上がり、少女たちに駆け寄る。
「へへ、すっかり言葉遣いも不良に染まりやがって……火宮さん、もういいっす。帰りはこいつに運んでもらうんで」
「は? ちょ、ちょっと」
「分かりました。2人とも、あまり遅くならないように」
風紀委員を壁沿いに立たせ、目礼してからチナツは戻っていった。残された風紀委員の少女は体を庇いながら壁を背もたれにし、ノッポに目を合わせてにっと笑いかけた。
「あんたが出てくのが見えたから追っかけたら、そっちのリーダーとすれ違ってさ。あんたがここにいるって教えてもらったよ」
「アネゴ何やってんの……」
手を額に当ててため息をつくノッポ。そのまま半目で風紀委員を睨みつける。
「で、何の用」
「……いや、実を言うと大した用があって来たわけじゃないんだ」
「はあ?」
「あんたはもう、ゲヘナを出て行った先の居場所を見つけてるみたいだし、記憶がなかった時とはいえ、あんたとあたしは過去のことを充分話し合ったし。……けど」
気まずそうに目を逸らす風紀委員。
「やっぱ、そっちの口から直接聞きたいなって……今、あんたが何やってんのか」
「何それ、面倒なストーカー?」
「違うわっ! ったく、本当に口悪くなったなあ」
「まあ、不良だからね」
どちらともなく小さな笑いが溢れる。それにつられてもう片方も笑みをこぼした。
「今の私はノッポ。アネゴ団のしたっぱ、それだけだよ」
「ノッポ、ねぇ。確かにあんたでかいもんな」
ノッポの顔を見上げながら、風紀委員は穏やかな表情を浮かべた。
「……ゲヘナの片隅で震えてた奴が、随分大きくなったもんだよ。あの時助けた時は、まさか退学なんてするとは思わなかったけどさ」
「え……!? まさか、最初の、覚えて……」
「やっぱ1個だけ聞かせて。なんで風紀委員会じゃなくて、万魔殿を選んだの?」
「そ、それは……」
風紀委員の眼差しを正面から受け止めたノッポはうろたえ、目を左右に泳がせた。そして観念したかのようにため息をつき、少し顔を赤くしながら呟いた。
「……せ、生徒会なら、戦わなくてもゲヘナのために働けるかなって……」
「えぇ? なにその理由」
「だ、だって戦ったら痛いし、傷つくし、傷つけちゃうし、痛そうだし、そういうの嫌だから……頑張って狙撃銃覚えたのも、1発で気絶させられれば痛くないかなって……」
もじもじとしながらごにょごにょと言い訳を並べるノッポ。初めはぽかんとしていた風紀委員だったが、聞いているうちに笑いが込み上がりはじめた。
「そ、そんな理由であそこに!? しかもスナイパーの理由がそれって、く、くくく、あははははっ!」
「わっ笑わないで! 自分でも情けないって思ってるんだから……!」
「あは、あははっ! ああ、それで
「言えるわけ無いでしょ!」
「それもそっか、あはははっ!」
風紀委員の大爆笑が止んでもなお、ノッポの顔は真っ赤に染まっていた。
「はー、笑った笑った。うん、すっきりした。やっぱ追いかけて良かった」
「私は全然良くない……」
「そう拗ねないでよ。帰りはあんたに助けてもらわないと階段も上れないんだからさ」
「はぁ……」
重いため息を吐き出して、ノッポは風紀委員に肩を貸す。そのまま2人は校舎にゆっくりと戻っていく。
「……ねえ」
「なに?」
「……本当はお礼、言いたかった。合同任務の顔合わせの時、あんな憎まれ口じゃなくて」
「……」
「あの時、助けてくれてありがとうって。あんたのお陰で踏み出す勇気が出たって」
階段を1歩ずつ慎重に上る。風紀委員はノッポの言葉を静かに聞いていた。
「それと……やっぱ、あんたとの別れの言葉は、『ごめん』かも」
「…………バカ真面目め」
「……うん、ごめん」
階段を上りきった2人の間に会話は無かった。そのまま彼女たちは寝室となった教室へ、静かに向かっていった。
アビドス砂漠に遺されたPMC基地跡地。その一角が轟音とともに消し飛ぶ。
「各部異常無し。素晴らしいねぇ! 試運転でこれなら……」
『リーダー、プランB失敗だそうです! やはり無理やり叩き起こしたのがよくなかったのかと』
「報告ご苦労。まぁゲヘナに逸れた時点でそっちに期待はしてなかったよぉ」
雲の切れ間から月光が差し込み、基地の残骸を吹き飛ばした下手人が露わになる。
「ようやく終わらせられる」
それは歪で、異形で、違法の塊である鋼の怪物だった。
「ようやく……!」
AB団リーダーが地面に飛び降り、振り返る。2脚4腕の怪物を見つめる彼女の目には、深い憎悪と狂気が入り乱れていた。