落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
「アネゴ団? 腑抜けた名前だ、取るに足らないね」
首領は眉をひそめて吐き捨てた。そして指をぱちんと鳴らし、合図をする。配下の生徒たちがアネゴたちに向けて一斉に銃を構え、トリガーに指をかけた。彼女たちの顔は生気が薄く、望んでやっている訳では無いことは明らかであった。
「なぁにがアネゴ団だ! お前らは今日からセーラーアネゴ団にしてやる!」
「いいやブレザーアネゴ団だ!」
「どっちもうるせぇ! あたしの獲物に手ぇ出すんじゃねぇ!」
天井に空いた穴からは傷だらけの不良たちがなだれ込んでくる。セーラー服やブレザー服の不良が入り乱れ、互いにどつきあいながらもアネゴたちに向かって押し寄せつつある。檻の向こうには無数の銃口、檻の中には無数の不良。アネゴたちの叫んだ啖呵は何一つ状況を良くはしなかった。だがそれでも、彼女たちは身体の内から溢れ出す気力を感じていた。
「アネゴ、今日の相手はあの大人?」
「ああ、最高に気に食わねェ野郎だ」
ノッポがふんぞり返る首領を指差す。アネゴは大きく頷き、目を細める。
「だったらウチがこの檻吹っ飛ばすね!」
「なら、私はチンピラたちを抑えてる」
グレネードランチャーに弾を込めるチビと、頼もしい背中を見せるノッポ。彼女たちの不良らしい根性の入った言葉を聞いたアネゴは、小さく笑って拳を握り直した。
「フッ……お前らがいれば、怖いモンは何もねェな」
不安も恐怖も無い、あるのはただただ意地を張るための気合だけ。しかし、彼女にとってはそれだけで良かった。
「さあ、あの不良共を一掃してくれ」
「いくよアネゴ! 炸裂ちゃん発射~!」
首領の指示により銃弾の嵐が吹き荒れる直前、チビの放った『炸裂ちゃん』が鉄格子の根本に直撃して大爆発を起こす。床のコンクリートごと鉄格子を粉々に吹き飛ばし、広がる爆煙によって生徒たちは前後不明になり攻撃出来なくなってしまう。
「派手な爆発に怯むな! セーラー愛を見せつけろ!」
「ブレザー魂はこんなものでは止められない!」
「ぶっ倒してやる! デカ女ぁっ!」
爆煙立ち込めてもなお押し寄せる不良の群れに、拳銃と体術だけでノッポは対峙した。正確な射撃により先頭の数人をヘッドショットで気絶させ、それにまごついた後続を体格を活かした回し蹴りで一掃。一回転して地に足をつけたノッポはその勢いのまま手近な不良の手を掴み、ハンマー投げの要領で振り回して周囲の不良たちをなぎ倒していく。
「行ってアネゴ! こんな奴らに私は負けないから!」
「ああッ!」
爆煙の中を突っ切り、傷だらけの体を押してアネゴは走る。爆散して砕け散った鉄格子の破片を踏み荒らし、煙の中で右往左往する生徒たちをかき分けて、ついに彼女は首領の元までたどり着く。
「ぐっ、何をしているんだ! 早くこいつを始末しろ!」
「始末されんのはテメェだパァァァンチッ!!!」
「がはあっ!?!?」
首領の顔を拳で撃ち抜き、そのままアネゴは倒れ込む。ぶん殴られた首領はコンクリートの壁に叩きつけられ、その手から端末が滑り落ちて画面にヒビが入った。
「ハァ、ハァ、やっとぶん殴れたぜ、ヘヘッ……」
「ぐ、ぐうぅぅ……! ふ、不良ごときが、この私を……!」
頭を抑えながら首領が立ち上がり、端末を拾い上げる。憎悪のこもった目でアネゴを睨みつける彼は、端末を乱雑に操作してほくそ笑んだ。
「もう許しはしない! アネゴ団とやらは今日ここで死んでもらおう! 来い、マーケットガード候補たち!」
首領の叫びに呼応するように、地下室に複数の足音が駆け込んでくる。それは重武装で着込んだ不良やチンピラの集団であった。
「彼女たちは新生ブラックマーケットの秩序を担う予定の選りすぐりたちだ。もはや君に勝ち目はないよ」
「勝ち目のアリナシなんざ、考えたこともねェよ……!」
這いつくばり、アネゴは首領たちを見上げる。闘志は未だ尽きていないが、身体に限界が来ていた。足が、腕が、全身が思うように動かない。マーケットガード候補たちと生徒たちがアネゴに銃口を向ける。既に爆煙は換気され、アネゴを隠すものは何もなかった。
「さあ、撃ってくれ」
「────ッ!」
無数のマズルフラッシュが地下室に明滅する。撃たれる瞬間、アネゴは片腕に全力を注ぎ、横に転がって集中砲火を避けた。だが全ては避けきれず、いくつかの銃弾が焦げた黒セーラーを貫き、全身に刺さり、彼女の命を削った。ヘイローは明滅し、意識すら朦朧とし始める。
「ッ、負ける、かよォッ!!」
「えっ? ひっ……!?」
転がった先に運悪く居た生徒の足をアネゴは掴み、そのまま支えにして勢いよく立ち上がった。支えにされた生徒は尻もちをついてしまい、慌てて立ち上がろうとする。しかしアネゴの流血が彼女の顔に滴り落ちてしまい、ただでさえ青い顔が真っ白になって腰を抜かしてしまう。
「撃て、撃て! あの不良が死ぬまで撃ち続けるんだ!」
「さ、逆らったら……」
「……悪く思うんじゃねえ」
首元に黒々と光る電撃チョーカーが生徒もマーケットガード候補生も首領の元に縛り付けていた。故に銃口はアネゴに向けられ、望まぬ犯罪をやらされようとしていた。それもアネゴは気に入らなかった。
「ハァ、ハァ……テメェら全員、1発ぶん殴ってやるからよォ……覚悟しやがれッ!!」
口元の血を拭い、拳を握り直してアネゴは周囲を睨みつける。死に体のはずの彼女の威圧が、配下たちを一瞬こわばらせる。それに苛立ちを覚えた首領が改めて指示を飛ばそうとした、その瞬間。
「──ごめんアネゴ~~~~!! 止められなかった~~~~!!」
「こいつら根性ありすぎ……! このままじゃアネゴの喧嘩を邪魔しちゃう……!」
破壊された檻の向こうから、チビとノッポが押し出されてアネゴの元まで後ずさってきた。そのすぐ後に彼女たちを追って多くの不良たちが檻の中からなだれ込み始める。
「お前らもセーラー服着てるだけのことはあるけど、あたしらのセーラー愛に比べればまだまだひよっこよぉっ!!」
「ブレザーある限りあたしたちの魂は死なない! どんなに苦しい戦いだったとしても最後に立ってるのはブレザーなのさ!!」
「こうなりゃ意地だ、デカ女ぁっ! あたしのメンツをかけてでもぶっ倒してやる!!」
セーラー服とブレザー服、そしてチンピラ集団。その誰もが傷だらけであり、無事な不良はひとりも居なかった。しかし彼女たちのギラついた眼差しはとても手負いと侮ることの出来ない熱気と殺気を含んでいた。首領の配下と、止まらない不良集団に挟まれるアネゴ団。彼女たちの頬に冷や汗が流れる。
「イイ喧嘩になってきたじゃねェか……!」
「言ってる場合じゃないって」
「えへぇ、きっついねぇ」
口では泣き言を言っても、チビたちの口角は下がっていなかった。それをわかっているからこそ、アネゴは前だけを見据えて笑っていた。
「ふん、不良の数が増えたか。だが私のマーケットガードならば問題ないはずだ、さあ全ての不良を……」
「……ん? おい、そこのお前!」
一触即発、首領と不良の全面戦争が始まろうとしたその時、不良側から声がかかる。声をかけたのはセーラー服を着たリーダー格の不良だった。
「え……も、もしかして、リーダー?」
「やっぱりその顔、その声……行方不明になっていたセーラーナンバー111番じゃないか!?」
「あ? じゃあ……まさかあいつはブレザー番号106の!?」
「っ、隊長……!」
ブレザー服の不良リーダーまでマーケットガード候補の中から自分の部下を見つけ出す。
「どういうことなんだ? ブレザーの連中があたしたちの仲間をさらってたんじゃなかったのか?」
「こっちだってお前らセーラーがあたしの部下をさらってるって聞いたから徹底抗戦の構えだったんだけど!?」
不良たちの間に動揺が広がる。マーケットガード候補たちも驚きと困惑の表情で銃口を迷わせていた。
「さ、流石にリーダーを撃つのは……」
「あたしだって、隊長を撃ちたくは……」
「ええい、何をしているんだ!? いいからさっさと撃て! 命令に従わなければ罰を与えるぞ!」
首領が配下に当たり散らし、端末を構える。それに気付いたマーケットガード候補たちは慌てて銃口を前に向けた。
「うぅ、ごめんリーダー……!」
「隊長、勘弁……!」
「……どいつもこいつも、なってねぇッ!!」
アネゴの叫びが地下室にこだまする。首領の言葉が、生徒たちの表情が、マーケットガード候補たちの選択が、ついに彼女の最後の理性を吹き飛ばした。
「ノッポちゃん、拳銃用意お願いね。前の何人かはやっちゃうから」
「ああ、うん。アネゴのマジギレ久しぶりに見たかも」
「テメェら全員ぶっ飛ばしてやるッ! まずはァッ!!」
弾かれるように飛び上がったアネゴは、首領めがけてまっすぐ突き進む。当然周囲の配下がその進路を塞ぎ、止めようと銃を構える。
「アネゴ避けてね! よい、しょっとぉ!」
「いだぁっ!?」
だが、彼女たちは突如飛来した瓦礫の礫に張り倒される。それは手頃な瓦礫をチビがバット代わりのグレネードランチャーで打ち出した破片だった。
「っ、あいつならリーダーじゃねえ! 撃て撃て!」
「させない」
「指がっ!?」
正気に戻ったマーケットガード候補がアネゴを狙う。しかし彼女たちがトリガーを退くよりも前に、その指にノッポの放った銃弾が当たり怯んでしまう。防弾グローブ越しであるため負傷はなかったが、アネゴが首領の元にたどり着くにはその一瞬だけで充分だった。
「な、なんなんだお前は! さっさと楽になればいいものを──」
「アタシの前から──」
喚く首領を前にして、アネゴは地面を蹴って飛び上がる。体中が限界を超えていると悲鳴を上げるが、怒りと気合で全て無視した彼女は狙いをつけ──
「消えやがれキイィィィィッッック!!!」
「ぐわあああああ!?!?」
──全身全霊をかけた渾身のドロップキックを首領にぶちかました。首領はきりもみ回転しながら壁に激突し、手から離れた端末は床に落ちた衝撃でショートして爆発してしまう。
「う、うぅ、頭が割れる……ああっ!? わ、私の端末が!?」
「へ、ヘヘッ……どうだ。これがアタシだ、アネゴ団だ……!」
受け身もろくに取れずに倒れこんだアネゴは笑みを浮かべる。立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。足もまったく動かない。血の気は引いていき、視界もチカチカと明滅している。ヘイローはほぼ消えかけており、流血が血溜まりを作り始めている。意地を通した結果が、代償となって返ってきていた。
「く、クソ……! お前たち、そいつを殺せ! 今すぐ殺せ! もう虫の息だろう、さっさと…」
「……もう、嫌ぁっ!!」
銃声が響き、アネゴ……ではなく首領のすぐそばに弾痕が刻まれる。それはチビやノッポ、不良たちが発したものではない。銃を構えていたのは、アネゴの監視役をしていた首領配下の生徒だった。
「い、今自分が何をしたかわかっているのか……!? 私を裏切ったな!?」
「だから何!? いきなりさらわれたと思ったら毎日犯罪をさせられて、学校には戻れないし友達にも会えない! こんな生活もう嫌なのっ!!」
生徒は一歩前に出て、首領と対峙する。その目には一杯の涙を浮かべていた。
「……そ、そうよ。私だってこんな生活……」
「お家、帰りたいよ……」
「友達……もう私のこと覚えてないのかな……」
悲痛な叫びに呼応して、配下の生徒たちが口々に不満を呟き始める。
「だっ、黙れえっ! 無意味に学校に通い無駄に青春とやらを過ごすより、有意義な人生の使い方をしてやってるんだぞ! お前たちのような凡人は私のような優秀な存在に使われるのが有意義なあり方というものだろうが!」
首領の一喝で生徒たちは押し黙ってしまう。だが、それでも黙らない存在がいた。
「そんなの、あんたが決めることじゃないと思うけど」
「ウチたちの人生はウチたちのものだよ。どいてどいてー」
配下たちの間を縫ってアネゴの元へたどり着くチビとノッポだった。彼女たちは血まみれのアネゴに簡単な処置を施して、ふたりがかりで肩を持って彼女を立たせる。
「……アタシはソイツが気に入らねェからぶっ飛ばした。テメェらはどうだ。今なら静電気のオモチャはねェぜ」
アネゴは周囲を見渡しながら獰猛な笑みをニイっと見せ、そして気絶してしまった。アネゴ団はもう戦えない。だが彼女たちの残した爪痕は、首領の運命を決めるのに充分なほど大きく、深いものであった。