落伍者たちのロードムービー   作:野生の虚妄クトゥム

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 キヴォトスの片隅で正義実現委員会とゲヘナ風紀委員会が激突!? 海の底から見つめる悪意と、不良の撮るB級サメ映画。アネゴたちが巻き込まれたのは、いったい何なのか。この夏、見逃せない対決がここにある!


サブストーリー「大決戦! キヴォトスシャーク VS ニセダイオウイカ」
第1話「海と言えばサメ映画だよねっ!」


 

 寄せては返す、波打ち際。岩混じりの砂浜が海岸線を形作るキヴォトス僻地の小さな観光地。雲ひとつない青空の元、強い日差しがかんかんに照りつける浜辺では今、キヴォトス最大の危機が訪れようとしていた。

 

「なんで正義実現委員会がいるんだ! よりにもよって今!」

「こちらの台詞です! ゲヘナの風紀委員会とここで出くわすなんて!」

 

 イオリががなり立て、マシロが噛みつく。両者とも愛銃を手に持ち、すぐにでも構えられるような姿勢で互いに威嚇し合っている。

 浜辺に建てられた海の家、その手前の砂浜を中心線としてゲヘナの風紀委員会とトリニティの正義実現委員会が東西に分かれ、両者の精鋭たちが睨み合っていた。彼女たちの服装は全員が私服と思わしき水着姿であったが、浮ついた雰囲気は一切無く、むき出しの敵意が一触即発の緊張感を生み出していた。

 

「困りましたね。あなたたちにかまけている暇は無いのですが」

「それは私たちも同じです」

 

 不満げな様子を隠さないアコに、毅然と答えるハスミ。彼女たちの横では委員長であるヒナとツルギがそれぞれ事態を静観していた。

 

「いがみあっている場合ではないのですが……しかし……」

「お、終わった……私ひとり冷静でも無理っすこれ……」

 

 チナツとイチカは青い顔で表情をこわばらせる。

 もはや両陣営が激突するのは時間の問題かと思われた。どちらかが火蓋を切り、引き金を引き、そしてキヴォトスが誇るマンモス校2つの正面衝突が起こってしまう。

 だが、そんな最悪な事態に陥る前に、この脆い均衡は破られることとなった。

 

「みなさーーーーんっ!! 人がっ、人が倒れてましたーーーーっ!!」

「もう少しだ、しっかりしろ」

「なんでっ、私がっ、こんなっ、ことをっ……!」

「イロハ先輩頑張って! イブキも頑張るから!」

 

 トリニティ正義実現委員会陣営の海岸沿いから、水着姿のヒフミとアズサ、それにイロハとイブキが声をあげながらゆっくりと向かってきたのである。ヒフミ、アズサとイロハの背にはそれぞれ気絶した人が背負われており、イブキはイロハを後ろから一生懸命支えていた。彼女たちの姿を確認した正義実現委員会、風紀委員会の面々の間に、沈黙の時間が訪れる。

 

「……はぁ。イオリ、銃を下ろして」

「委員長?」

「少数精鋭、プライベート用にしか見えない水着、それでいて即時に臨戦態勢へと移れる指揮系統の確立。あなたたちの目的は、こちらと同じであると思うのだけど」

 

 ため息をつきながらヒナが正義実現委員会に呼びかけた。それにハスミが応えようとする前に、ツルギが声を上げる。

 

「情報の、すり合わせがしたい。マシロ」

「……承知です、ツルギ先輩」

 

 最前線でいがみ合っていたふたりが銃を下ろしたことで、この場に漂っていた緊張がほんの少しだけ和らいだ。ちょうどその頃、ヒフミたちが正義実現委員会の元にたどり着く。

 

「はぁ、はぁ……どこか、休めるところに……!」

「ヒフミさん、アズサさん、それにゲヘナの方々もお疲れ様です。要救助者のようですね、至急ホテルの医務室まで」

「いや、それでは間に合わない。そこを借りる」

 

 息のあがっていないアズサが指差すのは、対立の中心線上にある海の家であった。

 

 

 


 

 

 

「いやァ~~~~助かったぜ! 今回はマジで死んだかと思ったからな!」

「死んだかと思った、じゃないですよお!! 浜辺に打ち上げられてる人がいて! 顔見てみたらアネゴさんたちで! その時の気持ち分かりますか!? 心臓止まるかと思ったんですからね!?」

 

 海の家店内にて、椅子を繋げた上にタオルを敷いた簡易ベッドに3人の不良──アネゴたちが寝かされていた。運び込まれた当初、彼女たちは全身が青白く生気が失われている危険な状態であった。チナツ主導で行われた蘇生措置が少しでも遅れていれば、最悪の事態もありえたかもしれない。意識が戻ったとはいえ未だにアネゴたちの顔色は悪く、体温確保のために身体の上からいくつもタオルを重ねてかけられていた。

 

「アズサちゃん久しぶり~。なんだか情けない姿での再会になっちゃってごめんねぇ」

「うん、私もこんな形での再会は予想外だった」

 

 アネゴがヒフミに詰められている横でチビがのんきな挨拶をアズサと交わす。さらにその横では、ノッポが冷や汗をだらだらと垂らしながら固まっていた。

 

「お久しぶりです。随分とやんちゃにやっているようですね」

「……そ、その、(なつめ)先輩」

「先輩、は要りませんよ。あなたはもう部下でも後輩でもありませんので」

「う……」

 

 すんとした表情を崩さず淡々と語るイロハの様子に、ノッポは居心地の悪さを強く自覚する。

 

「……はぁ。別に今更何か言うつもりはありません。まあ思ったより擦れてはいないようで何よりですが」

「え……?」

「行きましょう、イブキ。向こうでお昼をいただくとしましょうか」

「はーい! おねえちゃんたちじゃあね!」

 

 目を丸くするノッポをよそに、イロハはイブキを連れてアネゴたちの元から離れた。彼女たちはそのまま人の集まっていないテーブルへ向かっていく。

 

「……」

 

 去っていくその背中をノッポはじっと見つめる。そして天井に視線を移し、小さく息を吐いた。

 イロハたちと入れ違いでふたりの人物がアネゴたちに近づく。片方は救急箱を両手で持つチナツで、もう片方は鍋を持ったイチカであった。彼女たちが来ていることに気付いたヒフミとアズサは自分の椅子をずらし、アネゴたちの簡易ベッド前に空間を作った。

 

「ありがとうございます。アビドスぶりですね、アネゴ団のみなさん」

「どもっす。重湯(おもゆ)持ってきたんでどうぞっす」

「チナツと……誰だか知らねェがありがとよ。ヒフミたちから聞いたが、風紀委員会と正義実現委員会にも世話になっちまったな」

「あー、私は正義実現委員会所属のイチカっす。以後お見知り置きをって感じで」

「それでは、少し失礼します」

 

 手近なテーブルに救急箱を置き、さまざまな検査器具を取り出してチナツはアネゴたちの容態を確認し始める。イチカも少し離れた位置に鍋を置き、小皿に重湯を取り分けていく。

 

「順調に回復していますね。明日には動けるようになっているはずです。戦闘などの激しい運動は厳禁ですが」

「そりゃ良い。だが喧嘩しねェってのは保証できねェな!」

「……知りませんからね」

 

 器具を片付けながらチナツはため息をつく。その様子を見てイチカは苦笑しながら取り分けた重湯に木製スプーンを添えていく。

 

「あんまりはしゃいだら痛い目見るっすよ。それはそうと、自分で食べれそうっすか?」

「おう! お前らも食えるか?」

「う、うん。ふらふらするのも収まってきたし……」

「まあ、蜂の巣にされるよりはマシだったから」

 

 重湯を受け取ったアネゴたちはゆっくりと身体に流し込む。すでに適温に冷まされていたそれはするすると彼女たちの胃に入っていき、死にかけの身体を刺激せずに最低限の機能を回復させる栄養として全身に行き渡っていく。

 

「この分だと夕方には受け答えしても大丈夫そうですね」

「あ? どういうことだ」

「そりゃ、聴取っすよ。ここで何やってるかくらい聞かせてもらいたいんで」

「そんくらい今でも良いだろ。味はねェがコイツのおかげで頭も冴えてきたところだ」

 

 器の端をスプーンで軽く叩きながらアネゴは不敵な笑みを浮かべる。

 

「……いいんすか?」

「良くはありません。しかし……」

 

 チナツはちらと風紀委員会が集まっているテーブルを見遣った。手狭なテーブルに軽食とノートパソコンと資料が広げられ、アコが鬼気迫る表情でキーボードを猛打している。その隣ではイオリが地図を睨みながら唸っていた。ヒナはハスミやツルギと相対し、資料を片手に何かを話し合っている。風紀委員会だけではない、正義実現委員会も全員が奔走していた。

 

「大丈夫だ」

 

 アネゴの声でチナツの視線が戻る。

 

「何もわからねェが、お前たちがバカンス気分で来てる訳じゃねェってのはわかる。だったら命助けられといて、こんな不良共にかまけさせるのは筋が通らねェ!」

 

 強い意思のこもった瞳で見つめられ、チナツはもう一度ため息をついた。

 

「……わかりました。お願いします」

「こっちで音声撮っておくっす。録音専用の端末なんで私的利用の心配は無いっすよ」

 

 録音開始した端末をテーブルに置き、イチカは椅子を取り寄せて自分とチナツの分を確保した。それに促され、軽く礼をしながらチナツはアネゴたちを前にして聴取の姿勢をとる。

 

「あ、ありがとうございます。……それでは改めて」

「アタシたちがここで何してるかを聞きてェんだったな」

 

 体を起こしたアネゴは腕を組み、チナツたちを真正面から捉えてニヤリと笑った。

 

「アタシたちアネゴ団はよ……この海で映画を撮るつもりだッ!

海と言えばサメ映画だよねっ! なんたって海だもん!」

「え、映画……? サメ……?」

 

 アネゴの叫びに呼応してチビが拳を上げてはしゃぎだす。

 

「え、サメ映画っすか……?」

「海と言えば戦車じゃ……?」

「ヒフミ、静かにしないと」

 

 概ね困惑気味の反応に、アネゴの笑みに苦笑が混じる。だが彼女は楽しげな雰囲気であった。

 

「まだ撮り始めてもいないんだけどな。アタシたち全員サメを見たことねェからよ、まずはホンモノを見るかって海に繰り出したんだよ」

「木を切ってイカダとかロープとか用意して、楽しかったねぇ」

「でも、沖合まで出たところで嵐に遭遇。天気アプリでは晴れだったのに……」

「それでアタシたちは蹴散らされて、あとはヒフミたちに見つかるまで海の藻屑だったってわけだ」

 

 顛末は語り切ったとアネゴは自信満々な表情を浮かべる。対するチナツとイチカは顔を見合わせ、同時にため息を吐いた。

 

「海の天気は変わりやすいと聞いたことは……いえ、そもそもイカダで沖に出るのが……」

「不良生徒らしい無鉄砲さというか……よく今まで生きてたっすね……?」

「ハッ、危険だからってビビって前に進まねェやつは不良じゃねェだろ?」

「限度って知ってますか?」

 

 チナツの笑みに圧が乗り始めたが、アネゴは屈しない。むしろ不敵な笑みを深めて対抗し始める始末であった。

 

「……はぁ。とりあえずは、今はこれくらいで良いです。虚偽の申告も無いようですし」

「録音切っちゃうっすよ。正誤チェックして続きはまた夕方っすかね」

「そうですね。アネゴさんたちはお疲れ様です。一応様子は見に来るつもりですが、こちらが一段落するまでお休みいただいて結構です」

「おう、世話かけるな」

 

 救急箱や空になった鍋を持ってアネゴたちの元を離れていくチナツとイチカ。彼女たちを見送ったアネゴはゆっくりと上体を下ろし、タオルを包んで作られた簡易枕に頭を埋めた。

 

「ところでヒフミィ、お前たちも正実だったのか?」

「え、いや、違いますよ? ちょっと縁があってお呼ばれしただけで……」

「私も違う。でも、私たちの友達に正義実現委員会の子はいる」

「そういえばノッポちゃん、さっき話してた子はゲヘナでの知り合い?」

「え、っと……元上司」

「あー……この話やめよっか!」

 

 少し血色が良くなったアネゴたちはヒフミたちと談笑しながら体を休める。チナツたちが戻った風紀委員会と正義実現委員会は絶妙な距離感で情報交換を続けている。そんな海の家を、はるか遠くの海面(・・)から覗き見る者がいた。

 

「──こちらポイントA、ゲヘナとトリニティの衝突回避を確認。作戦は失敗です、艦長」

『────────』

了解(ラジャー)。引き続き連中の動向を監視します」

 

 双眼鏡を下ろし、とぷんと海中に沈む。小さな波紋は荒波にかき消されてしまい、何者かがいた痕跡はどこにも残らなかった。

 





2025/6/25
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