落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
2度目の聴取を終えたアネゴは、白い骨組みに固めのボックスシーツが敷かれたベッドに腰掛けていた。片腕をゆっくりと回した彼女は、自分の調子がそう悪くないことを確認し、怪訝そうに見つめるチナツに向けて不敵な表情を見せた。
「もうなんともねェ。世話ンなったな」
「なんとも無いはずありません。快復には向かっていますが、まだ……」
「動けるなら、なんともねェのさ」
白色照明が白地のタイル壁を照らす白で囲まれた医務室でアネゴは立ち上がった。その姿はいつもの黒セーラーではなく、鮮やかな色合いのビキニの上からアロハシャツを羽織っているという、なんとも陽気な格好であった。
「わざわざ替えの服まで用意してくれてよ。こうも施されちゃ不良が廃っちまう」
「不衛生な服のままでは良くないと思っただけです。水着も安いものですから」
この医務室は海の家のものではない。少し休んだことにより歩ける程度には回復したアネゴ団は、正義実現委員会とゲヘナ風紀委員会が泊まっているホテルへと移送されていたのだ。より清潔で、より充実した医療器具と薬剤による処置を受け、アネゴたちの血色は普段と遜色ない健康的な色を取り戻していた。体調も万全とまではいかないが、ある程度は動けるまで回復していたのである。
「久々のベッド、気持ちよかったねぇ」
「次の予定は……アネゴかチビ先輩次第、かな」
ベッドの上で上体を起こしたチビは、ゆっくりとした動きで掛け布団から脱出する。アネゴのようにベッドに腰掛けていたノッポは、先の事を考えようとしたが首を振って思考をやめ、どんなことでも受け入れる態勢に移った。彼女たちもアネゴのように鮮やかな色の水着姿になっており、チビにはタンクトップタイプのぴっちりとしたもの、ノッポには長身が映えるビキニタイプのものが渡されていた。
「お前らいつまでもボヤッとしてんなよ! そろそろ行くぞ!」
「あー、出るんなら荷物、返しとくっす」
「ありがとうねイチカちゃん、預かってもらっちゃって」
「いえいえ、こういうのは誰かがやらないとなんで」
防弾バッグをイチカから受け取ったチビは、それを一旦ベッドの上に置いて中身を取り出し始める。中から出てきたのはチビのグレネードランチャー、さらにアネゴの拳銃とノッポのスナイパーライフルも取り出してベッドに並べていく。
「イカダ乗る時、チビ先輩のバッグに全部まとめといて良かった……」
「はい、アネゴのハンドガンと、ポーチと、あと色々。ノッポちゃんのライフルとかもあるよ」
「おう!」
ベッドの上からそれぞれの銃や持ち物を手に取っていくアネゴたち。その様子を静かに眺めていたチナツとイチカは、しばし思考を巡らせていた。
(結局、2回目の聴取でも1回目以上の情報は得られませんでした。本当に無関係で、たまたま流れ着いただけ……)
(バッグの中身、風紀委員会と共同で中身を改めたっすけど、特に違法品は無かったんすよね。……もしかしたら本当にマズいものは海に流されちゃったのかもしれないっすけど)
「カメラは……無事! よかったぁ……あ、あーっ! 火薬が水浸しで混ざってるぅ! これじゃもう使えないよぉ……」
「乾かしても駄目なの?」
「そしたらもう別物になっちゃうよー。仕方ないけど、捨てるしかないや」
「気ィ落としすぎンなよ。火薬はまた手にいれりゃ良い」
「わぷ、アネゴぉ」
バッグの中を見つめて肩を落としていたチビの頭を、アネゴはくしゃりと撫でる。
「行くぞ。ノッポもいいな」
「勿論」
呼ばれたノッポは立ち上がり、スナイパーライフルを背負って腰のホルスターにハンドガンを携える。頭からアネゴの手が離れたチビも、バッグの紐を肩に掛けてグレネードランチャーを抱えながらしゃんと立ち上がった。ふたりの準備が出来たことを確認したアネゴは満足げな表情を浮かべ、そして不敵に笑いながらチナツたちの方へ振り向く。
「風紀委員会、それに正義実現委員会! お前たちに貸しひとつだ、なんかあったらアネゴ団を呼べッ!」
「貸しだと言うなら、不良をやめてください」
「追うことになったら抵抗しないで捕まって欲しいっすね」
「容赦ねェなお前ら!?」
おもわずよろけそうになり、体勢を立て直してからアネゴは腕を組み直す。心なしか彼女の笑みには冷や汗が浮かび上がっていた。
「不良はやめねェ! だがまあ、この辺でアタシらから喧嘩売るのはやめとく。フッカケられりゃあもちろん買うけどな!」
「そんときは喧嘩両成敗っすね。覚悟するっすよー」
「望むところだッ!」
「出来れば、おとなしくしていて欲しいのですが……」
「アネゴにそれは無理だよぉ」
「不良はナメられたら終わり、だし」
薄く開かれたイチカの瞳とじとっとしたチナツの視線がアネゴたちを貫く。しかし彼女たちはそれをたじろぎもせず受け止めた。やがてチナツは小さくため息をつき、真面目な表情でアネゴに向き合った。
「出ていかれるのは自由ですが、そうすればあなたたちの治療も打ち切ります」
「おう、構わねェ。にしてもチナツにはアビドスから迷惑かけっぱなしだな」
「そう思うなら、もう少し慎重になってください」
「そいつは出来ねェ相談だ」
話はついた。アネゴたちは出口へ向けて足を進めはじめる。
「お前たちには本当に世話になった。じゃあなッ!」
「はい、さよならっす」
「……次も敵でないことを願います」
ドアノブに手をかけ、医務室から出ていくアネゴ団。見えなくなったその背中を、チナツはじっと見つめていた。
ホテルロビーのガラス越しから見える水平線には、日が沈みつつあった。夕焼け空は控えめな陽光となり、代わりに淡いシャンデリアの光が室内を優しく彩る。ブラウン基調のシックなインテリア類も相まって、アネゴたちの目に入り込む光は、白一色の医務室に慣れた彼女たちの心にほどよい暖かさを感じさせた。
「つまり知らぬ存ぜぬは通らないということです! だいたい、わざわざ東館と西館の両端部屋にそれぞれ配置して? 戦車の駐車位置もホテルを挟んで互いに見えない場所となるよう指示していますよね? それで配慮のつもりですか!?」
「うおッ喧嘩か!?」
耳に入り込んできた怒号には暖かさも優しさも無かった。フロントカウンターに片肘を乗せたアコが、険しい表情でロボ頭のホテルスタッフに詰め寄っていたのだ。彼女の横に控えているハスミは鬱陶しげな表情でアコを一瞥し、それからスタッフに顔を向けた。
「正義実現委員会としても、今回の件は正式に抗議させていただきます。つきましては自治区の生徒会へ取次ぎをお願いします」
「ひぇえ……な、なんと言えば……」
「トリニティの正義実現委員会と、ゲヘナの風紀委員会が、今、すぐに、そちらへ向かう、と」
「しょ、承知しました!」
プレッシャーから逃げるようにスタッフはバックヤードへ慌てて引っ込む。それを見届けたふたりは揃ってため息をつき、むっとした表情でにらみ合った。
「ちょっと、真似しないでくれません?」
「それはこちらの台詞です」
「なんでィ、仲良いのかお前ら」
「「よく
「ぎゃッ!?」
一斉に振り向いたふたりの形相にアネゴは悲鳴を上げた。ハスミは慌てて咳払いして誤魔化し、アコは両手を組んでそっぽを向く。ふたりとも若干頬が赤らんでいた。
「こほん、イチカたちから解放は明日と聞いていましたが」
「動けるンだから出ていくンだよ」
「それならとっとと出て行ってください。何故かチナツさんはあなたたちに入れ込んでいますし、そのせいで人手は足りていませんし……!」
「わぁ、嫌われてるねぇ」
「これが普通な気もするけどね」
恨みがましく睨みつけてくるアコの様子に、チビとノッポは小さく苦笑した。
「ハッ、そいつは悪かったな! チナツたちにも言ったが、お前たちには貸しひとつだ! アタシの助けが要る時は呼べッ!」
「必要ありません! あなたたちのような不良生徒の手なんて絶対借りませんから! ほらもうさっさと出てってください!」
「おーおっかねェ。とっと退散するぞお前ら!」
しっしっと手で払いながら睨みつけてくるアコの敵意を背に受けながら、アネゴ団はホテルの出口へと向かう。
(……あの顔、まさか? いえ、他人の空似でしょうか)
去っていくアネゴたちを、ハスミは静かに見つめていた。
その視線には気づかず、アネゴ団は悠々とホテルを出ていく。夕暮れに残された熱気が、涼やかな潮風に乗って彼女たちの肌を撫で、潮の香りが消毒液の匂いを塗りつぶした。わずかに揺れた髪に構わず、アネゴは良い笑顔で海をびしっと指差した。
「よォし! サメ探しはやめだ、日が落ち切る前になんかシーン撮るぞッ!」
「おーっ!」
「まあ、それしかないか……あ」
「……おや」
それとなく周りを見渡していたノッポと、
しばしの沈黙を挟んで、気まずげな表情を浮かべながらノッポはゆっくりと目を逸らした。じっと見つめていたイロハは小さく嘆息を漏らし、手元の本に目を落として読書を再開しようとする。だがその前に、本に落ちる影が人ひとり分濃くなった。鬱陶しげにイロハが見上げると、アネゴが両手に腰を当てながら彼女を見下ろしていた。
「よお! ヒフミから聞いたぜ、アンタもアタシたちを助けてくれたんだってな」
「別に、やりたくてやった訳ではないので……」
ぱたんと本を閉じたイロハは面倒そうな表情を隠さずに目を細める。
「私たちのことはお構いなく。あなたたちにも干渉しませんので」
「……んむゅ、イロハせんぱい……?」
寝ぼけ眼をゆっくりこすりながらイブキが目を覚ます。その声を聞いたイロハは、イブキの髪をゆっくり撫でながら優しげなまなざしを彼女に向けた。
「ああ、ごめんなさいイブキ、少し騒がしくしてしまいましたね。車内で寝直しましょうか」
そして、先程までよりさらに鋭くなった敵意の視線でアネゴを睨みつけた。
「あなたのせいでイブキが起きてしまったじゃないですか。まったく許せませんね、どう責任を取ってもらいましょうかね」
「お、おう、なんかスマン……」
あまりの迫力にアネゴも一瞬たじろいでしまい、冷や汗をかいてしまう。
「……まあ、不良生徒に取れる責任はありませんか。それでは」
アネゴたちをよそにイブキの手を取って虎丸をよじ登り、搭乗口のハッチを開け切るイロハ。彼女は虎丸の中に入ろうとするが、イブキが何故か中へ入ろうとしない。鉄の空間に足先を入れていたイロハは訝しげにイブキの手を引いた。
「イブキ?」
「あっ、ご、ごめんなさいイロハ先輩。すぐ行くから」
「どうしたチビスケ! アタシたちが気になンのかー!?」
「……!」
ハッチから顔を出したイロハは、むすりとした顔で眼下のアネゴたちを見下ろす。
「あなたたち、まだ居たんですか」
「チビスケがやけに見てくるからな」
「そんな呼び方でイブキを呼ばないでください。それで、どうしたんですかイブキ」
「え、えっとね……」
イロハとアネゴたちを交互に見ていたイブキだったが、イロハに向き合っておずおずと話し始めた。
「おねえちゃんたち、もう大丈夫なのかなって……みんなで運んだ時、すっごくお顔が真っ白だったから」
「なるほど。……イブキに心配されるとは、不良生徒にはもったいない待遇ですね」
「あー? なんて言ってんだー?」
「イブキはあなたたちの体調を
「おーう! アネゴ団はこれくらいじゃへこたれねェからな!」
力強く胸を叩き、アネゴはイブキにニッと笑いかける。
「じゃ、アタシたちは行くぜッ! 昼寝の邪魔して悪かったな!」
「昼寝って時間でもないけど」
「ばいばーい!」
「っしゃ撮るぜサメ映画ーッ!」
「サメ―っ!」
イブキたちに手を振り、アネゴ団は海岸の方へと去っていった。
「さめ……?」
「ふう、ようやく行きましたか。さあイブキ、車内でゆっくりと過ごすと……」
「イロハ先輩! イブキね!」
満面喜色のイブキに両手で手を握られ、イロハの胸中には暖かな気持ちが湧きあがる。
「さっきのおねえちゃんたちのところ行ってくるっ!」
「え?」
ぱっと手を離してぴょんぴょんと跳ねて虎丸を降りるイブキ。突然のことに唖然としていたイロハだったが、すぐに気を取り直して手を伸ばす。だがイブキは、既にアネゴ団の後を追って走りだしていた。
「い、イブキ!? 待ってくださ……くっ、もうすぐ日没だというのに!」
虎丸の車内に引っ込んだイロハは、急いでエンジンをかけ始める。駆動した履帯が車体を前に進め、駐車場からあぜ道へと動かしていく。
「ああもう、恨みますよアネゴ団とやら!」
堤防を踏み越えて海岸に下りた虎丸は、どんどん先に行ってしまうイブキを追うべく履帯を唸らせるのであった。