落伍者たちのロードムービー   作:野生の虚妄クトゥム

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第3話「よぉーいアクションっ!」

 

「場所良し、機材良し、アネゴ良し!」

「よォし!」

「じゃあ行くよっ! よぉーいアクションっ!」

 

 夕暮れの海岸に仁王立ちするアネゴ。彼女の視線の先には水平線が広がっており、海面は穏やかに波打ち……否、突如泡立つ水面!

 

「来やがったなッ!」

 

 くるりと回した拳銃を片手に携え、アネゴは獰猛な笑みを浮かべる。泡の勢いが徐々に強くなっていき、海面が沸騰したかと見間違うほど泡立ち、そして──

 

「勝負だッ! キヴォトスシャークッ!!」

 

 ──轟音と共に水柱が打ち上がる! 拳銃を正面に構えたアネゴに海水が容赦なく降り注ぐが、彼女はまばたき一つせずにそれを受ける。そしてまっすぐ前を見据えて引き金を引いた!

 

 BANG!

 

「──カット!」

「……ぶへぇッ!」

 

 チビの声を聞いた瞬間、アネゴは全身を震わせながら後ろに倒れ込んだ。カメラを抱えてほくほくとした表情のチビと、青い顔のノッポがアネゴに駆け寄る。

 

「だ、大丈夫アネゴ? 思いっきり水浴びてたけど……」

「へ、へッ、ナメんな、不良ならこんくれェ……へぶしゅッ!」

「ああもう、体拭くよ」

「んむぐ」

 

 使い古しのタオルでアネゴの体をノッポが拭いていく。その後ろで座り込んでカメラに繋いだ端末を確認していたチビは、うっとりした表情で画面を見つめていた。

 

「えへー、かっこいい画が撮れたよぉ……さすがアネゴだぁ……!」

「だ、だろォ……」

「後はこれをこうして、こうすれば……よしっ!」

 

 端末を少し操作した後、それをアネゴたちに見せる為、チビがふたりに寄っていく。差し出された端末を覗き込んだアネゴとノッポの目には、今しがた撮影した映像が映し出されていた。

 

「見てっ!」

『来やがったなッ!』

 

 映像の中で、水しぶきが上がると同時に海面から巨大なサメが飛び上がり、アネゴに襲いかかる! その怪物は凶悪な面構え……には程遠い丸っこい形と子供の落書きのような顔でアネゴを睨みつけ、その視線に呼応するかのようにアネゴは拳銃をくるりと回しながら構え、獰猛な笑みを浮かべた。

 

『勝負だッ! キヴォトスシャークッ!』

「アネゴかっこいいーっ!!」

「へェ、こんな風になんのか」

「アネゴはかっこいいけど、このサメ? どうにかならなかったの……?」

「すごーい!」

 

 四者四様の反応を見せ……アネゴ団の顔が一斉に乱入者の方を向く。そこにいたのは、瞳をキラキラと輝かせてチビの端末を覗き込むイブキであった。

 

「チビスケか! 赤ェ方のチビっ子はどうした!」

「アネゴ、あの人は棗イロハ先ぱ……さん。あの人のこと絶対にその呼び方で呼ばないでね」

「えへへ。イブキね、おねえちゃんたちが楽しそうだったから、ついてきちゃった!」

「ついてきちゃったんだぁ。楽しそうに見えたら仕方ないねー」

「ねー」

 

 微笑ましく笑いあうチビとイブキ。和やかな雰囲気をよそに、ノッポは周囲をさっと確認した。

 

「どうした?」

「いや、棗せ……さんとか、万魔殿の幹部ってこの子にべったりだから、不良とつるむことなんて許すはずないと思ったんだけど」

「確かに、うたた寝を邪魔しただけですげェプレッシャーだったもんな」

 

 アネゴもノッポのように周りをきょろきょろと見渡す。すると彼女は、自分たちの方へと向かってきている人影に気づく。

 

「誰か来てんぞ、ってありゃあ……」

「……あれ? アネゴさん?」

 

 人影の正体はヒフミとアズサ、そしてマシロだった。並び連なって夕暮れに照らされる彼女たちの表情は、どこか硬かった。

 

「どーしたヒフミィ、散歩にゃ似合わねェ顔しやがって」

「ええっと、その、なんだかすごい音がこっちの方から聞こえてきまして……」

「水中で何かが爆発した音と衝撃だった。上がっていた水飛沫から見てこのあたりのはず」

「不審な爆発でなければ良いのですが。……まさかあなたたちが?」

 

 怪訝な顔をしたマシロがアネゴ団をじろりと見渡す。爆発という単語を聞いてにへらと笑ったチビは、カメラを優しく抱きしめながら頷いた。

 

「多分、映画の撮影用に使った子の爆発かなぁ」

「映画……お昼に言っていたサメ映画? でしたっけ」

「おう! タイトルは『アネゴ VS キヴォトスシャーク』だ!」

「いえ、映画の題名は聞いていません……」

 

 撮影用と聞いて、ヒフミは肩の力を抜いた。だがアズサはまだ目を細めたままであり、マシロも若干呆れながらも警戒を解いていなかった。

 

「水飛沫の大きさからしてかなり強力な爆弾のはず。……嘘をついているとは、思いたくない」

「嘘じゃないよぉ、新作の『押出(おしだし)ちゃん』を使ったんだから!」

 

 バッグに手を突っ込んだチビは爆弾を取り出す。その爆弾は、上面に『天地無用』と書かれたラベルシールが貼られていること以外は何の変哲も無いプラスチック爆弾のようであった。

 

「この子はねぇ、爆発の衝撃が一方向にしか行かないようになってるんだぁ」

 

えいっと端子を繋いだチビは、人のいない方へフリスビーのように『押出ちゃん』を投げる。そして起爆スイッチを押し込むと、『押出ちゃん』が爆発し、海岸の砂が真上に(・・・)飛び散った。

 

「どう? 危険でもないし、不審でもなくなったでしょ? 生き残った子たちから火薬かき集めるの苦労したんだからっ!」

「いやこれ、チビ先輩が自慢したかっただけでしょ」

「……たしかに、威力はそこまででもなさそう、だけど」

「とはいえ、どうなんでしょう……?」

 

 ドヤ顔のチビを前に、互いに顔を見合わせて困惑するアズサとマシロ。手持ち無沙汰になったイブキはきょろきょろと周りを見渡し、アネゴたちの後方を見て目を輝かせた。

 

「あっ、イロハせんぱーいっ!」

「お? おお、戦車がこっち来てら」

「……速度、おかしくない? 砂煙が凄いんだけど」

「ヘッ! 来るってんなら戦車だろうが──」

 

 砂浜を爆走していたのは、ホテルの駐車場にあったはずの虎丸だった。悪路を強引に突っ切った虎丸は、そのままアネゴの目の前で急停車。彼女に砂を盛大に浴びせた。

 

「へぶッ!?」

「──追いつけて良かった。……あなたたち、イブキに妙な真似はしていませんね?」

 

 搭乗口から顔を出したイロハは、額の汗を拭いながらじとっとした視線をアネゴたちに向ける。

 

「し、してないよ……?」

「そもそも、不可抗力……」

 

 搭乗口から顔を出したイロハは、睨むようにアネゴたちを見渡した。妙に迫力のある圧をかけられてチビとノッポはおもわず固まってしまう。直接見られてないはずのヒフミたちすら悪寒が走るほどのプレッシャーが放たれていた。だが、体を震わせて砂を落としたアネゴは動じずに、まっすぐイロハを見上げた。

 

「ゲッホゲホ、ペッペッ! 砂ぶっかけやがってコンニャロ!」

「はぁ、戻りましょうイブキ。もうじき暗くなりますし──」

「いいぜ、その喧嘩買ったあッ! チビスケェ! 日が沈むまでお前は名誉アネゴ団員、アタシの子分だッ!」

「は?」

「ふぇ?」

 

 イブキを抱き寄せ、イロハに指をびしりとつきつけ、不敵な笑みでアネゴは宣戦布告を叫ぶ。当然、イロハはキレた。

 

「赤ぇチビっ子! お前はその戦車で照明係な! 足元しっかり照らせよ!」

「は?」

「よーし、遊ぶぞチビスケー!」

「きゃー! くすぐったーい!」

「は?」

 

 イブキを抱えあげたアネゴは、そのまま海の方へと走っていく。

 

「…………」

「の、ノッポちゃん大丈夫? 顔色すっごく悪いよ?」

「アネゴってすごいね、チビせんぱい……ごふっ」

「わぁーっ!?」

 

 青を通り越して黒くなった顔のノッポが垂直に崩れ落ち、すんでのところでチビが受け止めた。

 

「お前らも来いよー! ヒフミたちもさー! 海だぜ海ーッ!」

「海ーっ!」

「う、ウチはノッポちゃん見てるから、ヒフミちゃんたちはアネゴをよろしくねぇ」

「えぇ!? い、行っていいんでしょうかこれ……すっごく鋭い視線がアネゴさんに飛んでいるのですが……! あうぅ……」

 

 海水に腰まで浸かりながら手を振るアネゴの呼びかけに、ヒフミはイロハを気にして動けなかった。だが、隣のアズサはマシロとアイコンタクトを取り、ヒフミの手を掴んで歩き出す。

 

「わっ、アズサちゃん?」

「ヒフミ、私たちはここで遊ぶべきだ。元々そういう話だったはず」

「そ、それは……」

「おう来たなヒフミィ、アズサ! ……アイツらは何やってんだ? ノッポは寝てるみてェだしよ」

「あはは……」

「おねえちゃんたちもイブキと遊んでくれるの!?」

 

 ヒフミたちが合流したことで、イブキの目が輝き始める。そのはしゃぎようを確認したイロハは、時計を取り出して、沈みゆく陽と何度も見比べ、苦虫を潰したような表情でしばし唸り、それから拡声器を引っ張り出してスイッチを入れた。

 

「……言っておきますが、あなたたちのせいで日中満足に遊べなかったイブキのための、埋め合わせですからね」

 

 そう言って車内に引っ込んだイロハは車体を旋回させ、アネゴたちの方へ向ける。そして虎丸の前照灯が点灯し、まばゆく光った。夕闇から海を照らしきるには足りないが、イブキたちの周りを淡く輝かせるには充分な光であった。

 

「わっ、イロハ先輩!」

「30分だけです、日が落ちきってしまってからでは本当に危ないので。それ以上のイブキ独占行為は万魔殿の全戦力を相手することになりますよ」

「なんでェ、話の分かるヤツじゃねェか!」

「イロハ先輩ありがとー!」

「はぁ……マコト先輩に報告できませんね、これは」

「そうと決まれば……そらァ!」

「わぷっ!? や、やりましたね! お返しですっ!」

「きゃー! つめたーい! イブキもやるーっ!」

「徹底抗戦だ。反撃を行う」

 

 ほのかな光に照らされながら水を掛け合い、はしゃぐアネゴたち。それを眺めながらノッポを介抱するチビの元に、マシロがゆっくりと歩いてきていた。

 

「大丈夫ですか」

「えへへ、おかまいなくぅ」

「隣、失礼します」

 

 愛銃を携えながらチビの横にちょこんと座り込むマシロ。それを気にするそぶりもなく、優しい手つきでノッポの髪を撫でるチビの視線は、楽しそうにはしゃぐアネゴに向けられていた。

 

 

 


 

 

 

 ホテルから海岸沿いにずっと行った先、僻地の端。海を正面に、古ぼけたコンクリートづくりの無骨な校舎が建てられていた。

 正義実現委員会と風紀委員会を自治区へと招いたのもこの学校である。その校門の前で、ツルギとハスミ、ヒナとアコは静まり返った校舎を見つめていた。

 

「妙ね」

 

 ヒナの呟きは、目の前の校舎に向けられていた。聞こえてくるのは風と波の音ばかりで、人の発する音が聞こえてこない。

 

「ホテルから連絡は行っているはずです。出発前に従業員から確認は取れています。しかしこれは……」

「迎えがどうこうという話でもないですね。明かりがひとつもついていないなんて」

「とにかく、校内をしらみ潰しに探す。誰もいなければ、また明日に」

「そうするしかありませんね」

 

 アコがため息をつき、ヒナと共に校舎に入っていき、ハスミたちもそれに続いていく。

 夕暮れ時の校内に差し込む光は弱く、薄暗い廊下は嫌な不気味さを演出していた。

 

「誰かいますか? トリニティ総合学園の正義実現委員会です」

「ゲヘナ学園の風紀委員会です、顔のひとつでも見せたらどうですか?」

 

 ハスミとアコが大声で呼びかけながら進む。しかし返ってくる声は無く、ただ彼女たちの声が虚しく響き渡る。いくつかの部屋や教室を横切っていくが、どこにも人の気配は無かった。

 

「……」

「……」

 

 一行は、かすれた文字で『生徒会室』と書かれた教室プレートがある扉の前までやってきていた。それがこの薄暗い廊下の終着点であり、この学校で最後に残った未探索領域であった。

 

「開けます」

 

 引き戸に手をかけ、ハスミはゆっくりと生徒会室の扉を開ける。やはり明かりはついておらず、誰もいない。あるのは会議用に使っていたと思われる長机と、並んで置かれたパイプ椅子。そして机の上には、固定電話がぽつんと置かれていた。

 

「電話……?」

 

ジリリリリリリ!!

 受話器が浮くほどにけたたましく着信音が鳴り響く。4人は互いに目配せをして、ハスミが固定電話に向かった。

 

「……取ります」

「録音準備完了しました、お願いします」

 

 端末を取り出し操作したアコに頷き、ハスミは受話器を取った。

 

『──つ、繋がった! 会長、だめだ! 奴らにバレた! 私たちの抵抗はもう──』

「こちらの自治区の生徒の方ですか? 正義実現委員会のハスミと申します」

『せいぎ、じつげん……トリニティの!? なんで学校の電話に、いや、それより逃げてくれ!』

「あの、一体何が」

『罠だ! 全部罠なんだ! 私たちも、情報も──……ぎゃあああ!?』

「もしもし? もしもし?」

 

 絶叫の後、通話は切れてしまっていた。

 

「罠、と言っていました。急ぎホテルに戻り──ツルギ!?」

「キヒャアアアアアッ!!」

「……!」

「委員長!?」

 

 突然ツルギがハスミに飛びかかり、覆いかぶさった。同時にヒナは翼を大きく広げ、アコを強引に抱き寄せる。次の瞬間生徒会室の窓を何かが突き破り、炸裂。強烈な爆発が全員を校舎ごと吹き飛ばした。

 

(窓からわずかに見えたあれは……まさか、ミサイル?)

 

 思考を整理する間もなく、校舎の崩落にヒナたちは巻き込まれ、埋もれていく。瓦礫の山と化した学校から望む海は、ただ静かに波打つだけであった。

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