落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
カーテンが閉め切られ、外界からの視線が遮断されたホテルロビーの待合スペース。備え付けの華美なガラス机にはノートパソコンや端末、資料の束が並べられており、チナツとイチカはそれぞれの端末を睨みながら情報を精査していた。彼女たちが作業する向かいのソファーでは、愛銃を抱いたイオリがうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。
「イチカさん、こちらを。1週間分遡った周辺地域の気象データです」
「どもっす。……これ、現実っすか?」
イチカの端末に表示されたデータ上には、沖合に一瞬だけ映る嵐の姿があった。時間にして1時間にも満たない短時間。口元をわずかに引くつかせながら、彼女はチナツに視線を投げる。それにチナツは小さく頷くことで応えた。
「おそらくアネゴさんたちが遭遇したという嵐はこれです。気象予報で捉えきれなかった突発的なもの」
「突発的過ぎるっすよ。発生から消滅まで1時間足らずって、しかもイカダとはいえ海に浮いていたものが流されるレベルの嵐っすよ?」
「正直、懐疑的になる気持ちはわかります。ですがデータとして記録されており、実際に遭遇したというアネゴさんたちの証言がある以上……」
沈黙が場を支配する。ただの自然現象にしては不自然なデータ。2人の脳裏をさまざまな可能性と憶測が駆け巡る。
「自然の脅威、あるいは……」
「あるいは?」
「……いえ、あまりにも突拍子のない予想です。こんな不確実なものは──」
バチン!
火花を散らして全ての照明がショートし、落ちる。突然の暗闇にチナツたちの視界は暗転し、イオリが跳ねるように飛び起きた。
「襲撃か!」
「っ、ライト点灯します!」
ハンディライトを取り出したチナツが周囲を素早く照らす。従業員スタッフの姿もない無人のホテルロビーの各所が順々に照らされていき、階段入口を照らした時だった。
「な、なんだあれ!?」
ぬうっと現れた白い人影に、思わずイオリが悲鳴をあげる。チナツたちも声こそ出さなかったが、その異様さに顔を引きつらせた。
「……」
それは人の形をしていた。首元から足先まで肌の色とは思えない光沢のある白一色で染められており、頭部は金属製の丸いヘルメットで覆われていた。ヘルメットの正面はガラス窓となっていたが、遮光性が高いのかライトの光を反射するばかりでイオリたちから中の顔は見えなかった。
「────」
そして、この人影には
「まさか、こいつが……!?」
「────」
襲撃犯は触手の先を地面につけ、ぐっと屈み込む。突然現れた異形の姿に面食らっていたイオリだったが、相手が動きを見せたことで反射的に銃を構え、狙いをつけて撃ち込んだ。
「止まれ!」
頭部めがけて放たれた弾丸はガラス窓に直撃し、弾かれながらも小さくないヒビを入れる。しかし、それだけでは襲撃犯の動きは止まらなかった。曲げた触手をバネのように伸ばした彼女は凄まじい勢いで高く飛び上がり、そのまま触手の先端を天井へ食い込ませて上下逆さまに
「上っ!?」
「お縄につくっすよ!」
イチカが
「────」
「チナツ!」
「っ!」
迫りくる投擲物をイオリとイチカが迎撃するが、対応しきれなかったものがチナツに直撃してしまう。ライトを手放して倒れる彼女にイオリが駆け寄ろうとした瞬間、チナツの体がふわりと浮かび上がる。
「────」
「チナツ!? くそっ、まだ目が慣れないのに!」
ザクリ、という音と共にハンディライトの光が消え、周囲が暗闇に包まれる。机に広げられた端末ディスプレイたちの淡い光は灯りというには力不足であった。
「……はっ。こ、れは……?」
短い気絶から意識を取り戻したチナツは妙な浮遊感を覚えた。地に足がついておらず、かといって自由ではない。体が両側から締め付けられ、手足を動かせないほど強く拘束されているようであった。
「チナツ! どこだチナツ!」
「チナツさんどこっすか!」
「み、みなさん! 私はむぐっ!?」
「上か!」
天井を見上げ、わずかな白色を見つけるイオリ。ぐっと睨みつけながらすかさず撃つが、狙いの定まらない暗闇の中で当てられずに逃してしまう。
「ライトが無いなら……! 後で弁償するっすよ!」
自身の立ち位置を確認したイチカは一方向へ向けて乱射する。すると、ガラスが砕け散る音と共に淡い外光が待合スペースに差し込んだ。吹き抜けのガラス窓ごとカーテンを撃ち抜き、外の明かりを取り込んだのである。夕暮れに照らされた待合スペースには破壊された調度品や照明が散らばり、天井には銃痕と、爪のようなもので深く貫かれた跡がうっすらと見えていた。だが襲撃者とチナツの姿はどこにも見当たらなかった。
「クソっ、チナツ……!」
拳で壁を叩き、うなだれるイオリ。程なくしてホテルの電気が復旧し、生き残っていた照明がまばらにつき始めるが、ふたりの表情は重く暗いままであった。
「そろそろ30分です、ホテルに戻りましょうイブキ」
「はーい!」
「ヤダーーーーッ! チビスケとまだまだ遊ぶンだいッ!」
「不良の駄々は聞きません」
夕日はほとんど水平線の向こうへと消えてしまい、代わりに月明かりがあたりを照らしだす。本格的に夜が訪れようとしていた。
聞き分けの良いイブキはイロハに返事をして海からあがろうとしており、ゴネたアネゴは置いていかれていた。
「真っ暗な海は流石に危ないですから、アネゴさんもあがりませんか?」
「ぐぬぬ……! チッ、この辺がもっと明るきゃなァ」
「あはは……」
「しゃあねェ、ダチの忠告は無視出来ねェしな。行くか」
ヒフミからの説得を受けて、アネゴもしぶしぶ海からあがることにした。虎丸の前照灯を頼りに、一行はゆっくりと海岸へと戻っていく。
「遊んでる時は気にならなかったが、案外足取られるな。チビスケ、転ばねェよう気ィつけろよ!」
「海面が腰くらいまでありますし、砂も歩きにくいですから」
「……? 波が強い気がする。急いだ方が良いかも──」
アズサが皆を急かそうとしたその時。彼女たちの背後で凄まじい水しぶきがあがり、巨大な何かが空に向かって勢いよく伸び上がった。
「チビスケッ!」
「わっ!」
とっさにイブキを抱きかかえたアネゴは、豪雨のように降り注ぐ海水を背中で受ける。歯を食いしばりながらそれを耐えきった彼女は険しい顔のまま振り返り、そして目を見開いた。
「何が──何だこいつァ!?」
アネゴの眼前には白くテカり輝く壁──ではなく、垂直に伸びゆく巨大な何かがそびえ立っていた。体躯を大きくしならせて先端をアネゴたちに向けてもたげたそれは、まるで巨大な蛇の怪物のようにも見えた。鈍い光沢の先端部分が4つに割れ、根本で回転しながら大口を開く。明らかにアネゴたちを襲おうとしていた。
「ひぃっ!? 本当になんですかあれ!?」
「向かってくる! なら!」
アズサは防水ビニールから素早く
勢いを殺すこと無くアネゴたちに迫る四ツ顎の怪物。その大口が彼女たちを捕らえようとした瞬間、怪物の頭が大爆発を起こした。
「イブキを連れて早く海岸へ!」
「アネゴを食べちゃダメだよぅ!」
虎丸の砲撃とグレネードランチャーの擲弾が怪物を怯ませ、大ダメージを与える。
「目標を確認、排除します!」
「おちおち寝てられないな、っと」
動きの鈍った怪物の口へ、マシロとノッポの狙いすまされた一撃が叩き込まれる。一瞬の間を置いて口から大爆発の火を吹いた怪物は軋むような悲鳴を上げ、体をしならせながら海中へ没していった。
「ふぅ、助かりました……!」
「夜の海がヤバいってこういうことか! ヘッ、楽しませてくれンじゃねェか」
「絶対違うと思います……」
「今のうちにあがろう」
再び海岸を目指すアネゴたち。岸辺では危機が去ったことで各々が一息ついていた。
「……この波、まさか」
だが、そんな彼女たちの安堵をあざ笑うかのように再び大きな水しぶきをあげて怪物が現れる。
「また出た!?」
「急ぐぞ! 平気かチビスケ?」
「う、うん。イブキは大丈夫」
四ツ顎を回転させながら開閉を繰り返して荒ぶる怪物。アネゴたちに迫るかと思いきや、体を横に大きくしならせながら海面を薙ぎ払った。すると海水のスコールが辺りに降り注ぎ、後方に控えていたマシロたちまで濡れてしまう。
「虎丸に水、それも海水とは……!」
「うわーん! 防水加工はバッグだけだよぉ!」
「予備弾薬が……!」
「ですが、今込めている分があります!」
火力支援組を妨害した怪物は、そのままの勢いでアネゴたちに襲いかかる。彼女たちもスコールの妨害でろくに進めないまま足を止められてしまっていた。
「このまま喰われるかっ!」
「アタシを喰おうなんざ100年早ェ!」
アズサとアネゴが攻撃するが、怪物の勢いは止まらない。海面をすくいながら四ツ顎の大口が彼女たちに迫りくる。もはや絶体絶命のピンチであった。
「──ハッ。ヒフミィ! チビスケを頼んだッ!」
「ふぇ?」
「わっ」
怪物の大口がアネゴたちを捕らえる直前、アネゴはイブキをヒフミへ投げ飛ばした。
「その子と一緒に逃げるんだ、ヒフミ!」
「わあっ!?」
さらにアズサが海岸の方へとイブキごとヒフミを突き飛ばす。イブキを受け止めたヒフミは、海面が足先まで下がる位置まで突き飛ばされ、尻もちをついた。そして──
「あ、え……?」
イブキ越しに見てしまった。怪物がアネゴとアズサを一呑みで喰らってしまう場面を。
「アズサちゃん……? アネゴさん……?」
口を閉じた怪物は体を垂直に空へと伸ばす。そしてふたたび首をもたげて四ツ顎を開き、再びヒフミへ襲いかかろうとし──その体が無数の爆発に飲み込まれた。
「アネゴを返せーっ!」
動きが鈍った怪物の頭に銃弾が撃ち込まれ、口内で小さな爆発が起きる。
「失態は取り返す。アンタを倒して……!」
眉を吊り上げて激怒したチビとノッポが猛攻を仕掛けたのである。たまらず怪物は岸辺から離れ、海中へと逃げていった。
「逃げるなぁ! アネゴを返せぇーっ!」
「っ、アネゴ……!」
静かになった海を、チビたちは睨みつける。ヒフミはイブキを抱えながら、ただ茫然と目の前の海を見ていた。
「着きましたよ。温かいものでもいただきましょう」
「はい……」
マシロに肩を借りながら、ヒフミはホテルへとたどり着いた。状況を整理するためにも全員でホテルに戻ることになったのである。イブキはイロハにひしと抱きついており、チビとノッポはそれぞれの得物を携えながら怒りに燃えていた。
「……ああ、おかえりなさいっす」
「……これは」
ロビーの惨状を見たイロハたちは言葉を失う。一行を力なく迎えたイチカは、ソファーでうなだれているイオリの肩を軽く叩いた。
「ん、ああ……おかえり」
「……ひとり、留守がいないようですが」
「……」
「マシロ、アズサは? それに不良団のリーダーもいないっすよね」
「それは……」
空気が重苦しくなる。互いが互いに失った者を分かってしまった。そして、二手に分かれて襲撃されたということも。
「……まさか、委員長も」
「あの風紀委員長がどうこうなるとは考えられませんが……」
「ツルギ先輩……」
「呼んだか」
皆が一斉に玄関口に振り向く。そこには傷だらけのハスミを背負ったツルギ、そして同じく傷だらけのアコを抱えたヒナがロビーへ入ってきているところであった。
「ヒナ、委員長……もう大丈夫です、歩けますから」
「ツルギ、私も問題ありません。充分、休息は取れました」
「ダメ。医務室まで我慢して」
「大人しくしていろ」
そうして医務室に負傷者を運んだ委員長ふたりはロビーへ戻り、全員から状況を聞いた。静かに、感情を出さずにひと通りの報告を受け、情報を咀嚼し、そしてふたりは頷きあった。
「──もう、なりふりかまっている場合じゃない」
「ああ、そうだな」
「正式に、風紀委員会と正義実現委員会の合同作戦を発動する」