落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
「それでは、現在の状況を改めて整理しましょう」
ホテルロビーの待合室。全員が集まっているそこに持ち込まれたブラックボードには資料やデータのホログラムが所狭しと表示されていた。そしてそれをレーザーポインタで操作するのは、体中にガーゼを貼られたアコであった。
「アコ、まだ休んでいた方が」
「いえ、このくらいなら問題ありません。むしろ休息をとっていただきたいのは
「……分かった」
腕を組みながら、ヒナはアコの意見を受け入れた。ボードを挟んでアコの反対側に控えるハスミも、ツルギに対して同じ考えであることを目線で示した。彼女もアコと同じようにガーゼまみれであった。
「まず、私たちは3ヶ所で同時に襲撃されました。ひとつは私や委員長、そして正実の
ボード上のホログラムが自治区の地図となり、校舎の位置が赤い丸印で示される。
「次にイオリ以下留守組が屯していたこのホテル。最後に万魔殿や不良団を交えてトリニティが
アコがレーザーポインタで示した場所に赤丸の印が付けられていく。
「……偽装?」
「のちほど説明します。さて、一連の襲撃が同一犯によるものかどうかはわかりませんが……実行犯はともかく、これを計画したのはおそらくひとつの犯罪組織でしょう」
地図の上に資料が展開され、見やすく拡大される。文字とデータが羅列されたそれのタイトルは『特別指名手配組織』と銘打たれていた。
「犯罪組織『ニセイカ』。主に沿岸部で活動するテロリスト集団であり、密輸、密漁、密航を得意とする凶悪犯です」
ポインタで選択された犯罪歴の項目が拡大される。重犯罪者のゲヘナ密航、密漁によるトリニティ沿岸部の水産資源根絶、オデュッセイア海洋高等学校所有船舶の襲撃、他余罪多数。列挙されたものだけでも矯正局入り確実な犯罪歴である。
「構成員はオデュッセイア海洋高等学校を中退した不良11人と思われます。同校から送られてきた退学者リストにて一斉に自主退学した生徒がいた時期と、ニセイカが活動開始したと思われる時期を照らし合わせると合致していますから」
「しかし、彼女らの活動拠点は未だ特定出来ていません。組織名や活動の痕跡すら彼女たちを利用した犯罪者を捕らえて得られた情報にすぎません」
「一応、退学時に旧式の潜水球を1機持ち出していたようですが……」
『R式潜水球』と記載された潜水球のイラストが拡大表示される。直径10mも無い無骨な鋼の球体であり、とても犯罪組織の拠点にできるような見た目ではなかった。
「それはさておき、なぜ襲撃がこの組織によるものと推測できるのか。それはそもそも我々風紀委員会がここに来た理由とも関係します」
「正義実現委員会も、ですね」
ハスミがレーザーポインタを操作してふたつの書類を表示させる。それはティーパーティーと万魔殿からの指令書であった。
「1週間前、ティーパーティーにある依頼が届きました。依頼主はこの自治区の生徒会長。内容は──」
『──漁業高校生徒会長です。貴校にも因縁深いニセイカが我が校の自治区に潜伏しているとの情報を得ました。ですが、私共の力では奴らを捕らえられない。そこで、厚かましいことは重々承知ですが三大校たるトリニティ総合学園にご助力願いたいのです』
「条件はニセイカを刺激しないよう必要最低限の人数で来ること、そして任務であることを気取られ逃げられないよう、プライベートの服装及び水着を用意すること。その代わり自治区内での全面的な戦闘行為の許可をいただきました」
「依頼内容も条件もトリニティがゲヘナに変わっただけでこちらに届いたものと全く同じですね。全く、台本でも用意してたんでしょうか」
ため息をついて呆れるアコを無視して、ハスミは話を進める。
「その依頼を元にティーパーティーから指令が下され、私たち正義実現委員会はここに遠征することとなったのです」
「万魔殿もマコト先輩直々に命令を出していますね。ちなみに、私たちは風紀委員会の監視役です」
「……あんまり監視していないような?」
「必要最低限の業務は済ませていますので」
(というか、普通に建前ですしね。イブキを海で遊ばせて機嫌を取るための。だというのにこんな面倒なことになるとは、はぁ……)
イブキを抱きかかえながらイロハが補足する。それを横目に見ながらあのタヌキめ、と小さく呟いたアコは地図が見えるように資料を脇にどかした。
「さて、そうして犯罪組織を捕らえるために出動した私たちは、作戦行動前に不幸にもかち合ってしまいました」
地図の海岸沿いに他の赤丸よりも大きな丸が表示される。ちょうど海の家があるあたりであった。
「全面的に戦闘行為が許可されている作戦範囲内で、不倶戴天の相手と出くわさせる。これが最初の罠です」
「罠、それに最初って」
「こちらの音声を。先程訪れた自治区の学校でここの生徒と正実副委員長が通話した時の音声記録です」
音声データを取り出したアコはボード上で再生する。それは爆撃される直前にハスミが取っていた電話の通話内容であった。
『罠だ! 全部罠なんだ! 私たちも、情報も──……ぎゃあああ!?』
「この通話の直後に私たちは襲撃を受けるのですが、それはともかく。ニセイカ捕縛の依頼、それ自体が罠だったのでしょう」
「ゲヘナとトリニティをわざと衝突させるように仕向けた、ってことっすね」
「ですがこれは失敗に終わりました。そこの不良集団が重症で運び込まれたことで気勢を削がれたとでも言いましょうか」
「もしかしてそれ褒めてる?」
「いくら不良とはいえ、死にかけてる奴らをほっとくのはな……」
「そして次の罠は、ブッキングに対しての詰問を利用した各委員長の分断および襲撃」
海の家の赤丸が小さくなり、代わりに校舎の赤丸が大きく表示される。
「ヒナ委員長によりますと、どうやらここで私たちはミサイルらしき兵器による攻撃を受けたようです」
「見えたのは一瞬だったから、確証は無い」
「いえ、それでもありがたいです。明確に何者かの攻撃であると断定することが出来ますので」
そのままポインタを滑らせ、次はホテルの赤丸を拡大する。
「委員長という最大戦力を分断した後、ここホテルにも襲撃がありました。そうですねイオリ」
「うん。いきなり電気を消されて、チナツを拐われた……!」
「イチカ、襲撃者の風貌を説明願えますか」
「もちろんっす。ちょっと借りるっすよ」
ハスミからレーザーポインタを受け取ったイチカは資料を呼び出して表示させる。それは襲撃者のシルエットを描いたイラストだった。
「人の形に4本の追加腕。頭のヘルメットが妙にデカかったっすね」
「ヘイローがあったから、多分ニセイカの連中だと思う」
「私もイオリに賛成っす。絵じゃわからないすけど結構てらついてたんすよ。まるでウェットスーツか何かみたいに」
イラストをじっと睨み、それからポインタをハスミに返すイチカ。静かに受け取ったハスミは、ニセイカのイラストを縮小してホテルの見取り図を表示させた。
「戦闘後に行ったイチカたちの調査では、ホテル館内に荒れた形跡はロビー以外にはありませんでした。更に気になる点として、襲撃後からホテルスタッフの姿がまったく見えなくなった、と」
「バックヤードのスタッフルームや事務室、それにホテル内の個室のどこにもいなかった。私たちの戦闘を見て逃げたに違いない!」
「決めつけるのは早計ですが、留意すべき点ではあります」
見取り図を消去し、ハスミはアコに視線でバトンを渡す。それに頷いたアコはポインタの先をホテルから海岸へと滑らせた。
「さて、ここまでは理解出来ます。我々と正実を狙い、戦力を削ごうとする卑劣な作戦です。しかし……」
海岸沿いの赤丸が大きくなる。アコは目を細め、訝しげにそれを睨みつけた。
「この襲撃は、正直戦略的意図が分かりかねます。戦闘要員としては万魔殿の戦車が1両と正実の部員が1名いましたが、そのどちらでも無い一般生徒と不良が襲撃の被害にあっています」
新たに表示され、拡大されたのは1枚の写真。アネゴたちを襲った巨大な怪物を捉えた不明瞭な写真だった。
「巨大な大蛇のような、不気味な襲撃者でした」
「多分、機械で出来た何かだと思う。……流石にあんな生き物、いないでしょ」
「口がぎゅいーんって回ってたもんねぇ」
責任感で硬くなっているマシロ、写真の怪物を睨みつけるノッポ、口調は軽いが目が笑っていないチビ。不良ふたりは怪物への敵愾心を隠そうともしていなかった。
「アズサちゃん……」
ヒフミが両手をぎゅっと握る。それに気付いたノッポはアコとハスミを順に睨みつけた。
「そういえばさっき言ってたよね、偽装レクリエーションって。それ、何?」
「……今回の作戦は、正義実現委員会としての行動であることを隠す必要がありました」
神妙な面持ちでハスミがノッポと相対する。
「トリニティの一般生でありかつ、私たち──とりわけツルギと接しても問題ない生徒。そういう基準で、おふたりには来ていただいたのです」
「正実だけじゃないから、あくまでプライベートで友達と遊びに来た
「大丈夫です。全部、覚悟してきたことですから」
思わずノッポが振り返ると、ふさぎ込んでいたはずのヒフミがすっと立ち上がっていた。
「私も、アズサちゃんもちゃんと説明を受けて、自分の意志でここにいます。だから……」
「……分かった」
「ヒフミさん、このような事態になってしまい申し訳ありません。彼女たちの救出に正義実現委員会は全力を尽くすと約束します」
「謝らないでください。私も落ち込むのはやめにして、やれることをやります。やらせてください」
ハスミと正面から向き合ったヒフミの顔に陰りはなく、強い意志のこもった瞳がそこにあった。
「流石アネゴと友達になるだけあるねぇ。ウチたちも負けてられないよ」
「うん。けど……」
「さて! ひとまずここまでの状況は理解できましたね」
雰囲気を断ち切ってアコが強引にポインタを振り回した。全員の視線が再度ブラックボードに集まる。広げられていた資料たちが次々と消えていき、最初に表示されていた地図だけがホログラム上に残った。
「改めて整理しますと、ニセイカと関連の疑いがある襲撃を3ヶ所で受け、うち2ヶ所でこちらの人員を奪われているというのが現状です」
「後手ね」
「はい。いずれの襲撃もこちらが感知出来ず、またこちらから追うことも出来ないまま逃げられています」
「チナツさん、そしてアズサさんの通信機や携帯から発せられる信号も途絶しており、足取りもわからない状況です」
「ですが、手がかりはひとつだけあります」
ホログラム上の地図が縮小され、さらに縮小され、海図となる。そして陸地から大きく離れた場所に、ぽつんと小さな赤点が灯った。
「これは……?」
「とある人物の水着繊維に編み込ませた小型発信機の信号です」
「み、水着?」
「その人物とは、アネゴ団。あなたたちのリーダーです」
「は……はぁ!?」
一番行方を掴めそうにない人物を挙げられ、ノッポとチビは目を見開いて驚いた。
「そもそもあなたたちに与えた水着には、1週間で自壊する小型発信機を取り付けてあったんです。解放した後に騒ぎを起こされた際、それをニセイカのものと誤認しては作戦に支障が出ますから。まさか、タダで水着を貰えたとでも思いましたか?」
「……気前が良いと思ったらそういうこと。まあ、思惑がある方が逆に気が楽だし別にいいけど」
「でもおかげでアネゴの位置がわかるんだよね! ここって……海の上?」
「海上か海中かはわかりませんが」
海図上で赤点とホテルを結ぶ直線が引かれ、その上に距離が表示される。
「ここから約100km離れた、沖合です」
「起きろ、起きてくれ」
「──ン、だァ……?」
ぼんやりとした意識の中で、やけに重い身体を起こそうとしたアネゴは、何かにぎしりと引き止められた。その不快感で一気に目が覚めた彼女は、両手足についた拘束具に気づく。そこから伸びる鎖が寝かされているベッドに繋げられているところまで目線を走らせた彼女は、思い切り顔をしかめて両手を外へ引っ張った。
「ふぬッ! ふぐぐぐぎぎ……!」
「流石に無茶じゃないですか?」
「無茶無理無謀で結構! アタシは縛り付けられんのが大ッ嫌いなんだよッ!」
「無駄に体力を消費すべきじゃないと思う」
「だとしてもなァ……! って、アズサ?」
「? うん」
力を抜いて腕を降ろしたアネゴは、ようやく自分以外に誰かいることに気づく。彼女の両隣に並べられたベッドの上で、同じように拘束されているアズサとチナツであった。
「無事だったか! でもなんでチナツが」
重苦しい鉄の天井に備え付けられた照明がいきなり落ちる。続けて開閉音が響くと――
「ンだ!? ……なんだこりゃあ!」
「光ってる……」
「……綺麗、ですね」
彼女たちの視界を埋め尽くしたのは、深蒼の闇に浮かぶ虹色の輝きだった。線のように連なった光がうねりながら漂い、この世のものとは思えない雰囲気を醸し出していた。
幻想的な光景にアネゴたちが思わず息を呑んだ瞬間、再び開閉音が響き視界が真っ暗になる。そして照明が何度か点灯し、ゆっくりと室内を照らし始めた。
『偉大なる神秘的光景はお気に召したかね。深海クラゲ群の生体発光だ、アクアリウムではこうはいかん』
「あァ? 誰だテメェは」
「深海、クラゲ? それではここは……」
『ようこそ水面下400mの世界へ。歓迎しよう、お客人』
錆びたスピーカーから聞こえる声は、わずかに弾んでいた。