落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
ジリジリとマーケットガードの部隊が近づいてくる気配を感じながらも、アネゴは掴み上げたスケバンマスクを睨みつけていた。
「……無理だ。雇い主のいるビルはここからマーケットガードの部隊を突っ切った先にある。てめぇらじゃ力も数も足りねぇ」
「それだけわかりゃ充分だ」
襟首を掴む手を緩めたアネゴはゆっくりとスケバンマスクを地面に降ろす。
そして頬を両手で叩いて気合を入れた後、ショットガンを構え直した。
「チビ、ノッポ。残弾はどうだ?」
「炸裂ちゃんはもう無いし、霧煙ちゃんは試作した時の効果の弱い子たちしかないよ……」
「5発。そういうアネゴは?」
「3発。余裕だな」
「なわけないでしょ。はぁ……」
どこにも余裕がない絶望的な状況を再確認し、思わずため息が出てしまうノッポ。
残弾数だけではない。不良たちとの激戦で既に彼女たちの体力は削られており、穴だらけの黒セーラーの裏では無数の傷口から少しずつ血が流れている。
ヘイローはときおり明滅し、彼女たちが気合だけで意識を保っていることを否応無しに示していた。
しかし、それでも。
「いいや、余裕だ。ぶっ飛ばしてェ奴がいる。アタシはまだ立ってる。ならぶっ飛ばせねェ訳はねェッ!!」
アネゴの瞳は爛々と輝き、その奥には煮えたぎる怒りの炎が渦巻いていた。
その怒りが、炎が、輝きだけが彼女の手に銃を握らせ、地面にしっかりと立たせ、頭をふらつかせずに前に向かせている。
それがわかっているチビたちもまた、同じ輝きを瞳の中に持っていた。
「……どうしてそこまでやれる。どうしてそこまで立ち向かえる。てめぇらにはもう戦う理由がねぇだろ」
横倒れになったまま首さえ動かさずに、スケバンマスクは言葉をこぼした。
「このままやりあえば死ぬかもしれねぇぞ。相手は『大人』だ、加減なんてねぇ。歯向かえばここにも居場所が無くなるかもしれねぇ」
「それがどうした」
「……!」
スケバンマスクを見下ろして不敵に笑うアネゴ。
「アタシは、アタシの意地を通しに行くだけだ。こいつらと一緒にな」
「大人に反抗するって不良っぽいよね……」
「……確かに」
チビとノッポも自分の得物を構え直して小さく笑う。
アネゴの言葉を聞いてしばし黙ったスケバンマスクは、そのままゆっくりと目を閉じた。
「あたしの知ってるチンピラ共の中で一番イカれてるよ、あんたら」
「不良らしいって言ってくれよ」
スケバンマスクが意識を手放したのを確認し、アネゴは前を向き直す。
「トリニティ生! さっきは助かったな、こっからはアタシたちの喧嘩だ。だから……」
「帰りませんよ? 私、その雇い主って人に話があるんです」
アネゴたちの横にヒフミが並ぶ。
その目は妙に据わっており妙な迫力があった。
「私もだ。モモフレンズを卑劣な罠に使ったこと……後悔させてやる」
アズサがヒフミとは反対側に並び、
「お前ら……なかなか不良だな!」
「ふりょ……ち、違います! ただ、私たちにも許せない一線があるだけです」
慌てふためきながら弁明するヒフミ。
彼女の言葉にアズサも重々しく頷く。
「ヘッ……お前ら名前聞かせろ! アタシはアネゴだ! こいつらはチビとノッポ!」
「ヒフミ、阿慈谷ヒフミです! こっちはアズサちゃん」
「……白洲アズサ」
「よろしくねぇヒフミちゃん、アズサちゃん」
残り弾数は少なく、体調が万全と言えるのはヒフミとアズサのみ。
満身創痍のアネゴたちは、それでも、前へ進み始めた。
ブラックマーケットには昼夜を問わず争いや謀略がひしめいている。
しかしそれでも、陽が落ちゆく黄昏時というものは人々の心に不思議と郷愁の念を抱かせる。
社長室でブラインダー越しに夕日を眺めているロボット頭の中年男性もその1人だ。
「トリニティの
男にはビジョンがあった。野心と野望があった。だが、トリニティ総合学園という強大な存在にそれらを押し潰されてしまった。
「だが、ふふふ……もうすぐだ、私が返り咲く時が来る……」
ブラックマーケットの寂れた一角にある廃墟同然のビル。
全てを失った男の今の居場所である。
だが失ったのならば取り戻せばいい。
そのための駒とカモはこの世界に無数にある。
「そろそろか。マーケットガードに紛れ込ませた連中がトリニティ生を捕らえてくる頃だ」
振り返り、社長室の扉に向き直るロボット頭の男。
ふくよかな体型を包むスーツは薄汚れており、お世辞にも良い身なりとは言えない。
そんな彼が見つめる先で、扉がゆっくりと開かれた。
「……」
「おお、待っていたよ」
社長室へ入ってきたのは彼がマーケットガードに紛れ込ませたオートマタの内の1体。
「さあ、捕らえたトリニティ生を……!?」
オートマタはふらふらと男に数歩近づき、そのまま力なく倒れこんだ。
そして、その後ろから2人の人影が現れる。
「な、なんだ!? 何が……」
「──気に入らねェ奴はぶっ飛ばすッ! それがたとえ『大人』だろうとなッ!!」
セミロングの薄茶髪をたなびかせ、頭から血を流しながらもショットガンをしっかりと構えるアネゴ。
「──ペロロ様を、モモフレンズを利用して誘拐を企てるなんて、絶対に許しません!!」
トリニティの制服姿に加えて、額に『5』と書かれた紙袋を頭から被っている謎の少女。
オートマタの後ろから社長室になだれ込んできた人影はこの2人であった。
「な、何を……警備は何をしている!?」
「全部倒したに決まってんだろッ!」
「きっ貴様ら、生徒風情が大人に銃を向けるのか!? 子供が、大人に!」
焦りながら後ずさるロボット頭の男。
「関係ねェ、テメェが気に食わねェだけだ」
「宣戦布告を受けただけです」
銃を構えながらにじりよる2人。
「ふふ、ふざけるな! 私に手を出せばどうなるか、思い知らせてやろうか!?」
「あ? 知らねェし興味ねェ」
「貴様らの素性を調べ上げてブラックマーケットにばら撒いてやる! 貴様らの人間関係を洗い出して友人を1人ずつ消していってやろう! 貴様らが大切にしている相手も私の手中に収めてやる! どうだ恐ろしいだろう、私に手を出したくなくなるだろうぐあっ!?」
ショットガンが火を吹き、ロボット頭の男のふくよかな体がゴロゴロと床を無様に転がっていく。
冷めた目でそれを見下ろし、アネゴはため息を吐いた。
「最後の1発だってのに、我慢出来なかったぜ」
「あはは……仕方ないと思います。今のうちに私が縛っちゃい──」
「……ふざけるなぁぁっ!!」
立ち上がり、叫ぶ男に一瞬ビクつく2人。
だがすぐに銃を構え直す。
「倒れてろよオッサン、1発ぶん殴るしかねェか」
「大人をナメるなよガキ共が! フンッ!」
男が壁を拳で強く叩きつけると、突然ビル全体が激しく揺れ始める。
あまりの揺れにアネゴたちは立つことも出来ず、座りこんでしまう。
「何をしやがったッ!」
「こ、これ……! 落ちてます!」
窓の外の風景が下から上へと流れていく。
すさまじい轟音とともに社長室が落下しているのだ。
「貴様らのようなガキが攻め込んでくることも当然、織り込み済みだ……!」
轟音と共に社長室が地面に激突。
アネゴたちの体が衝撃で宙に浮き、床に叩きつけられてしまう。
だが、男だけは手近にあった壁にしがみついていたため無事だった。
「ぐあっ……!」
「うっ……!」
「ははははは! そこで潰れていろガキが!」
立ち上がった男は社長室の机で何らかの操作を行う。
すると床の一部が開き、そこから1台の黒い戦車がせり出してくる。
アネゴたちが痛みにうめいている間に、彼は戦車に乗り込んでしまう。
「ふう、よっこらせっと……マーケットガードでも採用されている汎用
キュラキュラと無限軌道が社長室の床を荒らしながら戦車の向きを変える。
砲口の先に見据えられたのは、いまだ立ち上がれずにいるアネゴたち。
「しっかり狙えよクズ共! 外したら貴様らの友人知人が消えると思え!」
「ひぃ……!」
砲手を担当する不良生徒の全身に嫌な汗が浮かぶ。
戦車に搭乗している不良たちはみな、ロボット頭の男に弱みを握られて服従させられている者たちである。
故に彼の命令には絶対に逆らえない。たとえヘイローが消えかけの人間を戦車砲で吹っ飛ばすという、ブラックマーケットにおいても滅多にない殺人の命令であってもだ。
「あ、あたしは悪くない……悪くないんだ……!」
震える手で照準を合わせ、発射ボタンを押そうとし──
「……立てっか、ファウストサマよォ……」
「うぅ、痛いですけど、なんとか……」
立ち上がりながら自分を睨みつけるアネゴの目を見てしまう。
「う……うわあああああああ!!」
半狂乱の不良がボタンを押すのとアネゴたちが横っ飛びに体を動かしたのは同時だった。
一瞬で炸裂弾が地面に吸い込まれ、着弾地点が大爆発する。
「チッ、しぶといガキ共が……!」
「あわわわわ……」
「さっさと次弾装填して狙え! 仕事しない奴から知り合いが消えていくぞ!」
「ひぃぃ……!」
車長席から不良を蹴飛ばすロボット頭の男。
戦車内の暴虐に呼応するように冷酷な砲口が動き始める。
横っ飛びの代償でアネゴの全身に痛みが走るが、その痛みを押し殺した彼女はよろめきながらも立ち上がった。
その横で紙袋を抑えながらファウストも立ち上がる。
「ハァ、ハァ……やっぱ1発残しとくんだったなァ……」
「砲撃でここが崩落する前になんとかしないと……」
爆煙の向こうで黒々と輝く戦車を睨みつけるアネゴたち。
その瞳にはまだ、怒りの炎が燃え盛っていた。